【特集記事】 先生のご家族や知り合いの方が がんになったらどうしますか?VIII

公開日:2014年01月31日

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病気を知ることも良い治療につながるきっかけです。

 家族や知り合いががんになった場合ですが、私ががん研有明病院でも肝炎外来を担当しているのでよく事情が分かるということもありますが、まずはがん研有明病院のような専門病院を紹介することになります。がん治療専門病院は特化しているのでがんの状況に応じて、幅広く対応することができます。

 しかし、進行具合や治療内容によって、病院にも得手不得手があります。大きい病院だからといってすべての治療が優れているとは限りません。そういった治療の良し悪しに関して具体的な情報を持っているのは患者会でしょう。

 すでに治療を経験している先輩患者さんもいるでしょうし、同じ病気を持っている患者さん同志は戦う病気も目的も同じはずです。どの病院でどのような治療を行っている、院内でのケアはどうだったなどの具体的なエピソードや励みになるような話も色々と聞けるでしょう。

 がんについての総合的な患者会や、がん腫ごとに患者会もあるようですので、役に立つ知識を身につけるには良い場になるでしょう。私の知り合いで、肺がんが原発巣で脳転移をしてしまった方がいます。病気になってから熱心に病気や治療のことを勉強しました。

 原発巣である肺がんのこと、転移のこと、脳転移の治療のこと、特に新しい治療法などには積極的に調べていました。いまでは他の病院でも導入が進んでいるかもしれませんが、当時、パーフェクションというガンマナイフの最新機器で治療を行っている病院を見つけて脳転移の治療をしに熱海まで通っていました。

 熱心な勉強のおかげもあり、結果として6年以上も元気に生活しています。転移があった時点であきらめてしまっては、良い結果にはならなかったと思います。よい先生に出会えて全部任せてしまうのも良いかもしれませんが、自分の身体、病気のことをしっかりと勉強することで、治療の成功率を上げて行くことができるでしょう。ご自身での勉強と良い先生との出会いがあれば最高ですね。

肝臓の強い再生力を治療に活かす

 肝臓がんは他のがんと同じように原発性と転移性に分けて考えることができます。原発性肝がんの原因は、C型肝炎が最も多く70~80%で、次いでB型肝炎が10%~20%といわれています。

 転移性肝がんは、肝臓以外の臓器にできたがんが肝臓に転移したものです。原発巣としては消化器系のがん(胃がん、膵臓がん、大腸がん)や、乳がん、肺がんなどで原発巣から肝臓に転移してきます。肝臓は成人で1,000~1,500gにもなるとても大きな臓器です。

 主な機能は栄養分を取り込み、体に必要な成分を生成しています。またアルコールなどの有害物質と判断されたものを排出する役割も担っています。また肝臓は再生力が非常に高く治療にも生かせるのが特徴です。

 肝臓がんの基本的な治療は、肝切除、ラジオ波焼灼術、肝動脈化学塞栓術などの局所効果が高い治療が最初に選択されます。原発性の肝臓がんは、肝硬変になってから発生する転移が多いので再生は難しいのですが、転移性の肝がんの場合は正常な肝臓にがんが転移しています。

 この場合には肝臓の高い再生力を活かして肝切除を施します。1500gくらいの肝臓をお持ちの方の肝臓を280g残して、転移している箇所を全て含めて切除したという症例を知っています。広範囲にわたって切除をしたのですが、元のように再生したと報告されています。

 肝臓の強い再生力は60代や70代になっても維持しています。手技に関しては、病院によって技術差があるでしょうから、切っても大丈夫という自信を持っている病院もあるし、技術的に自信がない病院は化学療法を進めてくるかもしれません。

 正常肝臓への転移の場合に最初から化学療法と言われた場合には、是非専門医へのセカンドオピニオンを検討した方がよいでしょう。抗がん剤の全身投与は最後の手段と考えた方がよいです。

化学療法にも新しい治療法が登場しています。

 化学療法を選択した場合ですが、最近ではvolume reduction surgery(ボリューム リダクション サージェリー:腫瘍をできる限り小さくする手術)を行ってから薬を投与するケースも増えました。腫瘍を小さくしてからの方が抗がん剤の効果が高いのです。薬も自体も新しいものがたくさんでてきています。

 複数のお薬を併用して行うFOLFOX療法やFOLFIRI療法、分子標的治療薬と呼ばれているベバシズマブ(アバスチン)、セツキシマブ(アービタックス)、パニツムマブ(ベクティビックス)などの登場により大きく生存期間が延長されてきました。

 転移イコール全身化学療法を行うと、副作用がとても強いというイメージがあり、患者さんによっては転移したと知ると非常にショックを受けます。しかし、根治までは難しいですが、昔と比べると抗がん剤の副作用も軽くなっているものもありますし、延命効果も期待できる状況になってきたといえるでしょう。

 化学療法は、導入期には入院となるものもありますが、外来で通いながら投与できるほどに進化してきています。病院側もDPC制度が導入されて積極的に外来で通ってもらえる仕組みを作っていることも要因のひとつですが、これはお薬の副作用も昔と比べると軽減されてきたこともあるでしょう。

日本は倫理観が失われてしまった。

 日本では悲田院(ひでんいん)といわれる、仏教の慈悲の思想に基づいて「貧しい人や孤児を救う」ことを目的に作られた施設が、社会福祉施設のはしりであると言われています。

 723年(養老7年)に光明皇后が奈良県奈良市登大路町にある興福寺に施薬院と悲田院を設置したとの記録が最古のものといわれています。しかし、この仏教精神が現代の医療状況につながらない理由は明治維新や戦後のアメリカの政策などが大きく影響を及ぼしています。

 明治維新の時、日本はドイツ医学を輸入しました。富国強兵のため、軍陣医学として外科と戦地での伝染病の予防・治療などのための衛生学を積極的に受け入れたので、欧米の医療の根本的な精神よりもテクノロジー優先になってしまいました。

 また、戦後のアメリカの政策には日本の国力を落とさせるような意図があり、教育の中に宗教的な教えを禁止したのです。戦後の医学教育には宗教的な教え(倫理)は一切ありません。この偏った教育を受けた日本の医師たちは宗教(倫理)に関して全人無関心になってしまったといえるでしょう。

 病気には関心があるけれど、病人に関心が無いのでは困ってしまいます。日本の病院では院内にお坊さんがいると縁起が悪いと感じているようです。いまの風潮はお坊さんは葬式専門と見られているようです。そういう宗教を受け入れさせない素地ができあがっていってしまったのだと思います。

病苦の人を助けるのが医療と仏教の根源的な精神です。

 欧米では聖職者と医療は密接に関わってきました。病院のルーツは修道院にあるといわれています。修道院が巡礼者などを宿泊させていた施設が「hospice」と呼ばれていましたが、現在では、終末期を穏やかに過ごす施設の名前として使われています。

 また、巡礼者などを歓待する「hospitality」が、病院「hospital」の語源であるといわれています。チャップレンという聖職者をご存知でしょうか。欧米にはチャップレンという教会・寺院に属さずに施設や組織で働く聖職者がいて、看取りなどを行い確固たる地位を築いています。

 日本でもキリスト教系の病院では患者ケアのスタッフとして院内にいて、主に患者さんの話を聞いたり、亡くなった家族の方をケアしたり、祈りを捧げたりしています。精神的なサポートをしています。仏教でも病苦に苦しんでいる人を助けるのは、もっとも尊い行為とされています。

 仏教も医療の根本にあるのも、病人を助けよう、弱っている人を助けようという人間の根源的な美しい精神だと思います。医師自身が行っているのはそういった行為だと自覚がないと、機械を修理しているのと変わらなくなってしまいます。

 知恵とは知識の集積を噛み砕いて呑み込んで、自由自在に操れるようになったものをいいますが、いまは知識や論理の時代になっている気がします。学校でも技術を優先して教えるでしょう。論理で克服できないものが倫理(宗教)だったりしますので、そういったところが足りていないと感じています。

 要するにダメなものはダメなのです。そういった失われてしまった倫理観が患者さんの身になった医療には必要になってくると思います。

取材にご協力いただいたドクター

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与芝 真彰(よしば しんしょう)先生

財団法人船員保険会せんぽ東京高輪病 院長
昭和大学 客員教授
浄土宗松光寺住職

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