- 再発転移がん治療情報
- 家族と社会のがん闘病サポート
- がん患者さんの仕事とお金
- 【特集記事】がん患者さんの3人に1人が就労世代
がん治療と就労が両立できる社会を実現するために
【特集記事】がん患者さんの3人に1人が就労世代
がん治療と就労が両立できる社会を実現するために

がんと診断されると、患者さんやご家族は大きな衝撃を受けられますが、中でも仕事について不安を感じる方はたくさんいらっしゃいます。わが国では年間約100万人が新たにがんに罹患する現在、20歳~64歳の就労世代のがん罹患者も増加傾向にあり、全体の3分の1近くを占めています。しかし、働きながらがん治療を受けることは容易ではありません。治療のために退職せざるを得ない方も少なくない状況で、がん治療と就労の両立が大きな課題となっています。
そこで今回は、産業医として「がん治療と就労の両立支援」を100社以上で経験してきた、治療と就労の両立支援分野の第一人者である、『順天堂大学医学部公衆衛生学講座准教授の遠藤源樹先生』に、がん患者さんがどうすれば治療と仕事を両立させられるのかについて伺いました。
目次
いま、がん治療と職業生活の両立が求められている
2016年12月にがん対策基本法が改正され、「企業はがん患者の雇用継続への配慮に努めること」と明記されました。これを受け、大企業ががん罹患社員の就労継続のための体制を整えるなど、がん患者さんの就労支援の動きが広がってきています。この背景には就労世代のがん患者さんの増加が一つの要因としてあげられます。
就労世代のがん患者さんが増加している理由について、遠藤先生は以下の四つの要因を挙げています。
①がん罹患率が高い60歳以上の就労割合が増加しているため
がんの罹患率は50歳代ごろから上昇し、高齢になるほど高くなります。一方で、定年年齢が60歳から65歳に引き上げられ、定年後も非正規などで働き続ける60歳以上の労働者数が増加傾向※にあります。
『平成29年版高齢社会白書』によると、2016年の全就業者に占める60歳以上の労働者の割合は約20%となっており、2007年度と比べて約1.3倍に増加しています。がんを罹患する確率が高いシニアの労働者が増えたことで、就労時にがんと診断されることが多くなると考えられます。

※平成29年版高齢社会白書
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2017/html/zenbun/index.html
②女性の就労割合が増加しているため
2012年から2016年の4年間で、女性の就労者数は約147万人増加し、子育て期(25歳~44歳)の女性の就業率も72.7%と増加しています。(『男女共同参画白書 平成29年版』により)
国立がん研究センターがん対策情報センター「がん登録・統計」の2014年のデータによると、20歳代~40歳代では男性よりも女性の方ががんに罹患しやすい※ため、特にこの年代の女性の就労割合が増加したことで、就労中のがん罹患者が増加したと考えられます。

※男女共同参画白書 平成29年版
http://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h29/zentai/html/honpen/b1_s00_01.html
※国立がん研究センターがん対策情報センター「がん登録・統計」
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html
③乳がんの罹患率の増加と子宮頸がんの罹患の若年化のため
近年、乳がんの生涯発症率が上昇していることもあり、また、子宮頸がんについては1980年当時は50歳代~60歳代以上のシニアのがんでしたが、40歳代の女性を中心とした発症に変わりました※。
女性の就労割合の増加と合わせて、就労中の女性が乳がんや子宮頸がんに罹患する確率が上がっています。
※国立がん研究センターがん対策情報センター「がん登録・統計」
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html
④医療の進歩により早期に社会復帰できるがん患者さんが増加したため
医療の進歩(がん薬物療法、放射線治療、支持療法等、内視鏡治療等)により、身体への負担が少ない治療が実現したり、治療期間・入院期間も短くなりつつあります。これにより、早期に社会復帰できる可能性も高まり、がんを治療しながら働き続ける方が増加しています。
「このように就労世代のがん患者さんが増加している状況を受けて、厚生労働省は、企業・事業主に対して治療と職業生活を両立できる環境づくりを求め、『事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン』を公表するなど、国を挙げて治療を受けながら働き続けられる環境が整えられようとしています。
私が所属する順天堂大学医学部公衆衛生学講座でも、がん患者さんが治療と就労を両立させられるよう、患者さんをサポートするための就労支援ツールの開発・研究等を通して、日本が、がん治療と就労が両立しやすい社会になるように変革を促しています」
働き続けたい場合は「がん相談支援センター」へ相談を

「私からがん患者さんに強くお伝えしたいのは、がんと診断されたからといってすぐに会社を辞める必要はないということです。精密検査などでがんと診断された方が、多くは大病院ではなく、個人のクリニックでがんと診断された直後に、専門家に就労の相談をすることなく退職を決意してしまうケースは少なくありません。
会社を辞めることを早まらないでください。日本の法制度は、簡単に労働者を解雇することはできないことになっているので、職場に籍を残しながらがん治療を行った後で、考えればよいのです。
就労支援を積極的に行っているがん診療連携拠点病院も少しずつ増えてきているので、がんと診断されたからといって、すぐに仕事を辞める必要性はありません。必ずしも治療と仕事の両立をあきらめる必要はありませんここは日本なのですから。」
では、働きながらがんの治療を受けたい場合にはどうすればよいのでしょうか。遠藤先生によると、まずはがん診療連携拠点病院などにあるがん相談支援センターに相談してほしいといいます。
これは、全国の428施設(2019年4月現在)にあるがんに関する相談窓口で、厚生労働大臣が指定した施設です。治療に関する疑問や悩みはもちろん、就労を含む療養生活全般について無料で相談できます。
お近くのがん相談支援センターは、がん情報サービスから検索できます。
※国立がん研究センター がん情報サービス
https://hospdb.ganjoho.jp/kyotendb.nsf/fTopSoudan?OpenForm
がん相談支援センターについて、下記記事で詳しくご紹介しています。
>>【医療情勢】ここまでできる、がん相談支援センターの活用法
社内で相談するなら「産業医・産業看護職」「衛生管理者」「社会保険労務士」
遠藤先生が、社内で勧める相談先は『産業医・産業看護職(産業保健スタッフ)』『衛生管理者』『社会保険労務士(社労士)』の3人のお助けパーソンだと言います。
産業医・産業看護職(産業保健スタッフ)
「産業医」は、労働者の健康管理などについて、産業医学の立場から指導・助言を行う医師です。労働者が常時50人以上いる職場には選任が義務付けられています。この条件に当てはまる企業の方は相談してみてください。大企業であれば、産業看護職が就労をサポートしてくれることもあります。
衛生管理者
「衛生管理者」も、同じく労働者が常時50人以上いる職場で選任され、職場で労働者の健康障害を防止する役割を担います。
社会保険労務士(社労士)
社労士は、労働条件を整理するなどして事業の発展と労働者の福祉向上を目指す国家資格者です。就業規則を作成するなど、産業医や衛生管理者がいない小さな会社でも、顧問契約としているところもあります。
「社内でも相談できる人はいます。信頼できる上司に相談できればよいのですが、上司と部下には“病気のせいで人事評価に響くのでは”といった利害関係が生じがちなので難しい場合がもあるでしょう。
これらの3者のお助けパーソンは、社員が、がんと診断され、その治療の影響などで就労継続が難しくなった際、職場という『利害関係の空気』がある場でも、サポートしてくれるはずです。がん治療と就労を両立するうえで少しでも困ったことや悩み事などがあれば何でも相談してみてください。」
医療機関と企業の“架け橋”となる、日本初・順天堂発の就労支援ツールの開発
遠藤先生は、がん患者さんの「目に見えない/他人が気づきにくい症状(invisible symptoms)」のうち、」『体力低下』、『痛み』、『メンタルヘルス不調』が就労の最大の阻害要因だと提唱しています。
体力低下、痛み、メンタルヘルス不調は、患者さん自身にしか、その程度の大きさが分からず、家族や同僚などの周囲の人がその不調に気づきにくいのです。しかし、患者さんは「疲れたと言ってしまうと、もう働かなくても良いよと思われるかもしれない」などと、「利害関係の空気」を読んでしまって、疲れている自分、痛みやしびれがある自分を隠して働き続けようとし、周りの人は気づかないことが少なくありません。
「がん治療と就労を両立させるためには、こういった目に見えない症状をフォローアップする専門職(産業保健スタッフ等)によるサポートのみならず、職場の理解が不可欠です。これを実現するために、私は日本で初めて医療機関と企業をつなぐ“架け橋”となるさまざまな就労支援ツールを開発しました。今回は二つ紹介します。
一つは『選択制がん罹患社員用就業規則標準フォーマット』です。企業ががんに罹患した社員に対して、療養日数(身分保障期間)を在職年数に応じて延長する、期間限定で短時間勤務や特別休暇制度などの柔軟な働き方を認める、がん罹患社員専用の就業規則のフォーマットです。がん時代における働き方改革の就労支援ツールであり、多くの企業、社労士から問い合せをいただいています。
もう一つは、『がん健カード作成支援ソフト』です。医療従事者が患者さんの症状や仕事内容に関する項目を選択するだけで、仕事への影響や就業上の具体的なアドバイスを自動で出力できるソフトです。」
最後に、遠藤先生にがん治療と就労の両立支援への思いを聞きました。
「産業医として、多くのがん患者さんの就労支援に携わってきました。『何とか仕事に戻りたい』『本当はもっと働きたいのに、体力がついていかなくて』と涙を流していた方、残念ながら亡くなられた方、治療後も、それなりに元気に働き続けている方。目を閉じると、がんと診断され葛藤されていた多くの方々の想いが聞こえてきます。 より多くのがん患者さんが、治療と就労を両立できる社会を目指して、皆さんとともに知恵を出し合い、『がんになっても、働き続けられる社会』を作っていきたい。 誰しも、ある日突然、がんと診断される可能性があるのですから。」
就労支援ツールについて、詳しくは、下記トピックスで詳しくご紹介しています。是非合わせてご覧ください。
>>【トピックス】日本初・順天堂発のがん患者さんの就労を支えるIoTツール、選択制就業規則を開発。働くがん患者さんの「治療と仕事の両立をサポート」
ポイントまとめ
- がんに罹患しやすい女性や60歳以上の就業率の増加により、就労中にがんに罹患する人が増えている。
- がんと診断されてもすぐに退職せず、まずは「がん相談支援センター」などに相談する。
- 就労中のがん治療について、社内で相談したい場合は、「産業医」「衛生管理者」「社会保険労務士」へ。
取材にご協力いただいたドクター

遠藤 源樹 (えんどう もとき) 先生
順天堂大学医学部公衆衛生学講座 准教授
「治療と仕事の両立支援ナビ」で企業の事例やセミナー情報も
ここでは、企業向けの治療と仕事の両立支援のためのガイドラインやセミナー情報、各企業での取り組み事例などを掲載しています。
例えば、マツダ株式会社の取り組み事例では、職場・人事・産業医が連携し、がん罹患社員が健康面に影響なく働け、さらに適切な人事評価が得られるような体制が紹介されています。
働き続けたいがん患者さんだけでなく、企業の担当者にも役立つ内容なので、一読してみてはいかがでしょうか。
カテゴリー家族と社会のがん闘病サポート, がん患者さんの仕事とお金, ドクターコラム
タグ2019年7月