38種類のがん、全がんゲノムの大規模解析。
がん医療の新たな発展に期待

公開日:2020年03月31日

世界のがん研究者が協力して38種類のがんのすべての遺伝子情報を解読した横断的な研究結果が『Nature』誌で発表されました。今後のがんゲノム医療の基盤となりうるとして、大きな期待が寄せられています。当ページでは、この国際研究に参加した国立がん研究センター・理化学研究所・東京大学が発表したプレスリリースをもとに、研究の成果や今後のがん医療に期待できることなどについてまとめています。

目次

2014年より、世界的なゲノム解析プロジェクトが始動

2014年より、世界的なゲノム解析プロジェクトが始動

がんは、遺伝子や遺伝情報を含んだゲノムの変異や異常が蓄積することで発症・進行する病気です。

現在、がんの網羅的なゲノム解析やゲノム情報に基づく薬の開発・がんゲノム医療が積極的に行われています。2008年、がんゲノム変異の全容解明などを目指した世界最大規模のがんゲノム国際共同体「国際がんゲノムコンソーシアム(ICGC)」が発足し、がんゲノム情報の解析が進められてきました。

がんゲノム解析では、情報解析の方法によって、変異の結果が大きく異なることがあるため、巨大なデータを扱う手段の構築および解析方法の標準化が求められます。そこで、2014年に国際的連携による 「全ゲノムがん種横断的解析プロジェクト(PCAWG)が始動しました。

さまざまな視点からの解析やがんゲノムへの理解促進を目指したこのプロジェクトには、世界37カ国、1,300人以上のがん研究者が参加しており、日本からは「国立がん研究センター」、「理化学研究所」、「東京大学医科学研究所」が参加しています。

当プロジェクトでは、世界10カ所のデータセンターを連結し、標準化された高精度のゲノム解析方法を構築したうえで、がんの大規模なゲノム情報の解析が行われました。

※「全ゲノムがん種横断的解析プロジェクト」とは?
2008年に発足したがんゲノム研究に関する世界最大の国際共同研究グループ(国際がんゲノムコンソーシアム)では、がんの横断的な解析を行うプロジェクトとして、「全ゲノムがん種横断的解析プロジェクト」(Pan-Cancer Analysis of Whole Genome: PCAWG)を、2014年に始動しました。このプロジェクトでは、コンソーシアム内で集積した38種類のがん、2,658症例のがん全ゲノム解読データについて、1,300名を超える世界中のがん研究者(日本からは60名以上)が参加するネットワークによって、分担して解析が行われました。

過去最大となる38種類のがん遺伝情報を解析。
次世代のがんゲノム医療および研究のデータ基盤になると期待

本研究は、これまでで最大となる38種類のがん の遺伝情報(ゲノム)の解読データを網羅的に解析するというものです。研究チームでは、日本人のがん患者のデータを含む2,658例のサンプルから得られたゲノムデータを世界10カ所のスーパーコンピューターで解析し、遺伝子変異の分析などを行いました。

その際、膨大なデータを効率良く解析するために大規模な仮想データセンター、高精度・標準化パイプラインというゲノム解析基盤が構築され、変異・ゲノム異常の特徴を明らかにするためのワーキンググループも結成されました。

今回のがん全ゲノムの大規模解析では、がんパネル検査などの一部検出とは異なり、ほとんど全てのがんでの変異・異常が検出できるといいます。

解析の結果、合計で4,600万個を超える変異・異常が確認され、それらのさまざまな特徴が明らかになりました。例えば、がん体細胞(精子や卵子など、生殖細胞以外の体を構成する細胞)の一塩基変異数は、がんの診断年齢が高いほど多い傾向にありました。

今回作成されたがんゲノムマップは、これまでで最も網羅的かつ詳細だといいます。

今後、こうしたがんゲノム情報の解析技術の進歩は、研究分野のみならず、がんの診断や個別化医療の分野においても、標準的なゲノム解析手法になると予測されています。がん種横断的全ゲノム解析プロジェクトにおける全ゲノムデータおよび開発された解析手法は、世界中で公開されており、次世代のがんゲノム医療および研究のデータ基盤になると期待されています。

【解析されたがん種一覧】

悪性黒色腫 肺扁平上皮がん 食道腺がん
肺腺がん 大腸がん 膀胱がん
T細胞リンパ腫 胃がん 肝細胞がん
頭頸部がん B細胞リンパ腫 卵巣がん
脳膠芽腫 子宮体がん 子宮頸部がん
胆道がん 淡明細胞型腎がん 乳腺がん
膵臓がん 平滑筋肉腫 子宮頸部腺がん
骨肉腫 前立腺がん 乳小葉がん
脳乏突起膠腫 慢性リンパ性白血病 膵内分泌腫瘍
非浸潤性乳がん 骨芽腫 嫌気素性腎がん
急性骨髄性白血病 小児脳髄芽腫 甲状腺がん
骨髄増殖性腫瘍 骨髄異形成症候群 脊素腫
軟骨腫瘍 脳乏星際細胞腫 骨良性腫瘍

※理化学研究所プレスリリース参照
https://www.riken.jp/press/2020/20200206_1/index.html

これまで未解明だった99%のゲノム領域を解明。
研究だけでなく、がんゲノム医療(個別化医療)においても重要となる

これまで未解明だった99%のゲノム領域を解明。研究だけでなく、がんゲノム医療(個別化医療)においても重要となる

これまでのがんゲノム研究の多くは、タンパク質をコードする領域(全ゲノムの約1~2%相当)で主に解析され、そのデータが蓄積されてきました。その成果は、新たな治療薬の開発などを通じたがんゲノム医療として実を結び、がん患者さんの治療や診断に活用されています。

一方、残りの非コード領域と呼ばれる領域における異常については、多数のサンプルについて全ゲノム解析を行ったり、遺伝子発現など他の分子情報と統合した上で解析したりする必要があるため、その全貌の解明は困難とされていました。

しかし、今回の大規模な全ゲノム解析を通じて、がん遺伝子、がん抑制遺伝子といった発がんやがんの悪性化の直接的な原因となるような遺伝子である「ドライバー遺伝子」のうち、これまで明らかになっていなかった非コード領域における異常や、突然変異・染色体構造異常に見られる特徴的なパターンも、新たに解明されました。

その背景には、近年の次世代シーケンサー技術のめざましい進歩や、ITハード面の技術革新などによって、全ゲノム情報の解析が、容易かつ安価に行えるようになったことが挙げられます。

今後は、全ゲノム情報の解析が研究の分野にとどまらず、がんゲノム医療(個別化医療)においても、重要な解析方法になると期待されています。

日本人症例で解析が進めば、日本人に適した臨床開発への発展も

今回のゲノムデータ解析の結果、がん発症に関連する4,600万以上の遺伝子の変異や異常が確認され、それぞれのがんに含まれる数千種類の変異の組み合わせと、変異を引き起こすプロセスが解明されました。

たとえば、がんと診断されたときの年齢とがん細胞の変異数には相関関係があることや、がんの種類によって変異が生じる位置が異なることなどもわかりました。

一部のがんでは、変異の一部ががんと診断される数年~数十年前に生じているケースもありました。過去に例がないほど巨大な今回のがん全ゲノム解読データによって、がんゲノムの多様な全体像が明らかになったといえるでしょう。

一方、これまでの研究から、がんにおけるドライバー遺伝子や変異のパターンは人種によって異なることが知られていますが、今回の解析では、日本人の症例の特徴を見きわめることができるほどの十分なサンプルがありませんでした。

本研究に参加した国立がん研究センターは「今後、日本人のがんの症例について、さらに大規模な全ゲノム解析を行い、日本におけるがんゲノム医療を進化させていくことが期待できる」としています。

ポイントまとめ

  • 過去最大の38種類のがん、2,658症例のがん全ゲノム解読データが網羅的に解析された
  • ヒトゲノムのうち、これまで明らかになっていなかった領域における新たな変異や異常が解明された
  • 日本人のがんの症例におけるさらに大規模な全ゲノム解析が求められる

コラム:「がんゲノム医療」

私たちの体を構成する細胞内にある染色体は、膨大な遺伝子や遺伝情報を含んでいます。それらをゲノムといい、遺伝子の配列の違いから一人ひとりの個性が生まれると考えられています。がんは、正常な細胞の遺伝子に変異が生じ、正常に機能しなくなった結果、発症する病気です。近年の研究によって、遺伝子の異常は患者さんごとに異なることがわかってきました。患者さんの遺伝子の変異を調べ、遺伝子情報に基づいて治療を行う医療を「がんゲノム医療」といいます。一人ひとりの体質や病状に合わせて治療を検討できることから、プレシジョンメディシン(個別化医療)とも言われます。病状の緩和や副作用の軽減といった、QOL(生活の質)の向上も期待されています。
がんの標準的な治療は、手術、放射線治療、薬物療法の3つです。このうち、全身に対する治療である薬物療法では、従来の抗がん剤に加え、新たな薬剤も開発されています。例えば、遺伝子変異によって異常をきたしたがん細胞を標的にして作用する分子標的薬や、免疫細胞の働きにブレーキをかけるがん細胞を攻撃し、免疫細胞を活性化させる免疫チェックポイント阻害剤などです。こうした薬剤の進歩に伴い、現在では臓器ごとではなく、遺伝子レベルでがんの性格を見極め、それに合わせてがんを治療するという考え方が、重要視されるようになっています。

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