がん細胞だけをピンポイントで治療。 “次世代”の放射線治療「ホウ素中性子捕捉療法」とは

公開日:2019年05月24日

外科治療や抗がん剤治療と並び、がんの3大治療の1つに数えられる放射線治療の分野では、近年、患者さんの体にやさしい低侵襲治療の研究開発が進められています。今後の躍進が期待される治療法「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT ビー・エヌ・シー・ティー Boron Neutron Capture Therapy)」は、副作用が少ないうえに、1度の照射で根治の可能性も高いと言われています。

またBNCTは、有効的な治療法が見つかっていない難治がんや希少がんに対しても効果が見込めると期待されています。現在、実用化に向けた研究に尽力し、「2、3年後の治療開始を目指したい」と語る国立がん研究センター中央病院放射線治療科 放射線治療科長の伊丹純(いたみ じゅん)先生にBNCTについて伺いました。

目次

中性子とそれに反応するホウ素を用い、核分裂によってがん細胞を破壊

放射線治療は、外科治療(手術等)と同じように局所療法として、がんの根治はもちろん、症状の緩和を目的とした治療としても用いられます。がんに侵された部分を切除することなく治療でき、体の機能・形態を損なわず患者さんの生活の質(QOL)を保てるという特徴があります。そのため、切除が困難な頭頸部や骨盤部などの治療にも用いられてきました。

また近年では、正常細胞へのダメージをできるだけ少なく抑えられるよう治療も進化しており、多方向から放射線に強弱をつけてがんの形に合わせて照射するIMRT(強度変調放射線治療)などの高精度放射線治療や、重粒子線治療や陽子線治療などのX線以外の放射線を利用した治療も開発されて、効果を発揮しています。

このように進化する放射線治療の中でも、伊丹先生が推進するBNCTは「次世代の治療」として期待されています。BNCTとは、一体どのような治療法なのでしょうか。

「ひとことで言うと、中性子とそれに反応するホウ素を用い、正常細胞への影響を抑えてがん細胞のみを破壊することを狙う治療法です。具体的には、まず患者さんの体にホウ素製剤を投与してがん細胞に集積させます。ホウ素製剤を用いるのは、がん細胞がこれを積極的に吸収する原理によるもので、がん細胞にホウ素が集積されたタイミングに合わせて中性子を照射します。すると、ホウ素を吸収した部分だけで核分裂反応が起こり、がん細胞が破壊されるという仕組みです」(伊丹先生)

副作用が軽微で、事前に効果の予測も可能

放射線治療は、通常2、3か月を要し、正常細胞に放射線があたった部分には副作用を伴います。例えば頭頸部への照射であれば、脱毛、皮膚炎 、口内炎、吐き気などの副作用をでる場合があります。BNCTの場合、治療は1日で終了し、正常細胞への影響も抑えることができるため、副作用も軽微だと伊丹先生はいいます。

「従来の放射線治療の場合、正常細胞へのダメージをできるだけ少なくするために、1回5~15分の照射を複数回に分けて行います。一方BNCTでは60分ほどかけて1回のみ照射します。照射の3時間ほど前からホウ素製剤の点滴を始めて、これに2時間ほどかかりますから、トータルの治療時間は3、4時間になりますが、治療は1日で終了します。

ホウ素を集積したがん細胞をピンポイントで破壊するため、大きな副作用がでる可能性は低いと言えます。ホウ素製剤は微量ながら正常細胞も吸収するので、その点で副作用が部分的に起こる可能性はあるものの、ごく軽度でしょう。投与するホウ素製剤自体も人体には無害です。」

伊丹先生よれば、「正常細胞に比べてがん細胞はより多くのホウ素を取り入れる」とのことですが、なぜ、そのようなことが起こるのでしょうか。

「正常細胞に比べてがん細胞は何倍ものスピードで分裂して増殖していきますから、それには多くのアミノ酸を必要とします。ホウ素製剤はアミノ酸由来なので、がん細胞が増殖するために必要不可欠なものなのです」

ただし、全てのがん細胞が同じようにホウ素を吸収するわけではないといいます。しかし、効くか効かないかについて、治療前に判断できるのもこの治療が期待される理由のひとつです。

「治療前の患者さんにホウ素薬剤を注射して、専用のPET検査(陽電子断層撮影)を行うと、その患者さんのがん細胞がどのくらいのホウ素製剤を吸収するかがわかりますから、結果、BNCTの効果が予測できるのです。こうした事前検査のお陰で、患者さんに効果のない治療をして負担をかけたり、薬剤を無駄にしたりすることもありません。がんのタイプ別に取り入れるかどうかを決められるBNCTは、個別化医療を担う治療法の1つといえます」

表皮近くに発症する血管肉腫など難治がんで治験を開始

まさに夢のような治療法ですが、もちろん限界もあります。外部から照射した中性子の届く範囲が、表皮から6~7㎝と制限されるため、伊丹先生は、まず、表皮に発症する悪性黒色腫(メラノーマ)や血管肉腫の患者さんで治験をスタートさせたいと考えています。

「高齢者の頭皮に生じやすい血管肉腫などは効果的な治療法がないというのが現状です。希少がん、難治がんに関しては、少しでも早くこうした治療法が承認されるように急がなければならないと思っています。また、既に放射線治療を受けられていて、同じ部位で再発した患者さんに対しても、BNCTにより再度治療できる可能性もあります。」

このように、再発後の治療にも効果が期待できるBNCTですが、患者さんのQOL向上のためにも、伊丹先生は初発のがんからこの治療が受けられるようにしていきたいと考えています。

「正常な脳組織には、有害な物質が脳内に侵入するのを防ぐ血液脳関門があり、ここが〝関所〟のような働きをしています。脳腫瘍などを発症した人の場合、この血液脳関門が壊れていることがあるのですが、それがかえってホウ素製剤の脳への通りを良くして、結果、BNCTがスムーズに行われるということも起こります。ただ、その前に放射線治療を行うことで脳関門が閉じてしまこともあり、そうなるとBNCTの効果が発揮できなくなってしまいます。このようなケースを想定すると、やはり初発からBNCTを受けていただきたいと思います」

中性子を発生させる加速器の開発によって実用化が可能に

BNCTを広めたいとの思いから、伊丹先生が医療機器メーカーの(株)CICSと組み、加速器の開発にも関わって10年近くになりますが、この治療法の原理が提唱されたのは、じつは80年以上も前のことでした。

きっかけは、1932年、イギリスの物理学者ジェームズ・チャドウィックによる中性子の発見でした。これを受けて50年代のアメリカでは、ハーバード大学を中心に、ブルックヘブン国立研究所やマサチューセッツ工科大学などで臨床研究が行われました。日本でも1968年から74年までに東大の佐野圭司教授や帝京大の畠中担教授のグループが脳腫瘍において13の症例を発表。アメリカを上回る好成績を上げたといわれています。

しかし、その後、この治療法が長らく発展しなかったのはなぜなのでしょうか。

「ひとつには中性子を発生させる設備の問題です。当時、この治療に必要な中性子を得るには原子炉しかありませんでした。治療のたびに患者さんを原子炉まで連れて行くのは非常に非効率なことですし、そもそも原子炉自体、医療用に開発されたものではありません。BNCTが発展しなかった一番の理由は、原子炉に変わって中性子を発生させる加速器の開発に時間を要した点にあります」

2015年、国立がん研究センター中央病院に世界初となる病院内設置型BNCTが設置され、翌年には公開されました。また、住友重機械工業も京都大学との共同研究で加速器を開発。現在、それは大阪医科大学と総合南東北病院に設置されています。

「こうしたなか、当院の病院内設置型BNCTが画期的と言われる理由は、加速器は水平ビームを用いているのが一般的ですが、当院の加速器は上から照射することが可能な垂直ビームだからです。加速器そのものがコンパクトなので天井からつることができるのです。

コンパクト設計の理由は、リチウムターゲット(ベリリウムターゲットが一般的)システムにあります。加速器で発生させた中性子は、そのままだとエネルギー量が大き過ぎて患者さんに被爆の問題が生じるため、照射部分で減速させる必要があります。リチウムターゲットの場合、加速器で加速させた陽子線をリチウムに衝突させて中性子を生成するのですが、ベリリウムを用いた加速器と比較して生成されるエネルギーが低いため、ベリリウムほどの減速は必要なく、その分、機械のサイズもコンパクトになっているのです」

基礎的なデータは得られており、今秋までには頭皮の血管肉腫などの治験を開始して、2、3年後の承認を目指したいとのこと。

「今後、ホウ素製剤も加速器もよりレベルアップしていくでしょうから、治療環境はどんどん整っていくことでしょう。当初は希少ながんが対象になりますが、国立がん研究センターという環境ですので、患者さんも集まりやすいと思います。とにかく1日でも早く治験を始めたいですね。将来的には乳がん治療などにも役立てていきたいですし、垂直ビームという利点を活かせば術中照射も可能で、そうなるとすい臓がんの治療にも効果が得られるのではないとかと期待は膨らみます」

これからの展開を意欲的に語る伊丹先生ですが、BNCTに関わってからはクリアすべき問題が多く、遅々として進まない場面に悩むことも少なくありませんでした。長かったこの10年を振り返ると、ある言葉がよぎります。

「人間は常に解決しうる問題のみを問題としている」というマルクスの言葉です。若き日に出会い、感銘を受けたこの言葉の深さを改めて実感したと語る伊丹先生。先生のようにがん治療に情熱を燃やす医師がいる限り、がん治療は今後も進化を続け、BNCTのように未来へ希望をつなぐ治療法が生み出されていくことでしょう。

取材にご協力いただいたドクター

伊丹 純 (いたみ じゅん) 先生

国立研究開発法人 国立がん研究センター 中央病院 放射線治療科長

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