【トピックス】子宮頸がんの予防には積極的なHPVワクチン接種を。治療には放射線治療を選択肢のひとつに

公開日:2019年11月29日

がんの原因は様々ですが、ウイルスや細菌による「感染」が引き起こすとされているがんは、「発症が予防できるがん」といわれています。しかし、予防可能であるにもかかわらず増え続けているのが子宮頸(けい)がんです。東京大学医学部附属病院の放射線治療部門長を務める中川恵一(なかがわ けいいち)先生は、子宮頸がんへの誤解や無理解をその理由として挙げています。

子宮頸がんの予防と治療には適切な情報発信が不可欠として、2019年10月、東京大学医学部附属病院内会議室において、女性メディア向けセミナー「がんとセックス~パートナーと考える子宮頸がん」(がん対策推進企業アクション主催)が開催されました。中川先生が「子宮頸がんの現状と定期検診の重要性」について講演し、パネリストたちが自身のがん体験や意見を率直に語ったセミナーの内容をご紹介します。

目次

日本で増え続ける子宮頸がん。
ワクチン接種への誤ったイメージが予防の弊害に

国立がん研究センターの研究報告によれば、がんの発生要因には、喫煙、飲酒、食物・栄養、運動、感染、化学物質などがある※1とされています。

がんの原因を特定することは容易ではありませんが、主な発症原因が細菌やウイルス感染と分かっているがんもあり、それらは、比較的予防しやすいがんともいえます。

たとえば、ヘリコバクター・ピロリ菌が原因の胃がんや、B型・C型肝炎ウイルスによる肝がんなどは、除菌治療や予防のためのワクチンが開発されたことで減少傾向にあります。

そうした中、原因となるウイルス感染が特定されているにもかかわらず、日本で増え続けているのが子宮頸がんです。

※1 国立がん研究センター がん情報サービス「科学的根拠に基づくがん予防」
https://ganjoho.jp/public/pre_scr/cause_prevention/evidence_based.html

各国で推奨されているHPVワクチン接種。
日本での接種率わずか0.3%の理由とは?

セミナー内スライドより

子宮頸がんとは、女性特有のがんで、おもに子宮の入り口である子宮頸部(しきゅうけいぶ)と呼ばれる部分に発生するがんです。発生する場所が子宮の入口ということもあり、婦人科の検査などで発見されやすく、また早期発見なら比較的治療がしやすく、予後も良いとされています。

正常な状態からがんへ移行するには、「異形成」と呼ばれるがんになる前の状態を、何年か経ることになります。子宮頸がんは進行してからでないと不正性器出血などの症状が出にくいために定期検診が重視され、20歳以上の女性を対象に2年に1度のがん検診が推奨されています。

こうした子宮頸がんの発症に関連しているのが、HPV(ヒトパピローマウイルス:Human Papillomavirus)というウイルスで、おもに性交渉によって感染します。

子宮頸がんの99.9%以上がHPVによるといってもよいでしょう。ただし、HPV自体は決して恐ろしいウイルスではなく、どこにでも存在するごくありふれたもので、性交渉体験のある女性なら一度は感染しているといえます。

感染したから必ずしもがんになるというわけではなく、90%以上は免疫の力で自然治癒しますが、一部の人ではHPVが持続的に子宮頸部に留まって組織に異常を起こし(異形成)、それが悪化することでがんへと進行していきます」と中川先生は説明します。

子宮頸がんとウイルスの因果関係が明らかになったのは、1980年代に入ってからで、その後、予防ワクチンが開発されると、欧米では、早速がんの予防策としてワクチン接種が導入されて今日に至っています。

HPVワクチンは130以上の国や地域で承認され、スウェーデン、デンマーク、イギリスにおけるワクチン接種率は8割以上です。アメリカでも約半数の人がワクチン接種を受けている中で、日本は0.3%という異例の低さを示しています。

2013年には日本でも12~16歳までの女子を推奨年齢として積極的な接種が実施されましたが、わずか2カ月で積極的な接種は中止となり、その状況は現在も続いています。

積極的な勧奨が中止された理由は、ワクチン接種後の副反応でした。痛みや腫れなどの副反応が出たという人や、まれに呼吸困難や手足に力が入らなくなったと訴える人もいました。

さらにメディアがそうした映像を流すことで、「ワクチン接種は危険」というイメージが広がってしまったのです。

しかし、こうした情報を鵜呑みにしてはいけないと、中川先生は警鐘を鳴らします。
「メディアが流すような事例は非常に不幸なことではありますが、ワクチンと関連付けるデータはありません。根拠のない情報に影響されて、予防できるはずのがんが予防できないことを深刻に受け止めるべきです。

2013年以降、日本におけるワクチン接種は推奨されないままですから、ワクチン接種が積極的に行われた時期と比較して、それ以降の子宮頸がんの発症率はどうなるのか。おそらく倍に跳ね上がると予測され、この壮大な『実験』ともいえる日本の状況を、実は世界中の研究者が固唾を呑んで見ているのです。」

ワクチン接種によるがん予防やがん検診受診率の向上には、親や周囲の正しい理解が必要

今回のセミナーのパネリストのハヤカワ五味さんは、多くの人たちがHPVワクチン接種を否定的と捉えたときに、自らワクチン接種を選んだひとりです。

「まわりが否定的だったにもかかわらず、なぜワクチン接種を決めたのか、明確な理由はなかったのですが、なんとなく受けたほうがよいと感じたんだろうと思います」と当時を振り返る一方で、受けなかった人の気持ちもわかるといいます。

「中学生や高校生の女の子たちに、10年、20年先を見据えてワクチンを打つという、そこまでのビジョンを期待するのは無理ですし、周りの大人たちが反対すれば、どうしてもそちらの意見に流されてしまうのは仕方のないことです。

また、子宮頸がんについては検診受診率が低いことも問題ですが、『婦人科の検診を受ける』というだけで不要な心配をする親も少なくありませんから、それで検診の機会を逃している女性もいるのではないでしょうか。」(ハヤカワさん)

海外には、アメリカやイギリスのように、女性だけでなく男性にもワクチン接種を奨励している国もあります。

「実はHPVは、子宮頸がんだけでなく、中咽頭がんの原因にもなるということがわかってきています。これは喉の一部の中咽頭にできるがんで、原因はタバコや酒、それからウイルス感染に大別されます。しかし、近年の傾向として、若者にHPVによる感染が急増。その原因は、オーラルセックスとされています。」(中川先生)

HPV感染は、性活動との関連抜きには語れないため、「子宮頸がんは複数の人との性交渉によって発症する」と誤解している人もいます。セミナーで司会を務めた難波美智代さんも子宮頸がんの体験者で、心ない言葉に傷ついたことがありました。

「たとえパートナーがひとりであっても、感染することがあります。だからこそ検診が必要なのです」と語る難波さんは、自身の体験から検診の大切さを確信し、NPO法人子宮頸がん啓発協会を立ち上げました。

日本では手術だが海外では放射線治療。なぜか異なる子宮頸がん治療ガイドライン

講演のなかで中川先生は、子宮頸がんへの誤解や無理解は治療方法を選択する際の弊害にもなっていると指摘しました。

「子宮頸がんが発見された場合、ステージⅢ期に達していなければ、日本では、およそ8割の方が手術(円錐切除術、単純子宮全摘出術、広汎子宮全摘出術など)を勧められます。

しかし、手術を推奨しているのは日本だけで、海外では治療の中心は放射線治療となっています。特にⅡB期における治療について、国際的なガイドラインとされるNCCN(National Comprehensive Cancer Network)には、手術という選択は記載されていないのです。

実際、放射線治療でも手術と同等の治療効果が得られますし、放射線治療では、リンパ浮腫(足や下腹部のむくみ)、排尿のトラブルといった手術に伴う合併症が起こる確率が低いといえます。

日本の外科医の先生方は非常に努力されているので手術を否定するつもりはありませんし、間違っているとも思いません。

ただ日本では多くの医師が患者さんに手術を薦める傾向にあり、治療の選択肢に放射線治療が含まれない場合が少なくない、それが問題だと思うのです。」

子宮頸がんが放射線治療でも治るということを医師から知らされずに手術を受けたという患者さんの中には、「知っていたら放射線治療を選んだのに」と後悔している人もいるといいます。

今回、パネリストとしてセミナーに参加した重田かおるさんも、放射線治療の存在を知らされなかった患者さんのひとりです。

2008年、46歳で初めて受けた子宮頸がん検診で、初期の子宮頸がんが見つかり、ⅠB1期と診断された重田さん。医師からは「治療はガイドラインで決まっていて、第1に選択すべきは手術です」といわれたそうです。

ただし、術後の合併症として高い確率で排尿障害やリンパ浮腫が起こるという説明を聞き、「足が象のように膨れ上がってしまったらどうしたらいいのだろう」と、その場で号泣してしまったといいます。

しかし、その後、重田さんは旦那さんとともに情報収集を試み、「放射線治療にも同様の効果がある」との情報を得ます。患者会で体験者の話を聞いたり、セカンドオピニオンを受けたりした結果、主治医の了解を得て、手術から放射線化学療法(放射線治療と薬物療法を併用する治療法)へ切り替えることにしました。

それから10年が経ちましたが再発もなく、重田さんは趣味の登山を楽しんでイキイキと暮らしているとのこと。昨年からはブログもはじめ、検診の大切さを訴えるとともに、「たとえがんになっても、焦らず、医者任せにしないで、納得のいく治療を受けるようにしてほしい」との思いからメッセージを送り続けています。

「日本において、多くの女性や娘をもつ親御さんたちが、HPVワクチン接種に積極的になれないのは、2013年に多くのマスコミが取り上げたニュースが影響しています。その意味で、子宮頸がんの増加には、マスコミにも責任があるのではないでしょうか。

もちろん、責任の所在を追求するつもりはありません。しかし、今後はマスコミの影響力の大きさを適切な情報提供に活かしていただきたい。私たちはそのための協力なら惜しまないつもりです。」

セミナーの閉会にあたり、メディア各社に向けてこう語った中川先生。同時に、日本のヘルス・リテラシーの向上への協力も呼びかけました。

ポイントまとめ

  • 子宮頸がんの発症は、はHPVウイルスへの感染が主な原因となっている
  • 細菌やウイルスへの感染が原因のがんは減少傾向にあるが、子宮頸がんは日本で増加している
  • 子宮頸がんはHPVワクチン接種によってある程度予防することができるが、日本での接種率はわずか0.3%となっている
  • ワクチン接種の積極的な勧奨が中止された理由は、接種後に一部の人に現れた副反応。ただし、ワクチン接種と副反応を関連付けるデータは出ていない
  • ワクチン接種や検診受診率の向上のためには、親や周囲の正しい理解が必要
  • 日本における子宮頸がんの治療は手術中心だが、海外では放射線治療がメイン。放射線治療でも手術と同様の効果が得られることは、日本ではあまり知られていない

パネリストプロフィール

中川 恵一 先生
東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院・放射線科准教授、放射線治療部門長。厚生労働省がん等における緩和ケアの更なる推進に関する検討会委員、文部科学省「がん教育」のあり方に関する検討会委員など歴任。「がんのひみつ」「がんから始まる生き方」など著書多数。
ハヤカワ 五味 さん
多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科卒業。課題解決型アパレルブランドを運営する「株式会社ウツワ」代表取締役社長。大学在学中に、バストの小さな女性向けのランジェリーを考案し、“feast by GOMI HAYAKAWA”ブランドを立ち上げる。
難波 美智代 さん
2009年に子宮頸がんのⅠA1期と診断されて、子宮全摘手術を受ける。同年、NPO法人子宮頸がん啓発協会を立ち上げ、自身が子宮を失った経験から「同じような苦しみに悩む女性をひとりでも少なくしたい」と、イベント、勉強会の開催や講演活動などを行っている。
重田 かおる さん
2008年に子宮頸がんのⅠB1期と診断され、放射線化学療法によって治療する。現在、「子宮・卵巣がんのサポートグループあいあい」で活動する一方、アメブロで子宮頸がん体験を紹介中。
(https://ameblo.jp/kaorunrun-4343/entry-12541659258.html)

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