【特集記事】がん患者さんの運動機能を維持する「がんロコモ」対策が本格始動

公開日:2018年12月28日
がん患者さんの運動機能を維持する「がんロコモ」対策が本格始動

健康寿命を短くする原因にもなる ロコモティブシンドロームとは?

「ロコモティブシンドローム(ロコモ)」という言葉を聞いたことはありますか。これは、骨や関節、筋肉といった運動器に骨折などの障害が起こり、「立つ」、「歩く」といった機能が低下している状態のことです。

例えば、加齢や事故などにより関節が変形する変形性関節症という病気があります。これを引き起こすとひざなどに痛みが出て歩きづらくなり、外出が億劫になって筋力低下につながります。筋力が低下した状態で無理に動けば関節への負担が増し、変形性関節症が悪化することもあります。そうして自立した生活が送れなくなり、寝たきり状態にもつながりかねません。これがロコモの概念です。

ロコモティブシンドロームの概念図

出典:ロコモティブシンドローム予防啓発公式サイト

ロコモの原因には、「運動器の疾患」と「運動器の機能低下」の2つが関わっています。年を取ったり、運動器の疾患にかかることによって筋力や持久力が低下したり反応が鈍くなったりして、ロコモにつながります。歩くのが億劫になり家に閉じこもるようになると、さらに運動機能が低下してしまうので注意が必要です。

「運動器の疾患」である骨粗しょう症による骨折、変形性関節症、脊柱管狭窄症(脊髄が通っている脊柱管が狭くなる病気)などでは、痛みや麻痺などが出るため、バランス能力や体力、移動能力が下がってしまいます。

21世紀に入り高齢者の数が増え、平均寿命も延びたことから、「健康寿命」(健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間)の延長が大きな課題となりました。2018年の厚生労働省の調査によると、健康寿命と平均寿命の差は男性で約9年、女性では約12年あります。ロコモはメタボリックシンドローム(メタボ)や認知症と並び、寝たきりや要介護状態、つまり健康寿命を終わらせる大きな原因の一つとなっています。

これを受け、日本整形外科学会は「人間は運動器に支えられて生きている。運動器の健康には、医学的評価と対策が重要であるということを日々意識してほしい」という思いで「ロコモ」の概念を提唱しました。2010年には「ロコモ チャレンジ!推進協議会」を立ち上げ、私は委員長としてロコモの情報を提供する公式サイトの運営や市民公開講座などを通じて、ロコモの啓発活動に努めています。

歩行

がんやがん治療によるロコモティブシンドローム「がんロコモ」

整形外科医が関わるがんと言えば、「骨転移」と「骨軟部腫瘍」があります。「骨転移」とは、がんが血液にのって骨に運ばれ腫瘍を形成した状態で、どのがんであっても起こり得ます。骨転移自体が命にかかわるということはありませんが、「骨転移」が「病的骨折(骨が弱くなって生じる骨折)」を起こすと痛みを生じ、脊椎への「骨転移」で脊柱管が狭くなると麻痺を引き起こします。

「骨軟部腫瘍」は骨・軟骨やそれ以外の筋肉や血管など軟らかい組織にできる腫瘍の総称です。悪性のものは「肉腫」といわれ、広い意味の「がん」に当たります。整形外科医のほとんどは、日常的にがんと関わる機会はそれほど多くありません。しかし、近年になって骨転移やがん治療の影響で痛みなどが生じ、移動機能低下を起こすがん患者さんを診る機会が増えています。

がん患者さんであっても移動機能低下に対して対策を講じ、移動機能を維持することが大切ではと考えた帝京大学の河野博隆教授らが、がん患者さんのロコモである「がんロコモ」を新たに提唱し、日本整形外科学会の事業として金沢大学の土屋弘行教授が記者会見を行い、啓蒙活動が開始されました。

「がんロコモ」とは、がんそのものやがんの治療が原因となって、移動機能が低下した状態のことをいいます。

がんロコモ対策でQOLの向上を

がんが進行して骨転移を起こすと、痛みや骨折などにより患者さんのQOL(生活の質)が低下します。がん患者さんの生存率が今ほど高くなかった頃は、がんが骨転移した後も生きる患者さんの数が少なく、骨転移が今ほど問題になっていませんでした。

しかし、医療の進歩により骨転移が生じていてもがん患者さんが勤務や日常生活を続けることができるようになり、対策が必要になりました。国立がん研究センターの調査によると、2018年の新規がん患者数は100万人超ですが、うち、がんと診断された時点で骨転移がある人は約1割(10万人)であると言われています。

一方、がんの治療が原因となる場合は、抗がん剤の副作用で手足がしびれたり、手術や放射線治療により筋肉が弱ったり傷ついたりすることによります。また、治療で長期間安静にする必要があって筋力が低下する場合もあります。

がんロコモの対策を講じ、移動機能を維持することのメリットには、外来でも化学療法など治療を続けられるという点もあります。歩けるということはそれだけで治療の幅が広がり、QOL向上にもつながります。

ひざの痛み

「がんロコモ」に整形外科の面から貢献

がん患者さんに対して整形外科医が果たす役割は三つあります。

一つは、骨転移への対応です。整形外科の手術で痛みを和らげたり骨を補強したりすることができます。例えば、病的骨折や切迫骨折に対して、弱くなっている部分を固定器具で補強する手術を行います。切迫骨折は折れてしまった骨の手術に比べて容易で、骨粗しょう症が原因の骨脆弱性骨折に行われる術式を応用できます。つまり、これまでに蓄積された技術を活用できるのです。

二つ目は、がんの痛みとがん以外の痛みを鑑別することです。例えば高齢のがん患者さんだと、ひざなどの関節の痛みが起こり得ます。がんの痛みと思い込んで我慢していたら、実は加齢による変形性関節症だったということもあります。変形性関節症による痛みであれば治療で改善できる場合があるのです。整形外科医が関わることで、こうした判断ができるようになります。

三つ目は、治療によって運動機能が低下した場合の対応です。長期にわたる治療では安静が必要になったり、食事が十分取れず低栄養状態になったりすることで、徐々に歩けなくなることもあります。これも整形外科医がリハビリの指導や手術を行うことで、改善できる可能性があります。

がん患者さんご自身でできる、がんロコモ対策

今号の「トピックス」では、ロコモの危険性を自己チェックする「ロコモ度テスト」や、ロコモ防止のストレッチを紹介(※)しているので、そちらも参照してください。高齢者など健常者を想定して作成したものですが、がんロコモのリスク判定や防止にも十分有効です。

治療で安静にしていて筋力が衰えたなど一時的なものであれば 、ロコモであってもリカバリーしやすいでしょう。しっかり栄養を摂ることと、適度に運動することが大切です。精神的につらいこともあるかもしれませんが、がんとともに生きていくにはロコモ対策が重要です。

また、がん患者さんが運動器に痛みを感じるようになったら、まずは担当医師に相談することをお勧めします。場合によっては、整形外科の受診を打診してみましょう。治療が一段落しているなど現在かかっている病院がない場合は、近くの整形外科で見てもらい原因を診断してもらいましょう。がんの痛みと思われる場合は、元々かかっていた病院の診療科に相談するのがよいでしょう。

※2019年1月トピックス 「元気な足腰を維持し、QOLを向上。自分でできるロコモーショントレーニング」

がんの領域でも活躍の場を広げる整形外科医

大江隆史先生

日本のがん診療連携拠点病院には、多職種が集まってがん患者さんの治療方針などを相談する「キャンサーボード」の設置が義務付けられています。これに整形外科医ががんロコモの観点から関わったり、キャンサーボードの中に骨転移に関する部門を設けて活動したりする整形外科医も現れ始めています。

当院でも、2018年4月から骨転移の手術を積極的に行う方針としたところ、症例数が目に見えて増えてきました。こうした動きががん診療連携拠点病院などで広まり、多くの病院でがんロコモに対応できることが期待されます。

整形外科医は社会に求められる新たな領域としてがん治療に関わり、各科で連携して取り組むことが大事だと考えています。うまく連携できた例をご紹介しましょう。

腎臓がんの患者さんで骨転移があり、切迫骨折の状態でした。そうした場合は手術が必要ですが、腎がんの骨転移では出血しやすいため、出血の対策が必要です。他科と連携することで、手術前に腫瘍に栄養を送っている血管を一時的に止める塞栓術を用いて手術での出血を抑えるといった対応が取れます。

手術後の傷の治り具合を見て放射線照射や抗がん剤治療を再開するタイミングを計るなど、術後の治療もスムーズに再開できます。このように、骨転移の治療には、各科をつなげてスムーズにがんロコモの治療ができるような体制づくりが必須です。

現在、河野教授のグループの先生方と、一般の人や医療スタッフに向けたがんロコモのガイドブックを作成しています。これを通じて、がん患者さんにがんロコモ対策の重要性を伝えるだけでなく、医療関係者にがんロコモを周知し多くの病院で対応できるようになることを願っています。

※掲載している情報は、記事公開時点(2018年12月28日)のものです。

取材にご協力いただいたドクター

大江先生

大江 隆史 先生

NTT東日本関東病院整形外科部長

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※掲載している情報は、記事公開時点のものです。