放射線の感受性を上げ、大きながんにも効果を期待。
2人の医師が語る「コータック治療の可能性」

公開日:2020年03月31日
[右]
高知大学名誉教授
コータック治療開発者

小川 恭弘(おがわ やすひろ)先生
[左]
東京放射線クリニック院長

柏原 賢一(かしはら けんいち)先生

2019年7月、文部科学省所管の国立研究開発法人「科学技術振興機構(JST)」と経済産業省所管の国立研究開発法人「新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)」による、「大学発ベンチャー表彰2019~Award for Academic Startups~」で、「増感放射線治療KORTUC(コータック)」が日本ベンチャー学会会長賞を受賞しました。

一般的によく知られている材料で放射線治療の効果を高め、海外での治験も進んでいるというこの治療について、開発者である小川恭弘(おがわやすひろ)先生(高知大学名誉教授/高知総合リハビリテーション病院院長)と、コータックをいち早く導入し治療を行っている東京放射線クリニックの柏原賢一(かしはらけんいち)院長に対談形式でお話を伺いました。

目次

オキシドールで放射線治療の感受性を上げる?
コータック治療の仕組みとは

オキシドールで放射線治療の感受性を上げる?コータック治療の仕組みとは
「大学発ベンチャー表彰2019~Award for Academic Startups~」での、コータックの日本ベンチャー学会会長賞受賞、おめでとうございます。コータックのことをはじめて聞く方も多いと思うのですが、どういった治療なのでしょうか?
小川先生(以下:小川):

この受賞でコータックが世間に知られることになり、率直に喜んでいます。

柏原先生(以下:柏原):

コータックは2006年、小川先生が高知大学医学部放射線医学講座教授時代に開発した、がん放射線治療のひとつです。

小川:

コータックとは「Kochi Oxydol-Radiation Therapy for Unresectable Carcinomas:高知大学発のオキシドールによる増感作用を利用した切除不能ながんに対する放射線治療法」の略で、さまざまな固形がん(血液のがん以外の乳がんや肺がん、大腸がんなど、臓器やさまざまな組織などで塊をつくるがんのこと)に効果を発揮する「増感放射線療法」です。

がん細胞は、正常細胞と違いあまり酸素を必要とせずに増殖することなどから、がん組織とその周囲は低酸素状態になることが知られています。また、放射線からがんを守る働きをする抗酸化酵素(ペルオキシダーゼ)が増加します。この低酸素状態と酵素の働きにより、放射線治療の効果は3分の1程度まで低下してしまいます。

そこで私は抗酸化酵素の働きを抑え、腫瘍組織の低酸素状態を改善する方法を模索し続け、消毒液として使われるオキシドールが抗酸化酵素を失活させることを発見したのです。

さらに、その効果を持続させると同時に、オキシドールの注射の痛みを和らげるにはヒアルロン酸を混ぜると効果的であることも、研究の過程でわかりました。

この増感剤「オキシドール+ヒアルロン酸」を腫瘍に注射すると、抗酸化酵素を分解し酸素が発生するため、放射線治療の本来の力を発揮することができるのです。この放射線増感剤と、それを併用した放射線治療のことを「KORTUC(コータック)」と呼んでいます。

オキシドールで放射線治療の感受性を上げる?コータック治療の仕組みとは

出典:東京放射線クリニックホームページ https://www.troc.jp/

オキシドールは消毒液などで、ヒアルロン酸は化粧水などで世間一般的によく知られていますが、これらを混ぜた製剤が放射線の感受性を高めるとは驚きですね。
小川:

コータックによる治療の症例は、私自身が行ったものと、柏原先生の東京放射線クリニックをはじめ全国の医療機関で行われたものを含め、これまでに1,000例を超えています。

中にはリンパ節転移した局所進行乳がんや、直径15センチに達した乳がんの症例、骨に転移した末期の巨大な大腸がんを治療した例もあり、特に大きい腫瘍や放射線治療抵抗性(放射線治療が効きにくい)のがんに効果が期待できます。

柏原:

私のクリニックでは主に高精度放射線治療を行っていますが、放射線治療のみでは難しい大きながんに対しては、増感剤を併用するコータックも選択肢としてご提案しています。

コータックはまだ公的保険の適用になっていない治療ですが、当クリニックでもこれまでに100例以上の方に治療を実施しています。
小川先生のお話にもありましたが、大きながんや放射線が効きにくいがんに対して効果が期待でき、当クリニックでは特に乳がんの方に対して治療を行うケースが多いです。

コータック治療では、通常の放射線治療(照射)前に増感剤を注射し、放射線の感受性を高めた後で照射を行います。放射線治療は通院で毎日照射を行いますが、コータックは毎回注射するわけではなく、治療経過に合わせて数回注射する場合が多いです。注射の本数や量などは、がんの大きさや治療経過により異なります。

コータック注射の様子

※コータック注射の様子

たとえば、7センチを超えるような大きな乳がんの方のケースでは、16回の放射線治療の間に5回増感剤(コータック)を併用して治療を行いました。

当クリニックには、乳房切除をなんとか避けて治療したいという患者さんが多く訪れます。その際には、まず手術などの標準治療が第一選択となり、有効性のエビデンス(科学的根拠)が高いということを必ずお伝えしています。

それで納得されて標準治療を受けられる方もいらっしゃいます。一方で、それでも手術を避けたいという方や、中には切除をするくらいなら治療をしない、とおっしゃる方もいらっしゃいます。

その際には、コータックについての説明をしっかりして、同意を得たうえで治療をご提案しています。小川先生の著書『免疫療法を超えるがん治療革命 増感放射線療法コータックの威力(https://www.amazon.co.jp/dp/4334951007) 』を読んでお越しになる患者さんもおられました。

柏原先生
小川:

昨年6月に刊行しましたが、コータックを知っていただきたいとの思いから、全国3,500か所 の公立・大学図書館にも無料で提供させていただきました。必要とされる患者さんやそのご家族の方に役立てばと思っています。

イギリスの王立病院で治験を実施。
グローバルに広まりつつあるコータック

柏原先生、小川先生
現在コータックは、柏原先生のいらっしゃる東京放射線クリニックをはじめ、全国で十数か所の医療機関で実施されているそうですが、今後の展望はいかがでしょうか。
小川:

まず、この治療が日本で保険適用となることで患者様の経済的負担を抑えること、次に治療へのアクセスを高めるために、国内外での実施施設を大きく増やしていきたいと考えています。

そのために開発当時から改良を重ね、製剤や注射する容器に関しては、高知大学や「株式会社KORTUC※1」を通じて、日本、イギリス、フランス、ドイツ、中国、オーストラリア、カナダ、アメリカの各国で特許を取得しました。ただし、医薬品としての保険適用への道のりはまだ道半ばといったところです。

※1 株式会社KORTUCは、放射線増感剤KORTUCの医薬品、医療機器の開発および販売を行うために2015年に設立された企業。

柏原:

これまで、小川先生自ら国内の製薬会社に、医薬品としての開発を打診されたと聞いています。

小川:

100社近く訪問しましたが、「効果が高いことはわかりますが、採算が合いません」という反応がほとんどでした。というのも、コータックは市販の消毒液であるオキシドールとヒアルロン酸の混合液なので、製造コストが安いのです。患者さんにとっては治療費が安く済むため非常によいのですが、製薬会社にとっては利益になりません。

柏原:

厚生労働省に承認を得るための臨床試験や治験を実施するにも巨額の費用が必要ですから、一人の医師や病院単独で行うことは非常に困難かと思います。医療費の高騰が問題になっている日本で、コストが安いことがハードルになるというのは皮肉な話です。

小川先生
小川:

そうした中で、少しでも早く多くの患者さんにコータックを受けていただく環境を整えることを模索し、2017年からイギリスの王立マースデン病院で臨床試験を始めることができました。

同院はがんの研究と治療を専門とする病院として、ヨーロッパ では権威です。私の書いた論文が、同院放射線治療部門トップのジョン・ヤーノルド先生の目に留まり、コータックに興味を持ってもらえました。
その結果、科学技術振興機構や金融機関などからなんとか資金を調達することができ、2017年から18年にかけて第Ⅰ相試験※2を行いました。

第Ⅰ相試験では、局所進行再発乳がんの患者さん13例のうち、12例で腫瘍の縮小がみられ、縮小率は最大で99%、一番効果が低かった方でも50%が縮小するという結果となりました(1例は30センチを超える乳がんであったため、途中で試験から脱落)。驚いたことに12例の全てで、治療12か月後でも乳がんが再び増大することはありませんでした。
第Ⅰ相試験は、主に薬の安全性を確認する試験ではありますが、試験結果が評価され、2019年8月にマンチェスターで開催された国際放射線研究学会で報告を行いました。

20年春には、200例の乳がん患者さんを対象として第Ⅱ相試験が始まります。放射線治療のみの患者さんと、放射線治療に増感剤コータックを併用した患者さんのグループで治療効果を比較する試験です。

治験のための費用は、大手総合商社の双日と、投資会社のスパークス・グループが出資をしてくれました。治験は第Ⅲ相試験まで行われることが一般的ですが、コータックは安全性や有効性について既に高い評価を得ているため、今回の第Ⅱ相試験で良い結果が得られれば、イギリス国内で承認される予定です。

海外での評価が高まっている印象ですね。イギリス以外ではどうなのでしょうか?
小川:

現在は乳がんに限った治験ですが、効果が実証されて医薬品としての承認が得られれば、適用部位も拡大されていくと思います。イギリスで承認が得られることで、日本を始め世界各国で承認される道のりも開かれると思います。

英国がん研究機構は、インドの大手がん治療病院タタメディカルセンターへコータックのレクチャーを開始しています。

また、私自身は双日の橋渡しでアフリカのケニアに飛び、ナイロビの病院を回ってコータックの紹介をし、今後はブラジルにも訪れる予定です。そのほかにも、外務省の推薦で、7月末には新興国で放射線治療を推進する国際原子力機関(IAEA)へのレクチャーや、10月には米国がん学会(AACR)、米国国立がん研究所(NCI)、欧州がん研究治療機関(EORTC)合同のシンポジウムでゲストスピーカーとして登壇する等、最近は海外での活動が多くなっています。

※2 患者に対し初めてお薬を投与する段階の臨床試験のこと。少人数を対象に、主に安全性を確認するために行う試験で、一般的には治療効果を見ることを目的とはしていない。

他の治療との併用など、多くの可能性を秘めたコータック治療

小川先生
他の治療との併用の可能性なども考えられるのでしょうか。
小川:

コータック治療は通常の放射線治療と同じく局所療法なので、まずはコータック治療で腫瘍を小さくし、次いで手術や抗がん剤などを実施するといった方法はこれまでと同様に考えられます。

また、放射線治療では、照射していない部分でがんの縮小などが起こる「アブスコパル」と呼ばれる現象が見られることがあり、これは放射線でがん細胞が破壊され、壊れたがん細胞から免疫細胞の攻撃ターゲットとなる目印(がん抗原)が出てくることで、体内の免疫細胞が活性化されることで起こるといわれています。

柏原:

当クリニックの症例でも、通常は局所治療だけでは後々遠隔転移が起こることも少なくないトリプルネガティブやHER2陽性乳がんなどの患者さんでも、コータック治療を行うとその後の再発や転移が生じる患者さんが少ないように思います。

小川:

アブスコパル効果により、全身の免疫が活性化された可能性はあると思います。免疫細胞を活性化する「がん免疫療法」とコータックを組み合わせることで、アブスコパル効果を促す治療なども、今後可能性が期待できるかもしれません。

日本で使用されるがん治療薬のほとんどは海外からの輸入です。薬価が数千万円もする高額ながん治療薬もありますが、コータックが国内で承認されれば膨れ上がる日本の医療費の抑制にもつながります。何よりも、がんに苦しむ患者さんやご家族を救いたいと考えています。

先の治験でもいい結果が出つつあるため、ぜひ選択肢のひとつとして知っていただきたいと思います。

今後も、より多くの患者さんに早くこの治療をお届けできるよう、引き続き努力したいと思います。

日本発の画期的な治療ということで、コータックのさらなる普及を期待しております。先生方、本日はありがとうございました。
柏原先生・小川先生

ポイントまとめ

  • がんが増大するにつれて、低酸素状態や抗酸化酵素によって放射線治療が効きにくくなる
  • オキシドールとヒアルロン酸を原料とした安価で安全な放射線治療増感剤「コータック」が開発されている
  • コータックはさまざまな固形がんが対象となり、サイズの大きな腫瘍にも効果を発揮
  • コータックはこれまで1,000以上の実施症例があり、現在は英国王立マース デン病院で承認を目指した治験(第Ⅱ相試験)を実施中
  • イギリスのみならず、米国、アフリカ、インド、ブラジルなどでも注目され、期待されている
  • 免疫療法などと相性が良いため、併用療法での効果向上も期待される

取材にご協力いただいたドクター

小川 恭弘 (おがわ やすひろ) 先生

医療法人社団晴緑会 高知総合リハビリテーション病院院長 /兵庫県立加古川医療センター名誉院長 /高知大学名誉教授

柏原 賢一先生

柏原 賢一 (かしはら けんいち) 先生


一般社団法人あきらめないがん治療ネットワーク 理事


主な資格など
医学博士
日本医学放射線学会 放射線治療専門医

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