【QOL(生活の質)】~焦らず、あわてず、抱え込まず~

公開日:2012年08月01日

目次

再発・転移が辛いのは無理もない

がんの再発や転移を告げられた時、患者さんが受けるショックは計り知れません。日本医療政策機構の「がん患者意識調査2010」によると、がんの診断や治療で「こころ」と「からだ」の痛みに悩む患者は6割にのぼり、がん医療への不満点としてもっとも多いのが精神面のサポートでした。
調査の自由回答欄には、「医師不足の現状の中で仕方がないかとあきらめつつも、患者の肉体的な観かたのみに流されて、患者の”心”の傷は淋しいかぎりです」(がん患者・経験者、70歳代、女性、乳房)、「がんを宣告された後の身の振り方を相談できる機関、手術退院後の心身の面をケアしてくれる機関が必要」(がん患者・経験者、60歳代、女性、胃)といった声が寄せられていました。
がんそのものの辛さはさることながら、精神的なサポート体制が十分でないことから、患者さんがよりいっそう大変な思いを感じていることが表れています。焦ったり、精神的にふさぎ込んでしまったとしても、無理からぬことです。

情報を集めて、”辛さ”の見通しを立てる

再発・転移の患者さんの精神的な辛さの奥には、「いつどうなるかわからない」という漠然とした不安感があるのではないでしょうか。先々の見通しが立たない状況は、誰にとっても苦しいもので、自分の病気を受け入れるまでの大きな足かせになります。
逆に言うと、大まかであっても見通しを立てることができれば、患者さんの精神的な苦痛は少し和らぐかもしれません。そこで1つのヒントとなるのが、スイスの精神科医キューブラー・ロス博士が提唱した「悲しみを受け入れるまでの5段階」です。博士は1960年代に200人ものがん患者にインタビューし、がんを告知された人に見られる心の揺れを、次のように整理しました。

【第1段階 否認】
衝撃的なニュースを聞いた時、誰もが「うそだ」「何かのまちがいだ」と事実を認めたくない気持ちになります。がんも同じで「まさか自分が」「もう再発だなんて信じられない」と否認したくなりますが、心の防御反応として正常なことです。

【第2段階 怒り】
がんが再発・転移したこと事実として理解できるようになると、「なぜ自分だけこんな目に遭うのか」と怒りが沸いてきます。健康な人への羨望や、医師に対する反発心などが生じることもあると言われています。目の前にある重すぎる事実を、他者を攻撃することで紛らわそうとする反応です。

【第3段階 取引】
なんとか延命できないかと、いわゆる”神頼み”をする段階です。「もしがんが治ったら全ての財産を寄附します」「出家して修業するので、がんを治してください」などと、何らかの交換条件を提示して病気の回復を願うことですが、これも多くの患者さんに見られることで、決しておかしな話ではありません。

【第4段階 抑うつ】
がんが進行したり、体力が目に見えて衰えてくると、前段階の取引が無駄であると考え、抑うつ状態に陥ります。キューブラー・ロス博士の分析によると、抑うつには、告知を受けた直後の「反応抑うつ」と、がんが進んで死を覚悟する際の「準備抑うつ」の2つがあるといいます。後者のうつは、自分のなかの死生観を確立していく段階です。

【第5段階 受容】
前段階の抑うつも、ずっと続くわけではありません。一定の期間が過ぎると、事実をそのまま受容できるように精神面に変化が表れます。悲しみや恐怖に包まれていた状態から、穏やかで静かな感情に移ると言われています。

以上の5段階は、自分が今どのような状況にあるかを知るための目安の1つです。やり場のない怒りを募らせていたり、抑うつがひどくて眠れないとしても、いつまでも続くわけではありませんし、決して自分だけがおかしいのではないのです。また、この5段階も絶対的なものではありません。この各5段階をいったり来たりすることもあります。

患者会への参加で誰かを支え、支えられる存在になる

再発・転移の精神的な辛さは、客観的な目安を参考にすることのほか、同じ経験をした人たちとわかち合うことでも氷解するケースがあります。全国各地にある患者会では、家族にも言えない悩みの相談や、治療に関する専門的な情報交換が行われており、患者さんの気持ちを支える大きな役割を果たしています。
一口に患者会といっても、対象者や目的はさまざまで、主に次のようなものがあります。

●がん全般の患者会
あらゆるがんを対象にした患者会です。比較的、大規模な組織が多いため、会員になると同じがんステージの患者さん同士で語らったり、再発・転移の患者さんだけで情報交換できるケースがあります。

●がん種別の患者会
胃がん、乳がん、大腸がんと種類別の患者会です。特定のがんに絞っていることで、専門的な情報が蓄積されている点が強みの1つ。同じがん種同士、普段は人に言えない悩みを分かり合える場としても心強い存在です。

●世代別、状況別の患者会
小児、女性、働き盛り世代、育児世代など、の世代や生活背景などを限定した患者会。病気のことだけでなく、仕事や生活、家族との関わり合いなど、幅広い悩みを共有できます。症例数の少ないがんのみを対象にした会もあります。

●テーマ別患者会
「セカンド・オピニオンの推進」や「がん患者の生命保険」など、特定のテーマをもって会員同士で勉強するタイプの患者会もあります。オストメイト(人工肛門、人工膀胱)を造設した患者さんの会や、手術の傷あとや変色を目立たなくさせる「メディカルメイク」の普及を目指す会などもあります。

患者会の多くは、参考図書や専門的な資料を多数蓄積しています。病気と闘う情報源としても頼れる場であると言えるでしょう。また、患者会に入ると、自分の悩みを相談できるだけでなく、仲間の悩みを聞く機会もあります。お互いに支え合い、必要とし合う関係そのものが精神的な苦痛を和らげることもあります。
人との関わり合いは、患者さんのメンタルケアに欠くことができません。
次回は、がん患者のメンタルケアする専門家の話をお届けします。

※掲載している情報は、記事公開時点のものです。