口腔がんの治療で注目される メトロノーム化学療法と免疫療法

公開日:2011年10月14日

口腔がんの再発リスクと標準治療

ひとくちに口腔がんといっても、発生した部位によって、舌がん、歯肉がん、口底がん、頬粘膜がん、硬口蓋がん等、いくつかに分類されます。さらに、それぞれ扁平上皮がん(SCC)と唾液腺がんに大別され、ほとんどは扁平上皮がんです。唾液腺がんは発生割合こそ低いものの、なかには悪性度が高いものもあり注意が必要です。
いずれも、歯の治療中に歯科医によって発見されることが多い疾患です。最近では、口腔がん検診による早期発見も増えてきました。

口腔がんは、比較的、手術成績のよい分野です。早期発見ができ、原病巣が小さく転移のない場合の手術後5年生存率は多くの施設で90%程度と報告されています。しかし、StageIII, IVで原病巣が大きく、顎のリンパ節に転移がある場合、手術後の再発リスクは高まると言わざるを得ません。
早期発見には地域差や年齢差が見られ、歯科の少ない地域に在住の患者さんや高齢者は、発見が遅れがちといわれています。

抗がん剤や放射線による術後補助療法の効果とは

口腔がんの治療は、手術が基本です。最近では、拡大手術の技術が進歩していることもあって予後がよく、局所再発では手術を受ける患者さんもいます。口腔がんの手術は、顔の容貌が変わる場合があるため、治療を躊躇する患者さんも多く見られますが、現在は再建手術の技術も大きく向上しました。

しかし、現時点で延命効果のエビデンスが確立した治療は、ほとんど 手術のみというのが現状です。抗がん剤や放射線も目覚しい進歩を遂げていますが、明らかな延命効果はほとんど実証されていません。一時的にがん細胞が小さくなったとしても、再び元に戻ってしまうケースが多いのです。

ただ、術後補助療法として、抗がん剤や放射線治療を行うケースはあります。 まず抗がん剤については、シスプラチン等のプラチナ系の薬剤が第一選択となっています。あわせて5-FU(注射薬。経口薬ではTS-1もしくはUFT)を使用することもあります。

進行した症例で再発のリスクが高い患者さんに、術後、放射線+シスプラチンをベースにした化学療法剤の組み合わせを行った結果、再発率が下がり、予後改善につながるとする報告もされています。海外では、日本以上にこうした治療が行われています。ただし、副作用が強いことが問題です。

がんが大きくなりすぎたり、転移したり、あるいは御高齢や全身状態が良くない等で、手術ができなくなった場合は、放射線と抗癌剤を併用した治療が行われます。
通常、抗癌剤は静脈からの点滴で全身的に投与されることが多いですが、最近では、動注化学療法(腫瘍組織に栄養を与えるために入っている動脈内に薬剤を注入)の技術が進歩し、局所的な治療効果は非常に良くなっています。保険も適用になっています。 放射線治療の進歩も目覚ましく、IMRT(トモセラピー、ノバリス等)、SRT(ガンマナイフ、サイバーナイフ等)といったピンポイント照射や、粒子線(重粒子線、陽子線、BNCT等)等があります。局所治療としては手術に匹敵するほどの治療効果が報告されています。
しかしながら、両者ともにあくまでも局所の治療であり、転移を有する患者様には対応できません。また、これらも一時的にがんの縮小が認められても、再び増悪し、延命に繋がらない場合が多いのも事実です。

転移制御のために注目される治療法がある

標準治療の選択肢が少ない口腔がんですが、転移を制御するための全身治療として注目されている治療法があります。免疫療法(がんワクチン)や、メトロノーム化学療法(休眠療法)による血管新生抑制です。

私は、徳島大学で口腔がんに樹状細胞を局所投与する臨床研究を行いました。樹状細胞を使用したがんワクチンは、治療成績が向上しつつあり、アメリカでは、ホルモン不応性前立腺がんの治療薬として 、 2010年4月にFDA(米国食品医薬品局)に承認されました。がんワクチンでは初めてで、画期的なことです。また、ペプチドワクチンの臨床研究も進み、現在は治験が行われています。

メトロノーム化学療法とは低容量の抗がん剤をメトロノームのように一定の頻度で持続して投与する方法で、主として経口抗がん剤が用いられます。口腔癌ではTS-1やUFTです。口腔がんでの保険適応はありませんが、エンドキサンやメソトレキセートはメトロノーム化学療法として多くの癌種で使用されており、その成果も報告されています。
多くの抗がん剤治療は、できるだけ一度に大量投与し、1ヵ月ほど回復を待って再び投与します。最初のうちは効果がありますが、徐々に効かなくなってきたり、副作用がきつく治療を継続できないケースもあり、結局延命にはつながらないことも多いのです。
それに対し、メトロノーム化学療法は、目立ったがんの縮小効果はありませんが、がん細胞の増殖を抑えたり、腫瘍の栄養血管の新生を抑制する効果があります。腫瘍の血管はもともともろいため、少量の抗がん剤でも効果があるからです。副作用もなく、治療を継続できるため、結果的にがんの拡大を抑えて予後の改善やQOLの向上につながります。

まれではありますが、治療法がなかった患者さんが治ったように見えるほど回復した例や、腫瘍が縮小したり、大きくならないまま何年も通常の生活を続けられている患者さんはいます。

メトロノーム化学療法は、免疫を高める効果も

近年、メトロノーム化学療法が免疫を高めるとする報告も出てきており、がんワクチンと併用して使われる場合も多いようです。 免疫細胞には、がんへの攻撃を活性化する免疫と、抑制する免疫の2タイプがあります。抑制する免疫には、制御性T細胞、骨髄由来免疫抑制細胞やM2マクロファージなどがありますが、メトロノーム療法はこれらの免疫抑制状態を解除することが報告されています。

少し前まで、人体に毒である抗がん剤と免疫療法の併用は避けられてきましたが、最近はうまく組み合わせる方向に変わってきていました。メトロノーム化学療法以外にも、ゲムシタビンなどいくつかの抗がん剤は免疫と相性のいいことが確認されています。

なお、他の臓器のがんでは分子標的薬の適用が進んでいますが、現段階で口腔がんへ適用はありません。以前は、アービタックスなどに承認の可能性がありましたが、その後、研究が進まずに現在に至ります。

このように、標準的治療の選択肢が少ない口腔がんですが、手術のほかにも治療法は存在します。手術ができない場合でも、あきらめる必要はないのです。

取材にご協力いただいたドクター

慶応義塾大学医学部 先端医科学研究所細胞情報研究部門 特任准教授 鶴見大学歯学部口腔内科学 臨床教授 日本口腔外科学会 指導医/専門医 歯学博士    岡本 正人

1988年徳島大学歯学部卒業後、1992年同大学院歯学研究科修了。徳島大学歯学部助手、米国ノースウエスタン大学医学部病理学講座、徳島大学大学院口腔外科教育部講師、武蔵野大学薬物療法学研究室客員教授

関連記事

※掲載している情報は、記事公開時点のものです。