男性がん患者さんの妊孕性温存。
子どもを持つために知っておきたいこと

公開日:2020年02月28日
獨協医科大学埼玉医療センター病院長
岡田 弘(おかだ ひろし)先生

医療技術の進歩により“治るがん”が増えてきた現代、若いがん患者さんの中には「がんが治ったら子どもを持ちたい」と考えている方も少なくありません。がん治療などの影響で不妊になる場合もありますが、男性は精子凍結保存など妊孕性(にんようせい=妊娠するための力)温存の処置を取ることで、将来子どもを持てる可能性があります。
男性がん患者さんの妊孕性温存について、男性不妊治療の権威である獨協医科大学埼玉医療センター病院長・岡田弘(おかだ ひろし)先生にお話を伺いました。

目次

自分の子どもを持つために欠かせない「妊孕性」
男性が妊孕性を失う理由とは?

自分の子どもを持つために欠かせない「妊孕性」男性が妊孕性を失う理由とは?

日本人の2人に1人ががんに罹患するといわれる中で、医療技術の発達により“治るがん”が増えてきました。1993~1996年にがんと診断された人の5年相対生存率※153.2%でしたが、2006~2008年には62.1%と、十数年で約9ポイントも改善しています※2

若年男性がん患者に限ると、2002~2006年にがんと診断された人の10年相対生存率は、0~14歳で73.2%、15~29歳で66%といずれも高い割合です※3

岡田先生は「従前に増して患者さん一人ひとりに最適な治療を行えるようになったことでがんの生存率が高まり、特に若いがん患者さんは仕事や結婚、出産など将来の希望を持てる時代になってきました」と話します。

しかし、がんそのものや抗がん剤・放射線による治療の影響により、自分の子どもを持つために欠かせない「妊孕性」が失われる可能性があるといいます。

男性が妊孕性を失う理由は大きく二つあります。

性機能障害

一つは、射精障害や勃起障害といった「性機能障害」です。精巣腫瘍や後腹膜※4悪性腫瘍の外科的治療の際に後腹膜リンパ節郭清を行うと、射精や勃起をつかさどる神経に影響が出ることがあります。また、膀胱がん、前立腺肉腫、直腸がん、陰茎がんの手術で膀胱や前立腺、陰茎等を全摘した場合など、臓器を失うことで性機能障害(性交障害)が生じる可能性があります。

精子形成障害

もう一つは、精子がつくられなくなったり数が少なくなったりする、あるいは精子の機能が悪くなり受精しても子どもができないといった「精子形成障害」です。これは抗がん剤や放射線治療が原因で生じることがあります。

「海外の調査※5によると、25歳以前にがんと診断された男性が結婚する割合はがん非経験者とほぼ変わりませんでした。しかし結婚後父親になる割合は、がん非経験者の7割程度です。また、ART治療※6で子どもを授かった割合を比較したところ、がん経験者の方ががん非経験者より3倍以上も多かったのです。すなわち男性のがん患者さんは、結婚しても何らかの医療の手伝いがないと子どもをもうけづらくなっているのです」(岡田先生)

※1 5年相対生存率…あるがんと診断された場合に、治療でどのくらい生命を救えるかを示す指標。あるがんと診断された人のうち5年後に生存している人の割合が、日本人全体で5年後に生存している人の割合に比べてどのくらい低いかで表す。

※2 全国がん罹患モニタリング集計 2006-2008年生存率報告(国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センター, 2016)
独立行政法人国立がん研究センターがん研究開発費「地域がん登録精度向上と活用に関する研究」平成22年度報告書
(https://ganjoho.jp/data/reg_stat/statistics/dl/cancer_survival(1993-2008).xls)

※3 Long-term survival and conditional survival of cancer patients in Japan using population-based cancer registry data. Ito Y, Miyashiro I, Ito H, Hosono S, Chihara D, Nakata-Yamada K, Nakayama M, Matsuzaka M, Hattori M, Sugiyama H, Oze I, Tanaka R, Nomura E, Nishino Y, Matsuda T, Ioka A, Tsukuma H, Nakayama T; the J-CANSIS Research Group. Cancer Science 2014; 105: 1480-6.
(https://ganjoho.jp/data/reg_stat/statistics/dl/cancer_survival_period(2002-2006).xls)

※4 胃や腸のほとんどを包む「腹膜」の外側の部分。背中側に位置する。

※5 Gunnes MW, et al. BJC 2016; 114: 348-356
(https://www.nature.com/articles/bjc2015455)

※6 生殖補助医療。体外受精や顕微授精法など、体内での受精が困難な場合に体外で受精させる技術

男性の妊孕性温存方法は「精子凍結保存」
ただし「患者さんの命」と「生まれてくる子どもの福祉」を優先した選択を

男性の妊孕性温存方法は「精子凍結保存」ただし「患者さんの命」と「生まれてくる子どもの福祉」を優先した選択を

男性がん患者さんの妊孕性温存の手段として、精子凍結保存が推奨されています。思春期以降の患者さんは妊孕性が失われる前に精子を凍結保存することで、がん治療後にARTで子どもを授かれる可能性を残すことができます。

凍結する精子の採取方法は大きく分けて二つあります。

射精による採取

一つは、射精によって採取する方法です。性機能障害がある場合は、電気刺激による射精で精子を採取するやり方もあります。

TESE(精巣精子採取術)

もう一つは、精液を出せない場合や採取した精液中に精子がいない場合に、手術で精巣内から精子を探す「TESE(精巣精子採取術)」という手段です。精巣で精子形成はできているが射精できないといった場合、陰嚢の皮膚を1cm程度切開して精巣組織を採取し、そこから精子を取り出します。

精子形成の機能が低下している場合でも、精巣内の一部で精子がつくられていることがあるため、手術用顕微鏡を使ってこのような場所を探して精子を見つけ出す「MD-TESE」という手術もあります。この術式は、がん治療前に精子凍結しておらず、治療後に精子形成機能が低下している場合にも用いられます。

精子を輸送して冷凍保存することも可能

がん患者さんの中には移動が困難などの理由から、自身で来院できない人もいます。

「そこで当院ではオンライン診療を活用して、そうしたがん患者さんにも対応できるようにしています。精子凍結保存を行う場合は、特殊なカップを使ってご家族に精子を届けてもらうこともできます。密着するフタがあるので精子が乾きにくく、二重構造になっているので温度の変化が少なくなっており、精子採取後半日程度の輸送であれば問題ありません。」

精子輸送の際に用いる特殊なカップ

※精子輸送の際に用いる特殊なカップ

あくまで最優先は患者さんのがん治療

がん治療を終えた後で子どもを望むときは、凍結保存した精子を使って人工授精を行う、もしくは自然妊娠できる場合もあります。

「精子形成障害は、がんの治療終了から2年ほどで回復するのが一般的です。ですから治療後2年以上経過しても精子が十分に精液中に出てこない場合には、治療開始前に凍結保存した精子を使用する、TESEで精子を探し出すといった積極的な治療介入が必要となります。また抗がん剤による治療が終わって2年以上経過して無精子症の場合でも、TESEを受けた約半数の方で精子を採取でき、約4人に1人は子どもが生まれています※7。決してあきらめる必要はありません。」

これらの精子凍結や精子の保管、治療後の人工授精などは基本的に保険適用外ですが、自治体の助成を受けられる場合もあります。

一方で、あくまでも優先すべきはがんの治療だと岡田先生は強調します。

「最も大事なのは、将来の子どもでなくがん患者さんご自身です。特に白血病ではがん告知後すぐに治療が始まり、妊孕性温存の処置が取れないこともありますが、患者さんの命を救うために治療を最優先すべきです。

次に大切なのは、生まれてくる子どもの福祉です。子どもをつくることを優先した結果、十分な治療が行えず患者さんが亡くなれば、たとえ子どもが生まれたとしても、それは本末転倒で子どものためにもなりません。

この2点を十分考えた治療選択をしていただければ、われわれ医師は患者さんに寄り添い、どこまでも付き合う覚悟があります。妊孕性温存を望む場合、まずは主治医に相談してください。」

※7 Shin T, Okada H. et al. Int J Clin Oncol. 2016 Jun 15.
(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27306218)

血のつながった子どもを持つこと以外の選択肢も視野に入れて

あくまで最優先は患者さんのがん治療

上記の精子採取方法はすべて思春期以降の患者さんが行えるものです。これまで、精子形成開始前の患児のがん治療前に可能な妊孕性温存処置はありませんでした。

「マウスに対してですが、性成熟前に採取した精巣組織を凍結保存し、一定期間経過後、保存した組織から完全体外培養で精子を作り出せています。さらに、この体外で作り出された精子を用いた体外受精で、妊娠・出産させることに成功しています。同様の方法をヒトに応用することで、幼い患者さんでも将来、がん治療後に子どもが持てるようになるかもしれません。」

さらに岡田先生は、子どもがほしいと希望する妊孕性を失ったがん患者さんに「自分の子どもをつくることが大事なのか、子どもを育てるという行為が大事なのかを考えてほしい」と呼びかけています。

「自分の子どもを持てなかったとしても、養子をもらうというのも一つの選択肢です。当院を受診し最終的に3歳の養子をもらった患者さんは『子どもがちゃんと社会に通用する大人になるよう育てるのが自分たちの務め』だとおっしゃっていました。この患者さんだけでなく、同じ考えに行きついた方を何人も見てきました。

さらにその患者さんは、3歳の養子をもらったことで『年得した』とも話していました。自分の子どもを持つにしろ養子をもらうにしろ、がんが治ってからになります。精巣がん罹患の一つのピークは20歳代後半から30歳代、女性も30歳代での乳がん患者が増えてきており、がん治療を終えたときには、子どもをもうけるには高齢になってしまう場合もあるでしょう。

前述の患者さんは自分たち夫婦の年齢を考えたときに、養子をもらってよかったと感じたようです。自らの遺伝子を受け継いだ子どもが大事という考え方ももちろんありますが、たとえ血はつながっていなくとも、自分の手で子どもを育てて社会に送り出すこともまた大切な役割なのではないでしょうか。」

ポイントまとめ

  • 医療技術の進歩により“治るがん”が増え、若年がん患者さんは結婚・出産といった将来の希望を持てるようになった
  • がんそのものやがん治療により、妊娠するための力「妊孕性」が低下することがある
  • 男性がん患者さんの妊孕性温存の手段として、精子凍結保存が推奨されている
  • 妊孕性温存を考える際は「患者さんの命」と「生まれてくる子どもの福祉」を優先した選択を
  • 血のつながった子どもを持つことだけでなく、養子を育てることもまた大切な役割として考えてほしい

取材にご協力いただいたドクター

岡田 弘 (おかだ ひろし) 先生

獨協医科大学埼玉医療センター 病院長

コラム:スマートフォンアプリで手軽に精子の状態をチェック

幼少期にがんを経験するなどした男性で、現在の妊孕性が気になる方も少なくないのではないでしょうか。岡田先生は、手軽に自身の妊孕性(精子の状態)をチェックする手段として、スマートフォンアプリ「Seem(シーム)」に着目しているといいます。これは、自身で採取した精液を専用のレンズに一滴垂らし、スマートフォンのカメラで撮影することで、瞬時に精子の濃度や運動率を測定することができるものです。レンズや精液を採取するカップなどの専用キットは、ネットショップやドラッグストアの店頭などで、4000円程度で購入できます。あくまで簡易測定ツールのため、必要に応じて医療機関を受診するよう勧められていますが、気になる方は一度試してみてはいかがでしょうか。

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