【特集記事】可能性をあきらめなかった私の友人

最先端がん治療紹介の編集方針について

「再発転移がん治療情報」では、がん治療に精通した医師の方へのインタビューや学会、患者会ほか独自の取材を通して、新しいがん治療情報を随時ご提供しております。手術、抗がん剤、放射線治療と言った標準治療の中でも最新の治療法や、免疫療法や漢方など注目の治療法を取り上げていきます。また、このサイトでは特に進行がんやがんが再発・転移された方に有用と思われる情報を掲載していきたいと考えております。
がん治療に関するニュースや情報サイトは他にもたくさんありますが、再発・転移がんに特化したものは少なく、また、毎日更新される膨大な情報をチェックし、ご自身の治療に役立つものをピックアップしていくことは容易ではありません。
本サイトでは、再発・転移がんの治療を対象としたトピックをどなたにも分かりやすくお伝えし、治療を必要とされる患者様へ新しい選択肢をご提供したり、前向きに治療に取り組むお手伝いが出来るサイト作りを目指しております。

公開日:2014年12月1日
草野敏臣先生
草野 敏臣 先生
医療法人社団 ミッドタウンクリニック 理事長 

 約40年にわたって消化器外科に携わってきた医師として、私は多くの友人・知人を患者として診てきました。今回は、その中の一人で、がんの診断から治療まで関与した高校の同級生であるM君(64歳)をケーススタディーとして紹介させていただきます。彼の正にあきらめないがん治療経過を通して、一人でも多くの患者さんが気づきを得てくださることを願っています。

 

貧血の進行がきっかけで胃がん発見につながった同級生

 いまから4年前、M君は貧血が日ごとにひどくなったため、東京都内の医療機関を受診しました。ヘモグロビン値の低下がみられたことがきっかけで、内視鏡検査を受けた結果、胃がんが発見されました。BormanⅠ型、直径4~5㎝、ステージⅢ(日本胃癌学会「胃癌取扱い規約第14版」による)と判定されました。また、腹壁から触知可能なほど大きいリンパ節転移が認められました。

胃がんの転移には、リンパ行性転移、血行性転移、播種性転移があります。リンパ節には、リンパ液が運んでくる細菌などの異物を排除する免疫機能があります。口から胃に侵入してきた細菌が拡散するのを防御するために、胃の周辺にはリンパ節が多く存在しています。リンパ節にがん細胞が侵入して増殖するのがリンパ行性転移です。胃がんはリンパ節に転移しやすく、早期胃がんでもリンパ節転移には注意が必要です。

一方、がん細胞が胃壁にある細い血管に侵入し、血流を介してほかの臓器に転移することを血行性転移といいます。肝臓には胃をはじめ、全身から大量の血液が流れ込んでくるため、肝臓への転移が多くみられます。なお、胃がんが肝臓など、ほかの臓器に転移した場合でも胃がんとして扱われます。

胃粘膜から発生したがんは、粘膜内に広がりながら胃壁を浸潤していきます。がんが漿膜に達すると、腹壁を覆う腹膜周囲に飛び散ります(腹膜播種)。がんが筋層にまで達していない早期がんでは転移は少ないですが、腹膜播種まで進むと最も進んだがんの一つと言えます。

 

胃がんが肝臓に転移、小さな転移巣が散在

 M君は、その年の10月に胃の3分の2を切除する手術を受けました。入院医療機関の許可を得、私も手術に参加し、彼のお腹の中をつぶさに観察しました。胃がんが進行すると、近くにある大腸はがんの影響を受けるケースが少なくなく、M君は胃がんの原発巣と、大腸の一部と共に転移した大きなリンパ節を切除しました。

肉眼で確認できるがんは手術によってすべて取り除かれたものの、がんのタイプ、病巣、血行性転移などの点から考えて、この時すでに肝転移のリスクを予見していました。術後は抗がん剤のテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム合剤(S-1)と漢方薬の十全大補湯が投与されました。

その後、M君は化学療法を続け、2011年3月にCT検査を受けました。その結果、肝臓に嚢胞(のうほう)と思われる微小な像が複数認められました。がんの原発巣が発見された時点から数えて6カ月以内に発見された転移を同時性転移といいますが、M君の場合も手術時すでに小さな転移があったと考えられます。

4月に行ったMRI検査で肝臓に5~7個(6~7mm、最大11mm)、心配していた胃がんの肝転移(ステージⅣ)が確認されました。胃がんが肝臓に転移すると治療がむずかしくなるといわれますが、M君の場合は、小さな転移巣が散在していたため手術することは不可能でした。

 

HER2陽性進行胃がんの肝転移に対してトラスツズマブを併用

 ちょうどこの時期に、日本でもトラスツズマブがHER2過剰発現の確認された切除不能進行・再発胃がんの治療薬として承認されました。トラスツズマブはもともと乳癌の治療薬として開発された分子標的薬です。一部の胃がんでは、HER2タンパクががん増殖に関与していると考えられていました。

HER2(Human Epidermal Growth Factor Receptor 2:ヒト上皮成長因子受容体2)は、がん遺伝子の1つで、乳がんに行われていたHER2検査が胃がんにも実施されることになりました。

切除不能進行・再発胃がんに対する薬物療法では、従来S-1とシスプラチンの2剤併用が我が国では標準治療として行われてきました。トラスツズマブが承認されたことで、HER2陽性の切除不能進行・再発胃がんに対する初回治療として、トラスツズマブを併用した化学療法が、新たな標準治療として位置付けられることになりました。その前提として、まずHER2検査を実施して陽性か陰性かを見極める必要があります。

M君は、免疫組織化学法(IHC:がん細胞の細胞膜に局在するHER2タンパクを免疫染色する検査)で3+の強い陽性を示しました。(HER2タンパクの発現を判定するスコア〈0~3+〉で、3+は被検体組織中の腫瘍細胞のなかでHER2陽性細胞が10%以上あり、腫瘍細胞の膜に限局した強度の染色性を示します。)

こうしてM君の薬物治療は、シスプラチンとカペシタビンを併用する標準治療を基本に、HER2が陽性であることから、トラスツズマブを加えて、6サイクル(1サイクル3週間)投与するレジメンが組まれました。その後は、トラスツズマブを3週間ごとの単独投与に切り替えて、現在も継続中です。

草野医師

樹状細胞ワクチンなどの免疫療法を取り入れ治療に専念

 胃がんの肝転移という診断を受け止めたM君は、自分に残された時間を強く意識するようになりました。大学理学部出身の研究者であるM君は、それからがんの病理に関することを勉強し、自分の体の状態を科学的、客観的にとらえました。そして生き延びるためのあらゆる可能性を必死に探りました。

生きることへの執念はさまざまな治療法を手繰り寄せました。その1つが免疫療法です。私は免疫病理に詳しい知り合いの医師から樹状細胞免疫ワクチン療法の有用性を聞き、M君に勧めたところ、すぐ受け入れてくれました。

樹状細胞は、枝のような突起(樹状突起)を持つ抗原提示細胞としての機能を持つ免疫細胞の1つであり、「がんに対する免疫システムの司令塔」として重要な役割を担うことがわかってきました。その働きは、まず体の中でがん細胞などの異物(抗原)を見つけて、その抗原を細胞内に取り込んで認識します。

さらに、その目印を周囲のリンパ球などに伝え、その目印を持った細胞を標的に攻撃するように命令を出します。がんの目印を教えられたリンパ球は、全身を廻り、原発巣のがんだけでなく、転移したがん組織も攻撃します。この働きをがん治療に応用したのが樹状細胞免疫ワクチン療法です。

この免疫療法は、樹状細胞の元となる細胞(単球)を患者さんの血液中から取り出し、体外で人工的に樹状細胞へと成長・活性化させ、さらにがんの目印(がん抗原)を認識させてから体内へ戻す治療法で、副作用の心配がほとんどありません。

手術でがん病巣を取り除いた後に樹状細胞ワクチン療法を行うと、手術では取り除けなかった、全身に散らばった目に見えないがん細胞を攻撃することが可能で、再発の予防も期待できます。また、化学療法と同時に樹状細胞ワクチン療法を施行することで相乗効果が認められたという報告もあります。

M君は、2011年6月から樹状細胞ワクチン療法(ピシパニール同時接種)を開始しました。樹状細胞ワクチン療法は7回投与が1サイクルとなっています。現在、3サイクルが終了し、間もなく4サイクル目に入るところです。樹状細胞ワクチン療法と並行して活性化リンパ球療法、NK細胞療法、丸山ワクチンなども取り入れるなど、M君は生存するために必死で治療に取り組みました。

 

集学的がん治療8カ月後(手術後約1年)に再発がんが消失、可能性に賭けた努力が実る

 肝転移が確認された日から、標準治療に漢方薬、さらに免疫療法も取り入れるようになってちょうど3カ月後の7月に行ったMRI検査で、腫瘍は全体的に縮小し、最大11mmあった腫瘍が6mmになっていることがわかりました。免疫力判定検査でも免疫力の改善が見られました。

その2カ月後、腫瘍はさらに縮小しており、さらに3カ月後、CT上で腫瘍は認められなくなりました。その後もCT、腹部エコーで異常は認められず、転移巣の消失が確認されました。3年半経過した現在もその状態は維持されています。

現在、普通に日常生活を送ることができるようになったM君は、昔の仲間との忘年会に参加できるまで回復しています。もし、肝転移が明らかになった時点で治療をあきらめていたら、M君の今の姿はなかったかもしれません。恐れることなく、堂々とがんと向き合うM君の姿勢には尊いものを感じます。今後も「あきらめないがん治療」を継続して何としても再発・転移を防ぎたいという強い意志が伝わってきます。

がん治療への取り組み方は人それぞれです。私の考え方で、私見の域を脱しませんが、仮に1年生存率が50%の場合、1年後には半分が死亡すると悲観的に解釈しがちですが、治療を受けて1年後、状態に変化がなければ、さらに50%生存できる可能性があります。

さらに1年、また1年と伸ばしていくことで10年間生きた例も実際に経験しています。推定される治療効果が低くてもあきらめることはありません。M君の闘病生活を見てきて、わずかでも様々ながん治療効果の可能性に賭けることの大切さを、今後も患者さんに伝えていきたいと考えています。

※掲載している情報は、記事公開時点(2014年12月1日)のものです。