【特集記事】がん患者さんが抱えるお金の悩み。
元看護師 ファイナンシャル・プランナーに聞く、金銭問題の対処法

公開日:2019年11月29日

がんと診断されると、患者さんやご家族は大きな衝撃を受けられますが、中でも医療費に関して経済的な不安を感じる方も少なくありません。

元看護師の黒田ちはるさんは、がん患者さんの金銭的な相談に乗ることができなかった経験をきっかけに、がん患者さんの家計相談を専門とした国内初の「看護師FP(看護師の資格と経験を持つファイナンシャル・プランナー)」へ転身しました。「病気になると必ずついてくるお金の悩みも、知識があれば乗り越えることができる」と黒田さんはいいます。

目次

がんになってから予想外のお金の悩みを抱えることも

がんは微小な細胞からも増殖し再発を繰り返す性質から、治療が長期にわたることもあります。多くのがん種では、「治った」とみなされるのは、5年間再発がない場合※1で、長期間の経過観察が必要になります。

※1 乳がんなど一部のがんでは、経過観察期間が10年のものもあります。

長期に渡るがん治療では、治療費や入院費用などの直接治療にかかるお金はもちろん、通院のための交通費や証明書等の作成費用、入院時の日用品など、治療費以外も含めると、予想以上に医療費が高額になることもあります。

今では、がんは“治る病気”ともいわれますが、一方で、治療が長期にわたることや、抗がん剤などによる治療に伴う副作用により、思うように社会復帰ができない場合もあり、収支のバランスが崩れてしまうことがあります。

治療や副作用が長引くほど、お金の心配が精神的な負担となって積み重なり、それが治療結果に影響する人も少なくないと、黒田さんはいいます。

「看護師として勤務していたとき、がん患者さんの金銭的な悩みを目の当たりにすることも度々ありました。でも職業上、看護師が患者さんに金銭的なアドバイスをすることはできません。

治療費が支払えないために望まれる医療を受けることができない方や、治療費を心配するあまり症状が快方に向かいにくい患者さんなどもいて、そばで見ていて歯がゆい思いをしていました。」

「治療内容や状況にもよりますが、ほとんどの場合、がんになると収入が減り支出が増えるので、家計の収支バランスが赤字になってしまいます。会社員であれば休職が必要な場合もありますし、自営業の方は仕事をセーブする必要が出てくることもあります。

それぞれの働き方や収入の得方は異なりますが、共通するのは『それまでとは家計の収支バランスが変わる』ということです。」

がんに伴う苦痛は、がんそのものや治療などによる身体的なものも含めて、大きく4つに分類されます。

  • 1.身体的苦痛(痛みや吐き気など)
  • 2.社会的苦痛(家族のことや仕事の悩みなど)
  • 3.心理的苦痛(孤独感や不安など)
  • 4.スピリチュアルな苦痛(死生観に対する悩みなど)

これらの苦痛にお金の悩みが加わると、それぞれの苦痛が増大すると、黒田さんいいます。

「私が所属するNPO法人『がんと暮らしを考える会(http://www.gankura.org)』が調べたところ、貯蓄が少ない人ほど症状のつらさを感じているというデータが出ていました。

がん患者さんの場合、家庭によっては住宅ローンや子どもの教育費なども大きな問題になります。さらに、職場を休職するのかどうか、家族のサポート体制はどうするのかなど、お金にまつわるさまざまな問題が生じることで、それぞれの苦痛がより増大することにつながります。

逆にお金の問題が解決すると、その他の悩み事や家族関係も改善するという傾向も出ています。」

がん患者の経済面と症状の関係

出典:J Clin Oncol. 2016 “Association of Financial Strain With Symptom Burden and Quality of Life for Patients With Lung or Colorectal Cancer.” JOUNAL OF CLINICAL ONCOLOGY, 34(15):1732-40.

お金の悩みを解決するキーワードは、
「医療ソーシャルワーカー」への相談と「固定費」の見直し

では、がんになったときにお金についてできるだけ悩まないためには、どうすればいいのでしょうか。黒田さん曰く、『医療ソーシャルワーカー』への相談と『固定費』の見直しがカギとのこと。

「そもそもがんの種類によって治療法が異なり、かかる治療費も、加入している健康保険や医療保険の種類によっても異なります。

がんの場合は、高額療養費制度以外に傷病手当金や障害年金といった公的サポートを利用できる場合がありますが、細かい部分はケースバイケースで患者さんごとに変わってきます。

ですから、まずはがんになったときに頼れる制度があることを知っておいていただきたいです。私が相談者とお話するときは、例えば会社員の方の場合は、就業規則を確認していただき、社会保険労務士の助言の下、治療と仕事の両立を目指しています。

そうした制度を活用する上で頼りになるのが、『医療ソーシャルワーカー(Medical Social Worker:MSW)』です。MSWとは、主に病院での入院相談や退院援助、社会復帰の援助など、患者さんやその家族に対して経済的・心理的・社会的な相談に応じるなどの支援を行う役割を担っています。※2

がんと告知されたらショックでしょうが、できるだけ早く、まず院内のMSWを訪ねてみましょう。その時点で利用できる医療や福祉の支援制度などを聞き申請しておけば、心理的負担は大きく軽減されるはずです。」

※2 MSWの仕事は、施設によっては別の職種が行っている場合もあります。

高額な費用がかかった場合の自己負担

出典:黒田ちはる (2019) 『がんになったら知っておきたいお金の話 看護師FPが授ける 家計、制度、就労の知恵』,日経メディカル開発.

がん治療中は、場合によって休職を余儀なくされることもあり、収入にも大きく影響が及びます。

例えば、月収30万円の会社員の方の場合は、手取りがおよそ22.5万円ですが、休職すると収入は傷病手当金の20万円のみとなるため、手取りは15.5万円程度となります。

収入はこのように減る半面、治療費の自己負担分を加えた支出が増えるので、支出を見直す必要があります。

標準報酬月額(年金の計算の際基準となる金額)が30万の方の場合

出典:黒田ちはる (2019) 『がんになったら知っておきたいお金の話 看護師FPが授ける 家計、制度、就労の知恵』,日経メディカル開発.

そのような場合に見直しを考えるのが、『固定費』『変動費』です。『固定費』とは、家賃や住宅ローン、学費など、定期的に生じる一定額の出費で、『変動費』は、光熱費や食費など月によって変動する費用です。

「多くの人は、変動費である食費を減らそうとします。しかし、それは健康面や長期的なことを考えてもお勧めできません。私がお勧めしたいのは、住宅ローン、保険料、教育費といった『固定費』の見直しです。さまざまな情報をもとに検討するので大変なことですが、一度見直せばそのまま固定されるので、家族を含め安心な治療生活を送ることにつながります。

例えば、住宅ローンの支払い月額を治療の期間中は少なくしてもらう、保険のプランを変えるなど、固定費から削減できる部分を見つけていきます。

実際に、患者さんやご家族の相談に乗るときには、月々の収入、支出、家族全員の保険、貯蓄、不動産など、収支が分かるすべての書類を持参いただき、そこから見直せるものを検討します。」

医療の世界とファイナンシャル・プランナーの世界を結びたい

結婚を機にファイナンシャル・プランナー(FP)を学び始めた黒田さんは、最初は家計のやりくりが目的だったといいます。ところが、FPの知識ががん患者さんにとってとても役に立つことに気づきました。併せて、FPの世界には、医療の世界を知っている人がとても少ないこともわかったのです。

「この二つの世界を結んだら、助かる人がきっとたくさんいる。」
と黒田さんは感じ、FP1級、さらに世界が認めるプロフェッショナルFPの証である国際試験のCFP(サーティファイド・ファイナンシャル・プランナー)を受けて、プロとして仕事をすることを決意します。

国内に20万人いるFPの中でも、CFPは2万人程度しか保有していないFPの頂点。そんな難しい試験に2015年、黒田さんは見事合格し、翌2016年からFPの世界で医療現場の実態を伝える講演活動を開始しました。

とはいえ、この分野で先人はおらず、パイオニアとしての道のりは簡単ではなかったといいます。

「FPの私が、いきなり医療機関で『患者さんの相談に乗りたい』といっても話が通じないので、まずは自身の経験をもとにがんとお金の現状についての話を広めようと考えたのです。」

同年からは、NPO法人『がんと暮らしを考える会』の一員として、がん患者さんとそのご家族に必要なお金の知識を伝えたり、直接相談に乗ったりする活動も開始。その後は医療従事者にがんとお金の話をしたり、全国のFPにがん医療のことを伝える講座を開催したりと、活動の幅を広げています。

「お金は大切な問題。事前に知識を持っておけば、転ばぬ先の杖で、きっと役に立つはずです。」と黒田さんは強調します。

ポイントまとめ

  • がんになると経済的な負担が発生し、それによるストレスががんの症状に悪影響を及ぼすことも
  • 経済的な負担を軽減するために公的制度を利用できないか、医療ソーシャルワーカーに相談を
  • 支出を見直すなら、ローンや保険といった定期的に一定の出費がある「固定費」から

取材協力

黒田ちはるFP事務所 代表
黒田 ちはるさん

■黒田ちはるFP事務所「がん患者と家族のための家計相談」
https://fpkuroda.com/

コラム :がん患者さんが利用できる制度を調べるには

金銭面の負担が大きいがん患者さんのための公的制度はいくつかありますが、患者さんの症状や雇用形態、保険の加入有無によって使える制度は異なります。

「がん制度ドック(http://www.ganseido.com/)」では、がん患者さんやご家族がどの制度を受けられるのかを検索することができます。「雇用形態」「現在の体調や症状」「保険・年金の加入状況」といった20問程度の簡単な質問に答えるだけで、「高額療養費制度」「傷病手当金」など利用できる可能性がある制度とその詳細を閲覧できます。ぜひ利用してみてください。

※掲載している情報は、記事公開時点のものです。