【特集記事】AIが高精度の病理診断を助ける

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公開日:2018年10月31日
佐々木 毅先生

病気の診断に欠かせない「病理」を助けるAI(人工知能)

「病理」とは、がんなどの病気を診断したり、病気の原因を究明したりするための分野です。患者さんから臓器や組織の一部を採取して染色し、顕微鏡レベルで詳しく調べる病理検査を行ない、専門の医師である病理医が診断します。がんの手術中腫瘍の範囲や病変を確認するために、その場で即検査する重要な役割もあります。

日本では、この病理医が不足していることが大きな課題となっています。日本の病理医は2,483人で、全医師数の中で占める割合は0.76%で(2018年9月現在、日本病理学会調べ)、人口10万人当たりの病理医数はアメリカの1/3以下といわれています。

日本国内の400床を超える病院710(厚生労働省医療施設調査 平成28年医療施設(動態)調査)のうち245施設(平成28年日本病理学会施設年報)で常勤の病理医がいません。病理医がいない病院では、非常勤の病理医が掛け持ちで対応しているのが現状です。

この問題を解決するために研究・開発されているのが、人工知能(AI)による病理診断のシステムです。モニター上で拡大・縮小できるよう撮影された病理画像をAIに学習させ、病理診断ができるようにする「AI病理画像診断システム」を、日本病理学会のプロジェクトとして今年から国立情報学研究所(NII)と共同で開発しています。

AI病理画像診断システムにより、
幅広い病気に対し高い精度の診断で病理医をフォロー

AI病理画像診断システムは、病理医の診断をダブルチェックすることが目的です。病理医が1人しかいない臨床の現場で、病気の見逃がし防止などより精度の高い診断に役立てる狙いがあります。画像を読み込ませてから約3分程度で診断結果が出るため、手術中に行なわれる術中迅速診断でもその有効性を発揮します。

病理診断は複数人で行なうことが望ましく、例えば東大病院では若手医師や講師クラスの専門医が見た標本をさらにベテランの教授陣3名でチェックしていますが、最終的に診断が変わることも少なからずあります。

しかし、病理医が1人しかいなかったり非常勤に頼っていたりする病院では、ダブルチェック、トリプルチェックを経ずして最終的な結論とせざるを得ないこともままあります。ここにAIが入ることで、1人では気づかなかった“異変”を見つけやすくなります。

日本病理学会はAIに病理診断を学習させるため、昨年1年間で全国の16の大学と7つの市中病院から11万症例のがん細胞・組織のデジタル画像を17万枚集めました。集められた画像は、あらゆる部位に及びます。

最も多いのは、胃がんなどの消化管系で44,443例、次に多いのは婦人科系で14,224例、続いて悪性リンパ腫などのリンパ網内系が10,459例となっています。全画像に対し、各大学・病院の病理医がすでに診断結果をつけており、AIは画像そのものと医師の診断結果を学習しています。

AIによる診断は95%の精度を目標にしており、17の大学病院でこのシステムを実際に使ってもらって病理医の診断結果と比較しています。症例によっては、98%と目標を越える結果も出ています。これらの大学病院では病理医が複数回チェックしているので、医師が見落としたものをAIが見つけたという事例はまだありません。しかし、医師の診断結果とAIの診断結果はおおよそ一致しており、性能の高さがうかがえます。

病理診断をする際は、採取した細胞・組織を染色しますが、病院によって色の濃淡などが若干異なります。このため、ある病院のデータを基に作られたシステムが、他の病院の色味が多少異なる病理画像を正しく診断できない、ということが発生し得ます。

病理診断のAIシステムは国内外で開発されていますが、今回開発されたシステムは病理画像の染色ルールを細かく統一せずに標本を集めているのが特徴です。各病院で使われているものをそのままインプットとしているため、今回画像を学習していない病院でも精度が高い診断ができるのでは、と期待されています。

病理医とAIのダブルチェックで診断精度を向上。
リスクの高い処置が不要になることも

AI病理画像診断システムは、患者さんにとってさまざまな恩恵をもたらします。病理医とAIが診断結果をダブルチェックすることで診断精度を向上させられるほか、病理医のいない病院では手が回らなかった検査もできるようになります。

例えば、乳がんを例にとってみましょう。乳がんでは乳房の周囲にあるリンパ節、特に腋窩リンパ節への転移が多く見られ、がん細胞はそこから他の臓器に転移すると考えられていました。そのため、乳がんの手術ではこれらのリンパ節の郭清が行われてきました。

その後の研究で、リンパ管に侵入した乳がん細胞が最初に到達する腋窩リンパ節(センチネルリンパ節)を取り出して、転移の有無を調べ、転移していないことがわかれば、それ以上のリンパ節郭清は必要がないということで、不必要な手術を省くことができるようになりました。

腋窩リンパ節の郭清によって患者さんの約半数は腕が上がりにくくなったり、手がむくんだりします。AIによる術中迅速診断によって、病理医不在でセンチネルリンパ節生検ができず、遠隔病理診断もままならなかった病院でも、これらの後遺症のリスクを軽減できる可能性が出てきました。

病理診断の標準化とより精度が高い希少がんの診断へ

全国どこででも標準的な専門医療を受けられるようにがん医療の均てん化(医療技術等の格差の是正を図ること)が進んでいます。一方、病理診断では診断の標準化という課題があります。

例えば、子宮に腫瘍ができる良性の子宮筋腫と、悪性の腫瘍である子宮肉腫は、区別しにくく、子宮筋腫だと思っていたら子宮肉腫だったということがあります。実際、子宮肉腫の診断を受け、セカンドオピニオンを受けて検査したところ子宮筋腫と診断された、という話をよく聞きます。

こうした診断のブレを抑えるため、全国の病理医を対象にした勉強会が定期的に開催されています。しかし、細かい診断まで完全に統一させるのは難しいのが現状です。

AI病理画像診断システムが普及することにより、診断技術の標準化が期待されます。

現在は病理医の診断結果のみをインプットとしていますが、今後より多くの症例を、診断結果だけでなく予後データやゲノム情報なども取り込めれば、より精度が高い診断が可能になるでしょう。将来、病理医がAIに合わせて診断していくことで、標準化が図られることを期待しています。

現在は症例が多いがんがAI病理画像診断の主な対象となっていますが、やがては希少がんの自動診断支援システムの開発にも取り組みたいと考えています。希少がんは病理医でも診断が難しいものもありますが、AIが自動で診断できるようになれば、より多くの病院で精度の高い診断ができるようになると思われます。症例が少ないためデータを集めるのに時間がかかりますが、より幅広い分野、病気に対しAIが介入できるようになることが望まれます。

現在、AI病理画像診断システムはプログラム開発が完了しており、各病院からの画像データと病理医による診断結果を基に、より診断精度を高めている段階です。2019年からの実用化を目指すとともに、並行して薬事承認に向けた準備を進めています。

アメリカ(FDA)では、専門医でないと診断が難しい糖尿病性網膜症の診断を行えるAIシステムが医療機器として認可された、という事例もあります。(https://www.fda.gov/NewsEvents/Newsroom/PressAnnouncements/ucm604357
病理医不足をすぐに解消することは難しいですが、今回開発したシステムが一助となるのではと期待しています。