大腸がん治療 臨床の現場 最新治療と免疫療法

公開日:2012年04月01日

目次

再発した場合の治療の考え方は

大腸がんは、根治手術ができたとしても、18〜20%の割合で再発してくるとされています。再発してくる部位で一番多いのが肝臓です。平均すると約1〜2年で現われてきます。二番目は、結腸がんの場合は肺転移、直腸がんの場合は局所再発です。 その次は頻度が低いのですが、腹膜への再発ということになってきます。 肝転移・肺転移の場合であれば、可能な限り手術で取るということになります。どうしても取れないものは化学療法で治療していきます。局所再発の場合は放射線治療という方法もありますが、現時点では根治的治療という考え方ではなく、延命のための治療であると考えた方がよろしいかと思います。腹膜播種(腹膜再発)の場合は手術適応になることが難しく化学療法での治療ということになるでしょう。

転移がある場合の治療の考え方は

大腸がんが進行すると、リンパの流れに乗って転移するリンパ行性転移、血液の流れに乗って転移する血行性転移、お腹の中に種を播くように散布されて増殖する腹膜転移、の3つのパターンで転移が起こります。大腸の周辺に止まるリンパ節転移は手術の時に一緒に取ることができますが、遠く離れた部位にまで及ぶと切除は難しくなります。血行性転移で一番多いのは肝臓で、その次は肺となります。これらは早期の段階で治療を行っておけば制御が可能です。転移を発見する方法ですが、主な方法として画像診断があります。CT、 MRI、超音波、PETと呼ばれるものです。画像診断以外にも腫瘍マーカーなどを使う場合もあります。
転移がある場合でも、基本的には可能な限り手術で取り除くことが原則です。特に大腸がんの場合は便の通り道に発生しますので、腸閉塞になったり、便が詰まって腸の壁に穴があく(穿孔)ということが起こる可能性があります。転移巣が取り除けるかどうかに関わらず、原発巣を取り除いてから転移巣に対してのアプローチを考えていく場合が多くなります。手術で取れないものに対しては化学療法を行うのが標準的な考え方になるかと思います。

医療技術の進歩 ~最近の治療法~

1、コンバージョンセラピー / 術前化学療法

抗がん剤での治療ですが、50年以上前から使われている5-FUという薬ですとだいたい10人中3人くらいの方に効果がありました。現在ではオキザリプラチンやイリノテカンなどを5-FUと組み合わせて使用することで、10人中5〜6人の方に効果がみられます。 特に最近は、肝臓に転移した症例で当初は手術ができないと判断された場合でも、抗がん剤によって小さくなり、手術の適応となることもあります。進行した大腸がんの肝転移巣を化学療法により縮小・減少させたのちにがんの切除を行うことをコンバージョンセラピーと呼んでいます。肝転移が同時に見つかって術前に化学療法を行った際に、原発巣に対しても非常に効果が認められ、がん細胞が残っていないくらい効いている場合もあります。

2、 放射線治療

放射線治療に関しては、手術ができないと判断された進行再発大腸がんの疼痛コントロールや延命を目的とした緩和的放射線療法と、直腸がんに対する術前の腫瘍縮小、肛門の温存を目的とした補助放射線療法とがあります。
補助放射線療法では、男性なら膀胱とか前立腺、精嚢への浸潤が疑われる場合、女性なら子宮とか膣への浸潤が疑われる場合に照射を考慮します。現在は放射線単独ではなく、化学療法と併用して治療をすることが多く、腫瘍が縮小した場合には骨盤内臓全摘手術などの拡大手術を避けることも可能になります。ただ、放射線治療も全ての人に効果が期待できるとは言えず、また、照射した周りの臓器が影響を受けて手術がやりにくくなる場合などもあります。放射線治療の専門医と相談しながら慎重に進めてゆくのがよいでしょう。なお、補助化学放射線療法は手術後の局所再発を抑制する効果も期待できるとされています。

3、腹腔鏡手術

腹腔鏡手術はかなり普及してきたと思います。内視鏡外科学会などのデータによると日本全国で、大腸がんに対する腹腔鏡手術は全体の2割を超えたと言われています。当院では8割が腹腔鏡手術になっています。骨盤の狭い男性の手術の場合は、開腹手術では術者しか手術野が十分に見えないような状況で行っていたものが、今はスタッフ全員で術野を共有することができます。また、男性の場合の前立腺と直腸との間にはかなり出血しやすいところがあるのですが、腹腔鏡であれば出血量が非常に少なくて済みます。 手術時に出血が多いと輸血を行いますが、エビデンスレベルでのデータはありませんが、輸血によって免疫能が低下して転移・再発を起こしやすくなるということも言われています。

4、括約筋温存手術で自然肛門を残す

最近のトピックスとして、人工肛門を造らずに自然肛門を残すという究極の肛門括約筋温存手術というものがあります。従来ですと、がんの発生部位が肛門に近い直腸がんの多くは、人工肛門を造って対応をしていました。しかし、肛門括約筋温存手術によって便の排泄口を変更することなしに、術後の生活を送ることが可能になるケースが増えています。人工肛門の場合よりはQOLが向上すると言われていますが、いつも排便のことが気がかりで仕事が思うように手に付かない、あるいは安心して旅行や外出ができない、という方もいらっしゃるようです。手術の前には主治医とよく相談をすることが必要ですね。

がん治療における免疫療法の意義や効果

私は大学院博士課程で「リンパ球の移入療法」の研究を行っていました。昔から免疫治療には可能性があると信じていました。免疫療法はがん治療における4つめの戦略(3大治療:手術・化学療法・放射線)になりうると思っています。現在での問題点は、免疫治療を理解していただける実地臨床家が少ないことでしょう。免疫と聞いただけで、ちょっと身を引くような態度をとる方もいらっしゃるようです。現在ではいろいろな学会で免疫療法に関連する基礎的・臨床的な研究発表がされており、今後はエビデンスレベルになるようなものも出てくるのではないかと思います。医療者側にも、きちんとした理解が必要だと思います。
これまでは、免疫療法は副作用も少なく身体にやさしい治療という位置づけだったと思います。抗がん剤を使っても効果がなくなり、患者さんの身体がヘトヘトになってから、何もやらないよりは何かしようということで身体に優しい免疫療法を選択された方もいらっしゃったと思います。しかし、それでは免疫の効果を最大限に活かしきれていないと思います。私は、身体が積極的にがんと闘っている時から免疫療法を一緒にやっていくという考え方です。特に、手術の前後にこの免疫療法を取り入れるのがよいと考えています。手術や麻酔という大きなストレスによって術後は免疫能力が落ちてしまいます。
実際には複雑な仕組みがあるのですが、がんに対する免疫機能も低下してしまいますので、それを高めるような薬を使いながら、がんに対する攻撃をしっかりと継続できるように工夫するわけです。すなわち、血液中を流れているがん細胞や、ミクロのレベルで残ったものに対して早い段階で攻撃することが必要であると思います。免疫機構によって攻撃できるがん細胞の個数は、1×10^7〜1×10^9個(100億個から1兆個くらい)までと言われており、それ以上にがん細胞が増えてしまうと、なかなか免疫だけでは叩けません。そのために術後の早い段階での治療が必要になってくるわけです。

やっぱり諦めないことが大切です。

私が担当している患者さんには伝えていることで、この記事を読まれている方にも是非伝えたいことがあります。それは、治療を最後まで諦めないことです。 最後までやはり何らかの形で治療をしましょう。何もしないということは、光や希望がなくなってしまうことにもなります。効果が絶対に期待できるというような治療法はありませんが、がんというものに対しては最後まで戦うことが生きる力を生み出すと思います。 また、ご自身の延命には繋がらないかもしれませんが、次世代には貢献できる可能性も大いにあります。新たな治療法の開発や工夫のきっかけとなり、自分の子供や孫の時代で展望が開けるという思いを抱いていただくことも大切だと思います。
また、患者さんの中には「看護師や薬剤師には言えるけど主治医には言いづらいな・・・」と思っておられる方もいらっしゃるようです。医師側がゆっくりとお話できる時間をしっかりと作ることも大切だと思っています。私は、患者さんと面談する時間をゆったりと取りたい場合には、診察時間の最後に予約を入れるか、あるいは診察時間ではない午後に時間を決めて来院していただき、十分に話し合いをして納得した上で治療が進めるられるように努めています。患者さんによっては、自分で精力的に情報を収集し、自分自身の治療方針を決定される場合もあります。がんという病気と戦う意思があることはとても重要なことですし、 こちらも積極的に治療の提案ができます。このような診療パターンが全ての患者さんに同じようにできるわけではありませんが、遠慮されずにどんなことでも気軽に相談してもらえれば、それに応えられる環境はご用意させていただきたいと思っています。信頼できる医療スタッフに相談して、お互いに納得してがんに立ち向かうことが大切であることは言うまでもありません。

 

医療者への啓発も大事
先日、ある学会で大腸がん治療ガイドラインの改定に向けての話し合いが行われました。現在の大腸がん治療ガイドラインには免疫療法のことは何も書いてありません。『免疫療法に関する臨床試験が日本で行われたが、エビデンスレベルが高くないために推奨はできない。』というコメントだけでもよいのでガイドラインに付記していただきたいと私は提唱しました。保険診療で認められている免疫賦活剤があること、その薬剤について臨床試験が行われたということすら知らない医師もいます。アメリカではこの免疫賦活剤に着目して研究が実施され、ある程度の成果が報告され始めている状況です。このような情報を提供することもガイドラインの役割の一つであり、免疫療法の有用性を検証するための大規模臨床試験を日本で行うためには、実地臨床医に関心を持っていただくことが大切であると考えています。

取材にご協力いただいたドクター

帝京大学医学部附属溝口病院外科 教授 日本外科学会 指導医・専門医 日本消化器外科学会 指導医・専門医、消化器がん外科治療認定医 日本大腸肛門病学会 指導医・専門医、大腸肛門病専門医 日本臨床腫瘍学会 暫定指導医 日本がん治療認定医機構 暫定教育医、がん治療認定医 日本食道学会 食道科認定医 日本肝胆膵外科学会 高度技能指導医 日本緩和医療学会PEACE指導者 杉山  保幸 先生

1979年3月 岐阜大学医学部卒業、1984年3月 岐阜大学大学院医学研究科修了、1986年4月~1988年8月 米国ロズウェルパーク記念研究所(RPMI)研究員、1986年4月~1988年8月 米国ニューヨーク州ロズウェルパーク記念研究所(RPMI) 分子免疫学部門 研究員、1997年11月~平成1998年8月(文部省在外研究員(長期)米国ニューヨーク州ロズウェルパーク癌研究所(RPCI) 分子免疫学部門、2004年4月~平成18年9月 岐阜大学大学院医学系研究科腫瘍外科 助教授、2005年10月~現在 帝京大学医学部附属溝口病院外科 教授、2008年4月~現在 帝京大学医学部附属溝口病院 副院長

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