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- 【特集記事】がんゲノム医療による「がん医療革命」!
キーワードは、リキッドバイオプシー、免疫療法、AI(人工知能)
【特集記事】がんゲノム医療による「がん医療革命」!
キーワードは、リキッドバイオプシー、免疫療法、AI(人工知能)
医療は日々進歩し、がん患者さんの5年生存率※1も年々向上していますが、それでも、進行がんなどはまだまだ治癒が困難な状況にあります。そうした中で、がん撲滅という難題に取り組む医師たちがいます。グローバルな視点でがん医療と向き合ってきた中村祐輔医師は、その代表ともいえる存在です。常に患者さんを思う中村先生は、「日本の医療はこれでいいのか」と、ときに苦言も呈しつつ現状を変えるべく活動を続けています。2019年11月、東京ビッグサイトで開催された第5回がん撲滅サミットで、「がん消滅最前線!~AI ホスピタルからネオアンチゲンまで」と題し行われた、中村祐輔先生の講演をご紹介します。
※1 診断から5年経過後に生存している患者の比率
目次
「延命」ではなくがんを「治す」ために
いま、「がん医療革命」とも言うべき急速な変化が起こっているのをご存じでしょうか。
この「革命」には、「リキッドバイオプシー」「免疫療法」「AI(人工知能)」の3つのキーワードがあり、中心に位置するのが、「がんゲノム医療」です。ゲノムとは遺伝子情報のことで、それぞれの患者さんによって異なる遺伝子情報を調べ、効率よく効果的にがん診療に役立てるのが、がんゲノム医療の特徴です。
2015年、当時アメリカ大統領だったオバマ氏は、がんの患者さん1人ひとりに適した治療を施す「プレシジョン・メディシン(個別化医療)」の必要性を提唱し、さらに翌年、米国政府はがん研究のスピードを5年間で倍増させようという「がんムーンショット計画」の立ち上げを宣言しました。
がんムーンショット計画の目標は「延命」ではなく、「治す」こと。完治を目指すには、患者さん1人ひとりの病状や遺伝子などに合わせた治療が大前提となり、それにはがんゲノム医療が不可欠なのです。
振り返ってみると、私が医学部を卒業した1970年代、がんは非常に手ごわい相手で、たとえば、小児急性リンパ性白血病もほとんど太刀打ちできないものの1つでした。しかし、現在、小児急性リンパ性白血病の5年生存率は95%まで伸びました。
これには新しい薬や治療法の登場が大きく貢献していますが、今後はがんゲノム医療による個別化医療が、さらなる治療効果を生んでいくことでしょう。
簡単な検査で超早期がんを発見できる時代に
がんを「治す」ためには、早期発見が不可欠と考えます。それには簡便ながんの診断方法が求められ、これを担うと期待されるのが「リキッドバイオプシー」です。リキッドバイオプシーとは、血液や尿などの体液を用いて、診断や治療効果予測を行う技術です。
これまでのようにがんの組織を必要としないため、患者さんの負担も少なく、繰り返し検査できる利点があります。血液からがんの遺伝子情報を得ることもできるため、患者さんごとの違いに応じた適切な治療につながる検査法として、日本でも実用化に向けて臨床研究が進められています。
たとえば、血液による「リキッドバイオプシー」では、血中にこぼれたがん細胞の遺伝子情報で、がんがあるかどうかを調べられるため、早期がんの診断や画像診断では見つけられないようながんの超早期の転移再発診断が可能になります。
さらに、手術の後にがん細胞が残っているかどうかの確認についても利用可能です。現在、日本人のがんの検診受診率は伸び悩んでいますが、今後、こうした簡便な検査が自宅近くのかかりつけの病院でできるようになれば、検診の在り方も大きく変わっていくことでしょう。
また、治療中には、がんが耐性を獲得することで抗がん剤や分子標的治療薬が効かなくなるということもよく起こります。これはがん細胞の遺伝子が、抗がん剤などに耐えられるように変化を起こすからです。多くの場合、がん組織を何度も採取することが難しいですが、リキッドバイオプシーなら体に負担なく繰り返しがん細胞の遺伝子情報を調べることができるため、効果が見込める別の治療薬を見つけることにも寄与します。
新しい免疫療法の研究開発が世界中で進行中
がん医療革命のもう1つのキーワードは、「免疫療法」です。免疫チェックポイント阻害薬などに代表される免疫療法は、今や外科療法、薬物療法、放射線治療と並んで第4の治療法として確立されました。
期待される免疫療法ですが、免疫チェックポイント阻害薬については、効きやすいがんと効きにくいがんがあります。より効果が出やすいのは、がん細胞に遺伝子異常が多く見られるがんです。
がん組織(細胞が複数個集まって形成されたもの)の中には、がん細胞自体のほかに、がんを攻撃しようと集まった免疫細胞(リンパ球)、免疫からがんを守る免疫抑制細胞や種々の分子など、複数の種類の細胞が存在しますが、がん細胞に遺伝子異常が多いほど、がんを攻撃するリンパ球の数も多いということが分かってきました。
免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞の防御力を抑えるのでリンパ球の攻撃にさらされることになります。攻撃力はリンパ球の数に比例するので、結果、免疫チェックポイント阻害薬は、遺伝子異常の多い(=がんを攻撃するリンパ球の数も多い)がんに効くということになるのです。
この他にも新しい免疫療法が開発されており、「ネオアンチゲン樹状細胞ワクチン療法」もその1つです。ネオアンチゲンとは、がん細胞の遺伝子変異に伴って新たに生み出された、がん細胞だけに生じる抗原のことで、免疫ががん細胞を認識する際の目印のようなものです。この目印によって患者さんの免疫システムはがん細胞を「異物」と判断して攻撃します。
「ネオアンチゲン樹状細胞ワクチン療法」は、ネオアンチゲンを目印として樹状細胞(免疫の司令塔的な細胞)に結合させて、免疫の攻撃力を高めようとする治療法です。ネオアンチゲンはがん細胞にしか発現しないため正常細胞を攻撃する可能性が低く、安全性も抗原性も高いと考えられています。すでに、米中合わせて100件近い臨床試験が進行中です。
医師には患者さんが望む治療を提案する責任がある
以上のように、さまざまな研究開発やプロジェクトが進行中で、今後、これらが始動すると、医療従事者だけでは手の回らない領域も出てくると思われます。
そこで2018年、内閣府は「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診療・治療システム」を発足し、医療への人工知能の導入を検討中しています。たとえば、AIに電子カルテへの入力を任せたり、画像診断や病理診断をAIに担わせるなど、いろいろな活用法が考えられます。
AIを使った医療は「無機質」「冷たい」と捉える患者さんもいるかもしれませんが、AIに医療従事者の仕事の一部を担わせることによって医師や看護師に余裕ができれば、患者さんとふれあう時間も増えて、今よりずっと心の通った医療が実現するかもしれません。
しかし、解決されていない問題もあります。それは、依然として「がん難民」となり悩む患者さんがいらっしゃるということです。たとえば、標準治療を終えて、まだ元気であるにもかかわらず他に治療法のない患者さんや、ご高齢だったり、心臓・肝臓・腎臓の機能が弱ったりしていて、標準的な抗がん剤や分子標的薬が使えない患者さんなどです。
なかには、ご自身の価値観から抗がん剤治療を拒否して、がん難民になってしまったという方もいらっしゃいますが、個別化医療を尊重するなら、医師としては患者さんのそうした選択も尊重すべきと考えます。
どんなに進んだ医療であっても、患者さんを置き去りにしては意味がありません。医療の原点として一番大事なのは、目の前の患者さんにベストを尽くすことだからです。
「生きたい」と願う患者さんがいて、「生きていてほしい」と願う家族がいます。そのような願いを叶えるために医療があって、医師がいる。そのような気持ちを大切にして、私たちにはこれからも新しい治療を提案していく責任があると思っています。
ポイントまとめ
- これからのがん医療が目指すべきは「延命」でなく「治癒」
- がんゲノム医療を中心として、「リキッドバイオプシー」「免疫療法」「AI(人工知能)」の3つのキーワードに沿ったがんの診断法・治療法の開発が進んでいる
- がんの組織を使わない「リキッドバイオプシー」が、がんの早期発見・再発の超早期発見や、患者さんごとの最適な薬剤選択を可能にする
- 免疫チェックポイント阻害薬が遺伝子異常の多いがんに効くのは、がん細胞を攻撃するリンパ球が集まりやすいため
- 新しい免疫療法「ネオアンチゲン樹状細胞ワクチン療法」の臨床試験が、世界中で行われている
- 様々な医療現場でAIを活用する計画が進行中
- がん難民はまだまだ存在する。「治癒」を目指す医療でがん難民を無くしていく
取材にご協力いただいたドクター
中村 祐輔 (なかむら ゆうすけ) 先生
大阪大学医学部卒 /米国ユタ大学、癌研究会、東京大学医科学研究所、理化学研究所、シカゴ大学教授などを経て現職 /内閣府戦略的イノベーション創造プログラム・AIホスピタルディレクター、シカゴ大学名誉教授 /東京大学名誉教授
カテゴリー免疫療法
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