遺伝的要因のがんとは?その種類と基準について vol.1

公開日:2012年02月01日

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監修:認定遺伝カウンセラー 堀尾留里子

本当にがん家系?

「がん家系」という言葉を聞いたことがあると思います。親や兄弟が”がん”だから、自分もそうなるのではないかと不安になられる方もいらっしゃるようです。最近ではがん患者さんが増えていて、一年間で新しくがんになる患者さんは約60万人に及びますが、その中で遺伝性のがんは5~10%程度と言われています。がんの発症には遺伝要因と環境要因が関わっていると考えられます。

環境要因とは、食生活・運動習慣・飲酒・喫煙などの生活習慣に加えて、ウィルス/細菌感染・紫外線などの外的要因も含まれます。がん発症の68%が生活習慣に起因するという報告もあります。がんになられた方が多いご家系の場合でも、必ずしも遺伝性ではなく、ご家族が同じ生活習慣を共有することで、後天的に罹患者が多くなるケースも考えられます。遺伝性の”がん”の多くは、がんの発生を抑制する機能を持つがん抑制遺伝子に、生まれつきの構造変化(変異)があるため、正常に機能しなくなることが原因となっています。がん抑制遺伝子も他の遺伝子と同じように2つで1セットになっています。

通常は一方の遺伝子に傷がついても、もう一方の遺伝子が機能することで細胞ががん化していくのを防ぎますが、がん抑制遺伝子の一方に生まれつきの変異を持つ場合には、残りの一つに傷がつくと遺伝子の働きが失われます。そのような人は一般の人よりもがんになりやすいと考えられます。遺伝性のがんは、全体の割合から見ると小さいものですが、もしご自身のがんが遺伝性であることが分かれば、ご自身のみならずご家系全体の医療管理に役立つ可能性があります。この連載では、遺伝性のがんの特徴、遺伝子検査、遺伝カウンセラーの役割などを3回に亘ってお話していきたいと思います。

どんな種類のがんが遺伝するの?

 

 

膵臓がん、甲状腺がん、骨肉腫、スキルス性の胃がんなどのごく一部には、遺伝性のがんが認められますが、比較的多いと考えられるのが遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(Hereditary Breast and Ovarian Cancer:HBOCと略されることもあります)とリンチ症候群(遺伝性非ポリポーシス大腸癌)です。遺伝性乳がん・卵巣がん症候群には、BRCA1とBRCA2という二つの遺伝子が関係することが分かっています。BRCA1遺伝子もしくはBRCA2遺伝子の変異を持つと、乳がんおよび卵巣がんなどの発症率が高くなってきます。

リンチ症候群は、ミスマッチ修復遺伝子(MSH2・MLH1・MSH6・PMS2)の変異により引き起こされます。細胞分裂に伴ってDNAを複製する際に、もし遺伝子がうまくコピーされず元の遺伝子とミスマッチが生じたとき、通常はそれを修復して元に戻す機能が働きます。この働きを担うのがミスマッチ修復遺伝子です。しかし、リンチ症候群では、この修復機能がうまく働かないために細胞が”がん化”すると考えられています。

遺伝子の検査と、その基準とは?

遺伝性のがん(がん家系)である可能性を考慮する手掛かりとして、特定の基準が設けられている疾患もあります。遺伝性乳がん・卵巣がん症候群では、米国のガイドライン策定組織によって定められた基準が参考になるでしょう。その中では、50歳以下で発症した乳がん、1人に2つの原発性乳がん、卵巣・卵管・原発性腹膜がん、男性乳がんなど、詳しいリスク評価に進むための基準がまとめられています。

 遺伝性乳がん卵巣がん 詳しいリスク評価を考慮する基準
以下のうち1つ以上に該当する患者:
● 50歳以前に発症した乳癌
●トリプルネガティブ乳癌
●1人に2つの原発乳癌
●乳癌で、かつ近親者に50歳以下の乳癌患者が1人以上いる、または近親者に年齢を問わず卵巣癌・卵管癌・腹膜癌患者が1人以上いる、または近親者に年齢を問わず乳癌や膵癌患者が2人以上いる
●卵巣/卵管/原発性腹膜癌
●男性乳癌
など
(参考:NCCN Guidelines ver.1 2011)

リンチ症候群(遺伝性非ポリポーシス大腸癌)に関しては、1990年代からアムステルダム基準という臨床診断基準が用いられてきましたが、この基準ではリンチ症候群の見逃し例も多いことが分かってきました。現在では、腫瘍組織のMSI検査などの補助診断を用いることもあります。MSI検査が適用と考えられる方を広くすくい上げるため、改訂ベセスダ基準という基準を用いたスクリーニングも行われています。改訂ベセスダ基準には、50歳以前に診断された大腸がんである、大腸がんもしくはリンチ症候群関連腫瘍を複数発症している、大腸がんと診断された方が一度近親者および二度近親者のうちに2名以上いるなど、いくつかの評価項目が設けられています。

MSI検査が陽性の場合には、更にリンチ症候群を確定するためミスマッチ修復遺伝子の遺伝子検査を考慮します。NCCNの基準や改訂ベセスダ基準は、遺伝性のがんの可能性のある方を抽出するためのスクリーニング基準ですので、該当したからといってもただちに遺伝性のがんと決定する訳ではなく、遺伝の専門家などによる詳しい遺伝的評価がしっかりと行われた上で診断されるものであることをご理解いただきたいと思います。次回から、遺伝カウンセリング、遺伝子診断などについてご説明していく予定です。

リンチ症候群の補助診断(MSI検査)を考慮する基準:改訂ベセスダ基準
1.50歳以前に診断された大腸がん
2.年齢に関係なく、同時性もしくは異時性の大腸がんもしくはリンチ症候群(HNPCC)関連腫瘍※1の発症
3.60歳以前に診断されMSI-H組織所見を示す大腸がん
4.一度近親者のひとり以上に大腸がんとリンチ症候群(HNPCC)関連腫瘍を発症した者がいて、そのうちの少なくとも1人は50歳以前に発症
5.年齢に関係なく大腸がんと診断された者が一度近親者および二度近親者のうちに2名以上いる
参考:マイクロサテライト不安定性検査のホームページ(http://jsft.umin.jp/hp/msihnpcc.html

※1:リンチ症候群関連腫瘍:結腸直腸がん、子宮内膜がん、胃がん、卵巣がん、膵がん、腎盂・尿管がん、胆管がん、脳腫瘍(通常は膠芽腫)、Muir-Torre症候群における皮脂線腫(Sebaceous gland adenoma)や角化棘細胞腫(Keratoachantoma)、小腸がん

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