【特集記事】免疫療法の最新事情 世界では治療法として確立

公開日:2018年01月31日
免疫療法の最新事情 世界では治療法として確立

免疫チェックポイント阻害薬(オプジーボ)が保険診療として認められ、がん免疫療法が第4のがん治療法として期待されています。がん免疫療法には保険適用のものから自由診療のものまでさまざまな種類があり、まだまだ、日本では負のイメージを持っている患者さんも少なくありませんが、世界的にみれば、すでに免疫療法は、がん治療の中心になりつつあるといいます。
がん免疫療法の現状と今後の展望等について、シカゴ大学医学部教授 個別化医療センター副センター長、中村祐輔先生にお話を伺いました。

目次

免疫療法は100年以上の歴史がある

がんの治療は、手術、放射線、化学療法の3大療法の時代が長く続きましたが、今は、これらに免疫療法を加え、4大治療の時代になりました。教科書的にも、免疫療法は認知されています。一般的には知られていませんが、免疫療法の始まりは19世紀の終わりごろで、100年以上の歴史があります。

しかし、「免疫療法」と言っても、一人ひとりイメージしているものが大きく違い、日本では負のイメージが非常に強く、批判的な声が強いように思います。免疫療法は、科学的な根拠のあるものから、まったく根拠のないものまで玉石混交です。

免疫療法を受けようと思っても、科学的な内容は一般の方には判別できず、混乱が生じています。なんとなく昔のイメージで、「免疫療法=悪」と決めつけて語っている医療者も少なくないので、そこはしっかりと区別をつけるべきだと思います。

日本では昨今、科学的に根拠があるとされる免疫療法であっても「保険診療になっていない=エビデンス(科学的根拠)がない」という理由で批判されていますが、実際には基礎研究から積み上げたエビデンスがあり、それらを根拠に提供されているものもあります。

保険診療になるにはある程度の規模の臨床試験が必要ですが、現在保険診療となっている治療法や薬であっても、最初はどれも人に効果があるというデータはありませんでした。保険診療になっていないという理由でエビデンスがないというのは非常にナンセンスな批判の仕方です。自らが科学的な考え方ができないと露呈しているようなものです。

免疫チェックポイント阻害薬のニボルマブが効果を示したことで、がん患者さん自身の免疫の働きが非常に重要であることが証明されました。免疫チェックポイント阻害薬は、がんを攻撃しないように免疫細胞にかけられたブレーキを解除する働きがありますが、ブレーキを解除して効果があるということは、つまり免疫細胞ががんを攻撃していることが確認されたことになります。

がんを攻撃する免疫療法が効くか、効かないかの議論はすでに終わっています。これからは、より効果的に治療を行うことができるか、より多くの人に使えるか、ということを考えていかなければいけません。

攻撃と防御のバランスが重要

免疫療法が効くかどうかは、がんを攻撃する免疫細胞とがんを守る力のバランス関係によります。一般的に、がんを守る力が強く、がんを攻撃する力が弱い時にはがんが増殖します。がんを免疫細胞の攻撃から守る力を抑えるのが免疫チェックポイント阻害薬です。がんを攻撃する免疫細胞をさらにどう増やすか、がんを守る力をどう抑えるかが今後の免疫療法の焦点になっています。

がん細胞と戦う能力を持った免疫細胞を増やす方法として注目されているのが、ネオアンチゲン療法や、ネオアンチゲンを患者さん自身の樹状細胞に運ばせる治療法、TIL(Tumor Infiltrating Lymphocytes=腫瘍内に入りこんでいるリンパ球を体外で増やした後に、患者さんに注射する)療法、CAR-T細胞療法、T細胞受容体を導入したT細胞療法などです。

ネオアンチゲン療法では、がん細胞の遺伝子を分析し、がん細胞が持つ遺伝子異常を内在したペプチド(ネオアンチゲン)をワクチンとして使い、がんと戦うリンパ球を増やします。このネオアンチゲンを目印として取り込ませたワクチンを接種するのがネオアンチゲン+樹状細胞療法です。

ただし、これには正確な遺伝子解析や情報解析によるネオアンチゲン予測が不可欠です。決して、安易に提供されるべきではありません。TIL療法は、がん組織に入り込んでいるリンパ球を取り出して、それを体外で増やして、再び、患者さんに戻す治療法です。

がん組織には、がんを攻撃するリンパ球だけでなく、がんを守るリンパ球もあり、いいリンパ球と悪いリンパ球の識別が必要になっています。CAR-T細胞療法や、T細胞受容体を導入したT細胞療法では、遺伝子操作をして作った免疫を司るTリンパ球細胞を用いて、がん細胞を攻撃します。

当然のことながら、人工的な工程が増えれば増えるほど治療費も高くなります。おおよそですが、ネオアンチゲン療法では約100万円、ネオアンチゲン療法+樹状細胞では200~300万円、遺伝子操作したT細胞を使うとなると、数千万円かかると予測されています。

現在、日本の患者さんがこれらの治療法を受けたいと希望しても、CAR-T細胞(すでに一部のものは承認されている)やT細胞受容体導入T細胞療法(2018年に米国内で治験が始まると思われる)の治療を受けることは難しいでしょう。これらはまったく新しい治療であるため、厳格な管理ができる施設が必要です。

その点、ネオアンチゲン療法や、ネオアンチゲン療法+樹状細胞療法は、今までにも日本の免疫療法クリニックが行ってきたノウハウを利用して行うことができるので安全性は確立されています(当然ながら、施設管理状況は厳格にチェックする必要があります)。日本には再生医療法があり、これで管理されているので、培養施設などの基準は高いと思います。

日本でも、今、ネオアンチゲンをがんの遺伝子配列から見つけて、それを樹状細胞と一緒に患者さんに投与できる環境を整備するという動きがあり、私も今年中に遺伝子解析を始めることができるように努力しています。

より効果を高めるために、早い段階からの免疫療法に期待

これまでの知見から、遺伝子異常がたくさんある人には免疫チェックポイント阻害薬が効きやすい傾向のあることがわかっています。

たとえば、大腸がんの中でも遺伝性大腸がんはDNAを修復する遺伝子に傷があるため、遺伝子異常数が桁外れに多いがんです。一般の大腸がんだと免疫チェックポイント抗体を投与しても有効率は数%ですが、遺伝性大腸がんの場合は、有効率が50~60%になります。

FDA(アメリカ食品医薬品局)は、がん種に限らず、そして、成人・子供に関わらず、免疫チェックポイント阻害薬を遺伝子変異の多いがんに使用することを承認しました。すべてのがん種に対して治験が行われたわけではなく、いくつかのデータから遺伝子変異の多いがんには免疫チェックポイント阻害薬が有効だと考えられ、科学的な思考に基づいてこのような判断がなされたのです。日本だと、「・・・がん」にはエビデンスがないと反対する声が強かったと思います。

免疫チェックポイント抗体治療が示した結果は、患者さんの免疫細胞ががん治療にとって非常に重要な役割を果たすと証明しましたので、次に考えなければいけないのは、いかにしてその有効率を高めるかです。20~30%である有効率を患者さんの免疫力を高めることで50~60%にできるのではないかと考えられています。

また、今までは抗がん剤治療が終わって、ほかに治療法がなくなった時に免疫療法が選択されてきましたが、抗がん剤で免疫システムを弱らせてから、免疫療法を提供するよりも、抗原に反応できる免疫細胞が残っている間に免疫療法をしたほうがより効果的なのは明らかです。

あきらめないでできる選択肢は広がっている

日本の「免疫療法バッシング」の現状を考えると、患者さんとしてもなかなか一歩踏み出しにくいと思います。しかし、患者さんには当然ながら「生きる権利」があります。あきらめないでできることの選択の幅は近年広がりを見せています。それを実現していくには最終的にはやはり患者さんの力が重要です。

現在の日本では、メディアや一部の人たちがリスクを過剰に批判し、新しいことに挑戦しづらくなっています。安全性はもちろん重要です。しかし、がんではない健康な人と、がんで他に治療法がないと言われている人では、安全性に対する考え方やリスクも違います。

進行がん患者さんは、何もしなければ近い将来にほぼ確実に亡くなってしまうのです。それを保険診療になっていないからという理由で免疫療法をひとくくりに否定することは、患者さんの「生きる可能性があるならそれにかけたい」という意識や気持ちを無視していると思います。また「もう抗がん剤治療をやりたくない」と言っている人は、その場で「がん難民」となりますが、それらの患者さんを見捨てていることに他なりません。

私は、標準治療という考え方を否定しているのではありません。患者さんに提供される医療が標準化していくことは必要だと思っています。しかし、標準治療があることが逆に、標準治療以外の選択肢を否定し、免疫療法の進歩を妨げている面もあるのだと思います。

免疫療法は今後、ステージによって使い分けられていくようになるでしょう。比較的早い段階や予防的な場合はネオアンチゲン療法、あるいはネオアンチゲン療法+樹状細胞療法が多くのがん患者さんにとって利益につながるのではと考えています。

もちろん、それらを科学的な方法で実証することは必要です。進行したがんについては、がん細胞の増殖に勢いがあるため、ワクチンで免疫をゆっくり強化していても、がん細胞と免疫細胞の数の差が縮まらず、あまり効果が期待できないかもしれません。その場合には、人工的にがんを攻撃するリンパ球を増殖させて戻すなどの方法が必要だと思います。

世界的には、免疫療法をいかに有効活用すべきか議論

世界的な流れを見れば、すでに免疫療法はがん治療の中心になりつつあると言っても過言ではありません。免疫療法の効果の有無を議論する段階はすでに過ぎ、いかに有効に活用するか議論されているのが現状です。免疫力を高めるためには免疫療法単独がいいのか、放射線治療と組み合わせたほうがいいのか、あるいは、その他の治療と併用するのがいいのか――。

日本人医師の一人して、日本はいつまでも欧米を追いかけている状況でいいのか、と常々思っています。日本も研究体制を整えれば欧米をリードすることも可能です。10年後を見据えて、世界の頂点にいることを目指した体制作りを取り入れていくべきです。

患者さんに知っておいてほしいこと

最近の日本の医師の傾向として、マニュアル通りに対応する医師が増え、患者さんと正面から向き合う医師が減ってきたように思います。そのため、いい医師に出会うのがより重要になっています。

いい医師を見つけると言うのは簡単ですが、現実的には非常に難しいことです。「優しそう」などといった人間性の一部分だけで判断せず、その医師が本当に自分たちを想って対応しているか見極めるようにしましょう。

判断するためにも、患者さん自身もがんについて勉強し、よく知る必要があります。標準治療が終わった後に、その先も一緒に模索してくれるような医師と出会えるように患者さんやその家族も努力してください。

ポイントまとめ

  • 免疫療法は、科学的根拠があるもの、ないものが玉石混合状態だが、保険診療になっていない=エビデンスがないという批判はナンセンス。
  • 免疫チェックポイント阻害薬のニボルマブが効果を示したことで、がん患者さん自身の免疫の働きが非常に重要であることが証明され、免疫細胞ががんを攻撃していることが確認されたということです。
  • 免疫療法はがんを攻撃する免疫細胞をさらにどう増やすか、がんを守る力をどう抑えるかなどが焦点になっている。
  • 免疫細胞を増やす方法として、ネオアンチゲン療法や、ネオアンチゲン療法+樹状細胞療法、TIL療法、CAR-T細胞療法、T細胞療法などが注目されている。
  • FDA(アメリカ食品医薬品局)は、がん種に限らず、また成人・子供に関わらず、免疫チェックポイント阻害薬を遺伝子変異の多いがんに使用することを承認した、結果として患者さんの免疫細胞ががん治療にとって非常に重要な役割を果たすと証明した。
  • 免疫療法は今後、ステージによって使い分けられていき、初期段階や予防的な場合は、ネオアンチゲン療法やネオアンチゲン療法+樹状細胞療法によって、多くのがん患者さんの利益につながる可能性がある。
  • 世界的な流れは、すでに免疫療法はがん治療の中心になりつつあり、いかに有効に活用するか議論されているのが現状である。
  • 治療が終わった後も一緒に模索してくれるようないい医師と出会えるように、患者さんもがんについて勉強していく。

取材にご協力いただいたドクター

中村 祐輔 先生

シカゴ大学医学部 教授、個別化医療センター副センター長

免疫療法の基礎知識
免疫チェックポイント阻害薬とは?

免疫チェックポイント阻害薬(剤)とは、「がん細胞が免疫にブレーキをかける」のを阻止する免疫療法です。
私たちの体では日々、免疫が病原菌やがん細胞を排除していますが、免疫が高まりすぎると自らの健康な細胞まで傷つけてしまうため、免疫細胞にブレーキをかけてバランスを維持しています。

この免疫細胞にブレーキをかける機能が免疫チェックポイントと呼ばれ、がん細胞はその仕組みを利用して、免疫チェックポイントに結合して免疫細胞から攻撃を受けないように逃げていることがわかっています。

免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞が免疫チェックポイントに結合することを阻害し、体内の免疫細胞の活性化を持続させ、再び免疫細胞ががん細胞を攻撃できるようにすることを狙った治療薬です。免疫チェックポイント阻害薬のうちオプジーボをはじめ、数種類は一部のがんで保険診療として承認されています。

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