第9回日本臨床腫瘍学会学術集会 市民公開講座 「がん薬物療法の最先端〜がん薬物療法のPMSを考える」 取材レポート

最先端がん治療紹介の編集方針について

「再発転移がん治療情報」では、がん治療に精通した医師の方へのインタビューや学会、患者会ほか独自の取材を通して、新しいがん治療情報を随時ご提供しております。手術、抗がん剤、放射線治療と言った標準治療の中でも最新の治療法や、免疫療法や漢方など注目の治療法を取り上げていきます。また、このサイトでは特に進行がんやがんが再発・転移された方に有用と思われる情報を掲載していきたいと考えております。
がん治療に関するニュースや情報サイトは他にもたくさんありますが、再発・転移がんに特化したものは少なく、また、毎日更新される膨大な情報をチェックし、ご自身の治療に役立つものをピックアップしていくことは容易ではありません。
本サイトでは、再発・転移がんの治療を対象としたトピックをどなたにも分かりやすくお伝えし、治療を必要とされる患者様へ新しい選択肢をご提供したり、前向きに治療に取り組むお手伝いが出来るサイト作りを目指しております。

公開日:2011年9月1日

2011年7月24日、日本臨床腫瘍学会主催の市民公開講座「がん薬物療法の最先端〜がん薬物療法のPMSを考える」がパシフィコ横浜にて開催されました。がんの薬物療法が大きく進歩し、治療成績も向上する中、広い視野に立ってがん治療を考える必要が出てきました。それが「PMS」(Physical:体、Mental:心、Social:社会)の概念です。正しい知識をもって治療を受け(Physical)、がんによる精神的な変化を理解し(Mental)、家族との関わりや職場での対応を考える(Social)ことが欠かせなくなってきたのです。 この講座では、乳がん、肺がん、大腸がんの各領域におけるPMSについて、市民・医療者が一体となって考えました。

〈乳がん〉抗がん剤の基本と、分子標的薬の成り立ち(-Physical-)

がん研究センター東病院の化学療法科医長・向井博文先生は、まず従来型の抗がん剤と分子標的薬の違いについて解説しました。 人間の体を形作る細胞は、すべて同じ構成因子(細胞膜、細胞質、DNA)でできており、それはがん細胞も同じ。一般的な抗がん剤は、がん細胞が細胞分裂を起こす時に作用して、増殖を食い止める。あるいは、分裂したがん細胞にDNAと似た成分の薬を入れることで、増殖を抑える。 向井先生は、このように抗がん剤の基本を解説した上で「しかし、抗がん剤はがんだけでなく正常な細胞にもダメージを与えてしまい、副作用が強いことが課題でした」とし、乳がんの分子標的薬について説明しました。

乳がんの分子標的薬は、がん細胞だけにある特異的なたんぱく質(分子)を狙い撃ちするものです。このたんぱく質は、常時、がん細胞に分裂を促す信号を送る細胞で、分子標的薬はその信号を止めることでがんの増殖を防ぎます。具体的な薬の名前は「ハーセプチン」(一般名:トラスツズマブ)といって、従来型の抗がん剤のように正常細胞にダメージは与えません。 分子標的薬は90年代から続々と開発され、「がん細胞に情報が伝わるのをブロックする薬も登場しました」と向井先生。ハーセプチンと並んで、「タイケルブ」(一般名ラパチニブトシル酸塩水和物)が現在の乳がん治療の主流だと言います。 ただし、乳がんといっても、全ての患者さんに分子標的薬が効くわけではありません。標的とする分子がある人でなければ、あまり効果は期待できません。今後、分子標的薬の開発が進む過程においては「いかに分子を効率的に見つけるかが重要になる」と向井先生は締めくくりました。

 

〈肺がん〉遺伝子変異を調べる分子マーカーの研究が重要に

続いて、肺がんにおける分子標的薬の現状について千葉大学大学院医学研究院の先端化学療法学教授・滝口裕一先生が講演をしました。 滝口先生は、70歳代女性肺がんの患者さんの症例をあげて説明しました。肺がんの治療後、医師が「1ヵ月は難しいかもしれません」と余命を告げた時期にちょうど「ゲフィチニブ」(商品名:イレッサ)という分子標的薬が販売承認されました。この患者さんにその分子標的薬ゲフィチニブを投与すると、約2週間でがんが縮小し、約1ヵ月後には退院して、その後、10ヵ月ほどの間は病気になる前とほとんど同じ生活を送ることができました。その後は、薬が効かなくなって再びがんが増殖し、亡くなったそうですが、その分子標的薬の投与により、余命宣告をうけた患者さんが大幅に生存期間を延ばしたという期待が持てるエピソードでした。 このゲフィチニブは、「EGFR」という遺伝子変異のある患者さんに効果を発揮します。遺伝子変異の有無は分子マーカー(目印)を調べることで分かります。滝口先生は「今後は分子マーカーの研究が必要。今、がんの患者さんが分子標的薬を使う場合も、分子マーカーを調べることが大事」と語りました。 現在、日本では、ゲフィチニブのほか「エルロチニブ」(商品名タルセバ)という分子標的薬も保険承認されていますが、滝口先生によると「ALK」という遺伝子変異がある患者さんには、「クリゾチニブ」も有効とのこと。近いうちに国内でも承認されると期待されています。 なお、滝口先生は「これからは個別化治療の時代が来る」と強調しました。アメリカでは、肺がんの細胞にある遺伝子変異の割合を複数の大学が合同で研究しているそうです。調査結果は患者さんや主治医に伝え、臨床試験への参加につなげる試みで、こうした積み重ねによってテーラーメイド医療が実現。やがて、がんの治療成績が向上していくとの見通しを示しました。

がん患者の「気持ちの痛み」を治すサイコオンコロジーとは?(-Mental-)

名古屋市立大学大学院の精神・認知・行動医学准教授の明智龍男先生が解説しました。 「サイコオンコロジーは、70年代頃にアメリカでがんの告知が普及した時に生まれた領域です。がんが心に及ぼす影響は、生活の質に関わります。“病は気から”に、科学的なアプローチをするのがサイコオンコロジーです」 明智先生によると、がんの患者さんは通常、3つの時期を経過するといいます。「1週間以内は初期反応といって、頭が真っ白になり病気を認めたくない強い感情が起こります。1~2週間頃は不安や抑うつ、一過性の不眠になり、2週間後くらいから『いい治療をうけよう』など現実的問題に向き合うようになります」。

サイコオンコロジーの領域では、これらの感情を「通常反応」といい、医療的なケアが必要なほどではないそうです。日本のがん患者の約半数が、この通常反応に該当するそうです。ただ、残りの半分の患者さんは、通常反応を超えた感情を抱えているということで、適切なケアが望まれます。

 

明智先生は、「がんの患者の悩みに多いのは再発転移への不安」と述べ、ストレス対象法(コーピング)の重要性を語りました。ただ、有効な対象法は個人で異なります。過去の経験から対処法を思い出す人もいれば、信頼する人に気持ちを伝えるという人もいます。また、先輩の患者さんの経験に学ぶ方法もあるとして、2001年に虫垂がんの手術をうけた岸本葉子さん(エッセイスト)の例を紹介しました。岸本さんは、頭のなかに沸き起こった不安を紙に書き出し、優先順位をつけるそうです。自力で変えられること、そうでないことを分類し、変えられないことは考えないように意識する。また、落ち込んだ気持ちをあるがままに認めて、どうしたら後悔しないかを考えるそうです。その上で、生活に支障があるなら専門家へ相談するという方法でした。

がんは、本人はもちろん、家族の心情にも大きな影響を与えます。明智先生は、「家族が出来ることは、これまでと同じようにそばにいること。腫れ物にさわるような対応は、孤独や孤立を感じさせるから、普通に接するのが大事」とアドバイスしました。ほとんどの患者さんは、いつも100%以上で頑張っています。時に、家族にあたったりすることもありますが「家族への怒りではなく、病気への怒り。経験したことのない、やり場のない無念さがそうさせます」と明智先生。「つらいよね」と理解することが大切であると強調しました。

がん患者が抱える痛みは3種類 (-Social-)

がん患者を取り巻く社会状況については、04年に37歳で乳がんを発症した桜井なおみさんが語りました。桜井さんは、手術と化学療法を経て社会復帰しましたが、その後は“心の持ちよう”で大変な思いをしたそうです。がん患者が抱える痛みには3種類、がんによる痛みや後遺症そして治療法の選択など「体に影響を与える問題」と、不安、恐怖感や喪失感など「心に影響を与える問題」、就労や結婚・出産、医療費負担など「社会生活を送るうえでの問題」があるとし、なかでも情報収集については注意が必要とのことでした。「患者は情報の海に放り出され、ネットや本を読んでいると、情報におぼれそうになる。いろんな勧誘もあるが、標準治療が最新であることを忘れないで」と経験を振り返りました。 また、心の悩みの浮き沈みについても言及しました。「治療している間は意外と安心感があるものです。しかし、終わったあとに急に不安になることがあります」という事実を、冷静に受け止めることも大切であると話します。

 

がん治療最大の課題は経済的問題?

講座の最後はパネルディスカッションによる忌憚の無い意見が交わされました。最初の話題となったのは、分子標的薬の分子のメリット・デメリットです。参加者の意見は「治療の可能性が広がった反面、患者の経済的負担が重くなった」ということで一致していました。 滝口先生は「分子標的薬の登場で副作用が比較的コントロールできるようになってきたが、その分、病気と闘う時間が延びました。いい状態でいられる代わりにお金がかかるのは、考えていかなければなりません」と述べました。 また、桜井さんからは、薬の進歩が医師と患者のコミュニケーションに与える影響について意見が出されました。「がん治療も、副作用を抑える薬が進歩してきたので、外来化が進んできました。それによって、医師や医療者とのコミュニケーションが少なくなりました。私が入院していた時は回診の医師とも相談ができていましたが、今はそれが難しい」と懸念を示しました。今後は、精神科医や臨床心理士、がん専門看護師等との連携が重要であることが浮き彫りになりました。がん患者さんやご家族(ご遺族を含む)の心のケアを専門として行う医療スタッフの重要性が増してきています。がんを抱えた時に生じる様々な精神的苦痛軽減をサポートすることで、よりよい社会が構築されていくと思われます。

医療者同士の連携については、サイコオンコロジーも関係しています。明智先生は「病気や治療のことは医師や看護師に相談できても、気持ちは自分で何とかしなければと思っている人が多い。でも、今はチームとしてサイコオンコロジーの領域ができ、左入する医療者も増えてきた。今後もっと増えるように努力することを約束したい」と語りました。

「PMS」(Physical:体、Mental:心、Social:社会)の視点に立って考えると、がんとの闘いは、ただ病巣を治療するだけに留まらないことが分かります。この日の公演では、がんの患者さんが少しでもよい状態で過ごすためには、正しい医療情報、メンタル面の対処、社会の仕組みが必要であることが明確に示されました。

※掲載している情報は、記事公開時点(2011年9月1日)のものです。