【特集記事】糖尿病と「共に生きる」ために

公開日:2016年03月31日

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糖尿病になると、肝臓がん・膵臓がんのリスクは2倍

糖尿病とがんの関係は、2013年の日本糖尿病学会と日本癌学会による「糖尿病と癌に関する委員会報告」で明らかになりました。それによると、糖尿病の患者さんは、前立腺がんを除くすべてのがんに、平均して約1.2倍罹患しやすいとされています。肝臓がんと膵臓がんにいたっては、リスクが2倍になるため、私も糖尿病患者さんの治療に際しては十分留意します。

膵臓は、インスリンを作る臓器です。インスリンの分泌量が少なかったり、インスリンの働きが弱かったりすると糖尿病になります。膵臓がんになると、膵臓の機能が障害されて糖尿病を発症する可能性があります。

反対に、糖尿病からがんを発症する可能性もあります。肝臓がんに関しては、C型肝炎と強い関連があることがわかっています。ウイルスに感染すると血糖値が上がりやすくなることが知られており、C型肝炎ウイルスに感染して、血糖値が上がり、糖尿病を発症する可能性もあります。

がんと糖尿病については、糖尿病が原因でがんを発症するのか、がんが原因で糖尿病を発症するのか因果関係ははっきりとはわかっていません。

補助療法時のステロイド薬に要注意

糖尿病ががんの発生を促進するメカニズムとしてインスリン抵抗性と、それに伴う高インスリン血症、高血糖、炎症などの関与が考えられています。血糖値を正常化させる一般的な治療ではがんを引き起こすことは少ないと言われています。

一方、がん患者さんでは、がんに対するストレスやがん細胞による神経の圧迫、がんの浸潤によって起こる痛みなどによって、糖尿病の基礎疾患がなくても高血糖になることがあります。がん細胞から放出されるサイトカインによってインスリン抵抗性が高くなって血糖値が上昇することも考えられます。

がんの治療が血糖値を上げる可能性もあります。抗炎症効果、免疫抑制効果があるステロイド薬は、抗がん剤治療の補助療法として使用されることが多いですが、吐き気を抑えたり、食欲を増進させたりする効果のほかに、血糖値を上げる作用もあります。免疫系が抑制されている状態で血糖値が上がると、感染を起こしやすくなります。

また、ヒトの体は、血糖値が上がった時に安全装置として糖を尿から外に排出する機能があります。その際に水分を失い、脱水となって、脳卒中を引き起こすこともあります。糖尿病自体は、直接命を脅かすことは少ない疾患です。そのためか、血糖値をあまり意識せずにがんの治療に関わっている医師は少なくないようです。

しかし、高血糖状態が放置されたままだと糖尿病を発症し合併症を起こして命に関わることもあるので注意が必要です。

抗がん剤の副作用が強い場合は、ステロイドを使わないと治療がうまく進まないこともあります。ステロイドを使う際には、それに見合った血糖コントロールが必要になります。

また、血糖値が高いと傷が治りにくくなります。ヒトの体は組織の酸素や栄養が不足すると、それを修正するためのシグナルが出ますが、糖尿病の患者さんでは、「栄養が十分にある」と組織が認識してしまい、傷が治りにくくなるのです。がんは、侵襲的な検査や手術を行うことがあるため、しっかりと血糖をコントロールすることが大切です。

しっかり食べて、がんと闘う体力を

糖尿病を併発しているがん患者さんの中には、血糖値を気にして、食事を控える方もいらっしゃいます。しかし、栄養をとらないとがんと闘う体力もなくなってしまいます。がん細胞は糖の消費量が多いことが知られており、極端に食事を控えると、低血糖を引き起こしかねません。

まずは、体力をつけることが大切であり、食べられるときには、しっかりと食事をとるようにしましょう。もしも、食事によって血糖値が上がったとしても、インスリンを使うことで、比較的容易に血糖コントロールをすることができます。あまり気にしすぎると、そのストレスで血糖値が上がってしまうことも考えられます。気になる場合は、糖尿病の専門医に相談してください。

インスリンによる治療は自己注射で行いますが、現在は痛みの少ない注射針が開発されています。皮膚には1cm2あたり100~200個の痛点があり、この痛点に当たらなければ、痛みは感じません。かつては、インスリンの注射針は31G(ゲージ)(直径0.25㎜)が使われていましたが、現在は34G(直径0.18㎜)のものがあり、細い注射針ほど、痛点に当たらずに注射を打つ割合が増えるので、痛みを感じることが少なくなります。

効果が持続する薬や投与後すぐに効果が現れる薬の開発も進んでいます。健康な膵臓は、血糖値を一定範囲に維持するために、常にインスリンを分泌する基礎分泌と、食事によって血糖値が上昇すると急速にインスリンを分泌する追加分泌を行っています。ステロイドによる高血糖に対しては、特に強化療法が効果的です。

強化療法とは、健康な膵臓のインスリン分泌を再現するために、一日に4回インスリンを打つ方法です。朝起きたら血糖値を測って、持効型のインスリン(基礎分泌の役割)であるインスリンデグルデクを1回打った後、食事毎に超速効型のインスリン(追加分泌の役割)を3回打ちます。インスリン製剤の種類と効果の現れ方は表のとおりです。

インスリン製剤の分類と特徴
超速効型 効果が出はじめるまでの時間10~20分。一番強く効果が出る時間1~3時間後。効果がなくなる時間3~5時間後
速効型 効果が出はじめるまでの時間約30分。一番強く効果が出る時間1~3時間後。効果がなくなる時間約6時間後
混合型 効果が出はじめるまでの時間約30分。一番強く効果が出る時間2~8時間後。効果がなくなる時間約24時間後
中間型 効果が出はじめるまでの時間約1.5時間。一番強く効果が出る時間4~12時間後。効果がなくなる時間約24時間後
持効型 効果が出はじめるまでの時間1~2時間。効果の明らかなピークなし。効果がなくなる時間約24~42時間後

がん患者さんは、食後のインスリンで調整

食事に含まれる糖は、肝臓に蓄えられ、血糖値が低くなると、血中に放出されます。肝臓で作られる糖は1日に200gで、食事から摂取する量と同量と言われています。

起床時は、肝臓に蓄えられた糖が少なくなっているため、放出する糖も減り、最も血糖値が低くなっています。この時の血糖値に合わせてインスリンの量や種類を調整することで血糖をコントロールすることができます。

持効型インスリンアナログ製剤のインスリンデグルデクは、42時間にわたって効果が持続するので、注射するタイミングが半日程度ずれても問題はありません。また、超速効型インスリンは、食事の前に注射しますが、食事の直後に打っても血糖値は下がります。

抗がん剤の副作用で吐き気が強いと食事ができないことがあります。食事の前にインスリンを打っても、食事をしないと、低血糖を引き起こします。超速効型インスリンは、食べた量によって、投与量を調整することも可能です。その点では1つの製剤で基礎分泌と追加分泌を同時に補える混合型のインスリンは、しっかりと食事をとることが前提の薬なので、がん患者さんには使いにくいかもしれません。

新しい種類の糖尿病治療薬として注目されている1つにSGLT2阻害薬があります。この薬は腎臓での糖の再吸収を抑えることによって血糖値を下げる効果があります。糖を細胞に取り込ませない作用があるため、がんに対しても効果があるとも言われています。ただし、SGLT2阻害薬は低血糖や脳梗塞などの副作用も報告されているので、使用する場合は専門医に相談することが大切です。

糖尿病を受け入れて、インスリン治療を

慢性疾患である糖尿病は長期的な治療が必要です。そのため、インスリン導入をはじめ、患者さんの心理面でのケアが重要であり、医師、看護師、薬剤師、臨床心理士などが協力しながら行うチーム医療が不可欠です。がん患者さんの糖尿病治療に関する医療機関同士の連携(病病連携、病診連携)はまだ時間がかかるかもしれません。

しかし、糖尿病を合併するがん患者さんの数は増えているので、今後はがん診療に携わる多くの医師がインスリンの導入に積極的に取り組むことが期待されます。各種糖尿病治療薬の特徴を把握したうえで、適切に血糖コントロールをしていただきたいと思います。

また、同時に、患者さんがインスリンに対して抵抗を持たないように、インスリンについて理解してもらうように指導していくことも重要だと思います。

末期のがん患者さんで糖尿病を合併している場合は、患者さん本人の考えを尊重することが大切です。糖尿病の合併症は毛細血管を中心に起きる細小血管障害と、比較的太い血管に起きる大血管障害に分けられます。三大合併症として知られる糖尿病網膜症、糖尿病腎症、糖尿病神経障害は細小血管障害です。

一方、大血管障害は心筋梗塞や脳梗塞などの原因となり、糖尿病予備軍の段階から発症し進展していくことがわかっています。したがって、糖尿病の予防が重要になります。

しかし、どんな予防策を講じても、糖尿病になるときはなるものです。糖尿病になっても諦めることはありません。インスリン治療をすることで、病気とうまく付き合うことは可能です。また、新しい薬などが開発され、患者さんをサポートする診療体制も整備されつつあります。

糖尿病も、がんも受け入れて、「共に生きる」という覚悟を持てば、積極的に治療に取り組めるのではないでしょうか。

ドクターから患者さんへのメッセージ

akiramenai_gk201604_img02糖尿病に対して、さまざまな予防法があり、それを実践することも大切ですが、糖尿病になったら、それを受け入れることが大切です。どんなに予防策を講じても、糖尿病になるときはなるものです。諦めるのではなく、積極的に受け入れて治療をすることで、うまく付き合うことは可能です。

また、それをサポートする体制づくりが進められているので、過度に心配する必要はありません。糖尿病も、がんも受け入れて、積極的に治療に取り組むことで共生していくことが大切です。

取材にご協力いただいたドクター

松田 昌文 先生

埼玉医科大学総合医療センター 内分泌・糖尿病内科教授

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