【特集記事】 先生のご家族や知り合いの方が がんになったらどうしますか?IX

公開日:2014年02月28日

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本人の死生観、人生観を尊重します。

 私が駒込病院にいた頃ですが、知り合いの食道がんの患者さんが来られました。当時の私は最新の医療を提供していることに自信を持っていました。その最新の治療を施したつもりだったのに、その患者さんからは術後、「これはひどい手術だね。先生もこれ、受ける気ある?」と聞かれてしまったのです。

 医師が良いと思ってやっていることと、本人が良いと思う事は違います。それは自身の持っている死生観や人生観から来ていると思います。がんとの闘いの主人公は当然本人ですから、「情報は存分に提供するけど、最終的には自分で選びなさい」と普段から伝えています。

 「手術をしたくない」という直腸がんの女性がいました。「直腸は割と成績がいいし、取ってしまえばすぐ楽になることが多いですよ」と伝えても、本人は受け付けず、通いながら漢方薬を続けることを希望していました。2年くらいはしのいでいたのですが、マーカーが急激に上がり、出血も多くなってきました。それから入院となったのですが、病院では気功などに取り組んで、笑顔はずっと絶えませんでした。

 手術をした方が良い場合や言うべきことは言います。ただ、それでも変わらない場合、本人の意思を優先するようになりました。人間、どこかで最期を迎えます。すぐに社会復帰できる状況の方もいらっしゃいますが、また病気の進行が進んでしまっている方もいます。とにかく大事なことは、その人の尊厳を尊重して、周りがしっかりサポートしていくことだと思います。

西洋医学の限界からホリスティック医学へ

 私が医者になりたての50年くらい前、食道がんの手術は大手術でした。胸を開けて食道を取り、お腹を開けて胃袋を動かす。そして胃袋と食道をつなぐという、手順が複雑で患者さんの負担がとても多いものでした。術後の合併症も頻繁にありました。しばらくして、駒込病院に移ってからはICUのおかげで術後の管理も非常にやりやすくなりました。

 手術も昔の半分くらいの時間で行えるようになりましたし、出血量も少なく、術後の回復も早い。昔に比べれば断然いい環境で、意気軒昂と手術に取り組んでいたわけです。手術は成功するし、合併症も少なく、早く自宅に帰って頂くこともできます。しかし、そうした中でも「再発する患者さんの割合」は昔と変わらないことに気づいたのです。

 一時的な苦痛を取り除くのには長けているけれど、再発した後のことも含めた全体を見るには『西洋医学には限界がある』と思いました。では、そこに全体のつながりを見るためには、どうすれば良いのかと考えました。私は、陰陽学説、五行学説など、まさにつながりの哲学に基づいた中国医学を学びに北京を訪れました。

 いろいろ見て回る中で「これだ!」と感じたのが気功でした。気功に関する本を数十冊読み、自分が幼少から習ってきた八光柔術や調和道丹田呼吸法も気功であることが分かり、これなら自分でも教えられると。意気揚々と病院にいきましたが、駒込病院の患者さんは全然関心を示しませんでした。

 1980年当時、まだ日本で気功という言葉は、全くといっていいほど浸透していません。高度先進医療に酔いしれていた時代に「何でこんな非科学的なことをやるの?」という感じでした。それでも私には、がん治療には西洋医学以外の医学分野が絶対に必要になる時代が来るという予感があり、考えた末、郷里の川越に戻り、本当の意味での中西医結合という旗印のもと、1982年に今の病院(帯津三敬病院)を作りました。

 その後、東京医大の若い内科の医師たちが、自然治癒力を基盤に置いた医療を行うこの道のオピニオンリーダーと言えるアンドリュー・ワイル氏の『人はなぜ治るのか』などの本に触発され、『ホリスティック医学研究会』を立ち上げます。全国の変わり者の医者に話を聞いていく中、私のところにもアプローチがありまして(笑)1987年に彼らと一緒にホリスティック医学協会を設立するという流れになります。

全体は部分の総和よりも存在意義がある

 ホリスティックの根本的な考え方は「全体は部分の総和よりも存在意義がある」ということです。要するに人間丸ごとを診るということですね。がんは体だけの病気でなく、心の問題もしっかりと絡んでいます。だから最新治療だけに特化して、技術先行になってしまうと、手を焼くことになります。

 アメリカの医師で統合医療を提唱しているアンドリュー・ワイルは「西洋医学は体だけはしっかり見る、だが心はリップサービス程度だ。命にかけては全く手付かずだ」といっています。海外でも同じ課題を抱えているのでしょう。私もがん治療はホリスティックでなくてはいけないと痛感しています。

 病院を立ち上げからはホリスティックという考え方でやっています。まだひとつの体系化したホリスティック医学を手にしていませんが、日々、それを突き詰めながら、主に西洋医学で体を見て、各種心理療法で心を見て、多くの代替療法で命にかかわっていくという方法でやっています。

 代替療法なんて世の中に五万とありますから、私と患者さんで一緒に戦略会議を行って、じゃあこれとこれでいくかと、治療を組み立てています。

がん治療の現場に欠けているもの、必要なもの

 今のがん治療の現場ってものすごく殺伐としていて、本来のぬくもりのある医療になっていません。がんというものを人間丸ごとの病気として捉えていないことが問題点だと思っています。医療は『治しと癒しの統合』だと思っています。治しは主に西洋医学が、癒しは代替療法が担う。

 代替療法のエビデンスが乏しいといわれることも多いですが、乏しいのは当たり前です。心や命という、いまだ科学で一部しか解明できてない相手にぶつかっていくのに、科学的根拠のあるものだけでやろうとしたら駒不足もいいところです。

 そこには直感や想像力といったものも総動員して、全体的な人間力で取り組んでいかなくてはだめなのに、そのあたりの理解がされません。心筋梗塞とか部分の疾患は簡単にいえば機械の故障ですから修理、治しでいいのです。ところが、がんは存在全体の病気ですから、心や命への配慮を十分にしながら存在全体でぶつかっていかなくては。何か特効薬ができるというよりは、医療をもっとぬくもりのあるものにしたほうが、治癒効果は上がると思っています。

 病気であるないに関わらず、誰にでも死は訪れます。そこで、がんに対していろんな戦いを挑み、勝ち負けを繰り返しながら勇敢に人生を頑張ってきた方へ、心のケアをせずに、病気だけを見るような、冷たい対応をしてしまっては人間の尊厳がズタズタに傷ついてしまいます。

 そういう意味では、手術などの行為は二の次というか、それは手段であって、究極の部分では『患者さんが人間としての尊厳を死ぬまで保ち続けること』をサポートする」、それが本当に必要なことだと思います。例えば、抗がん剤を使うメリットがあるのも事実ですが、副作用もあります。

 しっかり説明して、納得してもらった上で使っています。そこで思うのは、患者さんたちが抗がん剤を嫌うのは、抗がん剤自体ではなく、抗がん剤を使う医者が嫌いなのだろうと思います(笑)。

 例えば、投与前には「抗がん剤は直すものではありません」「延命処置だけです」と言われて、やりたくないとでも言おうものなら「よその病院に行きますか」と言われます。副作用に苦しんで、「いつまで続けるのでしょうか?」と尋ねれば、「死ぬまでです」と言われます。私も若い頃は親切じゃなかったと思います。

 手術を上手にやることに眼目を置き、治せば『幸せにしている』と思ってしまいがちです。心のほうまで考えられなかった。でも、ホリスティックの方向へいくようになってから、“戦略会議”や気功教室など患者さんと一緒に過ごす時間の割合が多くなっていきました。一緒に過ごす時間が多いということも大切なことです。患者さんと医師が年中付き合える環境も大切だと思います。

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太極拳やリハビリなどを行う道場

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道場の中

西洋医学が止まった先の「一歩前進の可能性」

 今、当院の患者さんの症例を紹介する本を作っていて、改めてカルテなどを見返しています。皆さん本当によく頑張っていらっしゃると思います。腎臓がんで、肺転移、骨転移した人は、高知の病院に通いながら、当院でホメオパシーと漢方薬をしました。

 定期的な通院のうちに、骨転移が分からなくなり、続いて肺転移も分からなくなりました。また、ある方は肺がんを手術して、抗がん剤やっているうちに別の肺に再発したところで当院に来られました。漢方薬とホメオパシーをしていますが、初来院から10年以上経っています。

 つい2~3日前に会いました。他にも様々な方がいらっしゃいます。もちろん、すべての人がうまくいっているわけではありません。けれど、可能性はあるわけですから、治療法がないと言われても決してがっかりすることはありません。今回、患者さんのことを振り返ったとき、多くの方が善戦しているのを再確認できて非常にうれしかったですね。

 神谷美恵子さんの『生きがいについて』という本の冒頭に、「『生きがい』ほど生きるために必要なものはない」とあります。私も希望を失わせるような行為が一番非人道的だと思います。今の医療には希望を失わせる行為があると思います。

 治療が終わって、痛み止めを打つだけでは、人間らしいわけがありません。やっぱりそこに希望を見つけられるようにしなければいけません。西洋医学的な治療はもうないかもしれませんが、代替療法に目を向ければまだまだ山のようにある。

 そこで、特効薬という意味ではなく、「代替療法は治すか治さないかの二極化を目的にするのではなく、一歩前進を図る治療法だから、それを重ねていけば今よりも前に出られるだろう」ということでやってもらいます。

取材にご協力いただいたドクター

帯津 良一(おびつ りょういち)先生

帯津三敬病院 名誉院長
NPO法人日本ホリスティック医学協会 会長

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