【特集記事】茨城県日立市が市民を対象に調査を実施。
低線量CT検診で肺がんの早期発見に寄与。さらに死亡率が5割減!

公開日:2019年04月26日
名和 健 先生

がんのなかでも死亡者が多いとされる「肺がん」。わが国において2017年にがんで死亡した人はおよそ37万人にのぼりますが、部位別に見ると男性では第1位、女性でも第2位と、肺がんは上位を占めました。現状、国内の肺がん検診は問診、エックス線検査、喀痰(かくたん)細胞診が主流ですが、胃がんや大腸がんに比べると5年生存率は低く、いかに早期発見して治療に結び付けるか、より有効性の高い検診手法が待たれています。

そうしたなか今年2月、低線量CTを使った肺がん検診(低線量CT検診)が早期発見と死亡率減に寄与したという結果が、茨城県日立市の住民3万人以上を対象とした研究でわかりました。ここでは、日立市の協力を得て研究を主導した、日立総合病院呼吸器内科医師の名和健(なわ たけし)先生に、その概要や成果についてお伺いしました。

目次

他の自治体に先んじて、低線量CTの肺がん検診を実施

名和先生が行ったのは「日立市における低線量CT検診の有効性を評価するコホート研究」というものです(※1)。背景にあったのは、日立市で早期から始まった低線量CTを使った肺がん検診の実施でした。

同市では、1998年4月から企業(日立製作所)の従業員、退職者や家族を対象にした職域検診で、また2001年4月から日立市が主導する地域検診、同12月からは日立総合健診センター(人間ドック)でと、50歳以上の男女を対象とした低線量CT検診の導入が広がっていました。

「低線量CT検診導入の効果を調査したところ、発見された肺がんの5年生存率は90%と極めて良好で(※2)、導入後4〜8年経過してから、50歳から69歳の市民全体の肺がん死亡率は全国統計と比べて24%減少したことがわかりました(※3)。

これを受け、日立市は検診の効果をより正確に評価するため、低線量CT検診を受けた方の肺がん死亡率が減少したかを調べる、今回の研究を実施することになったのです」(名和先生、以下同)

同研究では、2006年までに低線量CT検診を1回以上受けた1万7,935人(男性9,790人/女性8,145人)の「CT群」と、同じ時期にエックス線検診のみを受けた1万5,548人(男性6,526人/女性9,022人)の「エックス線群」を比較して、2012年までの肺がん罹患と死亡率、および全死因死亡率を調査した結果、以下のデータが得られました。

CT群(17,935) エックス線群(15,548)
肺がんがみつかった 273例(1.5%) 164例(1.1%)
肺がんで死亡 72例(0.4%) 80例(0.5%)
全死因の死亡 885例(4.9%) 1,118例(7.6%)

名和先生提供データ

上記データから性別や年齢層、喫煙歴などを補正したうえで解析してわかったのは、CT群はエックス線群と比べ肺がんと診断される割合は23%多いものの、肺がんで死亡する危険は51%減少するということです。

また、たばこを吸わない人は59%、軽喫煙者(1日20本、30年より少ない)は79%が、CT検診を受けた人の肺がん死亡率はX線検診だけの人に比べ減少することも判明しました。なお、CT群は全ての死因の死亡も43%減少していました。

一連の結果は2019年2月に報告、3月には学術誌の『ジャパニーズ・ジャーナル・オブ・クリニカル・オンコロジー』に掲載され、大きな話題を呼びました。

“低線量”であることが重要なポイント。日本だけではなく世界でも有用性が確認!

日立総合病院

なぜ、低線量CTを使った肺がん検診で、このような効果が得られたのでしょうか。それは、コンピュータを使った断層撮影をしたほうがエックス線に比べて画像上のがんを発見しやすく、早期の詳しい検査や治療といった医療介入がスムーズに行われるからに他なりません。

一方、国内において有効性を示すエビデンスがこれまで十分になかったため、国の指針では採用されていませんが、今回の研究結果は肺がん検診のあり方を変える可能性もあります。

「じつは、世界で初めて低線量CT検診を始めたのはアメリカと日本です。1992年にコーネル大学、1993年に東京都予防医学協会の『東京から肺がんをなくす会』が開始しています。さらに、信州大学が1996年から大規模な検診を開始しました。

当時の私はこういった状況を目の当たりにし、肺がんについて勉強していた産業医として、職域の検診に取り入れたいと考えました」

名和先生は当時、日立製作所の社員・OBなどを対象に職域検診を行う日立健康管理センターに勤めていて、がんに関するデータの収集・分析に着手することに。胃がんや大腸がんは、全体の7割が手術で治るような早期段階で発見されるのに対し、肺がんは早期で発見される割合は3割程度しかなく、X線以外の検診方法の導入が必要だと健保組合に訴えました。

「すると、周囲の先生方のお力添えもあり、1998年から5年間、職域健保組合で50歳以上の加入者に対して低線量CT検診を提供するというプロジェクトを始められることになったのです」

プロジェクト開始1〜2年で多くの早期肺がんが見つかるようになり、その成果を見た日立総合病院の医師が働きかけることで、日立市、さらには日立総合健診センターの人間ドックでも、エックス線に加えて低線量CT検診を採用するなど、導入の輪が広がっていきました。

そして、市民の3分の1が受けるまでになった結果、コホート研究が行えるまでの母数に達したわけです。今回の成果は、名和先生を中心に地道に取り組んだからこそと言えます。

ポイントは『低線量』であるということです。CTというと医療被ばくを危惧する声もありますが、低線量CTの被ばく線量は通常CTの10分の1程度に抑えていて、基準値は2.5mmGy(ミリグレイ)以下と定義しています。

低線量での撮影には、特別な機器が必要なわけではなく、一般的な診療に用いられているCTで実施できます。低線量にすることで画質は劣りますが、異常があるかないかを振り分けるには十分なレベルで、機器の進歩により画質も向上しています。

仮に疑わしい影が見えたなら、そこで初めてより詳しい検査を行えばいいのです。検診の目的は診断ではなく発見ですから」

欧米でもCTによる肺がん検診の有効性を調べる研究は行われています。例えば米国・国立がん研究所は5万人を対象とした肺がん CT 対胸部レントゲン写真の無作為化比較試験を2002 年から実施。

肺がんCT検診が胸部レントゲン写真の検診より肺がん死亡率を20%減少させることを2011 年に公表し、米国予防医療専門委員会(USPSTF)が肺がん CT 検診を実施することを2013年に推奨しています。

2018年9月世界肺癌学会においては、低線量CTにより男性の肺がん死亡率が26%低減したという、肺がん検診の有効性を評価する欧州最大の研究結果が報告されました。これにより、欧州でも低線量CTの肺がん検診は加速しそうな勢いです。

【低線量CT普及に向け、今後の活動を示した「日立宣言2019」を発表】

調査対象 実施施設数 実施施設の割合
CTによる肺がん検診 300 105 35.0%

一方、日本での普及度合いですが、人間ドック学会の調査によると、531施設(総数1733施設)がCTによる肺がん検診を実施。地方自治体では日立を始め、海老名市、田辺市、鹿児島県、宮崎県、長野県など自治体全体の約1割が補助事業として実施しています。

「ただし問題もあり、人間ドックの場合は低線量で実施しているのは105施設(調査300施設中)のみ。他は一般的な線量で行っていて、これは重要な問題点です。『画像が粗いから』といった理由があるようですが、検診の目的はふるい分けなので、低線量でまったく問題ありません。よって、CT検診を受ける際は、低線量であるかどうかを必ずチェックすることです」

こういった点に対して、名和先生が理事を務めている日本CT検診学会は医療者向けに「肺がんCT検診ガイドライン」を制定し、公式サイトなどで公表しています。さらに同会では今回のコホート研究の成果を報告するにあたり、『日立宣言2019』を公開しました。

「これは、低線量CT検診に関する正しい情報の発信や啓発の実施、がん検診にかかわる医師・診療放射線技師・保健師・看護師・行政担当者など関係者、各種関連企業および団体との連携、国・行政への提言を行うという内容です」

具体的な5か年計画も提示されており、2024年3月までに認定医師・技師を各2,000名、認定施設200施設といった数値的な目標、学会サイトでの一般向け優良施設の紹介といった内容も盛り込まれています。人材を育成するとともに、検診が受けやすい体制も整えられていくようです。

「検診においては、疑わしい影が見つかっても、実際にがんであるケースはごく一部です。早期発見につながる反面、過剰診断にならないよう適切なマネジメントを行うための医師・技師の教育は大切です。

また、今後は適切な検診対象者や、どういう検査間隔が最も良いのか等について検討する『症例対照研究』の実施を計画しています。より有効性を確立させていたきい考えです」

名和先生より、読者へのアドバイス

名和 健 先生

「喫煙の有無に関係なく、50歳を超えたら一度は検診を受けることを勧めます。非喫煙者など低リスクの方は初回の検診で問題がなければ、次は5年後に再度受けるくらのペースでよいでしょう。

本邦では、5年ごと、2回の低線量CT検診の有効性を検証する無作為化比較試験(JECS研究)が進んでいます。喫煙者の場合は年1回ペースで受けることをお勧めします。小さい影が見えたら、肺がんの診断や治療で実績のある医療機関で経過観察や治療の適応を相談しましょう。

そして何よりも大事なのは、喫煙者はいますぐ卒煙すること。みずからリスクを下げることが肺がんを遠ざけてくれます」

今後、低線量CTによる肺がん検診は、我々のがん予防、早期発見・治療にますます身近な存在になりそうです。

(※1)【研究の概要】
日立市民で2006年までに低線量CT検診を1回以上受診した17,935名(以下、CT群)、同じ期間に従来の胸部X線検診を受け、(観察期間を通じて)CT検診は一度も受けていない15,548名(X線群)について、2012年までの肺がん罹患と死亡、および全死因死亡を調査。多変量解析により性別、年齢層、喫煙歴を補正の結果、CT群はX線群と比べ肺がんと診断される割合は23%多いものの、肺がんで死亡する危険は51%減少することが明らかとなった。また非喫煙者または軽喫煙者(1日20本、30年より少ない)のCT群では、X線群に比べ、肺がん死亡率はそれぞれ59%、79%減少し、低線量CT検診は肺がん死亡を大きく減らす効果のあることが示された(本研究は日立市を実施主体として、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的がん医療実用化研究事業「低線量CTによる肺がん検診の実用化を目指した無作為化比較試験」(班長 佐川 元保)の援助を得て実施)。

(※2)Nawa T, Nakagawa T, Mizoue T, et al. Long-term prognosis of patients with lung cancer detected on low-dose chest computed tomography screening. Lung Cancer 2012; 75: 197-202

(※3)Nawa T, Nakagawa T, Mizoue T, et al. A decrease in lung cancer mortality following the introduction of low-dose chest CT screening in Hitachi, Japan. Lung Cancer 2012; 78: 225-8

取材にご協力いただいたドクター

名和 健 先生

名和 健 (なわ たけし) 先生

日立総合病院 呼吸器内科主任医長
総合健診センター長
緩和ケアセンター長
内視鏡センター副センタ長

コラム:日本人の肺がんCT検診の有用性を明らかにする「ノンスモーカー肺がん 早期発見チャレンジ」とは?

近年、世界的に胸部CT検査は肺がんの死亡率を下げるデータが出つつありますが、日本では、肺がん検診における有効性ははっきりと確かめられていません。そこで、厚生労働省主導の国家的プロジェクトとして2010年に肺がんCT検診の比較試験:JECS Studyが始まり、2015年からは日本医療研究開発機構が主導する研究班(佐川班)に発展的に引き継がれ、現在は「ノンスモーカー肺がん 早期発見チャレンジ」(低線量CTによる肺がん検診の実用化を目指した無作為比較研究)として実施されています。同プロジェクトでは胸部CT検査を併用する検診と併用しない検診(胸部X線検査のみ)の比較試験を実施し、胸部CT検査が有効かどうか検証します。現在、プロジェクトでは研究参加者を募集しており、参加した方の検診費用は無料です(詳しくは公式サイトを確認ください)。

■JECS Study公式サイト:http://jecs-study.jp/

■この研究として検診が受けられる施設例
「ミッドタウンクリニック名駅(https://www.midtown-meieki.jp/news/detail.php?seq=42)」

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