【特集記事】がん患者を親に持つ子どもに対する「こころのケア」

公開日:2015年06月30日

目次

子どもへの病名告知や病状説明の現状

 子育て世代のがん患者さんが増えています。では、がん患者である親は、どのように子どもに病名や病状を伝えているのでしょうか。乳がんの患者さんを対象にインタビューをさせていただいたのですが、幼児や小学校低学年のお子さんには、病状説明にはあまり積極的ではなく、病名も正確に告げていない方が多かったと思います。

子どもに話していたのは、手術や治療による入院などをきっかけに、必要に迫られて、というケースが多くを占めていました。また、病名や病状を伝えることよりも、どちらかというと入院による不在で生じる生活の変化に対応してほしい、というメッセージに重点が置かれていたように思います。

大人が捉えている「がん」という言葉には、いまだに死を連想させるイメージがあり、日本では死をタブー視する傾向があるため、親として子どもに不安な思いをさせたくないという気持ちもあるでしょう。また、小さい子どもに病状を話しても理解できないという思いもあるでしょう。

しかしそれ以上に、当然のことだと思いますが、親である患者さん自身が命に関わる病気と向き合っていることだけで精一杯であり、ほとんどの患者さんがお子さんのことまで気遣う余裕がないという状況が見えてきます。インタビュー中に闘病中の出来事を振り返る中で、「そういえば私が手術する日の朝、子どもが急に熱を出した」「抗がん剤の治療で入退院を繰り返すうちに、家で私のそばから離れなくなった」など、当時の“子どもの変化”に気づくケースもありました。

医療職側に目を向けると、このような子育て世代のがん患者さんや患者さんの子どもへのケアや支援体制は決して十分とはいえないのが現状です。私が一般病棟医を対象に実施した子どもに対する親の病状説明に関する面接調査では、多くの医師はがん患者さんの子どもに対して親の病状を説明することは重要であると考えていますが、実践はできていないと苦悩している現状が浮き彫りになりました。

その理由としては、子どもが安心できる病状説明をできる環境が医療機関には整っていないことに加え、過酷な労働条件下では説明のために時間を確保することが難しいこと、子どもの発達段階に応じた悲嘆プロセスが十分にわからないので説明後の理解度や反応に対する適切な対応の難しさなどが挙げられています。

また、がん専門病院の看護師を対象にした調査結果でも、約90%の看護師が子どもを含めたがん患者さんの家族へのケアは必要だとしている一方で、約70%が実施できていないと回答しています。忙しい、時間がない、子どもへの接し方がわからないなど、できない理由はさまざまですが、子育て世代のがん患者さんを適切に支援できないもどかしさが伝わってきました。

私は「がん患者を親に持つ子どものグリーフケア」「親と死別した子どものケア」「医療者へのグリーフケア教育プログラムの開発」を研究テーマとしています。こうした事情から私の元に子どもへのケアについて学びたいという医療職の声が寄せられ、医療職対象のセミナーを開催するほか、実践に役立つようなケア内容のシナリオをもとにDVDを制作し普及させる活動にも取り組むようになりました。

ピットホールに落ち込み混乱してしまう子どもたち

 親ががんになったとき、子どもはどのような思いを抱くのでしょうか。親ががん告知を受けた場合、子どもたちに親の病状説明をすることは、前に述べたように患者である親自身はもちろん医療従事者の意識も含め、まだ一般的ではありません。

そのため、がん患者を親にもつ子どもたちの中には、親の病気について誰にも言えず、不安を一人で抱え、苦悩している場合もあります。私が取り組んだ研究でも、親の病名や病状の説明を受けていない幼児後期の子どもが、親の状況に敏感に気づき、抑うつなどの情緒的反応や行動上の問題が生じていることがわかりました。

初発つまり初めてがんの告知を受けた患者さんは、多くの場合、手術や入院などのタイミングで子どもに治療が必要な状況であることを知らせます。治療が奏効すると「よくなったからもう大丈夫」と伝え、それ以上はあまり触れないようです。

再発の場合は、親である患者さん自身が、自分がこれからどういう経過をたどるのかわからない不安の中で、どのタイミングで病名や病状をどこまで、どのように話すべきなのか、苦悩することが少なくありません。がん専門病院看護師対象の調査でも、患者さんの配偶者からの子どもに関する相談で最も多いのが子どもへの説明という結果が出ています。

しかし、このように親が伝え方に悩んでいる間にも、実際に言葉にしなくても、子どもは大人が想像する以上に敏感に親の変化に反応しています。例えば、親である患者さんが初発や再発のがんを告知されて動揺し、不安で落ち込んだりイライラして怒りっぽくなったりすると、子どもは何かよくないことがあったと察します。

ところが、親から何があったのか教えてもらえない。話してくれないということは、子どもが親に聞いてはいけないことかもしれない、聞くことで親を悲しませるのではないかなど、さまざまなことを気にしながら、一人で抱え込むようになってしまうのです。

そして、わからないということ、知らされないということは、真っ暗な闇の中に取り残されたようで不安だけが増幅していきます。たとえ「よくなったから大丈夫」と言われても、ピットホール(落とし穴)に落ち込んだ記憶と不安は消えません。

また、初発や再発に限らず、親と死別体験をした子どもたちは「なぜあのとき言ってくれなかったのか」と悩み、「言ってくれていたら、自分にももう少しできることがあったはず」と後悔することも少なくありません。

また、上の兄弟には話したけれど、末の子にはまだ幼いからと敢えて話さなかった場合には「自分のことは可愛くなかったから、自分にだけ話してくれなかったのだ」など、家族の中での疎外感を感じ、深く傷ついてしまうケースもあります。

親子関係は人間関係の基盤ともいえます。発達段階に応じた説明がない場合、親への信頼が崩れることもあります。文献などでも、親との死別により子どもが受ける影響に関する研究が多く報告されています。親子の絆を保つためにも、そして何よりも子どもの心の健やかな成長のためにも、親の闘病について子どもの状況に合わせて伝えることが重要ではないでしょうか。

成長する子どもの力を信じて誠実に真摯な対応を

 どのように伝えるかを考えるときに大事なのは、子どもの力を信じて誠実に対応するということです。学童期くらいになると、マスメディア等の影響もあり、がんとは命に関わる病気というイメージを持っているかもしれません。そうなると、病名を告知された子どもは衝撃を受けることでしょう。

しかし、子どもにはたくましさと回復力も備わっています。その力を信じて、一人の人間として、真摯に向き合うことが最も重要なことだと思います。その際は子どもの理解度に応じてわかりやすい言葉を使うことが大切です。子どもたちは今何を知りたいのか、何が心配なのかを確認しながら、話を進めていきましょう。これからのことなどすべて話をする必要はありません。病状の変化に合わせて話をしていくのが大切だと思います。子どもたちは真摯に話してもらった体験は決して忘れないでしょう。

話すタイミングですが、親の都合ではなく、子どもの反応や変化などを見極めて時期を見計らうとよいでしょう。病名や病状については嘘をつかず、真実を伝えること。もちろん、子どもの年齢や理解度など発達に応じた表現内容が望まれます。病名を話すことに抵抗がある場合、病状の説明だけでもよいでしょう。そして話すときには、子どもの目線に合わせて。不要な不安や緊張を与えないようにしましょう。

また、幼い子どもの場合、病気の親のことが心配である一方、自分も同じ病気になってしまうのだろうかという不安を心にかかえている場合があります。したがって、話しっ放しで終わらないようにしてください。伝えた内容を子どもが理解しているか、少し時期をあけて確認することも大事です。

感染の恐怖や誤解など、聞かされたことで何か反応があれば、そこで不安を解消する対応が必要になります。また、一度にすべてを話すのではなく、子どもの反応を見ながら、段階を追って伝えていくのもよいでしょう。

終末期の場合、子どもに親の余命を告げるべきかどうか悩むケースが少なくありません。しかし、私は余命を伝える必要はないと思います。それよりも大事なことは、親の終末期に子どもが適切に関われるように配慮することだと考えています。

というのも、子ども時代の親との死別体験調査によると、終末期に親との関わりが不十分だった子どもは死別後に「罪悪感」「後悔」「自責の念」などの思いを抱いていることが多いことがわかっているからです。

終末期の親子の関わり方は、特別なことをする必要はありません。例えば、子どもが親に何気ない日常のことを話しかけてきたときなどに、しっかり聴くことです。自分の話を聞いてくれる、しっかり向き合ってくれるという体験を通して、子どもの心に信頼と安心が生まれるのです。信頼と安心があればこそ、死別後の辛さや悲しみを乗り越えていく力につながります。

病気の親を持つ子どもへのケア体制の構築に尽力したい

akiramenai_gk_tk_img 私が子どものグリーフケアに取り組むようになったきっかけは、看護教員のときの体験にあります。看護師になるためには病院での実習が欠かせません。その実習に取り組んでいたある学生が、病院には行くけれど、患者さんのいる病棟にはどうしても足を踏み入れられないという事態になったことがありました。

その学生は小学生の頃に親を亡くしていました。病棟で患者さんに会うとそのときのことが思い出され、怖くて足がすくんでしまうというのです。そして面談を重ねるうちに、親の闘病中も亡くなったときも、辛く悲しかったけれど、弟や妹がいるので自分はしっかりしなくてはいけないと思い、親の死による悲しみや辛さでいっぱいの心に蓋をしてきたといいます。

ところが、病院実習で患者さんに会って子ども時代の記憶が蘇った瞬間、心の蓋が吹き飛び、封印してきた悲しみと辛さがあふれてしまいました。死別後の悲嘆反応に時間をかけて対処していくプロセスのことを「喪の作業」といいますが、学生自身も「喪の作業をきちんとしていなかったからこういうことが生じたのですね」と振り返っていました。

幸いにも面談を重ねるうちに学生自身の気持ちの整理ができて、無事に病棟で患者さんに接することができるようになり、実習も終了。その後、看護師になることができました。しかし、この体験で私は子どもにとって親との死別体験がどれほど大きな影響を及ぼすのかを実感し、心の支えの大切さを知りました。そしてこれを機に、大学院に進学し、子どものこころのケアの研究に取り組むようになったのです。

がん闘病においては「家族は第二の患者」といわれ、心身のケアが必要だといわれています。しかし、これまでに述べたように、第二の患者としての子どもへのケアは、まだ発展途上の段階にあります。子育て世代のがん患者さんが安心して治療に取り組めるように、研究に邁進するとともにその成果を看護教育等に反映させるなど、子育て世代のがん患者さん支援および子どものケアの支援体制の拡充に役立たせたいと願っています。

取材にご協力いただいたドクター

小島 ひで子 先生

北里大学看護学部教授

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