【特集記事】言葉の壁を解消し“早期発見につながるがん検診”を。外国人や高齢者の検診をサポートする『e-検査ナビ』

公開日:2019年08月29日

厚生労働省が推奨している5つのがん検診(胃がん、肺がん、大腸がん、子宮頸がん、乳がん)は、市区町村が主体となり対策型がん検診として実施されています。ところが、聴覚障がいをお持ちの方や耳の不自由な高齢者、日本語に習熟していない外国人などでは、検査中の指示が聞こえにくい、理解できないなどの理由で検診を避ける、また検査を受けたとしても十分な質が保てないといったことが問題になっています。

こうした課題に対し、音声と視覚で検査指示をわかりやすく伝えるがん検診支援システムが開発され、導入施設で効果をあげているそうです。システムを導入した東京都がん検診センターと、開発した株式会社アイエスゲートのご担当者様にお話をうかがいました。

目次

半数にも満たない日本人のがん検診受診率

日本では、がんによる死亡が、1981年から死因の第1位となり、いまでは年間37万人もの方が亡くなっています。これは、国民のおよそ3人に1人ががんで命を落としている計算になります。これを踏まえ、国はがん対策の推進を図るため、2006年に「がん対策基本法」を制定しました。

同法のもとでがん対策の具体的な方針を定めた「がん対策推進基本計画※1」では「国民が利用しやすい検診体制を構築し、がんの早期発見・早期治療を促すことでがんの死亡者の減少を実現する」ことを明言。

さらに、がんの一次検診受診率を50%以上、二次検診(一次検診の結果により必要と判断された人が受ける精密検査)の受診率を90%以上にすることを目標に定めています。

では、実情はどうでしょうか。
「残念ながら日本のがん検診受診率は40%程度で、高い水準と言えません」と話すのは、東京都がん検診センター所長で医師の阿部 和也(あべ かずや)先生です。

右:阿部和也(あべ かずや)先生
公益財団法人 東京都保健医療公社 東京都がん検診センター所長/医学博士
左:關根俊光(せきね としみつ)さん
公益財団法人 東京都保健医療公社 東京都がん検診センター放射線科技師長/診療放射線技師

2016年に実施された「国民生活基礎調査」によると、男性の胃がん、肺がん、大腸がん検診の全国平均受診率は40%程度、女性の乳がん、子宮頸がん検診受診率は30%未満に留まっています※2

また、20歳以上の東京都民5,000人を対象とした調査によるがん検診種別受診率は、概ね50%前後と全国平均より高いものの、職場で行われる検診の受診率が平均値を引き上げており、非正規雇用労働者や職を持たない方の受診率はやはり低い水準でとどまっています。

2016年 がん種別 がん検診受診率

※1.厚生労働省がん対策基本計画(第3期)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000183313.html

※2.厚生労働省国民生活基礎調査
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/20-21.html

※3. 平成30年度東京都がん予防・検診等実態調査報告書(東京都保健福祉局)より
http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2019/05/23/25.html

学校ではがん教育が本格化。地域住民に対する啓発活動も

こうした状況の中、計画で掲げた目標を達成するために、国の受診率向上に向けたアクションは始まっています。その一つが学校におけるがん教育の本格始動だと、阿部先生はいいます。

「文部科学省は、小学校、中学校、高等学校等ごとに教科等の目標や大まかな教育内容を定めた学習指導要領に「がん教育」について明記することとしており、小学校では2020年度から、また中学校では2021年度、2022年度からは高等学校でも全面的にがん教育が始まります。」

「教育の実施は、地域の医師やがん経験者にも協力を呼びかけて行われるそうです。
若いうちから学ぶことで意識が高まり、子どもに教えることで親の受診を促す狙いがあります。」

また、地域コミュニティでの啓発活動も活発になっています。例えば、東京都がん検診センターは、地域住民に「知ってもらう」機会として、毎年開催される「国分寺まつり」に3年前より出展。

「昨年はマンモグラフィー検診車を会場内に置き、来場者に見学していただくとともに、5大がんの検診もアピールしました」と振り返るのは、保健指導係で保健師の横山 康子(よこやま やすこ)さん。阿部先生も「受診率を上げるには、がん検診をまず知っていただき、関心も持ってもらうことが必要です。立ち寄ることのできる場所づくりも私たちの役割です」と強調します。

さらに同センターでは毎年、多摩地区の看護専門学校を回って子宮頸がんの啓発活動を実施。昨年度は、医師、保健師、検査技師がいくつかの看護専門学校を回って講演を行いました。

「看護学生への受診勧奨もさることながら、学生が現場に出た後にも、患者さん、同僚、知り合いなどに受診を勧めてもらうための取り組みです」(阿部先生)

横山康子(よこやま やすこ)さん
公益財団法人 東京都保健医療公社 東京都がん検診センター保健指導係/保健師

質の高い検診には「受診者と診療放射線技師の円滑なコミュニケーション」が不可欠

こうした啓発活動を行う一方、東京都がん検診センターでは、ある課題の解消に着手しました。言葉の壁がある外国人や耳が不自由な方がスムーズに検診を受けられるための取り組みです。

東京都がん検診センターの放射線科主任技術員の菊地 博敦(きくち ひろあつ)さんは以下のように語ります。

「中国人を中心に、日本に居住している外国人のがん検診受診者は増えています。ご本人が日本語を分からない場合はご家族等に付き添っていただき、操作する技師の横について通訳をしていただいたりしますが、指示の細かいニュアンスが伝わりにくいことも少なくありません。

日本語が分かるということだったのに、いざ検査という段階であまり言葉が通じないとわかるケースもあります。聴覚障がい者の方も同様です。これまで、日本語を含めた多言語のリーフレットをご用意するといった対応をしてきましたが、コミュニケーションが通常より悪くなり、検査の質の低下を招いていました」

「高い質の検査が実現できるのは、検査を受ける人と診療放射線技師(指示者)との円滑なコミュニケーションが成り立ってこそです。検査中は「正面を向いて少し右を向いてください」「ベッドの手すりを内側から握ってください」「呼吸を止めてください」など、ひっきりなしに細かい指示を行います。

これは胃の中でバリウムを流し、胃壁に付着させることで病変を描出させて、鮮明な画像を撮れるようにしているのです。検査中は診療放射線技師がマイクを使い検査室内にいる受診者さんへ声をおかけしますが、うまく指示が伝わらない場合、必要なレベルの画像が撮れなくなってしまうのです。」

こうした課題を背景に、東京都がん検診センターでは、多言語による音声や視覚効果によって胃部X線検査を支援するシステム『e-検査ナビ』を2018年度末に導入し、4月より稼働しました。

「昨年9月に開催された『日本放射線技師会学術大会』で知って、外国人や聴覚障がいをお持ちの方の受診率アップやスムーズで正確な検査実施に役立つと考え、当センターでいち早く導入しました」

右:菊地博敦(きくち ひろあつ)さん
公益財団法人 東京都保健医療公社 東京都がん検診センター放射線科主任技術員/診療放射線技師

視覚と多言語音声で検診中のコミュニケーションをサポートする「e-検査ナビ」

「すべての方に指示を伝え、質の高い検査を」開発者・宮田 充さん

宮田充(みやた みつる)さん
株式会社アイエスゲート シニアメディカルフェロー

開発者である株式会社アイエスゲートの宮田さんは、e-検査ナビの開発経緯や特徴について次のように説明します。

「『e-検査ナビ』はすべての方々に指示が伝わり、質の高い検査が行えるようにしたいという思いから、2017年に開発しました」

「システムの原型は学生時代の卒業研究で構築していて、卒業後に診療放射線技師として医療機関に勤務して検診業務にあたる中、聴覚障がい者や外国人の検診に役立つのではないかと実感。勤務の傍ら大学院で福祉工学について学び実用化を進め、アイエスゲートに合流し共同開発を経て製品化に成功しました。」

「使い方はいたってシンプルです。診療放射線技師が専用タブレット端末の画面上で、体位を変える、呼吸の指示、注意喚起など、指示の分類ごとに色分けされたアイコンをタッチすれば、検査室内にあるスピーカーから指示を伝える自動音声が流れ、同時に、見やすい位置に設置されたモニター画面やヘッドマウントディスプレイ※4に、文字やイラスト・アニメーションで指示内容が表示されます。」

※4 頭部に装着するディスプレイ装置

■タブレット画面
■モニター画面

「耳で聞くだけではなく目で見て理解できますから、内容が伝わりやすく指示に応じた動作までの時間も短縮できます」

さらに流れる音声は、日本語、英語、北京語、広東語、韓国語、スペイン語、ポルトガル語、ベトナム語、手話に対応していて、他の言語も追加予定とのことです。診療放射線技師が任意のタイミングで指示を出せるので、通訳を介した場合に比べてタイミングのズレも起きにくくなるといいます。

多言語対応した音声と視覚情報で、胃部X線検査をサポートするこのシステムは、これまでに全国13施設に19台が導入されています。また、患者数の多い肺がんや乳がん検診など、サポートできる検診の幅も広げています。

「がんを早期で見つけるため、現場の医師や技師の皆さんは日夜努力されています。『e-検査ナビ』で支援させていただき、受診率の向上と精度の高い検査の実施に寄与したいと考えています」と、宮田さんは想いを語りました。

外国人や聴覚障がい者だけではなく高齢者の検診にも寄与

菊地さんに実際の使用感を伺いました。

「音声と画面の効果は大きいですね。これまでに英語圏と中国語圏の方に使ったところ、とてもスムーズなコミュニケーションができ、通常通りの時間内で質の高い検査ができました。自動音声のクオリティも高く、念のために同席いただいた通訳者よりも、『e-検査ナビ』の音声の方が、正確に指示が伝わったほどです」

「また、住民検診には加齢で耳が遠い高齢者の方も多く訪れますが、そういった方との意思疎通にも役立っています。高齢者が増える日本では、ますます必要性が高まるのではないでしょうか」

がんは早期発見・早期治療で、生存率が9割に。定期的な検診受診が大切

最後に、阿部先生に検診の意義についてお伺いしました。

「がんの5年生存率は平均すると6割程度ですが、多くのがんでは、早期発見・早期治療することでそれが9割以上と大きく高まります。だからこそ、定期的な検診受診はとても大切なことです。

一方で、検診にも費用がかかることや、必要以上の放射線を浴びることを避けるために、適切な年齢に適切な回数を受診するといったことも大切です。」

「がん検診には、がんがないのに要精密検査になる「偽陽性(ぎようせい)」、反対にがんを見逃す「偽陰性(ぎいんせい)」が生じる場合があることも事実ですが、だからといって検診を一切受けないのは、がん早期発見の機会を放棄してしまうことになります。」

「受診者が増えて早期治療につながれば医療費の抑制につながる社会的なメリットがあり、そのメリットは国民一人ひとりにも必ず帰ってきます。引き続きがんの啓発、がん検診が受けやすい環境づくりに力を入れていきます」

ポイントまとめ

  • 日本人のがん検診の受診率は依然低い現状があり、学校でのがん教育など国を上げての検診受診率向上の取り組みが行われている
  • 外国人居住者や高齢者が増加する中で、指示者の言葉が理解できない、聞こえにくいことで、がん検診の質が低下したり、受診の障壁になったりしている課題がある
  • 視覚と多言語音声で胃部X線検査中のコミュニケーションをサポートするシステムが、全国13箇所の検診施設に導入され、効果を上げている
  • 適切な年齢、頻度での定期受診を心がければ、がん検診はがんの早期発見と生存率の向上に寄与し、社会的なメリットもある

取材にご協力いただいたドクター

阿部 和也 (あべ かずや) 先生

公益財団法人 東京都保健医療公社 東京都がん検診センター 所長/医学博士

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