【特集記事】外科医が感じた免疫の可能性。
がんの予防・治療ともに免疫が欠かせないものに。

公開日:2019年08月29日
東京ミッドタウン先端医療研究所 がん診療部長
島袋 誠守(しまぶく まさもり)先生

メカニズムが解き明かされていくにしたがって、健康維持や医療に欠かせないものとして注目される「免疫」。がん治療の分野においても、従来の3大療法(外科療法、薬物療法、放射線治療)に、免疫を利用した「がん免疫療法」が加わり、その注目度は高まっています。
そこで、外科医、がん免疫療法の医師として、長年がんの治療に取り組んでいる、東京ミッドタウン先端医療研究所 がん診療部長 島袋 誠守 医師に、「がんと免疫」をテーマに3回にわたってお話を伺います。

目次

さまざまな細胞の連携プレーで体を守る「免疫」システム

先生は、もともと外科医としてがんの治療にあたっておられたそうですね。

私は沖縄の出身で、琉球大学医学部を卒業後、琉球大学附属病院や那覇市立病院、豊見城中央病院で消化器外科・一般外科医として約25年、がん治療に携わってきました。

もともとは、離島の人々のための医療を行いたいと思って外科医になったんですが、結果としては大きな病院で、高度な手術に取り組む医者になってしまいましたね。

消化器外科副部長を務めた豊見城中央病院は、沖縄県南部の中核病院として、大腸がんや膀胱(ぼうこう)がん、前立腺がんなどのがん治療を多く手掛けている病院でした。

加えて、より効果的な医療の提供を目指して、再生医療や細胞医療といった先端的な医療の臨床研究にも積極的に取り組んでいる病院でした。

私が4年前、外科医から軸を移し、がんの免疫療法に取り組むきっかけとなったのは、そうした臨床研究に参加して、これまで難しかったがん治療の課題を克服できるひとつの可能性を感じたからです。

近年、がん治療分野で免疫療法がクローズアップされていますね。
そもそも「免疫」とは、どのようなものなのでしょうか?

「免疫」というと、なんとなく体を病気などから守ってくれる力、東洋医学的なものというぼやっとしたイメージをお持ちの方が多いかもしれませんが、実は私たちの体に備わった生体の機能として、その仕組みが明らかになってきています。

免疫の役割は、「自分」と「自分ではないもの」を見分けるところから始まります。体外から侵入した細菌やウイルスなどの病原体や、体内で発生した異常細胞(がん細胞など)のように、自分ではないものを見つけると、それを異物として駆除して体を守るシステムです。

免疫の中心となるのが、白血球を構成する免疫細胞で、たとえばがんの場合、がん細胞の特徴をとらえて司令塔の役割を果たすのが「樹状細胞(じゅじょうさいぼう)」、司令塔からの命令で直接がん細胞を攻撃したり、また他の免疫細胞を活性化するための物質を出したりするのが「T細胞」です。

このほか、体内をパトロールしていち早く攻撃する「NK細胞」や、「マクロファージ」のように病原体や異常細胞を取り込んで分解したりするタイプの免疫細胞もあります。

つまり、私たちの体は、さまざまな役割を担う各種の免疫細胞の連携プレーによって守られているということですね。

ええ。連携プレーという点からもう少し詳しく説明すると、免疫には、「自然免疫」「獲得免疫」があって、これが二段構えで働いています。

「自分ではないもの」と認識した異物に出会った時、最初に攻撃を仕掛けるのが自然免疫で、これに属するのがNK細胞、マクロファージ、樹状細胞など。細菌やウイルスはもちろん、がん細胞なども攻撃対象です。

同時に自然免疫は、獲得免疫を担当するT細胞やB細胞に、異物の特徴を情報として伝えます。伝達の役目を担う中心になるのが樹状細胞です。樹状細胞から情報が伝わると、T細胞は大きく数を増やし、働きが活発になって攻撃を始めます。

また、獲得免疫は、こうした異物の目印を記憶することもできます。これにより、体内に再び同じ病原体が侵入してきたり、同じ異常細胞が発生したりした場合にも、素早く攻撃できるのです。

このように、免疫細胞が体内を常にパトロールし、病気のもとになるような敵を発見したら、さまざまな方法を駆使して攻撃・排除して体を守る機能、それが免疫なんです。

不健康な生活習慣が免疫力を下げ、がん発症の要因に

素晴らしい力が体には備わっているんですね。ただ、免疫によって守られているにも関わらず、がんを発症してしまうのはなぜなのでしょう。

ひとつには、免疫の働きの低下が挙げられます。がん細胞は、タバコや食品に含まれる有害物質、過剰な紫外線などの影響で、正常な細胞の遺伝子に傷がつき発生します。

遺伝子が傷ついても、私たちの体はそれを修復する機能を持っていますが、この修復が追いつかなくなるとがん細胞が生まれてしまいます。一説には、健康な方でも、毎日数百から数千個のがん細胞が発生しているといわれています。

たとえ体内でがん細胞が発生しても、免疫の力が優位であれば、先に説明したような仕組みでがん細胞の増殖を抑えることができます。ところが、免疫力が低下して、がん細胞との力関係が逆転するとがん細胞が増殖して、時間を経て病気の「がん」へと成長してしまうんです。

免疫力低下の原因として考えられることを教えていただけますか?

免疫力を下げてしまう原因として、偏った食事、過度の飲酒、喫煙、運動不足など、生活習慣の乱れや強いストレス、加齢などがあります。こうした要因が重なると、がん発症のリスクも高まります。

不健康な生活習慣が、がん発症のリスクを高めることは、国立がん研究センターの研究などからも明らかになっています※1

近年、遺伝子解析が進み、親から体質として引き継ぐ家族性遺伝のがんがクローズアップされる傾向にありますが、全体の発症率からすると、その割合は決して多くはありません。したがって、免疫力を維持してがんの発生を防ぐには生活習慣に注意することが大切です。

※1 科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究(国立がん研究センター社会と健康研究センター予防研究グループ)
https://epi.ncc.go.jp/can_prev/index.html

※からだと免疫のしくみ(日本実業出版)参考

手ごわいがんの治療において、「免疫」の力が不可欠に

生活習慣などに注意すれば、がん予防は可能でしょうか?

ある程度は予防できると思いますが、それでも100%避けることはできません。高齢になれば程度の差はあれ、誰でも免疫の働きはおとろえてくるので、高齢者はがんが発症しやすくなります。

また、がん細胞は自分が生き残るために、さまざまな方法を使って免疫の監視や攻撃から巧みに逃れようとすることもわかっています。

たとえば、がん細胞には通常、免疫細胞が攻撃の目標とする目印が出ているのですが、それを隠してしまうがん細胞もあります。そうなると、免疫細胞は目標を見失って十分な攻撃を行うことができません。

さらに、T細胞が攻撃しようと近づいてきたら、ある信号を出して攻撃をやめさせてしまうがん細胞もあります。このようにがん細胞が免疫から逃れようとする動きを「免疫逃避機構(めんえきとうひきこう)」といったりしますが、がん細胞自体がまるでひとつの生き物のように、あらゆる手段で生き残ろうとするのです。

がん細胞にそんな力があるとは知りませんでした。では、がんになってしまったら、免疫の力を借りることは難しいのでしょうか。

そんなことはありません。近年、発症してしまったがんを治療するうえでも免疫の働きが非常に重要であることが、医学の世界でも共通認識になっていて、免疫の仕組みを利用した薬や治療法が相次いで誕生しています。

私が長く外科医としてキャリアを積んできたにも関わらず、4年前から免疫療法を専門とする診療を行うようになった理由は、がん治療において免疫の重要性が解明されてきたことと、それに伴ってがん免疫療法が著しく発展してきたからです。

外科医だったころ、特に腹腔鏡(ふくくうきょう)手術※2には力を入れて取り組んでいました。外科医は手術で、内科医は薬で、と自分の担当する領域で治そうとする医師は多いですが、ひとつの治療だけでがんを治すことはまだまだ困難です。

自分自身がいかに完璧な手術でがんを取りきったと思っても、再発を許してしまうケースに何度も遭遇しました。

※2 開腹せずに、数mmの小さな数カ所の穴からカメラや鉗子(かんし)を挿入しておこなう手術。傷口が小さく、痛みや体への負担の少ない。

手術の時点で、検査でわからないような微小ながん細胞が既に転移している場合もあり、それが再発につながると聞いたことがあります。

治療法が何であれ、医師の役目は患者さんを治すことです。腹腔鏡手術に力を入れたのは、できるだけ手術による負担を減らして早く回復してもらい、再発予防の化学療法など次の治療を早めにスタートすれば、患者さんにとってより効果的な治療ができると考えたからです。

しかし、それでも十分ではないことがわかってきました。そこで、次に考えたのが、術前の化学療法ですが、残念ながらこれも一部の患者さんにしか有効ではありませんでした。

そのころ出会ったのが、がん免疫療法の一つである免疫細胞療法。いまから7年ほど前のことです。臨床試験に関連し、進行した胃癌の患者さんに対する術前化学療法と免疫療法を組み合わせた治療を行っていました。

この治療を受けられた患者さん1名に治療後の画像検査では腫瘍が著明に縮小、その後に行った手術でも治療が奏功している事が認められその後5年あまり再発していない症例を経験しています。

これをひとつの症例に過ぎないと片付けてしまえばたしかにそうですが、長年の治療経験においてどうしても標準治療だけでは力が及ばす、歯がゆい思いをしたこともありました。

そうした中で、免疫による治療には、既存の治療法だけでは難しかったがん治療の課題を打破する何かがあるのではないかと感じたんです。

まだ今ほど免疫療法が注目されていなかった頃に、免疫の重要性に着目されたんですね。

たとえば、先ほど述べたように、がんは、攻撃を仕掛けてくる免疫細胞に信号を送って攻撃を阻止することができますが、「免疫チェックポイント阻害薬」という薬は、その信号をブロックして、免疫を正常化へと導きます。

免疫チェックポイント阻害薬は、薬自体にがんを攻撃する力はなく、あくまでがん細胞を攻撃する免疫本来の働きを取り戻すための薬剤ですので、患者さんの体にもともと備わっている免疫がなければ、何の効果も生じません。

さらに、手術、抗がん剤、放射線治療といった治療も、その働きはがん細胞の数を減らして、体内のバランスを免疫優位に傾けることであって、最終的にがんを治すためには免疫の力が欠かせないということも認識されつつあります。

いかに患者さんの免疫力を保ちつつ、手術、抗がん剤、放射線治療などの治療を行うか、治療全体の中で免疫療法をうまく活用するか、これががん治療の成否を左右する、そういう時代になってきていると思います。

ポイントまとめ

  • 「免疫」とは、細菌やウィルス、がん細胞など病気のもとになる「異物」を見つけて、攻撃・排除して体を守ろうとする機能のこと
  • 「免疫」システムは、白血球を構成する免疫細胞が連携プレーで働いている
  • がんを予防するためには、正しい生活習慣で免疫力を高く維持することが大切
  • がん細胞には、免疫の監視から逃れようとする「免疫逃避機構」が備わっており、がん発症の一因となっている
  • 一度発症してしまったがんを治療するうえでも、免疫力を保ち、治療に活用することが非常に重要になっている

第二回、第三回のインタビュー内容は下記より

>>「大きく2つのタイプがあるがん免疫療法。効果向上のカギは、『早期実施』と『他の治療との併用』」

>>がんの再発・転移を知る。再発予防の治療として、副作用の少ない免疫療法が選択肢に。

取材にご協力いただいたドクター

島袋 誠守先生

島袋 誠守 (しまぶく まさもり) 先生

東京ミッドタウン先端医療研究所 がん診療部長


主な資格など
■資格
日本外科学会 外科専門医

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