【最新医療】次世代がん治療薬の効果「見える化」に成功 国立がん研究センターほか

公開日:2016年06月30日

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 国立がん研究センター、理化学研究所、島津製作所の共同研究グループは、新たに開発された質量顕微鏡を使って、抗体薬物複合体(ADC)のがん組織中における薬物の放出と分布の可視化に世界で初めて成功しました。

抗体に薬剤を付けてピンポイントでがん細胞を攻撃

 ADCは、抗体に抗がん剤などの薬剤を付加した新しいタイプのがん治療薬です。抗体が特定の分子をもつがん細胞に結合する性質を利用して、薬剤を直接がん細胞まで運びます。そこで薬剤が放出され、がんを攻撃します。抗体でがん細胞に標的を絞ることができるので、正常細胞への影響を避けることができます。

ADC の作用機序は図のように、まず ADC ががん細胞(抗原)に結合し、ADC と抗原が細胞の中に取り込まれます。その後、ADCはエンドソームに取り込まれ、細胞の消化器官であるライソゾームで分解されます。そして抗がん剤が放出され、ピンポイントでがん細胞にダメージを与えます。

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(国立がん研究センターのプレスリリースから)

 2013年に日本でも承認されたトラスツズマブエムタンシン(T-DM1)は分子標的薬のトラスツズマブに抗がん剤を付加したADCです。メイタンシンの誘導体であるエムタンシンは強力な細胞障害活性を持ち、トラスツマブと結合させることによって、トラスツズマブでは効果が得られなくなったHER2陽性進行・再発乳がんに対して効果を発揮することが期待されます。

日本乳癌学会の「科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン(1)治療編 2015年版」には、T-DM1の一次治療薬としての可能性を示唆するコメントが記されています。さまざまな臨床試験でT-DM1の抗腫瘍効果が確認され、抗体薬の耐性の問題を克服する手段としても期待が高まっています。

その半面、ADCががん細胞に到達し、がん細胞中で薬剤を放出することを正確に評価する方法がなく、ADCの創薬・開発の課題となっていました。これまでADCの体内動態を調べるには、付加した薬剤を放射性同位元素で標識する必要があり、この方法はコストが高く、時間もかかっていました。

また、薬剤が放出される前と放出された後の状態を見分けることができず、ADCが本当にがん細胞に到達して、そこで薬剤が放出されているのかというところまでは評価できていなかったのです。

がん組織での薬剤の放出を質量顕微鏡で直接観察

 今回研究グループは、光学顕微鏡と質量分析計を一体化させた質量顕微鏡を使ってADCの薬物動態を評価しました。従来の質量分析法では、生体組織を破砕・分離してから目的の分子を測定するため、どの部位に分子が分布しているかを評価することは困難でした。

しかし、質量顕微鏡はがん組織でADCから薬剤が放出されるのを直接見ることができ、放出された薬剤がどこに、どの程度分布しているか確認することが可能だといいます。また、質量顕微鏡の解像度は従来法(100~200μm)より高く、最小5μmレベルの細胞を判別することができます。質量顕微鏡はがん細胞での薬剤の分布が正確にわかるだけでなく、コストや簡便性の点でも優れているといいます。

がんと血液凝固の関係は古くから知られており、新薬開発分野では、血管外に漏れ出した血液の凝固反応が、がん細胞の表面や腫瘍血管および周囲の組織因子(TF)の発現によって起こることに着目し、その組織因子に対する抗体が樹立されています。

研究グループはさらにその抗体にモノメチルオーリスタチンE(MMAE)という薬剤を付加したADC(抗TF抗体-MMAE複合体)を作製しました。MMAEはエムタンシンと同様、強力な微小管阻害作用を有する抗悪性腫瘍薬です。微小管は細胞分裂で重要な役割を担っており、MMAEは微小管の働きを阻害することで細胞分裂を停止させ、がん細胞の増殖を抑制します。

研究グループは、このADCを担がんマウスに静脈注射し、ADCががん組織に運ばれ、がん細胞のかたまりのところでMMAEが特異的に放出されていることを質量顕微鏡で確認しました。

ADCは、免疫チェックポイント阻害薬に並ぶ次世代のがん治療薬として注目され、海外では活発な研究・開発が行われています。特に米国ではすでに50種類以上のADCの臨床開発が進められており、将来、多くのADCが日本にも導入されることが予想されます。

研究グループは「ADCをがん組織に送り込み、付加した薬剤をそこで放出させるための至適な条件を導き出すには、今回の研究で確立された腫瘍内薬剤分布の評価方法はきわめて簡便かつ正確な方法といえる。今後ADCの設計・開発において有用な手法として期待が高まる」としています。

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