【特集記事】がん患者さんの在宅診療

公開日:2017年07月31日

目次

在宅医療の強化・充実を求める声が強まる

がん患者さんが安心して暮らせる社会の構築を目指すがん対策基本法(2006年成立)が、2016年12月に改定されました。

改正がん対策基本法に伴って策定された第3期がん対策推進計画には、がん治療が進歩して新たに見えてきた課題を克服するために、「がんの原因となるおそれのある感染症などの予防」「がん診断時からの緩和ケア」「良質なリハビリテーション」「副作用の予防と軽減」「難治がん、希少がんの研究促進」「がん患者の雇用の継続」「小児がん患者の学習と治療の両立」「がんに関する学校教育、社会教育の推進」が基本的施策として盛り込まれています。

さらに、がんとの共生という観点から在宅医療は欠かすことができず、各地域で在宅医療の強化・充実が求められています。

現在、日本で在宅医療の中心的な役割を果たしているのは、在宅療養支援診療所(病院)です。在宅療養支援診療所(病院)とは24時間連絡を受けて、訪問診療、訪問看護ができる医師または看護職員が配置されている医療機関です。

他の医療機関とも連携し、在宅患者の緊急入院に対応します。さらに、地域の福祉サービスなどとも連携し、患者さんの生活を支えるしくみが整っています。

がん患者さんが病院から自宅に戻り、在宅医療をスタートする場合、かかりつけ医の元で治療を継続するのが基本ですが、24時間体制で訪問診療したり看護したりするできないこともあります。退院時に病院から在宅療養支援診療所・在宅療養支援病院を紹介してもらい、痛みが出た時など、緊急時の対応について確認することが大切です。

つらい治療を受けながらも充実した時間を提供したい

当クリニック(国立市)は1990年の開業以来、外来と在宅の2本柱で診療を行ってきました。当クリニックが診ている在宅患者さんは100~120人で、そのうちがん患者さんは5~10人程度です。

私は、もともとは外科医で、多くのがん患者さんを診てきました。外科医として働く中、病院でつらい治療を受けながら人生を送る患者さんの姿を見て、生活の中で治療が受けられれば充実した時間の中で療養ができるのではないかと考えていました。そこで、患者さんが自宅で治療を受ける環境を提供するために、在宅医療を診療所機能として外来とともに行う当クリニックを開設しました。

病院は言わずもがなですが、治療を行うための施設です。その目的に適わなくなれば、医療機関としての一定の役割は終わります。がん患者さんが在宅医療を受けるきっかけの1つは、外科療法、化学療法、放射線療法の治療効果が期待できなくなって、緩和ケアに移行する場合です。また、外来化学療法を受けながら、その副作用などに対する支持療法を在宅で受ける場合もあります。

在宅医療では、手術や放射線療法などの治療はできませんが、抗がん剤の服用、抗がん剤による副作用の症状を和らげる薬物治療、オピオイド(痛みを抑える薬の一種)などを使って疼痛管理、緩和ケアを受けることができます。

併存症を持ったがん患者さんへの対応が急務

超高齢社会のがん診療は、日本の医療が初めて直面する問題です。高齢のがん患者さんは腎機能や肝機能が低下し、心血管・脳血管障害や糖尿病など複数の併存症を持っていることが多く、大所高所から患者さんの病態像を把握し、治療方針を決定していく必要があります。がん専門病院の隙間を埋めるための医療機関の連携を含め、がん診療のあらゆる局面で総合力が求められています。

当クリニックの在宅医療では認知症の患者さんが多く、がん患者さんの中にも認知症を合併する例もあります。在宅患者さんの中にも認知症のほかにさまざまな疾患を合併している例は多く、在宅医は総合的な視点からがんを診る必要があります。

患者さんが自宅で当たり前の生活ができるようにし、それを続けられるようにすることこそ私たち在宅医療を行う者の仕事です。医療者だけでなく、患者さんの家族を含め周囲の人たちがそのことを理解し、患者さんを支えていくことが在宅医療の主眼となります。

在宅医療を適切に進めるためには医師をはじめとする医療者と患者さん、および家族が信頼関係で結ばれていることが前提条件です。患者さんが最後まで自宅にいたいという気持ちがあれば、私たちはその意志を汲み取って在宅での治療、看護、介護で患者さんを支えていきます。

一言に在宅医療といっても、患者さんが家族と同居していて家族が常にケアができる場合や、同居していても家族が勤めなどに出て昼間は患者さんだけになる場合、家族と別居していて昼間は家族と一緒に過ごし、夜間は一人暮らしの場合、完全に独居の場合など、患者さんの背景はさまざまです。在宅医療では、家族の形態、構成に応じて臨機応変に関わることが必要になります。

家族の役割は、患者さんの病状を理解し、患者さんの在宅療養の意志を尊重して、その気持ちに沿って関わることです。しかし、その役割を果たせない場合もあるし、家族の存在が患者さんの負担になることさえあります。

そんな患者さんを抱える家族は、介護を含めて精神的に大きなストレスになります。在宅医療の形は家庭ごとに違い、在宅医療のあり方は家族形態の変遷に伴って変化していくものです。在宅医療に携わる医療者は、患者さんの診療にあたりながら、同時に家族の健康への気配りが求められます。

信頼できる医師を選ぶことでより充実した生活が可能に

在宅医療を選択する場合に重要なのは、信頼できる医師を選ぶことです。患者さんの人生における最大のイベントを迎えるに際して、それに関わる医師や看護師の存在によって救われることもあれば、そうでないこともあります。

いま、病院での看取りが80%といわれています。3世代、4世代が同居していたかつての日本では自宅での看取りが一般的でしたが、核家族化が進むにつれて、家族との別れの形も変わってきました。

大きな喪失感に苛まれる家族のメンタル面でのサポートは、がんの診断時から始めなければいけません。ずっと一緒だった家族の一員を失うかもしれないという不安を受け止めるためには覚悟が必要です。在宅医療に携わる医療者は患者さんと家族に寄り添うことが重要なのはそのためです。

在宅医療を支援するのは病院の担当医、在宅医や、訪問看護師ばかりではありません。薬剤師、歯科医、理学療法士、ケアマネジャー、ホームヘルパーのほかさまざまな職種や、市区町村、地域包括支援センターが関わります。

(がん情報サービス「療養生活を支える仕組みを知る」(http://ganjoho.jp/hikkei/chapter2-1/02-01-09.html)から)

また、在宅といっても、自宅にこだわらず、グループホーム、有料老人ホーム、サービス付き高齢者住宅など、患者さんにとって、住み心地がいいところで医療を受ければよいのです。

在宅医療では患者さんの希望はどこまで許容されるかという質問を受けることがあります。自宅で受ける医療なので、患者さんのあらゆる希望が許容されます。いわば、病院は他人の家、在宅は自分の家であり、患者さんの家を訪問する医療者はそこで医療行為を行うわけですから、患者さんの希望が優先されるべきです。

私が診た中でも、いろいろな患者さんがいました。医療者に気兼ねして本音をなかなか言えない人もいれば、最初から自分の思いをぶつけてくる人もいます。それぞれの患者さんに真摯に対応し、よりよい医療を提供するのがわれわれの役割です。

また、容体が急変したり、痛みが出現したりしたときの対応に不安を持つ患者さんは少なくありませんが、がん患者さんが急変することを私たちは常に想定しているので、迅速に対応することができます。

在宅医療を希望する場合は、入院中は患者相談窓口や医療ソーシャルワーカーに、退院後はがん診療連携拠点病院のがん相談支援センターで相談にのってもらえます。40歳以上であれば介護保険制度を利用することも可能な場合もあります。各市区町村の設置されている地域包括支援センターなどに問い合せを。

在宅医療に関する参考サイト:全国在宅療養支援診療所連絡会(新田國夫会長)会員リスト
http://www.zaitakuiryo.or.jp/list/index.html

がん患者さんに知っておいてほしいこと

患者さんはある程度の医療知識をもつことで、自分の病状を知ることができます。また、治療の目的や緩和ケアの方向性が理解できます。在宅医療の情報や、薬剤に関する知識があれば、患者さんは自分にとって有効な治療法を判断し、選択することが可能です。

期待された効果が得られない場合もあることも理解しておくといいでしょう。在宅で医療を受けることを選択したがん患者さんも医学あるいは治療の限界ということを理解し、結果を受け入れる覚悟を持つことが重要です。

たいへんな苦悩がありますが、受容することが重要となります。家族もしかり、いろいろな意味で覚悟を持って患者さんと過ごしてほしいと思います。

災害時の対処について

患者さんが地域(医療サービス、介護サービスなどを含む社会資源)とつながっていると、たとえば災害時などの不測の事態が起きた際でも安心です。復旧を待ちながら非日常の生活環境で過ごすことになりますが、3日もすれば被災地に医薬品が届きます。お薬手帳を常に携帯し、自分が服用している薬がわかっていれば、カルテがなくても、必要な治療薬は処方してもらえます。

取材にご協力いただいたドクター

新田 國夫 先生

日本臨床倫理学会理事長
新田クリニック院長

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