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音声ソフトで「自分らしさ」をサポート
【トピックス】がん治療で声を失った後も“自分の声”で会話を。
音声ソフトで「自分らしさ」をサポート

喉頭がんや下咽頭がんなど喉のがんでは、声帯を含む喉頭を切除する場合があり、声が出なくなってしまうこともあります。治療のためとはいえ、「声を失う」と生活が不便になるだけでなく、「自分自身が失われる」ととらえる患者さんもいます。そこで今月のトピックスでは、そうした患者さんの悩みや不安を解消し、周囲とのスムーズなコミュニケーションをサポートする音声ソフトを紹介します。
これは難病や手術等で声を失う前に自分の声をサンプルとして録音しておき、その音声をランダムに組み合わせて、声を失った後も“自分の声”で会話できるようにしたフリーソフト「マイボイス」です。このソフトの発案者で、東京都立神経病院リハビリテーション科の作業療法士・本間武蔵さんにお話を伺いました。
目次
がん治療のため声帯を切除し声を失うことも

音楽プロデューサーでロックバンド「シャ乱Q」のボーカリスト・つんく♂さんが声帯を摘出したことで話題になった喉頭(こうとう)がん。がん治療のために、歌手の生命線である声を出せなくなってしまったというニュースが、日本中に大きな衝撃を与えたのは記憶に新しいと思います。
つんく♂さんが患った喉頭がんや、下咽頭(かいんとう)がんといった「喉のがん」は、進行すると治療によって声を失うリスクがあります。それは、声を出す「声帯」にがんができてしまうことがあるためです。
「喉頭」は、のどぼとけのところにある器官で、鼻や口から取り込まれた空気や飲食物を気管と食道にそれぞれ振り分ける役割と、喉頭に含まれる声帯を振動させて声を出す役割があります(図:頭頸部の構造参照)。
この喉頭にできるがんを喉頭がんといい、2015年に新たに診断されたのは5,354人で※、そのうちの半数以上が声帯にがんができ、声を失う可能性のある「声門がん」でした。
一方、「咽頭」は鼻の奥から食道に至るまでの飲食物と空気が通る管です。中でも「下咽頭」は咽頭の管の最も下の部分(図参照)で、ここにできるがんを下咽頭がんといい、2015年には1,822人が診断されました※。
下咽頭は喉頭に隣接しているため、下咽頭がんが発見されたときには、声帯がある喉頭までがんが広がっている場合もあります。
■頭頸部の構造

※国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」全国がん罹患モニタリング集計 2015 年罹患数・率報告
https://ganjoho.jp/data/reg_stat/statistics/brochure/mcij2015_report.pdf
喉頭がんや下咽頭がんの治療法には、主に薬物療法・放射線治療・外科的治療があります。食事を摂る、発声するといった喉の機能を残すことは重要なので、これらのがんを治療する際には、まず喉頭の温存が可能かどうかを検討します。
早期の場合には、放射線治療や喉頭を残すことができる「喉頭温存手術」のみで治療するケースもありますが、がんができた部位や進行具合によっては、喉頭を摘出せざるをえないことも少なくありません。その場合には、患者さんは声を失い、QOL(生活の質)は大きく低下してしまいます。
本間さんは、「病気が原因で声を失ってしまった患者さんに触れる中で、何とかして声を失わずに済む方法はないだろうかと模索し『マイボイス』のアイデアを考案したのです」と話しています。
あらかじめ録音した自分の声で、声を失った後も会話できる
「マイボイス」は、声を失う前に録音した五十音のサンプル音声の一言ずつを、キーボードなどで入力した文章のとおりに組み合わせて再生する仕組みで、本人が言葉を発しているように聞こえます。
では実際に、本間さんが担当している東京都立神経病院の「マイボイス外来」で録音した患者さんの音声を聞いてみましょう。サンプル①は「ありがとう」と普通に発した音声で、サンプル②が「あ」「り」「が」「と」「う」と一音ずつ録音した音声を「マイボイス」で組み合わせたものです。
■「マイボイス」音声サンプル(↓クリックで音声が流れます)
【音声サンプル①】
【音声サンプル②】
このように「マイボイス」では、多少なめらかさは欠きますが、声質や発声の仕方など“その人らしい声の特徴”は生きています。
「『マイボイス』は、ただ本人の声を流すのではなく、『その人らしさ』を感じる発声で意思を伝えることを目的としています。ですから録音する際には、一音一音に患者さんの『自分らしさ』を込めていただくことを大切にしています」(本間さん)
前述したように、このツールは本間さんが考案したものですが、ソフトの開発者は小児脳性麻痺のために言語障害を負ったプログラマーの吉村隆樹さんで、慶應義塾大学言語文化研究所の川原繁人准教授による音声学の観点からのアドバイスを得て作られました。
その開発過程を通じて、一本調子の音声をただ機械的に再生するのではなく、音の高低(アクセント)や促音(「っ」)、長音(「ー」)を調節する機能のほか、声の高さや話すスピードを任意に設定できる機能などの工夫を施し、より“その人らしい発声”を再現できるようにしています。
なお、「より多くの人に使ってもらいたい」という本間さん・吉村さんの思いから、「マイボイス」はインターネット上で無料公開されており、音声によるコミュニケーションに不安や悩みを抱えた方などが誰でも自由に活用することができます。
「マイボイス」のインストールは下記より
http://heartyladder.net/xoops/modules/d3downloads/index.php?cid=6
マイボイスの使い方とコツを、本間さんに教えていただきました。
①録音の準備

ヘッドフォンで自分の声を聞きながら、マイクの位置を調節します。マイクの角度や口との距離を調節し、自分で聞いて一番しっくりくる位置を決めます。
②声を録音する

「ば」「ぱ」といった濁音・半濁音や、「きゃ」などの拗音を含めた五十音のすべてを録音します。この際、身近な人に呼びかけるように、心を込めて発音するのがポイントです。
③録音した声を編集する

「マイボイス」を使って録音した音声を一音ずつ切り出し、登録します。
④再生する

「マイボイス」の関連ソフトである「ハーティーラダー」で文章を入力し、再生すると、登録した声で単語や文章を読み上げます。
詳しい使い方は下記WEBサイトをご参照ください。
http://heartyladder.net/xoops/modules/picoDocument/index.php?cat_id=3
「病院内で録音する際は、音程や声の勢いがニュートラルで安定した状態になるよう工夫しています。『マイボイス』が目指しているのは、“どんなストーリーでも作れるパラパラ漫画”です。録音する一音ずつの音声がパラパラ漫画の個々の絵に相当し、それを自由に並べ替えれば、どんなストーリーでも描くことができるというイメージです」(本間さん)
「マイボイス」を使用している患者さんの中には、よく使う単語を「マイボイス」であらかじめ作ってタブレットに保存しておき、タブレット上のアイコンをタップするだけですぐ再生されるようにしている方もいます。
その方は好きなアーティストのライブに行った際、曲に合わせて自分の掛け声を再生して楽しんでいて、「こんな使い方もできるのか」と発案者の本間さんも驚かされたといいます。
その患者さんのご家族は「タブレットと『マイボイス』を活用し始めて生活が変わった」と喜びの声を挙げています。

※患者さんが「マイボイス」を使用しているタブレット
声を失う前に一人でも多くの患者さんへ「マイボイス」を届けたい
改めて、本間さんに「マイボイス」の発案に至った経緯を伺いました。
本間さんは2004年、声を失ったある患者さんに、その方がまだ話せるうちに録音した五十音の音声をつなげて「あ・り・が・と・う」という単語を試作し聞いてもらいました。すると、その患者さんはとても喜んだといいます。
「『ありがとう』となめらかに再生することは難しくても、一音ごとをつなげて『あ・り・が・と・う』と再生する仕組みなら作れるのではないかと思いついたのです。
どうすればこれを実用化させられるのかと模索する中で、手などが不自由な人ための文章入力ソフトを無料公開していたプログラマーの吉村さんを知り、すぐに相談を持ちかけました。そしてキーボードに入力した文字列通りに、患者さん自身が発した五十音の音声を連続再生できるソフトの作成がスタートしたのです」(本間さん)
こうして吉村さんと本間さんは二人三脚で試行錯誤を繰り返し、10年以上の時間をかけて今のクオリティの「マイボイス」を作り上げました。
「開発初期はまだ録音の仕方がよくなかったこともあり、再生した音声を聞いた患者さんを十分満足させられないこともありました。そこから今日までの開発期間は苦労の連続でしたが、2004年に試作した『あ・り・が・と・う』の音声に感激してくれた筋萎縮性側索硬化症の患者さんの笑顔に支えられ、苦難を乗り越えてここまでやってこられました」(本間さん)
本間さんは、喉頭を切除する必要があるがん患者さんにも使ってもらいたいといいます。
「声を失いたくない一念で手術を拒否する患者さんもいます。そういった方に『マイボイス』を使ってもらい、安心して手術に臨んでもらいたいです」(本間さん)
現在、「マイボイス」を使った患者さんの体験談や、声の大切さなどを紹介する「マイボイスワークショップ」を定期的に開催する本間さん。
2019年7月のワークショップには、音声学を学ぶ学生や、神経の病気を患う患者さんと家族など多くの人が詰めかけ、声を失っても自分の声でコミュニケーションできる「マイボイス」への関心の高さが伺われました。
「一人でも多くの患者さんに、声を失う前に『マイボイス』のことを知ってもらいたいですね。声はただ話すためだけのものではなく、その人らしさを表す象徴的で大切なものですから」と、本間さんは呼びかけています。

東京都立神経病院リハビリテーション科 作業療法士
本間武蔵さん
ポイントまとめ
- 「喉のがん」は、進行すると治療によって声を失うリスクがある。
- 自分の声をサンプルとして録音しておき、その音声を組み合わせて、声を失った後も“自分の声”で会話できるように開発されたソフトがフリーソフトマイボイスである。
- マイボイスは、ただ本人の声を流すのではなく、『その人らしさ』を感じる発声で意思を伝えることを目指している。
コラム:喉頭がんの「喉頭温存手術」「喉頭全摘出術」
•喉頭温存手術
喉頭の一部を取り除く方法です。がんの大きさや場所によりますが、手術後もある程度声を出すことができます。また、飲食物が食道ではなく気管に入ってしまいやすくなるので、注意が必要です。
がんが表面のみにとどまる場合は、口から確認しながらレーザーなどでがんを取り除くこともできます。より進行している場合や部位によっては、首を切開してがんを取り除きます。
•喉頭全摘出術
喉頭を完全に取り除く方法で、手術後は手術前と同様の声を出すことができなくなります。しかし、食道を振動させて発声させる「食道発声」などを訓練すれば、発声できるようにもなります。
飲食物が誤って気管に入る心配はありませんが、気管が鼻や口とつながらなくなってしまうため、首に呼吸をするための穴を開ける必要があります。
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