【特集記事】 先生のご家族や知り合いの方が がんになったらどうしますか?XIII

公開日:2014年06月30日

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今回のドクターインタビューでは、順天堂大学医学部附属順天堂医院 乳腺科 教授 齊藤光江先生に乳がんを中心とした治療と、その考え方についてお話を伺いました。がん治療におけるチーム医療の役割とは何か、患者さんの納得感を伴った治療をするためには何が大切なのか、齊藤先生の思いをお聞きください。

患者さんに対しては「自分だったら」と、常に置き換えて接しています

 私は常に患者さんと接するときには、「自分だったら」と置き換えて治療選択をしています。私自身や、私の家族が「がんになったら、どんなケアをするか?」との問いに対しても、いつも患者さんに行っていることと何も変わらないでしょう。当院では、様々な医療従事者が対等な立場で患者さんをケアするチーム医療という方法を実践しています。

 チーム医療では、複数の専門的な医療従事者が患者さんのことを考えて、活発なディスカッションをします。患者さんに関わる医療従事者全員が患者さんのことを診ることで、医師だけでは拾い上げられない患者さんのニーズを汲み取ることが可能だと考えています。私はチーム医療が構築された病院こそ、がん治療を行うのに最適だと考えています。

 チーム医療を行っている病院には、患者さんのことを自身の職能を活かして各々が対等な立場で診て、意見を出し合うという志がありますね。私自身ががん治療を行う場合でも、そういったポリシーを持った方達に治療をしてもらいたいと思います。

 実際に患者さんが病院を選択する時には、なかなか情報が無いかもしれません。治療や入院などは味見ができません。実際にどのような質の医療が提供されているのか、事前に把握することは難しいのかもしれません。

 しかし、実際に医療者と話をしてみて、どれだけ説明がわかりやすかったか、自分の訴えを聞いてくれたか、どのような方針を持って、自分に合った判断をしてもらったかを確認していくことが重要です。納得感を持って治療してほしいと思います。医療機関の評判は、患者さんとの信頼が積み重なると、口コミで広がっていくものです。

 

老若男女問わず様々な職種がリーダーになれる「チーム医療」をめざす

 私は若い頃、がんの専門病院で外科医として勤務していました。そこには、様々ながん治療のエキスパートがいて、それぞれが得意分野を担当して、分業を行っていました。しかし、分業と統合は距離があると感じていました。特にがん治療においては、誰の得意分野にも属さない人生の選択に関わることも生じてきます。

 治療に関わる医療スタッフ全員が同じ目線でケアをするということは、ある場面では看護師がリーダーになり、ある場面ではソーシャルワーカーがリーダーになるといった具合にテーマによって主導する人が変わっていくことです。医療従事者全員が情報を共有し、対等に意見を出し合う状況を作るためには、患者さんに関わる医療従事者同志が、職種や年齢、診療科を超えて、同じ目線に立って何でも言える体制が実現されていることが必要なのです。

 チームの中の誰もが平等に発言できる雰囲気があればこそ、患者さんにとって最適な治療法にたどり着けると考えています。

 

順天堂大学医学部附属順天堂医院で実践するチーム医療

 順天堂大学医学部附属順天堂医院の乳腺・一般外科で働かないかと声をかけてもらったとき、「乳腺センターというチーム医療を立ち上げるのであれば移ります。」と伝えさせて頂きました。大学は若手育成ができる機関でもありますから、診療と研究と教育が一体となっているようなところでチーム医療を実現し、若手医師にもその志を継いでほしいと思ったのです。

 同医院に赴任が決まってからは、それらを一つひとつ実践していきました。志のある外科医を研修で専門病院の内科に送り、腫瘍内科医を育てる一方で、外部からも腫瘍内科の専門医を呼んで足りない人材を補いました。

 また、チームには、外科医や内科医だけでなく、形成外科医や放射線科医にも入ってもらうことで、様々な角度からの視点を入れていきました。看護師主導のカンファレンスを立ち上げたのですが、看護師の視点はとても重要でした。医師が気付いていないことを、看護師が患者さんの視点に立って、「この症例は、ここに問題があるのでは」と提起するのです。

 医師は指摘されることを最初は恐れてもいたかもしれませんが、患者視点を徹底することが良い医療に繋がっていきました。今では欠かせないカンファレンスとなっています。

 

患者さんの人生の決断をサポートする

 チーム医療という形をとって看護師と一緒に進めたからすくい上げることができた事例の一つとして、30代のシングルマザーの方が乳がんを再発した症例がありました。患者さんにはお姉さんがいたのですが、姉妹の仲が悪くて付き合いが無い状況でした。自分が亡くなったら子どもをどうしようと、患者さん自身で孤児院などを探していたのです。私たちは患者さんと一緒になって考えました。「今ならばまだ、姉妹の仲を修復して、子どもにとってもっと良い形にできることがあるのではないか」。

 そして、彼女の意見を尊重しながら、地域のソーシャルワーカーや民生委員、福祉行政の方などをまきこんで、お姉さんと再会する機会を作ることができ、姉妹は仲直りをしました。患者さんは亡くなってしまいましたが、お子さんはお姉さんの養女になりました。

 先日、そのお子さんから「先生、ありがとう。いまは大きいお姉ちゃん(叔母)と仲良く暮らしているよ」と手紙をもらいました。とても嬉しかったです。残された時間の中で、少しでも後悔しないで生きてもらうように介入をすることができた事例です。患者さんのみならず遺された家族にも、納得感や時には満足感を持ってもらうことは遺族の健康への意識も変えていくものだと思います。

 医療従事者は客観的な立場で患者さんの身体の状況が分かります。患者さんが悔いを残さないように、タイミングを先読みしてお手伝いすることも務めだと思っています。

 

乳腺外科医と形成外科医の協力で最適の選択肢が生まれる

 最近は乳房再建において、乳腺外科と形成外科がディスカッションする機会が増えてきました。乳腺外科はがんを治す専門医なので、がんを取り切る目的を優先するために、なるべくしっかり組織を切除しようとします。その場合には形をどのようにするかといった部分は二の次になってしまいます。

 一方で形成外科医は、普段から美しさを保つためにどうすればよいかを考えています。患者さんは、がんはもちろん治したいけれど、乳房の形も可能であれば残したいと思っています。しっかり切除すれば、切除部分が多くなって形が悪くなる。しかし、切除が小さいと治りきらない可能性が高くなるというジレンマですね。

 そこで、乳腺外科医と形成外科医がディスカッションを繰り返すことによって、患者さんにとって一番よいポイントを見つけるのです。乳腺外科医だけでは、あるいは形成外科医だけでは気づかない点がいくつもあり、患者にとって最適な治療法をみつける機会となっています。

 当院でも、こうしたディスカッションをチーム内で重ねてきました。いまでは、過去の症例で同意が得られた場合、アルバムという形にして、どんな形になるのか事前に写真で確認をしてもいます。症例を集めたものを患者さんに事前に見てもらう案を思いついたのは、形成外科医でした。常に患者さんのことを優先的に考えて、何かもっとできることはないかと考えたことを、遠慮なく言い合える関係性ができていればこその取り組みだと感じています。

 また、当院では、乳腺外科から若手医師を形成外科に研修に送ることにしています。根本的なアプローチの方法がまったく違うので、非常に勉強になっているようです。

 

リンパ浮腫は予防と早期発見が重要

 リンパ浮腫はがん治療における後遺症状の一つで、リンパ液の流れが滞って、患側の腕が腫れたようになります。術後の予防と、もしリンパ浮腫になった場合でも早期に見つけることが大切です。

 当院では手術前の説明の時、術後の病棟で、退院後はじめての外来受診時の3回ほどリンパ浮腫の予防や自己管理方法についての説明をしています。手術前や術後の入院の時には、がんそのものの治療で頭がいっぱいであることがほとんどですので、患者さんが十分に予防や管理について理解されるのは、外来に移行してからになります。

 外来における説明は、看護師がリンパ浮腫を紙芝居方式で説明しています。また、実際に腕などを使って、さすり方などを説明します。ここでは質問なども多くでますので、理解が深まっていることが確かめられます。

 また、看護師は生活面での話から、患者の抱えている悩みや生活様式を把握することができるよい機会であると感じているようです。医師が特に強調して伝えていることは、赤い腫れが出た場合には、すぐに知らせて欲しいということです。赤い腫れ(リンパ管炎)には抗生物質の投与が必要です。

 

転移性乳がんでは、特に患者さんの「生き方」を尊重することが大切

転移性乳がんの治療で一番大切なことは、その方の生き方を尊重することです。患者さんの年齢によっても、残された時間をどのように使うのか、決断は異なってきます。若い方の場合は、生きる時間を少しでも長くさせる治療を望む方がほとんどです。まだお子さんが小さい方や、仕事をバリバリしている方など、人生の目的は様々ですが、転移がある場合でも3%程度は根治の可能性がありますが、これを目標として設定するにはあまりにまだ可能性が低いといえましょう。

 希望は持ちながらも、現実の限界を知っておくことも大切です。ある程度の年齢を重ねた方は、時間の延長よりも、日々の生活をあまり変えないように、家族に迷惑をかけないように、と願う方も多くなります。患者さんの個々の思いをくみ取って納得のいく治療で人生をサポートしていくことを心がけています。

 転移の方で、セカンドオピニオンで来られる方もいらっしゃいます。私は具体的な治療の説明から始めるのではなく、まず治療がどういう意味を持つか確認してもらうことから始めます。治療をしないという選択があることも伝えています。患者さんにとっては、「えっ?治療しない選択というのもあるのか…」と考え込む方もいらっしゃいます。もちろん本当に何も治療をしないということではなく、残されている時間に対して、その方の生き方・価値観を重視した選択を考えて欲しいということなのです。

 患者さん自身が出した答えに対して、最善の治療法を施し、納得感を持って頂くことが我々にとっての使命だと思っています。全ての患者さんに納得感を持っていただくことは難しいことかもしれませんが、チーム医療で全ての医療従事者が患者と向き合った治療をするというポリシーを持っていれば、きっと納得感につながると信じています。

 これからも、当院のチームは、患者さん一人ひとりと向き合った医療を実現していきたいと思っています。

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取材にご協力いただいたドクター

齊藤 光江 先生

順天堂大学医学部附属順天堂医院
乳腺科 教授

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