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【特集記事】がん患者さんに「静脈血栓塞栓症」が多い理由と予防法
目次
静脈内で凝固した血液が血管を詰まらせる
静脈血栓塞栓症とは、静脈の中に「血栓」(※1)ができて血管を詰まらせる疾患です。静脈血栓塞栓症にはいくつかの種類がありますが、特に重要なものは肺の動脈が詰まる「肺血栓塞栓症」と、手足の静脈が詰まる「深部静脈血栓症」です。この2つの疾患は連続する疾患で、致死的な状態を招くことがあります。一般によく知られているエコノミークラス症候群や災害の後に起こる血栓症もその1つです。
がん患者さんの体は、がんによる直接的な侵襲だけでなく、間接的にもさまざまな影響を受けています。その1つが血栓であり、がんの患者さんは、血栓ができやすいことが知られています。
がんは、「治癒することのない創傷」ともいわれており、がんを「けが」に例えるとわかりやすいでしょう。
けがするとすぐに血液が固まり、出血がとまり、やがて傷は修復されていきます。これは私たちの体に備わった「止血系」というしくみによるものです。血液が固まる(凝固する)までにはおおよそ2つの段階があります。
まず、血管に傷が付くと血小板が集まってきて、傷ついた部分にふたをする応急処置が行われます(血小板凝集)。その後、血液凝固という反応が起こり、フィブリノーゲンという血栓の種がフィブリンという物質に変化して、血小板と協同して強固な血栓を形成します。これが、出血が止まるメカニズムです。またヒトの体には、血栓を溶かすしくみ(線溶系)もあり、プラスミンというたんぱく質が過剰にできた血栓を溶かします。
※1 血管の中で血液が凝固すること。血栓が原因で血管が閉塞する(詰まる)ことを「血栓症」と呼び、脳梗塞や心筋梗塞などの重篤な合併症を引き起こすこともあります。
傷を治すしくみを巧みに利用して生き延びるがん細胞
がんは、「血行性転移」といって、血液の流れを利用して離れた場所に新たな病巣をつくることがあります。この場合、がん細胞は原発巣(最初に発生したがん)から遊離し、一旦血管のなかに入り込む必要があります。このようながん細胞は「循環がん細胞(CTC)」と呼ばれます。
がん細胞が血管の中に侵入すると、その大半はナチュラルキラー細胞などの免疫システムによって捕らえられ、攻撃を受けて死滅します。しかし、ごく少数のがん細胞は免疫系の攻撃をすり抜け、CTCとして血液中を循環し、転移巣を形成すると考えられています。
こうしたがん細胞は血小板、フィブリンなどをまとうことにより、「身を隠しながら」血管内でも生き続けることができると思われます。つまり、がんは本来傷を治すために備わっている凝固・線溶系のしくみを巧みに利用して生き延び、浸潤し、転移し、そして増殖していくのです。
がん細胞が身を隠すために最もよく利用しているのは、出血を止める凝固因子の1つである「組織因子」というたんぱく質です。がん細胞は自分でも組織因子を作り、放出しますが、がんに集まってくる炎症細胞(※2)や血管内皮細胞(※3)などにも作らせます。
例えば、がん細胞は絶えず低酸素の環境にさらされています。がんが生き延びて、さらに他の場所に転移するためには、酸素や栄養を供給するために新たに血管を作る必要があります。がん細胞が低酸素状態になると、低酸素誘導因子というたんぱく質が血管を形成する血管内皮細胞増殖因子の産生を促進するとともに、組織因子の産生も促します。
また、がんは組織因子を大量に含むマイクロパーティクルと呼ばれる微小粒子を放出し、凝固系を活性化することが知られています。マイクロパーティクルは特にすい臓がん、粘液がんに多く、これらのがんに血栓症が多いこととも関連すると考えられます。
※2 炎症を引き起こしたり、悪化させたりする細胞。好酸球、好中球、Tリンパ球などリンパ球の仲間が代表的な炎症細胞です。
※3 文字通り、血管の内側の表面を覆う「内皮」を構成する細胞。凝固・線溶系の調節を行うなど、血管の健康状態を維持するのに重要な役割を果たします。
静脈血栓塞栓症を発症するメカニズム
ここまで述べてきたように、がん患者さんは本来なら止血に大切な血液凝固システムがさまざまな理由で過剰になり、血栓ができやすい状態にあります。
血液の循環は心臓を中心とした体循環と、肺を中心とした肺循環から成り立っています。左心室から送り出された動脈血は、大動脈・動脈を通って各臓器や筋肉などに行き渡り、毛細血管を経て静脈血となり、静脈・大静脈を通って、右心房に戻ってきます。さらに、右心室から送り出された血液は、肺動脈を経て左右の肺の毛細血管のすみずみまで届き、肺静脈を通って左心房に戻ります。
静脈血栓塞栓症において最初に血栓ができるのは、ほとんどの場合、下肢の静脈です。下肢の血栓が剥がれると、右心房に戻る静脈血の流れにのって肺に流れ着き、肺動脈に詰まると肺血栓塞栓症が生じます。血栓が小さければ目立った症状はありませんが、大きな血栓や複数の血栓が肺動脈を塞ぐと肺と心臓に大きな負担がかかることや、肺から酸素を体に取り入れることができなくなることから、命に関わる重篤な状態に陥ってしまいます。
血栓症の診断、治療、予防
血栓症などを診断する際には「Dダイマー」という検査が行われます。先述したように、血管が傷つくと、血小板と凝固系が血栓を作って止血が行われる一方、血栓を溶かすしくみ(線溶系)が働いて、プラスミンというたんぱく質を分解する酵素が過剰に形成された血栓を溶かします。
その際に生じる物質は「フィブリン分解産物」と呼ばれ、血管の中に血栓ができ、かつ溶けたことを知る証拠となります。その数値を調べる検査の1つがDダイマーであり、高い値が出た場合は体の中のどこかに血栓ができていることが考えられます。
Dダイマーの値が高く、静脈血栓塞栓症のリスクが高い患者さんは、さらに下肢の超音波検査や肺の造影CTなどの画像診断で、血栓のできている場所や大きさなどを詳細に調べる必要があります。
静脈血栓塞栓症の治療は、抗凝固薬で血が固まりすぎないようにしたり(抗凝固療法)、血栓溶解薬で血栓を溶かしたり(線溶療法)、手術により直接血栓を除去する(外科手術)こともあります。
静脈血栓塞栓症の予防としては、長時間の安静を避けるためにできるだけ早期離床を目指し、日ごろから積極的に体を動かすことが大切です。また、身体の水分が不足すると血液が濃く、固まりやすくなるため脱水状態への注意が必要です。
下肢の深部静脈血栓症の予防には弾性ストッキングの着用も有効です。足全体を圧迫することにより、下肢静脈の血流がよくなるためです。さらに、患者さんの状態によっては抗凝固薬を予防的に内服していただくこともあります。
がん治療や生活習慣病、喫煙などがリスクを増大させる
がんの治療が行われる場合では、静脈血栓塞栓症のリスクが一段階上がります。特に、外科手術、抗がん剤、あるいは長時間ベッドに横たわっていることでも静脈血栓塞栓症のリスクが大きくなると知っておくことが重要です。
手術はそれ自体がいわば大きな傷を作ることになり、その修復のために凝固システムがフル稼働します。術後1~2週間は静脈血栓塞栓症を発症しやすく、1カ月ほど経ってから発症することもあるといわれています。
そうしたリスクが予想される場合は、先手を打って抗凝固療法を治療前から開始することもあります。静脈血栓塞栓症は突然発症することがあるので、入院期間を通して定期的に血液検査などを行うことも重要になります。
がんの治療で投与される抗がん剤や、放射線治療においても注意が必要です。抗がん剤による治療は全身療法で、がん細胞に対して効果がある半面、正常な組織、特に血管内皮細胞にもさまざまな影響を及ぼします。血液が固まらないようにコントロールしている内皮細胞が傷つくと、血管の中に血栓ができてしまいます。
また、化学療法によりがん組織が短期間のうちに大量に死滅すると、多くの組織因子が血管内に流れ込み、血液凝固反応が全身の血管内で無秩序に起こる「播種性血管内凝固症候群」が生じる可能性があります。放射線治療でも同様であり、またカテーテルが体内に留置されている場合などでは、カテーテル先端部により血管内が傷害され血栓ができることがあります。
先述したように、静脈血栓塞栓症のリスクが高い患者さんに対して、予防的に抗凝固薬の投与を検討することがありますが、同時に出血リスクを考慮しながら治療することが重要になります。抗凝固薬は血栓症のリスクを減らしますが、出血のリスクを高めるという、がん患者さんにとって諸刃の剣でもありますので、上手に使うことが大切です。
出血のリスクが特に高い場合には、下大静脈(※4)にフィルターを一時的に設置します。こうして下肢にできた血栓が肺に流れていかないように処置してからがんの手術をして、抗凝固療法につなげていく方法をとる場合もあります。
がん患者さんの1~8%が静脈血栓塞栓症を発症し、その発症率は健常人に比べて4~7倍といわれています。また、静脈血栓塞栓症の発症原因のなかで最も多いのががんに関連するものであり、20~30%を占めることが全国調査で明らかにされています。
がん患者さんは、退院後の療養生活でも引き続き静脈血栓塞栓症に対する予防が大切です。特に、高齢の方や糖尿病、高血圧、肥満などの生活習慣病を持つ方、喫煙の習慣がある人は静脈血栓塞栓症が高リスクであることを自覚し、生活習慣の改善を心がけてください。
がんの診療に携わる医師や看護師は、がん患者さんが静脈血栓塞栓症について十分理解し、入院中も退院後も静脈血栓塞栓症に注意しながら安心して療養生活を送っていただけるようにフォローしていきます。
※4 脊椎の脇を通る人体で最大の静脈。下半身の静脈血のほか、腰静脈、腎静脈、肝静脈の静脈血などを集めて運びます。
取材にご協力いただいたドクター

窓岩 清治先生
東京都済生会中央病院 臨床検査医学科部長
カテゴリーQOLを維持するために, 副作用対策・痛み・辛さの緩和
タグ2018年8月
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