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がんによる苦痛を緩和する、効果と仕組み
正しく知る「医療用麻薬」。
がんによる苦痛を緩和する、効果と仕組み

星薬科大学薬学部 特任教授
名誉教授
鈴木 勉(すずき つとむ)先生
日本の医療用麻薬の消費量は先進諸国のなかでも最も少なく、使用目的や効果についてもあまり認知されていないのが現状です。「麻薬」は使ってはいけないもの、怖いものというイメージを持たれている方もいるかもしれませんが、医療用麻薬は法的にも使用が許可されており、適正に使用すれば依存性もなく、効果が期待できるものです。がんに伴う痛みを抑えることで、がん患者さんは物事に前向きに取り組めるようになり、QOL(生活の質)向上につながります。
今回は、薬の乱用を防ぐとともに、医療用麻薬の適正使用を推し進めている一般社団法人 医薬品適正使用・乱用防止推進会議代表理事の鈴木 勉(すずき つとむ)先生に、緩和ケアの重要性や、医療用麻薬の効果・仕組みなど詳しくお話を伺いました。
目次
まずは知ってほしい。がん治療における「緩和ケア」の重要性

がんが進行すると、できた部位によっては脊髄圧迫や神経障害など、苦痛を伴うさまざまな症状が出てきます。苦痛の程度には個人差がありますが、そのほとんどは一時的なものではなく、長期にわたって続きます。そのため、患者さんは大変体力を消耗してしまい、日常生活への影響や、治療自体が困難になるケースなどもあります。
また苦痛があると、何ごとにも意欲がわかなくなったり、食欲がない・眠れない・イライラしたりするなど、体力面だけでなく精神面でも消耗してしまうことも少なくありません。
そのため、「緩和ケア」によって適切に苦痛をコントロールしやわらげることが非常に重要です。
苦痛をやわらげることによって、治療に前向きに取り組めるようになることはもちろん、日常生活でも、思い出づくりに夫婦で海外旅行に行ったり、家族と食事に行ったりすることもできるかもしれません。また、仕事に戻ることもできるでしょう。
緩和ケアとは、肉体的な苦痛をやわらげるだけでなく、重い病気を抱える患者さんやその家族一人ひとりの心も含めたつらさをやわらげて、より豊かな人生を送ることができるように支えていくケアです。
緩和ケアというと、「終末期に行う治療」といった印象を持たれている方も少なくありませんが、終末期に限らず適切な段階で取り入れることで、患者さんのQOL(生活の質)向上につながる、がん治療に欠かせない治療の一つです。
「医療用麻薬」でがんによる痛みを緩和。
依存性なく、QOL向上に期待
がんによる痛みの緩和治療にはさまざまな方法がありますが、そのなかで「医療用麻薬」は薬の投与によって痛みを抑える方法です。
世界保健機関(WHO)は1986年に「三段階除痛ラダー」という、がんの痛みをやわらげるための鎮痛薬の使い方を発表しました。現在、がんによる痛みの緩和治療で一般的に用いられています。

※日本緩和医療学会「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(2014年版)」より作成
https://www.jspm.ne.jp/guidelines/pain/2014/pdf/02_03.pdf
三段階除痛ラダーの第一段階はまだ痛みが弱いため、家庭でもよく使われるアスピリンなどの鎮痛薬(NSAIDs:非ステロイド性抗炎症薬)で痛みをコントロールします。それでも痛みがとれない場合は、第二段階として一般にはトラマドールという鎮痛薬を使います。さらにそれでもとれない強い痛みの場合は、第三段階としてモルヒネなどが使われます。
第二段階、第三段階で使われる鎮痛薬は、鎮痛作用などに関与する「オピオイド受容体」というところに結びついて効果を発揮することから「オピオイド鎮痛薬」(弱オピオイド、強オピオイド)と呼ばれています。
これらが「医療用麻薬」です。われわれが単に「麻薬」と呼んでいるものとは異なり、法律で医療用に使うことが許可されている麻薬です。これらは適正に使用すれば依存性もなく、がんによる痛みの緩和効果が期待でき、患者様のQOL向上に必要な薬剤のひとつです。
薬剤群 | 代表薬 | 代替薬 |
---|---|---|
非オピオイド鎮痛薬 | アスピリン | コリン・マグネシウム・トリサルチレートa) |
アセトアミノフェン | ジフルニサルa) | |
イブプロフェン | ナプロキセン | |
インドメタシン | ジクロフェナク | |
フルルビプロフェン | ||
弱オピオイド | コデイン | デキストロプロポキシフェンa) |
(軽度から中等度の強さの痛みに用いる) | ジヒドロコデイン | |
アヘン末 | ||
トラマドールb) | ||
強オピオイド | モルヒネ | メサドンa) |
(中等度から高度の強さの痛みに用いる) | ヒドロモルフォンa) | |
オキシコドン | ||
レボルファノールa) | ||
ペチジンc) | ||
ブプレノルフィンd) | ||
フェンタニル |
a:日本では入手できない薬剤。
b:日本では経口剤のみ入手可能。
c:がん疼痛での継続的な使用(反復投与)は推奨されてないが、他のオビオイドが入手できない国があるため、表に残された薬。
d:経口投与で著しく効果が減弱する薬。
※日本緩和医療学会「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(2014年版)」より
https://www.jspm.ne.jp/guidelines/pain/2014/pdf/02_03.pdf
脳への痛みの伝達を遮断。
医療用麻薬が痛みを抑える仕組み

からだや手足などにある神経の末端(末梢神経)がケガや炎症などで傷つくと、その痛みの情報が脊髄に入り、どんどん上に向かっていって(上行)脳に入り、脳が痛みの情報を受け取って「痛い」と感じます。これを痛みの伝達といいます。
非オピオイド鎮痛薬のNSAIDsは、末梢神経の炎症を抑えて痛みをとる薬です。一方、モルヒネなどの医療用麻薬は、脳が痛みを感じる前の上行の途中で、痛みの伝達を抑える働きをします。
強オピオイドであるモルヒネは非常に強い鎮痛作用を持ち、二つの働きで痛みの伝達を抑えます。一つは脊髄の入り口にあるオピオイド受容体に結合して、痛みの情報が上行するのを直接防ぐ働きです。
もう一つは、脳幹や大脳皮質にもあるオピオイド受容体に結合し、下に向けて伸びている神経を活性化させて痛みの情報が脳に上がってこないように抑える働きです(下行性抑制)。
消費量が少ない「医療用麻薬」。
がん患者さんの抵抗感と医療者の認識不足が原因
医療用麻薬は、痛みの緩和に対して効果が期待できますが、日本では使用されることが非常に少なく、医療用麻薬に関する理解度・認知度も低いという実態があります。WHOの報告では、医療用麻薬の消費は、米国等では適正使用量の2倍以上を消費しているのに対し、日本では、治療上の必要量に対して15.54%と先進諸国のなかでは最も少ない割合となっています。※
その理由の一つとして考えられるのは、日本の教育です。日本では、小・中学生のころから麻薬や覚せい剤などは使ってはいけないもの、怖いものであると教え込まれています。薬の乱用を防ぐための「ダメ。ゼッタイ。」キャンペーン運動が、ある意味、浸透している結果ともいえます。
そのため、患者さんやその家族は麻薬の使用に抵抗感を持っていて、がんになって医療用麻薬を処方されても、痛みを我慢して使わなかったり、処方された十分な量を使わずに残してしまったり、家族が使用に反対したりして、使用量が少なくなっているのです。
もう一つの理由として、医療者側の認識不足の問題があります。緩和ケア医や麻酔科医、ペインクリニック医などは医療用麻薬の重要性や適正な使用の仕方がわかっていますが、実際にがんの治療にあたる医師は抗がん剤や手術による治療に重きを置き「がんに伴う痛みは治療によって治る」などと考えていることも少なくないのが実情です。
また世間には「麻薬を使ったから亡くなってしまった」「麻薬を使うということはもう最期なんだ」という間違ったイメージがあります。すべての治療をし尽くして「もうほかに治療方法がないので最終手段として医療用麻薬を使う」と考えている人も多いのです。
しかしこれは大いなる誤解です。WHOは、痛みが出てきたら痛みに対する治療を行うことを提唱しています。三段階除痛ラダーに従い、痛みの程度が強ければがんの初期の段階から医療用麻薬を使うこともあるわけですから、医療用麻薬はがんの最期にだけ使う薬ではなく、使用したために亡くなるということも決してありません。
※ Duthey B., Scholten W., J. Pain Symp.Manage., 47, 283-297 (2014).
(https://www.jpsmjournal.com/article/S0885-3924(13)00272-8/fulltext)
医療用麻薬の適正使用を推進する
「一般社団法人 医薬品適正使用・乱用防止推進会議」

医療用麻薬を正しく使用していただくためには、薬の乱用防止と適正使用の推進は同時に進めなくてはいけません。
そのため、私が所属する一般社団法人 医薬品適正使用・乱用防止推進会議(以下、推進会議)では、脳に作用して依存性を引き起こす可能性のある医薬品、特に医療用麻薬のオピオイド鎮痛薬や鎮咳薬、睡眠薬などの適正使用と乱用防止の啓発を大きな目的として活動しています。推進会議では、医薬品の適正な使用が乱用防止につながると考えています。
特に医療用麻薬については、誤解や偏見が解消されて1人でも多くの患者さんががんの痛みから解放されるよう、WHOの三段階除痛ラダーを含めた「がんの痛みの緩和に対する正しい認識」を伝えていくことに力を入れています。

日本では睡眠薬の乱用も問題になっています。そのため、推進会議では使用量の少ない医療用麻薬に対する「Know Pain, No Pain.」と、乱用が問題になっている睡眠薬に対する「Know Sleep, No Sleeplessness.」をキャッチコピーとして啓発に力を入れています。
選択肢が増えた医療用麻薬。
ご自身のライフスタイルに合わせて、効率的に活用を

かつて医療用麻薬は、1回の服用で2~3時間くらいしか効果が続かず、1日に何回も飲まなければいけないので大変でした。しかしその後、薬剤がゆっくり徐々に溶け出てきて長く効くため1日1、2回の服用で済む徐放剤や、1回貼れば1日中効果がある貼り薬なども出てきました。
耐えがたい痛みや、処方された鎮痛薬を飲んでも収まらない痛みが急激に襲うこともありますが、これらを和らげるためのレスキュー薬も必ず一緒に処方 されています。
また2017年には、私も開発に携わった「ナルデメジン」という、医療用麻薬の副作用の便秘を改善する薬も発売されました。この薬は便秘だけでなく吐き気も改善します。
このように現在、医療用麻薬には選択肢もいろいろ増えました。患者さんの希望や望むライフスタイルを実現させるために、がんの痛みを医療用麻薬で十分抑え込むことができる時代 になっています。
医療用麻薬を使って痛みを緩和することは、がんの治療では先決といってもいいほど大切です。つらい痛みを我慢せずに、医療用麻薬を正しく使って、人生を前向きに、より豊かな生活を送っていただきたいと思います。
ポイントまとめ
- がんの痛みを抑えることで、何ごとにも意欲がわかない状態が解消され、いろいろなことに前向きに取り組めるようになる
- WHOの「三段階除痛ラダー」のうち、第二段階、第三段階で使われるオピオイド鎮痛薬が医療用麻薬と呼ばれるもので、法的に使用が許可されている
- 医療用麻薬は適正に使用すれば依存性もなく、有効で安全。痛みが強ければがん初期段階で使用することもあり、使用したために死亡することもない
- 今後は薬物乱用防止と同時に医療用麻薬の適正使用を推進し、がんの治療においては医療用麻薬を積極的に使用していくべきである
取材にご協力いただいたドクター

鈴木 勉 (すずき つとむ) 先生
一般社団法人 医薬品適正使用・乱用防止推進会議 代表理事 /星薬科大学薬学部 特任教授・名誉教授
コラム:医療用麻薬以外の痛みの緩和方法
医療用麻薬は炎症や傷などの痛みには非常に効きますが、神経の痛み(神経障害性の痛み)を和らげるには、その他の方法を用いたほうが効果的な場合もあります。神経障害性の痛みに有効な薬もありますし、赤外線やマッサージ、鍼灸などで、痛みが和らぐこともあります。また、家族が痛むところをやさしくなでることで楽になることもあります。
少し専門的になりますが、神経の痛みの情報を伝える線維にはいくつかの種類があります。そのうちのAβ(エーベータ)線維というのは触覚で、これをなでると痛みを抑える方向に働くことがわかっています。痛いところをなでる行為は、精神的なものだけでなく、患者さんの痛みの緩和に効くということが証明されているのです。薬以外に、「痛いところをさすったり、なでたりする」というような、普段何気なくやっていることにもちゃんと意味があるんだということを覚えておいていただければと思います。
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