【特集記事】死別の悲しみを乗り越えて。 遺族のための「グリーフケア」「グリーフワーク」

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公開日:2018年11月30日
垣添 忠生先生
日本対がん協会会長、元国立がんセンター総長

大きな喪失感、壮絶な悲しみ。
「自分はどこまで沈んでいくのか」

私は2007年12月31日に妻を自宅で看取りました。最愛の人を喪った悲しみを紛らせるために酒に救いを求め、できるだけアルコール度数の高いウイスキーや焼酎などで一時的に頭を麻痺させようとしました。それでも酔えないときは、睡眠剤を使って寝るようにしました。眠っている間は悲しみから解放されるからです。酒を飲むことはできても食欲がないのでどんどん痩せていきました。

 大切な人を喪うと、まず経験したことのない大きな喪失感、壮絶な悲しみに襲われます。時間が経過し、死別した事実を受け入れるようになると、淋しさ、孤独感、思慕の念が心を占めるようになります。受容期からやがて回復期に移っていきますが、私の場合は沈潜期とでもいえばよいのでしょうか、抑うつに耐える日々が続きました。

「いったいこの男はどこまで沈んでいくんだろう」と、もう一人の私が奈落の底へ落ちていく自分を客観的に見ている感じがしました。「生きていても仕方がない」と思いながら、毎日酒を飲み続けましたが、よくアルコール依存症にならずにすんだと思います。

ショック、否認、怒り、思慕、淋しさ、孤独感、後悔…。
死別後の心の様相はさまざま。

最愛の人を喪うという人生で最悪の事態が起こった時、以下のように心はさまざまな様相を呈します。

【ショック】
大切な人を亡くしたとき、誰でもショックを受けます。その衝撃で感情と思考は麻痺し、何が起こったわからない状態になりますが、それは自然な反応であり、長引いても2カ月ぐらいまでは正常範囲ともいわれます。1つの目安として、このような状態が2カ月以上続くようであれば、医療機関を受診することを検討してもよいかもしれません。
【否認】
「そんなこと信じたくない」、「嘘でしょ、冗談でしょ」と現実を否認するのは、ショック状態と同様、心の防御反応の1つです。大切な人を亡くしたという事実をひとまず認めないことで大きな衝撃を回避しようとする心理が働きます。
【怒り】
愛する人の死という衝撃的な出来事は大きなストレスになります。特別な緊張状態にあるとき、精神面では怒りが生じやすくなります。これは自然な反応と考えられていますが、怒りという激しい感情は健康面だけでなく、人間関係にも影響を及ぼします。長く続くような場合はカウンセリングなどのケアが必要です。
【思慕】
亡くなった妻にもう一度会いたい、夢でもいいから妻が現れてほしい――恋しい気持ちが激しく募ります。思い出に没頭して、現実生活から離れる期間が長く続くのは好ましいことではありません。故人の死を受け入れたら、たとえば一日のうちで思慕のひと時を過ごし、それを前向きに生きる原動力にすることが望ましいです。
【淋しさ】
亡くなった人への愛情が大きいほど喪失感、不在感が強く、淋しさはいつでも、どんな場面でも湧いてきます。私も、妻と二度と話ができなくなって、これほどつらいことはありませんでした。しかしこれは、死別した人との避けることができない苦しみです。
【孤独感】
大切な人を亡くすということは、予想以上の孤独感をもたらします。故人とよく出かけた場所や、にぎやかな場所に行くと、一緒にいるべき人の不在が孤独感を募らせます。それは自然なことです。
【後悔】
もっと尽くしてあげればよかった、もっと優しくしてやればよかった――それがもうできないことに対する後悔はなかなか消えません。そんな後悔や罪悪感に苦しんでいる姿を故人が見てなんと言うか想像してみてください。「十分にお世話になりましたよ」「良くしてもらってありがとう」という声が聞こえてきませんか。
【不安】
人生の支えだった存在を喪ったことで、不安や恐怖を感じるようになります。不安を解消する方法の1つは不安の正体を知ることです。同じような体験をした人、グリーフカウンセラーなどのサポートを受け、不安に思っていることがわかれば対処法を見つけることが可能です。
【逃避】
死別の悲しみを紛らせるための飲酒、喫煙は度を超すと依存症、がんなどで健康を損なう可能性があります。また、仕事に没頭すれば一時的に悲しみを忘れることができますが、体の不調に気づかないまま重大な病気になることもあるので注意が必要です。
【ちらつき現象】
亡くなった人を街中で見かけたりすると、はっとします。これは死別後数カ月、1年など、一定の時間が経過したころに起きやすい現象として死別悲嘆の研究では一般に認識されています。

ちらつき現象ではありませんが、私は科学的に説明がつかないような不思議な経験をしました。妻が亡くなった年の5月連休に、二人でよく旅行した奥日光に行ったときのことです。知人に案内されて山奥にある滝を見に行きました。そこにアサギマダラという蝶が現れて、私の周りをぐるぐる回り始めたのです。アサギマダラは私のところからなかなか離れず、私は幸せな気持ちがしました。

「ほら、奥さんが喜んでいますよ」と知人も言っていました。その翌日、奥白根山の歩き慣れた山道を迷って疲れ果てていたところにメボソムシクイというスズメより少し大きいくらいの鳥が飛んできました。目の前にとまって鳴いているのを見て、私は直感的に妻だとわかりました。「あなた、こんな所でどうしたんですか」とでも言っていたのかもしれません。

妻の“言葉”で生活を立て直し。
「グリーフケア」「グリーフワーク」を自身のテーマに

さて、悲しみを癒すのに酒の力を借りる生活が3カ月ほど続き、ある時、今の自分の姿を見た妻から「あなたはいったい何をしてるんですか」とぴしゃりと言われたような気がしました。

生活を立て直すことにして、まず、食事を作るようになり、毎朝出勤前に腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットなどを始めたところ、少しずつ前向きな気持ちになっていきました。トレーニングはいまも体力維持のために続けています。

心が悲しみに浸食されたまま1年ぐらいたつと、見かけのうえでは元気に過ごせるようになってきました。日常生活に余裕が出てくると、今度は時間を持て余すようになりました。

思いついて、妻の闘病のことや、今後のことを整理するために書き記す気になりました。書くことが私の心の奥深くにある苦しみや悲しみを表出させる行為であることに気づいたのです。

そうしてまとめたものが『妻を看取る日』(2009年)という本になりました。発行後すぐに反響があり、読者からたくさんの手紙やはがきが届きました。「夫を亡くして1年たっても、2年たっても悲しみが消えない」、「妻にもう一度会って声を聞きたい」、「がんの専門家でも奥さんを喪うとこんなに苦しむことがわかった」、「勇気をもらいました。もう少し頑張ってみます」など、最愛の人を喪った一人ひとりの心情が綴られていました。

自分と同じように苦しんでいる人がこんなにいるのかと思い、立ち直りの足掛かりになればという思いを込めて、『悲しみの中にいる、あなたへの処方箋』(2011年)を上梓しました。

2012年には『妻を看取る日』がNHKのテレビドラマになったり、著者としてラジオ番組に出演したりしました。この時も大きな反響を呼び、多くのメディアの取材や各地から講演の依頼も受けました。そうしたなかで私自身のテーマとして関心をもったのがグリーフケア、グリーフワークです。

時が経っても癒えない悲しみ。
遺族を支える「グリーフケア」「グリーフワーク」

私たちは“時間”という特殊な“薬”をもっています。時が経てばいつしか悲しいことも辛いことも薄らいでいきます。しかし、大切な人を喪った悲しみはそんな悠長なことでは癒えないほど強烈です。それを手当てする方法の1つがグリーフケア、グリーフワークです。

グリーフケアは、専門家や同じような体験をした人たちから支援の手を差しのべてもらうケアです。たとえば、埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科(大西秀樹教授)では、がんで家族を失った人を対象に「遺族外来」を開設しています。しかし、遺族がグリーフケアを受けられる体制や医療機関はまだ十分ではありません。今後、全国各地に遺族を対象にした診療科が早急に開設されるべきだと考えています。

一方、グリーフワークは、悲嘆に苦しむ人自身が取り組む「喪の作業」「悲しみを癒す作業」です。グリーフワークにはさまざまな種類があり、自分に合った作業を能動的に、時間をかけて進めていくことが大切です。グリーフワークの足掛かりになるような項目を参考までにいくつか挙げてみましょう。

【積極的に涙を流す】
涙には大きな癒し効果があります。悲しみを追い出すもっとも有効な方法は泣くことです。どうしたらここまで涙が出てくるのかと思うほど、私はひたすら泣きました。
【言葉にして苦痛を吐き出す】
「悲しい」「寂しい」「悔しい」「腹が立つ」「怖い」など、そのままの気持ちを言葉にして吐き出すことは、涙を流すのと同じように感情を解放させるのに効果があります。
【一人で苦しまない】
人に助けを求めることを遠慮する必要はありません。大きな悲しみや苦しみの中にある時は謙虚に人の援助を受けるべきです。
【サポートグループなどの援助を受ける】
遺族会などのサポートグループに参加して、同じような体験をした人に話を聞いてもらうことで救われたという人が多くいます。共通の体験をした人の前ではいくらでも涙を流すことができます。
【しっかり悲しむ】
死別後間もない時期はできるだけ仕事や家事、育児の負担を減らして悲しむことに専念することが大切です。
【区切りのセレモニーを行う】
故人を定期的に哀悼する機会があると、時の経過を改めて確認することができ、自分の状態や環境の変化を自覚するきっかけになります。私は、妻の希望で葬儀は行わなかったので、百箇日の法要での納骨が初めての追悼セレモニーとなりました。このセレモニーが私の気持ちに区切りをつけてくれました。
【自分なりの死生観を持つ】
死や死後の世界などについて深く思索することが悲しみから解放されるきっかけになることもあります。
【体を動かす】
ウォーキングなどの軽い運動は、イライラ感、寂しさ、空虚感、抑うつ気分を少しずつ解消し、精神的な回復をもたらします。
【ていねいに暮らす】
死別後のもっとも苦しい時期を休養したら、生活を少しずつ活動的にするように心がけます。まずは食事の見直しから再開します。
【故人との新たなつながりを持つ】
妻がなくなって1年ぐらいして、私は妻が生前に描きためた油絵やクロッキーなどを集め遺作展を銀座で開きました。妻との共同作業として強く感じながら準備しました。遺作展の開催は私が立ち直っていくうえで大きな意味があったと思います。大切な人の死でかけがえのない人生を失った半面、得るものもあります。それが故人との新たなつながりになります。私は、「妻への感謝の気持ち」を得ることができました。

妻を看取ってから11年の間、私は一人で悲しみに対峙してきました。悲しみ抜いてここまできました。想像もしなかった厳しい体験です。最後は自分自身の足で立ち上がるしかないという強い思いもありました。死別の苦痛から回復するためには、本質の悲しみに向き合っていくしかないと思います。

※掲載している情報は、記事公開時点(2018年11月30日)のものです。