【特集記事】緩和医療はがんと診断されたときから始まる

公開日:2014年12月29日

目次

がんと診断されたときから「緩和ケアのマインド」が必要

 私は臨床医として35年にわたり消化器外科を専門としてきました。この間、数多くの患者さんと接しています。そんな私が臨床医として大事にしてきたのは、ひとりの人間として信頼されること。そのために、患者さんやそのご家族の立場に立っての診療を心掛けてきました。たとえば、治療方針を決める際に選択肢だけを提示して、その判断を患者さんや家族に任せてしまうパターンを回避し、専門家としての意見まで伝え、お互いに十分に話し合った上で、決断するようにしています。

また、がんの患者さんは、早期であれ、進行期であれ、がんと診断されれば、誰もが大きな精神的ダメージを負っているはずです。しかし、ガイドラインに則った治療を行うだけでは、患者さんの精神面を十分にサポートすることはできません。そこで、患者さんの精神面のサポートのため、15年ほど前より、緩和医療にも携わっています。

「緩和医療はがんと診断されたときから始まる」という基本理念があります。つまり、緩和医療であるからといって特別に終末期医療を意識する必要はなく、これまで消化器外科医として医療に携わってきた35年間と同じスタンスで、がんと診断されたときから患者さんの気持ちに寄り添うことを大切にしています。

ただ、緩和医療の領域では、死に直面している患者さんが少なくありません。そのような方々に対し、気の利いた言葉を言えるわけでも、上手な聞き役になれるわけでもありませんが、同じ目線で一緒になって考える時間を少しでも多く共有するようにしています。

「総合がん相談医」「がんよろず相談医」として患者の“窓口”に

 昨今、「かかりつけ医」や「総合内科医」といった名称が耳目を集めています。そこで、私は「総合がん相談医」「がんよろず相談医」といった看板を掲げ、がんの診断・治療はもちろん、症状緩和・家族ケア、社会的な問題、生活するうえでの悩みなどを気軽に相談していただく“窓口”みたいな医療を実践したいと考えています。

私は、緩和医療の領域ではまだまだ“初期研修中”の身。緩和医療の現状を語れるだけの知識・能力を持ち合わせていません。そのことを前置きしたうえで、「現在の日本の緩和医療」には以下のようなことを感じています。

緩和医療はその重要性がかなり理解されるようになってきて、がん診療に携わる医療者のなかに緩和ケアのマインドが浸透してきている。1980年代および1990年代は、がんに対し、手術で徹底的に取り切る、極限まで抗がん剤で叩くという考え方が主流で、患者さんサイドの意向とは無関係に、がん専門医がひたすら「がん」という病気と闘っていた感がある。

手術や抗がん剤治療、あるいは放射線治療による「予後の改善」には目を見張るものがあるが、昨今は闘病期間が長くなった分だけ、「がんと闘う人」の心のケアの重要性も認識され始めている。「緩和ケア=終末期ケア(ターミナルケア)」ではなく、「緩和医療はがんと診断されたときから始まる」という概念が定着してきている……。

<「がん」という病気を抱えた人が医療の必要なときにだけ病院で治療を受け、治療が終了したら再び元の生活環境に戻っていく。そして、家庭や地域で有意義な生活を送る> そのようなことのお手伝いをするのが緩和医療の役割です。

<がんと共存しながらでも、自身の人生観・死生観を確かめ、悔いのない人生を過ごすことができる> そのことを、もっと多くの患者さん、あるいは医療者に認識してもらうのも緩和医療に携わる医療者の役目です。

患者さんの免疫力も大切な要素

 「患者さんの体に負担をかけない」という観点から、私は免疫療法の研究にも携わって来ました。病気を抱えた患者さん、とりわけがん患者さんにとって、免疫力は極めて重要です。

本来、生物の体内には「自分にとって余分なものは追い払おう」「体外から攻撃してくるものから防御しよう」といった免疫力が備わっています。そこで、「体にとって余計なものであるがんも、免疫の力で退治できるのではないか」という考えの元、長年にわたってがんに対する免疫療法の研究が行われてきました。

その結果、正常な細胞には存在せず、がん細胞にだけ見られる物質が次々と発見されました。さらに、免疫を担当するリンパ球などががんを退治する仕組みや、体内で免疫機能がうまく働かなくなってしまうメカニズムなども明らかにされました。

これらの知識を元に、免疫でがんを攻撃する手段が詳しく検討され、実際の治療でも効果が証明されています。すなわち、患者さん自身の免疫力を利用してがんを退治することが、現実のものとなってきているのです。

免疫療法は副作用が少なく、しかも肉眼で捉えられないミクロレベルのがん細胞まで叩く期待が持てます。さらに、免疫療法は「患者さんの体に負担をかけない」という点で、先述の緩和医療の考え方と通底していると思います。

では、がん患者さんの免疫力を向上させるには、どうしたらいいのでしょうか? 一般に、免疫力は「体の防御能力」「体の抵抗力」と言い換えられます。細菌やウイルスなどによる感染症に対するワクチンの投与などは、まさに免疫を活用した治療です。この場合は主として「自然免疫」と呼ばれる仕組みを利用するもので、細菌やウイルスの特徴を体に覚えさせ、それらが侵入してきたら撃退するというメカニズムで病気を防ごうとしています。

一方、すでにがんを患っている場合において、がんを退治する免疫は「獲得免疫」と呼ばれています。その機序も複雑です。ただ、獲得免疫は自然免疫がしっかり働かないと成り立たないとされています。現時点では、獲得免疫を操作することは“治療”です。

また、これらの治療を受けるには、決して安くない治療費が必要です。ですが、患者さん自ら免疫を改善することもできます。患者さんが改善できる免疫のほとんどは上手に獲得免疫を誘導するために必要な自然免疫を高めることになります。

免疫の働きは、栄養状態に大きく関係していることが証明されています。したがって、規則正しい食生活、栄養バランスに優れた食事を心掛けることで、免疫力を改善することができます。良質な睡眠を確保し、ストレスを溜めない生活も、免疫の改善の大切な要素です。それと、免疫機能を高めるために健康食品を利用する方法もあります。ただ、「健康食品が第一、普段の食事はその次」という考え方では本末転倒になってしまうので注意が必要です。生活習慣を見直し、日常の食生活をきちんと行った上で健康食品の助けを借りることが大切です。

補完医療も否定しない

 がん治療には、3大治療に代表される標準治療の他に、非標準治療である補完医療・代替医療もあります。これらの医療は医学会や国の保健機関で認知されていない治療法の総称で、「民間療法」とも称されています。そのなかには、科学的根拠が乏しいものもあります。しかし、古い時代から伝承されてきた漢方薬や鍼灸など効果が認められる治療法も多く、個人的にはがん治療のなかに積極的に組み込むことに異論はありません。

昨今、学術雑誌に「健康食品に関する臨床試験の結果」が掲載されているのをよく目にするようになりました。たとえば、食材として日本では頻繁に用いられているシイタケから抽出・精製された「シイタケ菌糸体」や「ミセラピスト」などは、がんを患っている患者さんの体内で免疫機能を高めたり、抗がん剤治療・放射線治療によって起こる副作用を軽減したり、治療中のQOL(quality of life=日常生活の質・生命の質)を維持・向上させたりする働きが報告されています。(※1

さらに、がんに対する免疫として必要な自然免疫・獲得免疫の重要なポイントで作用し、患者さんの体内でがんを攻撃する能力を高めるという作用機序が科学的に証明されています。

私は、しっかりとした研究結果が積み重ねられていて、かつ身近な生活環境で容易に入手できる健康食品に関しては、治療の一環として用いることに賛成です。ただ、医療スタッフに内緒で民間療法に取り組まれる患者さんやご家族が時におられます。“全員一丸となってがんと向き合う”ということがかなわなくなり、結果として不具合が生じることもありえますので、この点だけは是非ご協力をお願いしたいと思います。

“ブランド”に頼らず、医師・病院を選択する

 がん治療に関する私の考えを述べてきましたが、いざ自分の家族・友人ががんになったら、私は「“ブランド”を探し求める必要はない」とアドバイスするでしょう。現在、大部分のがん種でその治療ガイドラインが作成されています。ですから、治療内容に関しての施設間格差や医師の知識・技量の差はほとんどないと認識しています。加えて、がんの場合は、手術の適応になっても、“神の手”に頼るような手技がなく、手術術式は標準化されてもいます。

そのため、仮に私の家族や友人ががんと診断されたときは、病院・医師の有名性を重要な選択肢にしません。医療の知識・技術のみならず、人間的にも信頼できる医療スタッフが勤務しているのか。その治療を行うだけの設備が整っているのか。これらの点に、交通アクセスや世話をする家族のことも考慮に入れて、病院や医師を決めることも大切です。

また、勧める治療法はその進行度によって異なります。がんを完全に切除できる早期であれば、手術、抗がん剤などを用いた薬物療法、放射線療法などをお勧めします。それに対し、すでにがんがかなり進行している、あるいは運悪く再発している状態であれば、低用量化学療法や免疫療法、緩和的放射線治療といった、QOLを損なわずがんと共存できる治療法を勧めます。

ただし、がんが根治できないと判ったケースでは、それぞれの人生観・死生観も視野に入れ、治療法を選択すべきだと個人的には思います。言い換えれば、医療者は一方的に治療法を勧めるのではなく、まず患者さんやご家族とよく話し合う必要があるということです。

<参考サイト>
※1 シイタケ菌糸体研究会 (http://www.k-lem.net/

取材にご協力いただいたドクター

杉山保幸先生

杉山 保幸 先生

岐阜市民病院 副院長

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