【最新医療】国立がん研究センターが核酸医薬の医師主導治験を開始

公開日:2015年08月31日

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核酸医薬はがん遺伝子に直接作用する次世代の医薬品

 現在、抗がん剤として用いられる薬剤には、細胞障害性抗がん剤、分子標的薬などがあります。細胞障害性抗がん剤は、細胞分裂を阻害することで、がん細胞を死滅させますが、正常細胞にもダメージを与え、脱毛、吐き気・嘔吐、免疫機能低下などの副作用を起こします。分子標的治療薬は、がん細胞の表面にあるタンパク質や遺伝子をターゲットとして効率的に攻撃する薬剤です。脱毛など、抗がん剤で見られる典型的な副作用は少なくなっていますが、皮膚症状など分子標的薬特有の副作用が現われます。

近年、次世代医薬品として注目されているのが「核酸医薬」です。核酸とは、DNA(デオキシリボ核酸)とRNA(リボ核酸)のことです。

ヒトの体は約60兆個の細胞からできています。細胞には核があり、そのなかに遺伝情報が書き込まれたDNAが入っています。DNAの遺伝情報(塩基配列)を正確に読み取るのがRNAです。DNAの必要な情報を転写したRNAは核の外に出て、そこでタンパク質を作ります。DNAやRNAの塩基配列に異常があると正しいアミノ酸やタンパク質を作り出すことができず、異常なタンパク質(がん細胞)を作ってしまいます。

低分子医薬や抗体医薬は、DNAから作られる最終産物であるタンパク質がターゲットになります。これに対して、核酸医薬はRNAをターゲットにして、がんの原因となるタンパク質を作らせないようにすることで、がんの悪化や転移を抑えます。

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世界で初めてヒトに投与――ファースト・イン・ヒューマン試験

 核酸医薬は、がんに関連するRNAの生成を阻害することで治療効果を発揮します。異常な遺伝子の働きを抑制し、副作用も少なく、がんを根本的に治癒する治療薬として期待が膨らみます。しかし、核酸医薬は生体内で容易に分解されてしまう性質があるため、運搬方法が課題とされてきました。

国立がん研究センターは7月7日、乳がんの治療抵抗性に関わるRPN2遺伝子の発現を抑制する核酸医薬製剤TDM-812の第I相医師主導治験を開始し、被験者へ投与したと発表しました。第I相試験とは、新薬を初めてヒトに投与する段階の試験です。少数の患者さんで、投与量を段階的に増やしていき、薬の安全性と適切な投与量、投与方法を検討します。通常は標準的治療法のないがん患者さんが対象となります。同治験は、世界で初めてヒトにTDM-812を投与するファースト・イン・ヒューマン試験でもあります。

国立がん研究センターは、2008年に乳がんの治療抵抗性に関わるRPN2遺伝子を発見しており、乳がん細胞などでRPN2遺伝子が強く働くと、乳がん細胞は抗がん剤を細胞外に排出して抗がん剤耐性を獲得することを突き止めています。さらに、RPN2遺伝子の発現を減らす働きのあるsiRNAをがん細胞に入れることで、抗がん剤耐性の性質や増殖が抑えられることもわかってきました。

しかし、siRNAはそのままの状態では細胞内に取り込まれません。そのため、分解されないようにがん細胞に効率よく薬剤を送り込む方法が必要です。そこで、国立がん研究センターは国内企業と共同で、核酸医薬デリバリー技術を使ってRPN2siRNA製剤を開発しました。

特殊な加工によってRPN2siRNA製剤は生体内で分解されにくくなって、細胞内への取り込みが促進されるようになりました。RPN2遺伝子は正常組織ではほとんど発現しないため、RPN2遺伝子を標的にした核酸医薬はがん細胞に対して高い選択性を示すことが期待されます。

トリプルネガティブの乳がん患者さんに投与

 今回の治験は、体表から触知できる局所腫瘤のある、治療抵抗性乳がんの患者さんが対象です。RPN2siRNA製剤を皮下の腫瘤に局所投与し安全性と忍容性の評価を行うとともに、局所投与法における推奨用量が検討されます。

同治験の1人目の被験者は鎖骨下リンパ節転移の局所腫瘤があるトリプルネガティブ乳がんの患者さんです。トリプルネガティブ乳がんとは、乳がんのタイプの1つで、エストロゲン、プロゲステロンの2種類の女性ホルモンの受容体がなく、HER2の受容体もない乳がんで、乳がん全体の約10~15%を占めます。女性ホルモン受容体が陰性であるためホルモン療法の効果が期待できません。また、HER2受容体が陰性であるため分子標的薬のハーセプチンなどの効果も期待できません。

治療抵抗性の局所進行・再発乳がんでは、乳房の原発巣や周囲のリンパ節で病巣が皮膚にまで達すると、巨大な腫瘤や皮膚潰瘍を形成したりすることがあります。それが原因で生じる疼痛、出血、浸出液、悪臭などによって、患者さんの生活の質(QOL)は著しく損なわれることがあります。従来の治療法では対応が難しい局所病変を制御して、患者さんのQOLを改善する新規治療の開発が求められてきました。今後、核酸医薬によって、治療の可能性はさらに広がることが期待されます。

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