【特集記事】健康長寿は口の健康から
定期的な歯科検診で、口腔がんの早期発見・早期治療を

公開日:2019年12月26日
東京歯科大学 水道橋病院 病院長
口腔病態外科学講座
片倉朗(かたくら あきら)先生

トラストガーデン株式会社が運営する介護付き有料老人ホーム「トラストガーデン用賀の杜」(東京都世田谷区)で、2019年11月下旬、入居者や入居希望者を対象とした口腔ケアに関する医療セミナーが開催されました。

近年、口腔ケアは健康寿命を伸ばすことにつながると注目されています。『口の中にもがんはできます…。歯科の診察で口腔がんの予防と早期発見を』のタイトルで、東京歯科大学 水道橋病院 病院長の片倉朗(かたくら あきら)先生がお話された同セミナーの内容をご紹介します。

目次

厚生労働省も指摘する
口腔機能の維持は介護予防の第一歩

多くの方は、歯科というと虫歯の治療や入れ歯をイメージするのではないでしょうか。ところが、いま虫歯というのは必ずしも多くはありません。例えば小学生から中学生になる12歳の子どもを対象に調査したところ、昨年の虫歯の全国平均はたった0.8本でした。

一方、歯医者に最近かかったという方は多くいらっしゃると思います。日本人のおよそ7割には、かかりつけの歯科医がいるというデータもあるほどです。※1

国内にはコンビニエンスストアと同じくらいの数の歯科医院があり、経営が厳しいといった声もありますが、平成28年の国民生活基礎調査によると、「どんな病気で病院にかかったか」という質問に対して、男女ともに3番目に歯の病気が多くなっています。※2

※1 歯科医療に関する一般生活者意識調査
(https://www.jda.or.jp/pdf/DentalMedicalAwarenessSurvey_h28.pdf)

※2 平成28年 国民生活基礎調査の概況 Ⅲ「世帯員の健康状況」
(https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa16/dl/04.pdf)

実際に歯の治療を受け始めるのは60歳以降の方が多く、それより若い人はあまり歯科に行きません。ご高齢になってくると食事がしにくくなるなど、いろいろと症状を感じて足を運ぶようになります。ただし80歳以上になると車いすや杖がないと日常生活が困難な方もおられ、あまり通えないようです。

政府も口腔(こうくう)機能の維持が、体全体の健康に影響すると指摘しています。厚生労働省が公表している介護予防の6分野には、「運動器の機能向上」「栄養改善」などとともに「口腔機能の向上」、すなわち口から食べることも入っています。

栄養補給の質が高まるという面もありますが、食べる楽しみから生活意欲が向上したり、ご高齢者であればお子さんやお孫さんと一緒に食事をすることで誰かと話したり、外へ出る機会につながることが、認知症や介護状態の予防につながっていきます。

口から“食べること“で健康長寿が実現する

今65歳の方があと何年生きられるかを調べたデータ※3によると、日本人の平均余命は男性で84歳、女性は89歳です。また、健康で自立した生活ができる期間を「健康余命」、障害や要介護の期間を「不健康余命(障害期間)」と言いますが、前者をいかに長くするかが問われています。そこで重要視されているのが、“食べること”です。

※3 厚生労働省「平成22年都道府県別生命表」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/tdfk10/dl/07.pdf

昔なら80歳で20本の歯を残そうと言っていましたが、いまは90歳で16本を目指す時代。食べないと栄養が摂れませんし、脳も刺激されません。何よりも大切なのが、食べ物が胃から小腸に運ばれると腸管が動き、免疫細胞を作り出すということです。免疫細胞は、細菌やウィルス、がんなどから私たちの体を守ってくれます。口から食べることは、健康維持のために必須条件と言えます。

歯科の役割は虫歯の治療から患者の健康維持のサポートへ

食べることが健康長寿の基本との理解が進むにつれて、これからの歯科医療は虫歯など歯科疾患の治療や予防にとどまらず、「口腔の健康の保持・増進に関する格差の縮小」「生活の質の向上に向けた口腔機能の維持・向上」「歯科口腔保健を推進するための必要な社会環境の整備」などに着目しています。

例えば、糖尿病は多くの場合、生活習慣の悪さが引き起こす病気で、幼少期の親による食習慣への指導が影響します。虫歯や歯周病も同じく生活習慣が原因ですから、教育をすることで口腔機能の維持ばかりでなく、成人病の予防にもつながるでしょう。

ロコモティブシンドローム※4や骨粗しょう症、運動器の病気も食べることに関係しています。口から食べ物が入らないと低栄養になり、筋肉量が低下したり骨が弱くなったりするからです。脳も刺激されませんから神経機能が低下して寝たきりになる可能性があります。こういったことがないよう、高齢者は定期的に歯科医療を受けて、口から健康を増進することが大切です。

※4 骨や関節、筋肉など運動器の衰えが原因で、「立つ」「歩く」といった機能(移動機能)が低下している状態のこと。

味覚が鈍ることで高血圧や糖尿病の原因になることも

ここからは、口の中の病気について解説します。もともと口の中には、真菌(しんきん)というカビの菌が存在します。歳をとると免疫力が低下するのでカンジダ症※5などになりやすくなりますが、歯磨きや入れ歯のケアなどを行っていれば、防ぐことはできます。口の中にカビが増えると味を感じにくくなります。すると、砂糖や塩を増やしがちになり、高血圧や糖尿病につながります。味覚は健康維持に非常に重要なのです。

※5 真菌による感染症。舌や口蓋(上あご)など口腔内の粘膜に、白いコケのような膜が付 着する。場合によっては出血や痛みをともなう場合がある。

体調が悪くなり肺炎になると、菌を殺すために抗生物質を使います。すると口の中で普段は拮抗している、良い菌と悪い菌のバランスが崩れ、舌の表面が黒くなったり、表面の毛足が長くなり汚れがたまりやすくなったりするなど、口臭の原因になります。

高血圧で降圧剤を処方されたり、脳梗塞などで抗てんかん薬を使ったりする方は歯肉がはれることがあります。薬は治療のために飲んでいますから、やめるわけにはいきません。

口の中を清掃しておかないと、薬の副作用を抑えつつ薬を飲み続けることができません。骨粗しょう症やリウマチの薬も同様で、口腔衛生の状態が良くないまま長く使うと口の中の粘膜が腐り、口臭のもとになってしまいます。

医師がなりたくないがんが「口腔がん」

がんといっても、肺がんや大腸がんの患者数が多く、「舌がん」「歯肉がん」などは耳慣れないと思います。こうした口の中にできるがんをまとめて「口腔(こうくう)がん」と呼びます。部位別のがんでは、日本での患者数は13~14番目で、希少ながんのひとつとされています。ただし、口腔がんや咽頭がんでの死亡者数は高齢化に伴い増えています。

朝日新聞社が、がんの専門医500名に対して「なりたくないがん」を尋ねたところ、1位は発見時には手遅れであることが多く予後の悪いすい臓がんでしたが、これに次いで口腔がんがランクインしました。胃や食道は手術しても食べ物を噛んだり飲み込んだりすることはできますが、口を手術すると見栄えが悪くなるばかりか、会話や食事に支障をきたすからです。

一方、初期の口腔がんは口内炎などと勘違いされることも多く、また口の中は暗く見えにくいので、普通の人には発見にしくいのが特徴です。初期で気づくと社会生活にほぼ支障がないように治療できますが、進行がんになると大手術になってしまいます。

口腔がんの大敵はタバコとお酒。
しっかりコントロールすること

世界歯科連盟は、「口腔がんはタバコを完全に禁止することによりその発生と進行のリスクを大幅に減らすことができる。歯科医師や歯科衛生士が禁煙を勧めることでこれを支援することができる」と声明を発表しました。実際のところ、喫煙者と非喫煙者を比べると、口腔がんの発がん率は男性は4倍、女性では9倍に跳ね上がります。

お酒も毎日2合ずつ飲み続ける人は、そうでない人の6~9倍に発がんリスクが高くなります。タバコとお酒の組み合わせは、口腔がんのリスクからみれば最悪です。タバコとは完全に手を切る、アルコールもコントロールすることが、口腔がんの予防につながるのです。

口腔がんの発がんリスク

早期発見もポイントです。私がいるのは大学病院なので、患者さんはほとんどが開業医の先生からの紹介です。その時点で初期の口腔がんなら、治療後の社会復帰にはおおむね支障ありません。ところが、初期段階で紹介されてくるのは全体の3分の1くらいで、残りの方はがんが進行してしまっています。

その理由は、先に述べたように、多くの患者さんが変だなと思っても「口内炎かも?」などと思って様子見をするからです。今年、ある芸能人が舌がんになったことをカミングアウトして話題になりましたが、その方も、おかしいなと思いつつも1年近く様子を見ていたそうです。

進行がんになると大きな手術になりますし、体の他の部位を使って舌を再建して形は何とかなっても、機能的には元には戻りません。口腔がんの治療の難しいところです。

発見が難しいからこそ専門家を頼ることが大切

初期の口腔がんは目立たず、痛みもありません。場所によっては自分で目視することも困難です。だからこそ、歯科医や歯科衛生士など、専門家にチェックしてもらう必要があるのです。要介護者や認知症の方など、人の力を借りないと日常生活ができない、通院できない高齢者は手遅れになるケースが目立ちます。

口腔がんは上あご、口蓋(こうがい)、頬、舌、唇、歯肉など、さまざまな部分で発症する可能性があります。口の中が白くなったり赤くなったり、舌がただれたり、口内炎のようなできものができるといった症状には注意を払うことです。

怪しい経過・所見は

入れ歯を洗う時に歯肉を見ると、カビやおかしな腫れが見つかることもあります。入れ歯が合わないと装具の不調を疑いますが、粘膜側に問題があることだってあります。

自分でチェックすることも大切ですが、やはり4~5カ月に1回は専門家にチェックしてもらうことです。かかりつけの歯科があれば、定期的に同じ人が診てくれますから変化にも敏感で、そのおかげで初期の口腔がんが見つかった方もいらっしゃいます。

最期まで美味しいものを食べることができると、人生の満足度は大きく変わります。それを全うするために寄り添い、支援するのが歯科医の役割です。ぜひ頼ってほしいですし、その大切さを知っていただければと思います。

ポイントまとめ

  • 口腔機能の向上が介護予防につながることを厚生労働省も公表
  • 口から食べ物を摂取することで、栄養摂取、脳への刺激、免疫機能の向上につながる
  • 口の中の病気と全身の病気は密接に関係しており、健康長寿のためには、口腔内の病気に注意することが大切
  • 口腔がんは医師も避けたいがんのひとつ。罹患者数は多くないが、近年は増加傾向
  • 喫煙とアルコールの摂取が口腔がんのリスクを大きく高める
  • 発見しづらい口腔がんは、定期的に歯科医によるチェックを受けることで早期発見・早期治療につながる

取材にご協力いただいたドクター

片倉 朗 (かたくら あきら) 先生

東京歯科大学 水道橋病院 病院長 /口腔病態外科学講座

関連記事

※掲載している情報は、記事公開時点のものです。