【特集記事】入院期間を短縮しQOLを向上させる、ERAS(イーラス)

公開日:2016年06月30日

目次

手術を楽に受けて、医療費も抑える

 手術による痛みや合併症を軽減し、できるだけ早い段階で元気な状態まで回復させようという術後回復能力強化プログラム(Enhanced Recovery After Surgery:ERAS)が注目を集めています。入院期間が短縮し、患者さんの満足度も高く、QOLの向上も期待できます。

日本の医療技術は世界でも高く評価され、術後の合併症などは比較的少ないことが知られています。それでも、実際の手術では、慣例的に絶飲食が行われていたり、術後の安静期間が長かったりするなど、不要な処置が多く行われていました。その結果、回復が遅れるなど、患者さんにとって不利益なことが少なくありませんでした。このような状況を改善するために、日本でもERASが導入され始めました。

ERASは北ヨーロッパが発祥で、現在、北ヨーロッパをはじめイギリスなどでは国家的な戦略となっており、多くの病院で実施されています。もともとは国を挙げた医療費削減のために行われた取り組みです。

医療費削減という視点で手術を見直してみると、意外に不必要と思われることが多く行われており、それによって合併症が起こって入院期間が長くなり、医療費を増大させるという悪循環が起きていました。無駄を見直し、医療費を削減することが、そもそものERASの目的です。

すべての職種が協力し1つのゴールを目指す

 ERASは医師が中心となり、看護師、理学療法士、薬剤師、管理栄養士、事務職など多くの職種が協力して行われます。ERASでは、徹底した情報の提供、共有化が必要になります。近年チーム医療の重要性が医療者の共通認識になっており、他職種との連携がとられるようになってきました。

しかし、1人の患者さんをめぐって職種ごとに目指すべきゴールが異なるといった事態が起こっています。例えば、外科医は手術の成功を目標にし、栄養士は術後の栄養状態の改善を目指します。ERASでは、全員が「手術後に早く回復できるようにすること」を共通のゴールとして治療や管理の方法を決めていくことが重要になります。

当然、医療者間の情報共有がしっかりとできていれば、患者さんからどのような質問を受けても、すべてのスタッフが同じ返答ができるので、患者さんを混乱させることはありません。こうした患者さんも巻き込んだチーム医療によるERASで手術を受けた場合ダメージが小さく、在院期間が短いという研究結果も報告されています。

ERASは、手術前から手術後までの工程をできるだけ継ぎ目のないようにして、入院期間中のダメージを小さくします。例えば、大腸がん手術を従来の方法で行った場合とERASで行った場合を比べると表のような違いが浮き彫りになります。

従来の手術の場合、術前に下剤を使用したり、数日間絶飲食を実施したりするなど、手術の準備だけで体がダメージを受けます。また、術後は数日間にわたる絶食により体力も低下します。

ERASを取り入れた手術では、手術の前日まで飲食が可能です。手術当日は、歩いて手術室に入ります。

また、腹腔鏡を使用したり、出血の少ない術式を採用したりするなど、ダメージの小さい手術を行います。術後すぐに離床できるように、使用する麻酔薬も覚めやすい、短時間作用型のものを使います。痛み止めの使い方も工夫して、術後にできるだけ早く動けるようにします。胃管や尿道バルーンを抜いたり、ドレーンを少なくすることで、すぐに動いたり食べたりできるようにします。

こうした工夫によって、合併症の発症を抑えることができ、術後の早期回復が可能になります。日常生活に早く戻ることができ、その結果患者さんのQOLは向上します。さらに、医療費の削減につながるという好循環を生み出すのがERASです。

表 大腸がん手術
既存の手術 ERASを用いた手術
入院前カウンセリング 入院前カウンセリングの徹底
厳重な腸管の前処置 軽い腸管の前処置
術前術後の長期間絶食 絶食期間を可能な限り短く
麻酔前投与(睡眠薬など) 不要な鎮静はしない
胃管留置継続 胃管留置は手術室のみ
硬膜外麻酔・鎮痛 硬膜外麻酔・鎮痛
長期間作用型麻酔薬 短期間作用型麻酔薬
輸液、塩分の過剰投与・摂取 輸液、塩分は必要最低限に
ルーチンなドレーン留置 ドレーン留置は必要最低限
特定の症例に対し体温管理・温風式保湿 全ての症例に対し体温管理・温風式保湿
不統一な離床促進計画 統一された離床促進パス
麻薬を中心とした鎮痛 麻薬使用量を少なくする鎮痛法の選択
悪心、おう吐が出てから対応 前もって悪心・おう吐予防
腸管安静 腸管運動促進
カテーテル長期留置 カテーテル早期抜去
周術期輸液栄養 周術期経口栄養
予後・順守状態の調査はせず 予後・順守状態の調査
大腸がんの手術における食事のスケジュール
  従来のスケジュール ERASのスケジュール
手術3日前 入院日 通常食  
手術2日前 術前食 入院日 通常食
手術1日前 絶食 昼から術前スープ食
手術当日 絶飲食 絶食
手術1日後 絶飲食 スープ食
手術2日後 絶食 栄養士による状態確認
手術3日後 絶食 全粥(希望により常食)
手術4日後 絶食 通常食
手術5日後 消化食(5分粥) 通常食
手術6日後 消化食(5分粥) 状態により退院可能
手術7日後 消消化全粥(小盛)化食(5分粥)
手術8日後 消化全粥(小盛)
手術9日後 全粥
手術10~15日後 状態により退院可能

どんな患者さんもERASの適応

 手術ができる状態であれば糖尿病をもっていても、透析を受けている患者さんでもERASの適応になります。ERASの内容は、患者さんの状態よりも、手術の術式に対応させています。ERASはまた、合併症が多い患者さんや、侵襲の大きい手術ほど効果的です。再発や転移のがん患者さんでは高い効果が期待できます。

ただ、ERASはあくまでも術後の回復を早めるためのプログラムであり、がんの治療成績の改善を目的としたものではありません。ERASによってがん自体が治るというものではありません。

今のところERASに厳密な定義はなく、➀合併症の頻度を低下させる、➁在院日数を減らす、➂医療費を削減する、の3項目を満たしているものをERASと呼びます。ERASの取り組みは診療科単位で行われているのが現状で、国内では3~4割の病院がERASを実施しています。

ERASの普及はこれからです。ERASを導入している医療機関を知りたい場合は、手間はかかりますが、各医療機関のホームページで「ERAS」を探すことをお勧めします。また、一般にはなじみがないかもしれませんが、各医療機関のクリニカルパスを確認するのが有効です。

クリニカルパスとは、その治療の計画書です。「手術当日まで飲水が可能」「手術後すぐに食事が始まっている」「術後すぐにリハビリが始まっている」などは、ERASを導入している目安になるでしょう。

ERASを受ける患者さんに知っておいてほしいこと

akiramenai_dr_img02 患者さん自身が「動きたい」、「早く退院したい」「治りたい」という気持ちを持つことが大切です。受け身ではERASの効果は期待できません。今までの医療は、医師に全面的に任せるというイメージでした。

いくらわれわれが全力のサポートをしても、患者さんに治りたい気持ちがなければERAS本来の効果は期待できません。ERASでは、患者さんに主役になっていただきます。

取材にご協力いただいたドクター

谷口 英喜 先生

済生会横浜市東部病院 周術期支援センター長兼栄養部部長

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