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正しく知ってほしい放射線治療 [Part-1]
放射線治療で免疫力が下がる?
正しく知ってほしい放射線治療 [Part-1]

中川 恵一(なかがわ けいいち)先生
新型コロナウイルスの感染が世界中に拡大する中で、乳がんの放射線治療を受けられていた著名人の方が同ウイルスに感染し、不幸にもお亡くなりになりました。これをきっかけに、「放射線治療で免疫力が低下するのではないか」といった不安が、がん患者さんやご家族の間で広がりました。
福島原発事故後、がん患者さんが放射線治療を避けるようになった結果、がんの死亡率が上昇したという苦い経験をしている放射線治療の第一人者・中川恵一(なかがわ けいいち)先生。そうした悲劇を二度と繰り返さないようにと、放射線治療の普及・啓発活動に注力しています。「放射線治療はメリットが大きく、体への負担も少ない『コロナ禍でも心配ない治療法』であることをわかりやすく、粘り強く伝えていきたい」と語っています。
目次
がんで死亡するリスクは新型コロナとは比べ物にならない

2011年3月、東日本大震災とそれに伴う福島原発事故が起こったとき、私たち放射線科専門医は苦い経験をしました。
原発事故で放射能漏れが発生したことから、「周辺地域では放射線被曝によって、がんの発症リスクが急上昇するのでは」などと報じられたため、“放射線”に不安を感じて、放射線治療に抵抗を感じるがん患者さんが続出したのです。
ところが、世界的なコロナ禍の中で今、同じ過ちが犯されそうになっています。
今年4月、女優の岡江久美子さんが新型コロナウイルスに感染、不幸なことに重症化して63歳の若さで亡くなりました。
岡江さんは、乳がんで放射線治療を受けていたとのことですが、「そのために免疫力が低下し、重症化したのではないか」といった根も葉もない報道が一部でなされました。そのため、医療機関などに「がんで放射線治療を受けても大丈夫なのか」といった問い合わせが殺到。このままでは放射線治療をためらうがん患者さんが再び増え、「あのときの二の舞になるのではないか」と私は危機感を覚えました。
確かに新型コロナウイルスはまだわかっていないことも多く、人類の脅威であることは間違いありません。しかし医療体制の整った日本は、新型コロナウイルスによる死亡率が欧米と比べても極めて低く、今年6月24日時点での累計の死者数も、971人に止まっています。
有効なワクチンや治療薬が開発されれば、死亡率はさらに減少するでしょう。その一方で、日本におけるがんの死者数予測(2019年)は、年間約38万人※1にも達しています。がんによって生命を失うリスクは、新型コロナウイルスのそれとは比べ物にならないほど大きいといえます。
※1 国立がん研究センター がん情報サービス「2019年のがん統計予測」より
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/short_pred.html
放射線治療により免疫力が低下するか、ということについては、医学のエビデンス(科学的根拠)に基づいて結論から申し上げましょう。
現在の一般的ながんの放射線治療では、免疫機能が低下することはほとんどありません。したがって、がんの放射線治療を受けることで新型コロナウイルスなどの感染症を発症するリスクが増大することは、基本的にないと考えていいのです。
新型コロナウイルス感染症を恐れるあまり、適切ながん治療を受けず、がんで命を落としてしまっては元も子もありません。そこでがんの放射線治療について詳しく説明してその効果と安全性をよく理解してもらうことが、放射線科専門医に課せられた責務だと私は考えています。
米国では、がん患者の半数以上が選択する放射線治療
ここで、がんと放射線治療の関係について簡単に確認しておきましょう。実は私たちの身の回りにも放射線は自然に存在していて、ごく微量の弱い放射線であれば健康に影響を与えることはありません。
しかし、放射線には、人間の細胞を傷つける作用があるのも事実です。強い放射線を大量に浴びれば死に至ることもあります。そうした放射線の性質を悪用したのが核兵器です。
それに対して、放射線の性質を逆手に取ってがん治療に役立てているのが「放射線治療」です。がん細胞は正常細胞よりも放射線に弱いという性質があります。そこで放射線を調節して照射し、がん細胞のみを死滅させることを狙ったのが、放射線治療の基本的な仕組みです。
もちろん放射線を当てれば、正常細胞もダメージを受けることは避けられません。一般に外部照射と呼ばれる放射線治療では、放射線を外部から体内のがん病巣に照射します。
すると、例えば体の表面とがんの間にある正常組織も、がんと一緒に放射線を浴びて炎症のような副作用が起こったりするわけです。
とはいえ、がんの放射線治療は近年目覚しい進歩を遂げています。例えばコンピューターでがんの位置や形、大きさを正確に把握して、周囲の正常細胞になるべく放射線が当たらないように照射をコントロールする技術も確立されました。
がんを目がけてさまざまな角度から弱い放射線を照射する、という治療法も広まっています。戦国時代の武将・毛利元就の「三本の矢」のエピソードに似ていて、1本1本の放射線は弱いので、正常組織へのダメージは少ないものの、四方八方から集中して浴びせれば、がんを強く叩くパワーを発揮できるわけです。
【図表】ピンポイント放射線治療

このように、現在の放射線治療はがんを選択的に効率よく攻撃できるようになっています。体への負担が少なく治療効果が期待できる治療法のひとつといえるでしょう。
体を傷つけず、機能を温存しながら治療が行え、多くは通院のみで治療を受けることができます。
日本では欧米に比べて放射線科専門医が少なく、がんの放射線治療の普及も遅れていたのですが、最近では放射線治療を受けるがん患者さんも増えてきています。放射線治療のメリットや実績が広く認識されるようになったことが理由の一つではないかと私は考えています。
【図1】がん患者のうち放射線治療を実施している患者割合

新型コロナウイルスの蔓延によって、がんの手術では、残念ながら延期せざるをえなくなった医療機関も少なくありませんでした。
がんの放射線治療では、そのような場合でも実施できる可能性もありますので、治療の特徴を理解し、一つの選択肢として 視野に入れていただければと思います。
ポイントまとめ
- がんで命を失うリスクは、新型コロナウイルスによる死亡率よりはるかに大きい
- 一般的ながんの放射線治療で免疫機能が低下することはほとんどなく、放射線治療を受けることで新型コロナウイルスなどの感染症を発症するリスクは基本的にない
- 現在の放射線治療はがんを効率よく攻撃でき、体への負担も少なくなっている
- 放射線治療なら入院は不要。通院のみで受けられるケースが多く日常生活を送る上でメリットが大きい
- 【当記事の参考】
日本放射線腫瘍学会 がん医療および放射線治療に関するFAQ
https://jastro-covid19.net/patient/
国立がん研究センター がん情報サービス
https://ganjoho.jp/public/index.html
取材にご協力いただいたドクター

中川 恵一 (なかがわ けいいち) 先生
東京大学医学部附属病院 放射線科 准教授/放射線治療部門長
元がん対策推進協議会委員、がん対策推進企業アクション議長(厚生労働省)、がん教育検討委員会委員(文部科学省)
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