【特集記事】がん患者さんと家族の心のケアの専門クリニックから患者さんへ

公開日:2018年03月30日

目次

がんも慢性疾患であり、けっして特別な病気ではありません

「リエゾン精神医学」という言葉をご存知でしょうか。

これは、精神科医が精神科だけでなく、救急はじめ内科、外科から緩和医療まであらゆる診療科と連携しながらチーム医療で患者さんの心のケアに携わる新しい領域です。精神科医である私は、リエゾン精神医学、サイコオンコロジーの普及を目指して多くのがん患者さんの治療にあたってきました。そして、昨年8月に聖路加国際病院の近くにがん患者さんとご家族の心の専門クリニックを開院しました。

当クリニックには、がんの告知でショックを受けている患者さん、家族ががんになり患者さん本人の前では泣けないご家族、ネガティブ思考で翻弄されている患者さん、ホルモン療法中にうつ状態になった乳がん患者さん、がんが再発・転移して希望をなくした患者さんとそのご家族、ご家族をがんで亡くして絶望的になっているご遺族など、がんという病気やがん診療にさまざまな悩みをもった人が受診します。

日本人の2人に1人ががんになり、日本人の3人に1人ががんで亡くなるといわれています。当クリニックを受診する患者さんの多くが,がんという言葉から「死」を強く意識しています。しかし、これらの数字からわかることは、がん患者の約半数は経過観察中にがん以外の病気などで亡くなり、中にはがんが治った人や、天寿を全うする人もいます。

病気は、治癒する病気と治癒しない病気に大きく分けられます。インフルエンザや風邪、虫垂炎などの急性疾患は適切に治療すれば治ります。一方、高血圧症、高脂血症、糖尿病などの慢性疾患は一般的には治癒しない病気であり、病状をコントロールして健康な状態を維持する治療が行われます。

糖尿病の患者さんは食事療法、運動療法、薬物療法で血糖値やヘモグロビンA1cの数値が基準を超えないようにします。がんの患者さんは腫瘍マーカーの数値が上がらないように注意します。糖尿病をはじめとする生活習慣病と同様に、がんも慢性疾患であり、けっして特別な病気ではありません。このように説明をすることで多くの患者さんが抱えている、がんに対する恐怖や不安は消えていきます。

がん患者さんのうつ病は最優先で治療されるべきです

当クリニックの患者さんの約20%がうつ病を持っています。うつ病の前段階ともいえる適応障害の患者さんはさらに多く全体の約55%を占めます。適応障害はうつ病ほど症状は重くありませんが、食欲がなくなったり、眠れなくなったりします。当クリニックの患者さんは一般的なメンタルクリニックの患者さんと違って、もともと精神的に健康な人が多いのが特徴です。

以前、聖路加国際病院精神腫瘍科で行った臨床研究で、がん患者さん100人の受診後の経過を調べたところ、28%は3カ月後に治療の必要がなくなるまで回復しました。精神機能が脆弱ではない人が突然がんを告知されショックで落ち込んでも、きっかけさえあれば自力で立ち上がることができます。そんな患者さんのために後押しするのが当クリニックの役割です。

私は当院を開院するまで聖路加国際病院精神腫瘍科に7年間勤務していました。患者さんの1人で化学療法が始まってうつ病を併発した人がいました。私は標準的な治療として抗うつ薬を処方しました。すると患者さんは、「私の体は抗がん剤でボロボロになって、そのうえ抗うつ剤を飲まなくてはいけないのですか」と泣きながら訴えました。そのとき、私は今後薬物に頼らないうつ病治療を考えなければならないと痛感しました。

米国では1990年代にうつ病に対する運動療法の臨床研究が数多く行われました。たとえば、うつ病患者を抗うつ剤による薬物療法群と運動療法群に分けて治療効果を比較したところ、両群は同程度に症状が改善したと報告されています。

うつ病の薬物療法では症状が改善しても半年間は薬の服用を継続し、その後用量を少しずつ減らしていきます。1年後には薬が必要でなくなる状態を目指しますが、患者さんにとって薬のない状態は不安です。そこで、念のためにということで薬が処方されることがありますが、そんな状態が続けば、いつまでたっても薬から解放されません。

当クリニックで行っている治療は、カウンセリングが基本です。がん患者さんの個人カウンセリング、夫婦を対象にしたカウンセリング(夫婦療法)、家族療法(3人以上、あるいは子どもさんを加えたカウンセリング)、グループ療法(乳がん患者さん数名を対象としたカウンセリング)、運動療法、音楽療法、論理療法、マインドフルネス瞑想、薬物療法などがあります。

できるだけ薬を使わない治療を心がけています。患者さん一人ひとり時間をかけて診ることが治療方針ですから、1日に診察できる患者さんの数は限られ、多くても20人程度です。

必要に応じて薬物を使うことがあります。たとえば、不眠を訴える患者さんには適宜、睡眠導入剤を処方します。不眠症は睡眠導入剤で症状を改善させることが可能です。しかし、患者さんの多くは睡眠導入剤(睡眠薬)に対する偏見があり、薬物依存を心配します。国や製薬メーカーの調査でも日本人は睡眠導入剤(睡眠薬)に対してネガティブなイメージを持っているという結果が報告されています。

多くの研究で、うつ病に罹ると免疫機能が低下することが知られています。がん患者さんがうつ病を合併すると免疫機能が低下して、その結果がんが進行することが推測されています。不眠が続くと免疫機能が低下してがんが進行する可能性があります。がんの進行を遅らせるために免疫機能を高める必要があり、睡眠導入剤が有用です。また、腹式呼吸、全身性筋弛緩法、自律訓練、イメージ療法などリラクセーションの方法を指導したりすることもあります。

いずれにしてもがん患者さんのうつ病は最優先で治療されるべきであると考えています。

あきらめず、その人なりの方法でがんと向き合いましょう

当クリニックの治療目標は、患者さんのQOLを高めて生存期間を延長させることです。そのためには患者さんに「自分をコントロールしている感」を持ってもらうことを重視しています。抗不安薬を服用すれば不安は抑えられ、抗うつ薬を服用すれば抑うつは抑えられます。

視点をかえれば、これは薬にコントロールされている状態といえます。私は、抗不安薬を予防的な使用を目的に処方することもあり、患者さんには不安になりそうなときに自分で判断して早めに飲むように指導します。そうすると、1日に1回しか服用しないこともあれば、1回も服用しなかったり、4回服用したりすることがあるかもしれません。しかし、患者さんは主体的に薬を使うことで症状をコントロールしていることになります。

自分のがんとどのように向き合うべきかはがん患者さんにとって重要な課題です。

興味深い研究結果をご紹介しましょう。
イギリスの心理療法家の研究グループががん患者を、

  • 1.がんに負けないように闘う群
  • 2.がんを真摯に受け止めて治療に励む群
  • 3.あきらめて絶望的になっている群
  • 4.がんであることを忘れたかのように過ごす群の4つのグループ

に分けて12年間追跡しました。

その結果、あきらめて絶望的になっている群は、他の3つのグループより早期に亡くなる人が多かったのですが、あきらめて絶望的になっている群以外の3つのグループの予後にはっきりした差はなかったといいます。この結果が示唆することは、うつ病は治さなければいけないこと以外では、その人なりの方法でがんと向き合えばいいということです。

「東京オリンピックが開かれる年まで生きていられないかもしれない」と悲観する患者さんに、どのような言葉をかければ患者さんは前向きになれると思いますか。

「そんなことはないですよ。大丈夫、きっと見られますよ」と言って励ましますか。

この言葉では患者さんが立ち直るのはなかなか難しいと思います。根拠のないネガティブ思考を根拠のないポジティブ思考が支える空虚な言葉だからです。不健全で間違った思考を、論理的で健全な思考に変えることもカウンセリングの一種です。この場合はたとえば、「東京オリンピックが開かれる年まで生きていられないとは限らない」という思考に切り替えれば、2年後に健康を取り戻すために必要な対策を検討することができます。

がん対策基本法(2007年4月施行)にはがんの医療水準の均てん化が示され、どこに住んでいても均等な質のがん医療が受けられるようにさまざまな政策が講じられてきました。私は、精神腫瘍科領域でも『心のケアの均てん化』を目指してさまざまなことに取り組んできました。

患者同士の連帯感を醸成するグループ療法を全国各地で展開するために行っているカウンセラーの養成などもその1つです。今後は全国のがん診療拠点病院の相談員を、インターネット会議などで指導するシステムを整えていくことも検討しています。

がん患者さんに知っておいてほしいこと

主治医に「あなたの場合は5年生存率が20%です」と言われたらどのように感じますか。

「5年後に5人に1人しか生きていられないということは、自分は4人のほうに入るだろう。5年以内というと、いつまで生きられるのだろう…」と考える人は多いかもしれません。

5年生存率は、がんの治療開始から5年後に生存している人の割合のことです。5年前に治療を始めた人の生存率であって、これから治療を始める人には意味のない数字です。

むしろ、この5年間で新たな抗がん剤や治療法が開発され、治験が進んでいる薬もあります。長く生きればその恩恵を受けることもできます。

深刻な悩みをもっているのはがんが進行した患者さんばかりではありません。ステージ1、2のがん患者さんでも再発・転移への不安や、がんに対する恐怖感で苦しんでいる人は少なくありません。そんな患者さんのために、フォーラム「ステージ4をぶっ飛ばせ!」を開催したこともあります。

がん患者さんとご家族300人を集め、ステージ4の患者さん4人と私が、「毎日の過ごし方」や「死との向き合い方」などについて話し合いました。会場は共感、感動、笑い、涙に包まれ、参加者から「ステージ4でもいきいき生活していることがわかって勇気づけられた」「本音を聞いて元気が出てきた」などといった感想をいただきました。

がんは慢性疾患であり、治療は長期に及びます。長丁場を乗り切るには主治医との信頼関係が必要です。主治医とのコミュニケーションに不安があればセカンドオピニオン、サードオピニオンを受けることをお勧めします。同じエビデンスやデータをもとに説明される場合は、より相性の良い医師を選ぶことが大切です。

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