漢方と西洋医学の統合治療が、がん患者のQOLを上げる

公開日:2011年12月01日
先端がん治療紹介の編集方針について

「再発転移がん治療情報」では、がん治療に精通した医師の方へのインタビューや学会、患者会ほか独自の取材を通して、がん治療情報を随時ご提供しております。手術、抗がん剤、放射線治療といった標準治療についての情報はもちろん、免疫療法や漢方などさまざまな治療法を取り上げていきます。また、このサイトでは特に進行がんやがんが再発・転移された方に有用と思われる情報を掲載していきたいと考えております。
がん治療に関するニュースや情報サイトは他にもたくさんありますが、再発・転移がんに特化したものは少なく、また、毎日更新される膨大な情報をチェックし、ご自身の治療に役立つものをピックアップしていくことは容易ではありません。
本サイトでは、再発・転移がんの治療を対象としたトピックをどなたにも分かりやすくお伝えし、治療を必要とされる患者様へ新しい選択肢をご提供したり、前向きに治療に取り組むお手伝いが出来るサイト作りを目指しております。

目次

がん患者さんが全国から集まるがん研究会有明病院には、日本の医療史の中でも画期的な「漢方サポート外来」が設置されています。西洋医学的な最先端のがん治療はもちろんのこと、それに加えて漢方での治療サポートを受けることができる漢方外来の設置は、がん専門病院において初めての試みです。そして、その漢方サポート外来を担当されているのが同病院消化器内科部長の星野惠津夫先生です。がんの統合医療のパイオニアで漢方医学の古典にも造詣が深い星野先生に、漢方のお話をお伺いしていきます。

3大療法が無効になった患者に”次の一手”を示す

がん研有明病院(東京都江東区)は国内最初のがん専門病院として70年以上の歴史を持ち、がんで悩む患者さんが全国から訪れます。私はここで「漢方サポート外来」を開設しました。院内各科に加え、や他院からの紹介で、これまで2000人ほど(毎月200人うち初診20~30人)の患者さんを診療しています。
最先端の治療を行うがん専門病院に漢方サポート外来というと、意外に感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、欧米では先進的ながん専門病院に補完代替医療の診療部門があるのは珍しくなく、西洋医学で万策尽きた患者さんに対し、西洋医学以外による治療が提供されています。西洋医学における、がんの3大療法(手術・抗がん剤・放射線療法)で回復が望めなくなったとしても、まだ方法がある。あきらめるのは早いと”次の一手”を患者さんに示し、症状の改善や延命に向けて漢方薬を使用するのです。

「代替医療」ではなく、あくまで「補完医療」

がん治療における漢方について考える際は、まず西洋医学と漢方の役割の違いを理解する必要があります。
西洋医学のがん治療は、がん細胞を攻撃して消失させることを目的としますが、副作用などで患者さん自身もダメージを受け、貧血や悪心嘔吐、感染症などによるさまざまな苦痛が引き起こされます。また、がんが消失し、あるいは小さくなったとしても、患者さんはその後、全身倦怠感や食欲不振、不眠不安など、さまざまな不快な症状に苦しむことが多いのです。QOLが低下し、気力・体力ともに失われ、なかには「こんなことなら治療を受けなければよかった」という患者さんもいます。
漢方はそうした苦痛を除き、患者さんがイキイキと暮らせるようにサポートをする役割を担っています。漢方サポート外来では、西洋医学による積極的治療期や経過観察期に患者さんに適した漢方薬を処方し、苦痛を軽減してQOLを高め、がんと共存しながら、できるだけ普段と同じ暮らしができることを目指します。西洋医学では生存期間の長さに価値がおかれますが、漢方を併用すると、QOLが保たれた価値のある延命が可能になるのです。漢方は決して西洋医学にとって代わるものではなく、西洋医学の不足するところを補うものであり、「代替医療」ではなく「補完医療」と位置付けることが大切です。

私は、これまで30年以上にわたって漢方を用いて診療を行ってきましたが、漢方薬を使用することでがん患者さんの8割以上に症状の改善が見られました。痛みや苦痛が緩和されると、患者さんの顔つきも変わっていくのがわかります。苦しいときは人と話すのさえ辛かったのが、まわりの人たちとコミュニケーションを取り、通常に近い生活ができるようになるのです。多くのがん患者さんが漢方によって気力と体力を取り戻し、少数ながら、がんそのものの縮小や消滅が見られた患者さんもいます。
軸足を西洋医学におきながら、漢方で西洋医学の足りない部分を補完する「統合医療」をしっかり行っていくことは、今後がん治療において極めて重要になると思います。

漢方は患者の「個」に対応するレディメイド治療

「癌証」に応じた漢方治療で元気になる!

私は、がんの患者さんの呈する特殊な状態を「癌証(がんしょう)」と名付けました。癌証とは、がんそのものの辛い症状や、治療による副作用や後遺症などによってもたらされるさまざまな苦痛によって気力体力が低下して元気がなくなった状態のことです。
そもそも、漢方医学における「証」とは、患者さんの症状、体質、その他の生体情報に基づいて決定される類型(タイプ)のことです。西洋医学では、インフルエンザ、高血圧などといった病名によって使用する薬が決まりますが、漢方医学は、患者さんの状態から「証」を見定め、適切な漢方薬を選択します。漢方はよくテーラーメイドの医療といわれ、患者さん毎に医師が様々な生薬を組み合わせて治療するものと誤解されています。しかし、実際にはテーラーメイドではなく、紳士服の量服店でサイズや色の異なる様々な服の中から体にピッタリあった服を選んでいくように、患者さんの状態に応じて適切な漢方薬を選択するレディメイドの医療なのです。

漢方のがん治療は「補剤」からスタートする

がんの患者さんでは、だるさや食欲不振、不安、不眠などに悩む方が大多数です。その苦痛は強く、病態に複雑で、抗うつ薬や抗不安薬、ステロイドなどによる西洋医学的な治療では元気になれない方が多いのです。
漢方ではまず、患者さんの癌証を改善する「補剤(ほざい)」を使うことから治療をスタートします。補剤として用いられる漢方薬は10処方ほどありますが、そのうち、癌証を改善するためにしばしば用いられる”3大補剤”として「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」「十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)」「人参養栄湯(にんじんようえいとう)」が挙げられます。

補剤は、患者さんの状態によって使い分けます。がんと診断されたショックで、不眠や不安など精神的苦痛の強い場合には補中益気湯。さまざまな治療も加わって、気力だけでなく体力も低下した場合には十全大補湯。気力、体力の低下が著しく、筋力も低下して咳や息切れなどの呼吸器症状もみられる場合には人参養栄湯を使用します。さらに全身の衰弱が進み、下痢や冷えを強く訴える場合には、「茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)」を使用することもあります。

いずれも消化器系の機能を高めて栄養状態を改善し、あわせて免疫担当細胞を活性化することにより、間接的にがんの抑制効果が期待できるものです。

複数の漢方薬を組み合わせ、逐次修正する

補剤で癌証を改善したあとは、患者さんの体質に応じた漢方薬を選択します。ここで重要となるのは「腹診(ふくしん)」という診断方法です。
西洋医学では、病名や検査結果などによって投与する薬剤を決めますが、漢方医学では患者さんの腹部を手で触れることにより抵抗、圧痛、筋緊張、拍動などのパターンから「証」を決定する腹診を行って漢方薬を選択します。がんであっても、「大柴胡湯(だいさいことう)」や「三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう)」など、充実した状態の患者に合う漢方薬が必要な場合が少なくありません。

補剤や体質ごとの漢方薬で効果が不十分な場合は、さらに別の漢方薬を併用します。多くのがん患者さんでは「瘀血(おけつ)」と「腎虚(じんきょ)」という状態を改善する必要があります。
瘀血とは、血のめぐりの悪い状態のことで、暗紫色の舌や唇や、体表面の細い血管の拡張(細絡)などの所見を認めます。この場合は「駆瘀血剤(くおけつざい)」と呼ばれる漢方薬を使用します。代表的なものに「桂枝茯苓丸(けいしぶりょうがん)」、「桃核承気湯 とうかくじょうきとう」、「当帰芍薬散」(とうきしゃくやくさん)があります。
一方、腎虚とは「先天の気(生まれた時に持っていた生命エネルギー)」の働きが弱っている状態で、脱毛、視力低下、下半身の冷えなど老化現象のような症状が見られます。この場合は「補腎剤(ほじんざい)」と呼ばれる「八味地黄丸(はちみじおうがん)」、「牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)」などの漢方薬を処方します。

癌証に対しては、複数の漢方薬を組み合わせて治療にあたるのが基本です。時間の経過とともに癌証が変化した場合は、それに応じて、漢方薬の組み合わせを変えていきます。
もちろん、必要な場合は、西洋医学の薬剤も積極的に併用しますが、私の「漢方サポート外来」を訪れた患者さんのほとんどが、漢方薬により食欲が出て、熟睡でき、便通異常や夜間の頻尿も改善しています。(快食・快眠・快便・快尿)私はこれを「植物神経系の機能回復」と呼んでいます。漢方によって、人間という生命体のもっとも基本的な機能が回復し、患者さんが本来もっている自然回復力が高まり、その結果、がんとうまく闘えるようになるのです。

 















次回の予定
がん種別・症状別の漢方薬の対応と期待される効果

取材にご協力いただいたドクター

がん研有明病院  消化器内科部長 漢方サポート外来   星野 惠津夫先生

1979年東京大学医学部卒業。東京大学第1内科助手、トロント大学消化器科リサーチフェロー。帝京大学内科助教授、同附属病院検診センター長、がん研究会附属病院内視鏡診療部副部長を歴任。2009年がん研有明病院消化器内科部長、現在に至る。日本内科学会指導医、日本消化器病学会指導医・評議員、日本消化器内視鏡学会指導医・評議員、米国消化器病学会(AGA)フェロー、東亜医学協会理事、日本統合医療学会代議員。

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