【トピックス】がん検査の最新動向
「尿一滴からがんを見つける。線虫を使ったがん検査が2020年1月から実用化へ」

公開日:2019年10月31日

がんの新たな検査として、「線虫」と呼ばれる微小な生物を使ってがんの有無を調べる検査の実用化が、2020年1月から始まろうとしています。検査は尿を調べるだけの簡単なもので、早期がんの発見にも効果があるといいます。

目次

線虫の鋭敏な嗅覚を利用したがん検査「N‐NOSE」

現在、日本では5大がん(胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、子宮頸がん)検診が一般的ながん検診として行われています。5大がん検診は、国の指針によって対象年齢、検査方法などが定められていますが、欧米の先進諸国と比べて日本のがん検診受診率は3~5割※1と低く、重要な課題とされてきました。

日本人のがん検診受診率が低い背景には、「検診を受ける時間がない」、「健康状態に自信があり、必要性を感じない」、「心配なときはいつでも病院にかかれる」という人が多いことが、内閣府の「がん対策に関する世論調査」(2019年)※2で指摘されています。

そのような背景のなか、ベンチャー企業の株式会社HIROTSUバイオサイエンス(東京)は、2019年10月1日、「線虫」と呼ばれる微小な生物の性質を利用した検査法「N‐NOSE(エヌ‐ノーズ)」を2020年1月から実用化すると発表しました。

線虫とは、土壌に生息する体調1mm程度の微小生物で、嗅覚が非常に発達しています。線虫は、がん患者特有の尿のにおいに寄りつき、健康な人の尿には寄り付かず逃げるという性質があり、その性質をがん検査に応用したのがN‐NOSEです。この検査に使用されるのはC.elegans(シー・エレガンス)という種類の線虫です。

※1 国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」より
(https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/screening.html)

※2 がん対策・たばこ対策に関する世論調査
(https://survey.gov-online.go.jp/r01/r01-gantaisaku/2-1.html)

尿一滴でがんの有無を判定。15種類のがんを検知

においを感じるメカニズムはヒトも線虫も同じです。におい物質の分子を嗅覚神経の嗅覚受容体が受け取り、電気信号に変換して脳に伝えます。嗅覚が鋭い動物の代表はイヌですが、その嗅覚受容体遺伝子は約800種類といわれています。それに対して、線虫はその1.5倍の約1200種類の嗅覚受容体遺伝子を持っています。

同社によると、N‐NOSEは尿一滴でがんの有無が判定できるといいます。同社ががん患者の検体を使って行った最新の臨床研究では、N‐NOSEの感度(がんがある人を「がんがある」と判定する確率)は約85%、特異度(がんがない人を「がんがない」と判定する確率)は約92%と高精度に判定でき、ステージ0、ステージ1の早期がんも検知できるといいます。

現在、15種類のがん(大腸がん、胃がん、肺がん、乳がん、子宮がん、膵臓がん、肝臓がん、前立腺がん、食道がん、卵巣がん、胆管がん、胆嚢がん、腎臓がん、膀胱がん、口腔・咽頭がん)で線虫の反応が確認できているとのことです。

経済的・身体的な負担が少なく、健診の尿検査への組み込みも可能

N‐NOSEが導入された場合、まずN‐NOSEでがんのリスクがあるかどうかを調べ、がんのリスクが高いことがわかれば、CTやMRI、内視鏡などによる精密ながん検診を受ける――といった形が考えられます。

N‐NOSEの検査費用は9,800円と比較的安価で、尿一滴から調べる簡易な検査なため受検者の身体的な負担もなく、職場や自治体の健康診断の尿検査に組み込むことも可能だといいます。

同社では年内にN‐NOSEの最終的な運用試験を行って、2020年1月から運用を開始する考えです。運用試験には生命科学産業の振興に積極的な福岡県久留米市と同小郡市が、職員の受診などで協力します。今後、N‐NOSEが普及し、日本でもがん検診の受診率が向上することが期待されます。

ポイントまとめ

  • N‐NOSEはがん患者特有の尿のにおいに寄りつく線虫を使った検査法で、2020年1月より実用化予定
  • 検査の対象となるがんは大腸、胃、肺、乳、子宮、膵臓、肝臓、前立腺、食道、卵巣、胆管、胆嚢、腎臓、膀胱、口腔・咽頭の15種類
  • 必要な検体は尿一滴で、検査費用は比較的安価であり身体的・経済的負担が少ない検査

コラム:線虫ってどんな生き物?

線虫は土壌に生息する微小生物です。学術的には線形動物門に属する動物の総称で、1ミリ以下のネグサレセンチュウから20~30センチのカイチュウまで大きさはさまざまです。その種類は、一説には1億種以上とも。ヒトや家畜、農作物になどに害を及ぼす線虫としてよく知られているカイチュウやギョウチュウは寄生性線虫です。

 一方、N‐NOSEで使われるシー・エレガンスは、細菌やカビを食べて分解する自活性線虫の一種です。体長は約1ミリで、目はありませんが鋭敏な嗅覚を備えています。透明で肉眼では白っぽい糸のような形に見えます。1匹の成虫が100~300個の卵を産み、卵からかえって成虫になるまではおよそ3~4日(気温20℃)で、寿命は20日程度です。
 線虫は雌雄同体であり、自家受精で卵を産みます。つまり、生まれてくるのはクローンであり、遺伝的な個体差がないことがN‐NOSEの重要な特徴といえます。繁殖が容易で、大量に培養することが可能です。

シー・エレガンスは以前からモデル生物としてマウスやショウジョウバエ、大腸菌などと同様に医学に貢献してきた生物です。「安価に大量培養ができる」、「扱いやすく、観察しやすい」など、モデル生物に適した特徴を多くもったシー・エレガンスはさまざまな研究に利用されています。

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