【特集記事】がん難民にならないために

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公開日:2017年6月30日

日本は独自の「緩和ケア」

「がん難民」のことを考える前に、日本の緩和ケアの概念やシステムを理解しておく必要があります。日本の緩和ケアの概念はイギリスのホスピスをもとに導入され、症状のコントロールを中心とした医療が緩和ケアと呼ばれるようになりました。

しかしながら、厚生労働省が「切れ目のない緩和ケア」を提唱しているように、がんという病気では治療と同時に緩和ケアが提供されるべきであることはいうまでもありません。

米国のNCCN(National Comprehensive Cancer Network)という公的機関が作成した緩和ケアのガイドラインがあります。この中で緩和ケアは「病期や治療の必要性に関わらず、苦痛の予測、予防、緩和であり、患者さんと家族にとって最良のQOL(生活の質)を支援すること」と定義されています。

このガイドラインでは、症状の予測、予防、緩和という三本柱が緩和ケアといわれているのに対し、日本ではこのうちの「症状の緩和」だけが緩和ケアと考えられています。

NCCNのガイドラインでは、この定義に基づいて、まず患者さんのスクリーニングから開始することを推奨しています。スクリーニングについても定義がなされていて、体の状態だけでなく、がんと診断されたことや加療によるストレス、社会心理学的な問題が発生していないかどうかを調べます。

また、がんは再発や転移を起こす可能性があるので、予後を評価し、意思決定支援まで行います。そうして、患者さんの肉体と精神の状態をしっかりと評価したうえで必要なケアを提供し、患者さんの状態変化に応じて再度評価します。このスクリーニング、評価、緩和ケア、再評価というサイクルを繰り返すことが、NCCNのガイドラインで推奨されている緩和ケアです。

私は、チーム医療を受けられない状態になっている人が「がん難民」だと考えていますが、NCCNのガイドライン通りの緩和ケアが行われていれば、がん難民になることはありえません。

しかし、日本の医療では、治療適応がなくなった患者さんは在宅医や、治療を行わないホスピスに紹介することが当たり前になっているので、治療医との関係が切れてしまい、この非連携性が「がん難民」を作る原因となっています。いわば、制度自体が「がん難民」を生み出しているのです。

緩和ケアの専門家が提供するものだけが緩和ケアではない

NCCNのガイドラインは、実は緩和ケアの専門家ではなく、治療をする医療者に向けたものです。つまり、ほかの先進国では治療をする医療者が当たり前に緩和ケアを提供できなければいけないのです。そのうえで、専門家の判断が必要になった場合に、緩和ケアの専門家に紹介されます。

実際に、主治医が行うべき緩和ケアは次の通りです。

  • 1. 抗がん治療
  • 2. 支持療法/緩和治療
  • 3. 専門職間の協働
  • 4. 症状コントロール
  • 5. アドバンス・ケア・プランニング
  • 6. 心理社会的サポート
  • 7. 宗教/哲学的ケア

日本では、このうちの4だけが「緩和ケア」と考えられている傾向があります。

抗がん治療が緩和ケアに含まれるというと驚く方も多いです。抗がん治療は、スクリーニングや評価によって、病気が進行したときに苦痛を伴うと予想される場合に、苦痛の予防のために行われます。日本では、すでに起こってしまった症状へのケアが中心ですが、NCCNのガイドラインでは事前に予測し、予防するというところが重視されています。

もちろん、それでも症状が起こった場合には、日本と同様に症状コントロールがなされます。こうして考えると、日本の医療では、本来行うべき3分の1しか緩和ケアが実践されておらず、いかに緩和ケアの後進国かがわかります。

見守りケアでがん難民をゼロに

オバマさんが大統領だった頃にアメリカでAccountable Care Organization(ACO)という制度がつくられました。アメリカでは、緊急入院が起こった際にはその患者さんを診ていた病院の責任が問われます。

緊急入院が一定の割合よりも高いと罰金が課せられるので、在宅診療所と急性期病院が情報を共有して、緊急入院が起こらないように管理することが制度化されているのです。在宅の患者さんを見守る仕組みを「在宅移行ケア(Transitional Care)」と呼んでいて、アメリカではがんに限らず、心不全やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)で特に発展しています。

当院では、このシステムを参考に、テレメディシン(遠隔診療)などで情報共有し、患者さんの状態を評価していく「見守りケア」を実践しています。そのため、緊急入院はほとんど起こりません。また、ACOを構築しているので、当院で診ている患者さんはがん難民にはなりません。

逆にいうと、この体制が構築できていなければ、がん難民になる恐れがあります。治療適応がなくなって退院した患者さんが次に同じ医師にかかるのは、救急車で運ばれてくるときです。日本では、患者さんも、家族も、医療者ですら、その状況を当たり前だと思っています。こんな状況では、がん難民をどんどん生み出すだけなので、国策としてアメリカのような制度を作っていかなければいけないと思っています。

症状の進行によって起こり得ることは予測が可能なので、それを予測し、予防することが大事です。また、急性期病院の医師は、患者さんが退院すると、その患者さんの状態を知るすべがなくなります。患者さんがどのように過ごしているかを知るためにテレビ電話や、携帯、パソコンのアプリなどを駆使して、リアルタイムで患者さんの情報がわかるようなシステムを構築する必要があります。

特に重要な情報がADL(日常生活動作)です。例えば、息が苦しくなったなど、具体的な苦痛があればその情報が伝わってこないことはまずありえません。ところが、足が上がりにくくなったり、トイレにいけなくなったなどの状態は、患者さんに具体的な苦痛が少ないため、なかなか医療者まで伝わってきません。このような苦しい症状が出る前の活動性をとらえることで、QOLを維持していくことが可能です。

このようなシステムの構築は、医療者にとって大きな負担になると考えられがちですが、実は緊急入院の方が医療者の負担は大きいです。例えば、真夜中の緊急入院の場合、当直医だけでは人手が足りず、主治医が呼び出され、患者さんの状態もわからないまま対処しなければいけません。また、家族がパニックを起こす可能性もあるので、その対応にも追われます。

一方、当院で取り組んでいるシステムだと、リアルタイムで患者さんの情報が伝わってくるため、緊急入院が必要になる前に予定入院をしてもらって患者さんの詳細なデータをとることが可能です。このように、ある程度患者さんの状態を把握して対応に当たることができるため、医療者の負担も少なくなりますし、もちろん、患者さんも苦しい思いをしなくてすみます。

メリットとデメリットの評価が重要

当院のチームで、現在30人ほどの患者さんの見守りケアをしています。状況に応じたケアを提供していますが、一番難しいのは治療のメリットとデメリットの評価です。抗がん治療を行う場合、治療によって得られるメリットと、副作用というデメリットがあります。仮に治療適応がなくても一時的に腫瘍が小さくなったり、現状を維持したりして辛い症状が出なくなるのであれば、メリットが大きいととらえます。

しかし、メリットに比べて副作用が大きくなるのであれば、治療を受けないほうがいいという判断をします。こういった、メリットとデメリットのバランスを見極めることががんの治療では一番難しく、重要です。この判断を下すためには、医師だけでなく、多職種で患者さんに介入し、意思決定支援をしていく必要があるのです。

日本では、この意思決定支援の部分が置き去りになっており、誰も担当していません。抗がん剤をこれ以上やったら危ない、とリスクを過剰に評価しホスピスや在宅を紹介してしまうので、がん難民が生まれます。

本来であれば、治療適応がなくなったところからがんの進行していく方向性を見極めて、どんな症状が出るか予測し、対策を考えていかなければいけないのですが、高度先進的な医療はそこで終わってしまっています。現在、私のところには、そういった形で主治医との関係が切れてしまった患者さんが多く紹介されてきています。

仮に、治療適応がないといわれ、退院を勧められた患者さんでも、私に連絡していただければ、そこからACOの構築をお手伝いできると思います。全国のどこにいても、主治医とどういうふうに話を進めていけばいいかをレクチャーすることはできます。

がん患者さんに知っておいてほしいこと

NCCNのガイドラインについて知っておいてほしいと思っています。

日本の医師でも知らないことなので難しいですが、世界的に見れば緩和ケアの定義が症状の予測、予防、緩和の三本柱になっていることはしっかりと認識しておいたほうがいいです。

それをしっかりと理解したうえで、本来の緩和ケアが提供されているかどうか吟味する必要があります。

仮に、本来の緩和ケアが提供されていないと感じた場合は、緩和ケアチームやがん相談支援センターに相談してみてください。日本の制度上、すべてのがん診療連携拠点病院には緩和ケアチームとがん相談支援センターがあります。

ただし、制度上で作っただけで、実体のない所もあります。特に緩和ケアチームは、患者さんの御用聞きのような役割しか担っていないところも多いです。本来であれば、緩和ケアチームが主体となってNCCNのガイドラインに記載されている緩和ケアを実践していくべきです。それは、入院患者さんに対してだけではなく、通院や、在宅の患者さんに対しても行われるべきだと思っています。