【特集記事】がんの進行を早め、治療効果を妨げる喫煙、副流煙は「百害あって一利なし」

公開日:2015年11月30日

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喫煙は発がん性を示す最も強い因子

 たばこの煙にはニコチン、タール、一酸化炭素、二酸化炭素、窒素酸化物、アンモニア、ニトロソアミン、シアン化水素、硫黄化合物、炭化水素、アルデヒド類、ケトン類など、4000種類以上の化学物質が含まれています。このうち発がんに関わるのは60種類以上といわれています。喫煙によって健康が損なわれる主要な原因物質は一酸化炭素、ニコチン、タールです。

一酸化炭素は無味無臭で毒性が強い気体です。空気中の一酸化炭素濃度が0.02%(200ppm)になると頭痛などの症状が起こり、さらに濃度が高くなると吐き気やめまいなどの中毒症状が現れるようになります。これは、一酸化炭素は酸素より強力に血液中のヘモグロビンと結合するため、血液の酸素運搬能が低下し、組織が酸欠状態になるからです。

たばこを吸うと、一酸化炭素によって全身が酸欠状態になります。タバコを吸わない人の呼気の一酸化炭素濃度は0~7ppm程度ですが、ヘビースモーカーからは30ppm前後の一酸化炭素が呼気とともに排出されます。

ニコチンはニコチン依存を引き起こす原因物質です。たばこを吸うとニコチンが脳のニコチン受容体と結合してドパミンが放出されます。ドパミンが増えると快感が生じますが、ニコチンは受容体からすぐに離れて消えるため、ニコチンが切れるとイライラなどの症状が現れます。また、ニコチンが全身に回ると、末梢血管が収縮し、血圧が上昇します。

タールはたばこのフィルターに茶色になって付着する物質です。タールにはベンゾピレン、ジメチルニトロソアミン、ベンゼン、ホルムアルデヒドなど数十種類の発がん物質が含まれています。ベンゾピレンはたばこの煙のほかに、自動車の排気ガス、コールタールなどに含まれていて、発がん性が高いことが知られています。

喫煙によって放射線治療の効果が減弱

 発がん物質の多くは体内に入ると酵素によって活性化され、DNAと結合して変異を起こします。遺伝子の変異はがん抑制遺伝子、がん修復遺伝子などに影響して細胞ががん化していきます。世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)は、喫煙およびタバコの煙は発がん性を示す最も強い因子と認めています。

喫煙との因果関係が認められているがんは、口腔、鼻腔・副鼻腔、中咽頭・下咽頭、食道、胃、肝臓、膵臓、喉頭、肺、子宮頸部、尿路などです。特に、胃がんはピロリ菌や飲酒の影響を除いても、肝臓がんは肝炎ウイルスの影響を除いても、子宮頸部はパピローマウイルスの影響を除いても、喫煙が強く影響していると考えられています。

たばこの煙の影響を直接受ける口腔、咽頭、肺などは特にがんが発生しやすく、肺がん、頭頸部がんの80%以上は喫煙が原因といわれています。肺がん、頭頸部がんの患者さんが治療中も喫煙を続けた場合の再発率は極めて高いといわれます。

がんと診断された喫煙者の半数以上が診断後も喫煙しており、そのうちの約7割は禁煙する意思があっても、指導やアドバイスを受ける機会を得たのは4割程度――というショッキングな調査結果(国立がん研究センター東病院のインターネット調査)が数年前に国内で報道されました。

喫煙者ががんと診断されると大半は禁煙を決意しますが、ヘビースモーカーほどその意思が強くなります。また、侵襲が大きい治療を受ける人ほど禁煙する傾向が強く、放射線療法など侵襲の比較的小さい治療を受ける人では喫煙を継続する傾向が見られるようです。

海外の報告によると、初期の小細胞肺がん患者の約9割が禁煙を試みたものの、2年後、生存者の6割が喫煙していました。当院の禁煙外来では、薬物治療(12週間)を受けた、がん経験者を含む患者さんの40~50%が禁煙に成功しますが、1年後も禁煙を続けているのは20%程度です。

がんと診断されても喫煙を続けるとがんの進行を早め、再発や新たながんの発症リスクを高めます。喫煙は治療の面でも悪影響があり、術後の回復を遷延化させます。また、抗がん剤の効果を弱めたり、副作用を悪化させたり、合併症を引き起こしたりする可能性もあります。

がんが再発して放射線治療を受けておられる患者さんは多いですが、喫煙によって放射線治療の効果が減弱することはあまり知られていないようです。ヘモグロビンは酸素や一酸化炭素だけでなく一酸化窒素とも結合します。たばこの煙の中の一酸化窒素が血液中のヘモグロビンと結合すると酸素運搬能が影響を受けます。つまり、喫煙による一酸化窒素の影響でがん病巣の酸素分圧が下がり、放射線治療の効果が低下します。

喫煙者より健康被害が大きい受動喫煙

 たばこの煙は喫煙者の肺の中に吸入される主流煙と、火のついたところから立ち上る副流煙がありますが、有害物質は主流煙より副流煙のほうが多く含まれていることはよく知られています。一酸化炭素もニコチンもタールも副流煙のほうが主流煙より3~5倍ほど多いという報告もあります。また、主流煙は酸性ですが、副流煙はアルカリ性であり、目や鼻の粘膜を刺激します。

副流煙を吸う受動喫煙の健康被害は喫煙者以上に重大といえます。国立がん研究センターの調査で、タバコを吸わない主婦が、夫の喫煙によって受動喫煙した場合の肺がんになるリスクは約1.3倍で、女性に多いといわれる腺がんだと2倍以上になると報告されています。別の調査では、家庭や職場で受動喫煙の状態にある非喫煙女性が乳がんを発症するリスクは最大2.6倍になるという結果も出ています。

喫煙(受動喫煙)による影響は、がんばかりではなく、循環器系では動脈が脆弱化したり、血栓の発生、心筋梗塞、狭心症の発症につながったりする可能性があります。副流煙には微小の有害物質であるPM2.5(2.5マイクロメートル以下の大きさ)が多く含まれています。PM2.5は虚血性心疾患、不整脈などの危険因子であり、特に急性心筋梗塞との関係が指摘されています。

また妊娠しておられる方にとっては早産、低出生体重児の出産を招くおそれがあります。子どもへの影響も大きく、呼吸器系や循環器系の疾患のほか、乳幼児突然死症候群や中耳炎を誘発する可能性があります。高齢者では慢性閉塞性肺疾患や肺気腫が悪化するリスクが高まります。

たばこの煙の臭いがしなくても気づかないうちに副流煙を吸い込んでいることもあります。空気清浄機を使えばたばこの煙は臭わなくなり空気もきれいになるように感じますが、一酸化炭素などのガス成分は空気清浄機では除去できません。副流煙の有害物質は喫煙者の衣服などに付着して運ばれます。ほかに原因が考えられないのに咳が出たり、目がしみたりするのは、たばこの副流煙の影響かもしれません。

がん患者さんのための専門カウンセリングの充実を

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 当院の禁煙外来では、患者さんをタバコからできるだけ遠ざけるためにさまざまなアドバイスをしています。たとえば、タバコが吸いたくなったら、「深呼吸をする」「歯を磨いたり水を口に含んだりする」「糖分の少ないチューインガムを噛む」などの代償行為で気を紛らわせるように勧めます。

また、「タバコや喫煙具は処分する」「タバコを買えるところに近づかない」「喫煙者に近寄らない」「喫煙ができる喫茶店には入らない」といったように喫煙に直結する行動を控える努力も必要です。さらに、「起床してから朝食をとるまでの行動の順番を変える」「食事が終わったらすぐ席を立つ」「飲酒は控える」「疲れをためないように睡眠時間を十分とる」など、喫煙していたときの生活習慣を見直して生活パターンを変えることも大切です。

国際がん研究機関は、禁煙した人では喫煙を続けている人と比べて、口腔がん、食道がん、胃がん、膵臓がん、喉頭がん、肺がん、子宮頸部がん、腎細胞がん、膀胱がんになる(がんで死亡する)リスクが低くなることを明らかにしています。さらに、禁煙を継続することによって喉頭がんと子宮頸部がんのリスクは急速に下がり、子宮頸部がんに関しては非喫煙者のレベルまで達するとしています。

禁煙に成功すると、「目覚めが爽やかになる」「食事がおいしくなる」「咳や痰が止まって呼吸が楽になる」「口臭がなくなる」「肌の調子が良くなる」といったことが期待できます。また、禁煙することで生まれる経済効果も軽視できません。1箱460円のたばこを一日に1箱吸っていた人が禁煙すると、1年で167,900円節約できます。その分を貯蓄に回せば3年で大きな買い物ができます。なにか目標をもって禁煙することも重要な動機づけになります。

喫煙の習慣は、ニコチン依存症による影響が強く、意思だけで禁煙をするのは難しいこともあります。つらい症状に対してニコチンパッチや内服薬などの禁煙補助薬が処方されますが、あくまで補助的なもので根本的な解決方法ではありません。

禁煙を望むがん患者さんの精神面でのサポートも必要です。今後、がん患者さんを対象にした禁煙のためのカウンセリングシステムが充実していくことが期待されます。また、専門のカウンセラーががん診療のチームの一員として加わることも検討されるべきでしょう。

簡単な計算式で、がんになる危険度を知る方法があります。ブリンクマン指数といって、(1日の喫煙本数)×(喫煙年数)で算出された数字が400(1日1箱20年間の見当)を超えるとがんになる危険性が高くなるといわれています。ブリンクマン指数が400を超える方は是非禁煙をお勧めします。禁煙は患者さんだけでなく、ご家族や周りの人の将来の健康にとってもよいことです。

取材にご協力いただいたドクター

内藤 直木 先生

埼玉県済生会川口総合病院健診センター 健診科長

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