【特集記事】オンコネフロロジー――がん治療に新しい考え方

最先端がん治療紹介の編集方針について

「再発転移がん治療情報」では、がん治療に精通した医師の方へのインタビューや学会、患者会ほか独自の取材を通して、新しいがん治療情報を随時ご提供しております。手術、抗がん剤、放射線治療と言った標準治療の中でも最新の治療法や、免疫療法や漢方など注目の治療法を取り上げていきます。また、このサイトでは特に進行がんやがんが再発・転移された方に有用と思われる情報を掲載していきたいと考えております。
がん治療に関するニュースや情報サイトは他にもたくさんありますが、再発・転移がんに特化したものは少なく、また、毎日更新される膨大な情報をチェックし、ご自身の治療に役立つものをピックアップしていくことは容易ではありません。
本サイトでは、再発・転移がんの治療を対象としたトピックをどなたにも分かりやすくお伝えし、治療を必要とされる患者様へ新しい選択肢をご提供したり、前向きに治療に取り組むお手伝いが出来るサイト作りを目指しております。

公開日:2017年5月31日
堀江 重郎 先生
順天堂大学大学院医学研究科 泌尿器外科学教授・医学部泌尿器科学講座教授

がん治療を終えた人も対象

一般にあまり耳慣れない言葉かもしれませんが、「オンコネフロロジー」が診療科の枠を越えて注目されています。

オンコネフロロジー(Onco-Nephrology)は腫瘍学(Oncology)と腎臓(病)学(Nephrology)を合成した複合語で、腎臓病学の中でも新しい学問領域です。2011年に開かれた米国腎臓学会総会で初めてオンコネフロロジーに関するフォーラムが開かれ、世界中に広まりました。それから遅れること5年、日本でも日本腎臓学会学術総会でオンコネフロロジーをテーマにしたシンポジウムが開かれました。

オンコネフロロジーは、がんの進行や治療に関連して生じる腎障害や、がんを合併した腎障害の患者さんに、より良いケアを提供するために生まれた概念です。腎臓病の治療に関わる医師も、がんの治療に関わる医師も、がん患者さんの一部で腎障害が合併することや、がん治療に関連して腎機能障害が発生したり増悪したりすることを認識していました。

以前は治療法が少なく、良好な生命予後を期待できなかったこともあって、がん治療が腎臓に及ぼす影響についてはそれほど重要視されていませんでした。そのため、がん患者さんに合併する腎障害への対応はエビデンスより臨床現場ごとの経験則に基づいて行われてきました。

しかし、新たな薬剤が開発され治療が進歩してきた今日、抗がん剤治療を受ける患者さんの生命予後は延びています。それに伴ってがん患者さんに合併する腎障害に対する対策が求められるようになりました。

そこには腎機能の評価法として推算糸球体濾過量(eGFR)が普及し、急性腎障害(AKI)や慢性腎臓病(CKD)の病態を正確に把握できるようになってきたという背景があります。オンコネフロロジーは、がんの治療中の患者さんだけでなく、治療を終えた人(がんサバイバー)も対象になります。

シスプラチンで高頻度にAKIを合併

腎臓の障害は大きく分けるとAKI、CKDの2つがあります。AKIは急激に腎機能が悪化する状態ですが、多くは回復します。しかし、腎機能が元のレベルまで回復せず、腎臓の濾過する力が徐々に低下するとやがてCKDを発症します。CKDは心筋梗塞や脳卒中といった心血管疾患の重大な危険因子であり、注意が必要です。

抗がん剤による薬物性腎障害が生じて腎機能が低下しても、軽度であればそれほど目立った症状はありません。しかし、腎機能低下が長期化して適切に水分、老廃物を排泄できなくなると浮腫、高血圧、心不全などが起きてきます。

がんが進行して腎臓の合併症が起こることはそれほど多くありません。ただし、たとえば腎臓がんで腎臓の片方を摘出すると、残った腎臓の負担が大きく腎機能は相対的に低下していきます。

腎臓にはまた、ビタミンDを活性化させたり、造血に関係のあるホルモンであるエリスロポエチンを産生したりする働きもあり、腎機能が低下してくると骨粗鬆症や貧血になりやすくなります。こうした障害は抗がん剤による治療でも起きてくるので、相乗的なダメージを招くことになります。

多くの薬剤は役目を終えると腎臓から排泄され、大なり小なり腎障害を起こす可能性があります。がん治療で使われる薬剤で特に問題となるのがシスプラチンを代表とする白金製剤です。メソトレキセートや、免疫チェックポイント阻害剤のニボルマブなども腎障害を起こしやすい抗がん剤です。

シスプラチンはがん薬物療法では最も汎用されている薬剤の1つです。抗腫瘍効果が強い半面、骨髄抑制や消化管毒性、神経毒性などの副作用があることが知られています。特に腎毒性は重要な副作用で、シスプラチンを投与している患者の3分の1はAKIを合併するといわれています。

腎障害診療ガイドラインが完成

がんに合併する腎障害の診療を発展させるためには腫瘍学、腎臓学の臨床・研究に携わる専門医だけでなく、あらゆる領域の医師が協力体制をつくり、さまざまな知識を持ち寄って横断的に取り組む必要があります。当院ではキャンサーボードを設置して、多領域の医師やメディカルスタッフによって治療方針を決定する体制が整っています。

キャンサーボードとは、がんの治療に関する専門的な知識、技能をもった医師や、さまざまな領域の専門医、看護師、薬剤師、ソーシャルワーカーなどの医療スタッフなどが集まって、治療方針などについて意見交換を行うためのカンファレンスのことです。

オンコネフロロジーを包括的に進めるうえで拠り所となる「がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン2016」(日本腎臓学会、日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会、腎臓病薬物療法学会編集)が完成しました。薬物療法を受けるがん患者さんの腎障害治療についてのガイドラインとして、医師をはじめとするあらゆる医療従事者の羅針盤になることが期待されます。

たとえばガイドラインは、シスプラチンによるAKIを予測するために低アルブミン血症、糖尿病の合併、シスプラチン総投与量などのリスク因子を評価することを推奨しています。また、腎障害の予防についても詳しく記載してあります。

このガイドラインが、がん患者さんにもたらす最大のメリットは、メディカルスタッフが「がん治療薬は、腎臓の機能に影響を及ぼす」という意識をもつようになることです。この点に関しても、各医師、各施設が独自に行っていた腎機能の評価は、ガイドラインによって統一されることになり、日本のがん治療のレベルが向上することが期待されます。

シェアド・ディシジョン・メーキング

私たちは「シェアド・ディシジョン・メーキングshared decision making」の啓発・普及に取り組んでいます。シェアド・ディシジョン・メーキングとは、治療方針を決める際、医師が示す治療選択肢から患者さんが自分の意思で選ぶ手法で、インフォームド・コンセントよりも患者さんの自己決定権が強い意味合いをもっています。

特にがんを含む慢性疾患では患者さんの価値観によって治療方針が変わりうることから、医師と患者がその時点で利用できる最善の治療法とエビデンスを共有して治療方針を決定していくシェアド・ディシジョン・メーキングを取り入れる動きが広がりつつあります。

当院では、まず患者さんが人生のなにに価値を感じているのかについて知ることから始めます。どんな家に住んで、どんな日常生活を送っているのか、なにが生きがいとなっているのか、さまざまな要素を探っていきます。患者さん自身も家族も気づいていないことがあるので、一緒に考え、患者さんの価値観に基づいて治療法を選択します。

たとえばA、Bの2種類の治療法を選べる場合、A治療法よりB治療法のほうが治癒の確率は低くても、患者の価値観に叶うのであれば、B治療法に決定することもあります。

シェアド・ディシジョン・メーキングでは患者さん自身が何に価値を置いているのか気づいてもらうために、家族とも話し合うことが大切です。がんが治った後どんな生活を望んでいるのか、治らなかった場合はどんなことを重視して自分の時間を過ごすのかを知ることが重要になります。

「がん患者がその居住する地域にかかわらず、科学的知見に基づく適切ながん医療を受けることができるようにすること」という「がん対策基本法」の基本理念ともシェアド・ディシジョン・メーキングの考え方は合致します。

患者さんに知っておいてほしいこと

患者さんががんについて、治療についてよく理解することは、私たちにとって診療を進めるうえでとてもありがたいことです。病気や治療についての知識があるに越したことはありません。

しかし、知識がたくさんあることが必ずしもがん患者さんの療養生活を改善するものではないと、敢えて申し上げておきます。患者さんには、自分の病気のことを知っていただくのと同時に、自分自身にも目を向けていただきたいと思います。

「人生の何に価値を感じて、どのような生き方をしてきたのか、そしてこれからの人生をどのように過ごしていきたいのか」を自覚していただくことで、私たちは患者さんにとって最良の治療を一緒に考えて選択することができます。

がんになれば誰しも恐怖感を抱きます。「なにかとんでもないことが自分に起きるのではないか」、「耐えられない苦痛に襲われるのではないか」と心配になるでしょう。

しかし、今の医学ではそういった事態はほとんど起こらないといっても過言ではありません。ですから、安心して治療に専念していただきたいと思います。

災害時の対処について

がん患者さんは生活者という意味では、正常に活動している人と障害のある人の中間に位置していると考えられます。しかし、人知を超えた大災害の前では、オリンピックの金メダリストもがん患者さんも同じです。

がん患者さんで、災害が起きても日常的に継続して対処しなければならないことがあります。たとえばストーマの管理、洗腸などに必要な医療品は、輸送機能がマヒすれば、一時的に手元に届かなくなります。そのためにはある程度のストックが必要です。

風邪薬や湿布薬、包帯などはどこの家庭でも常備しているので、どんな時でも手に入りやすいでしょう。しかし、医療器具、医薬品となると入手しにくくなり、医療機関へのアクセスも一時的に途絶えればなおさらです。

ただ、がんという病気は通常は3、4日で急激に進行するものではありません。また、何週間も医療機関にアクセスできないほど復旧に時間がかかるということも考えにくいことです。であれば、医薬品などは1週間分程度のストックがあれば非常事態を切り抜けられると考えます。

※掲載している情報は、記事公開時点(2017年5月31日)のものです。