【特集記事】研究進む、免疫チェックポイント阻害薬

公開日:2017年03月31日

免疫のブレーキを解除して、がんに対する免疫を再活性化させる免疫チェックポイント阻害薬は、単独投与の効果はもとより、他の治療と合わせる併用療法としても期待されて、研究が進んでいます。免疫チェックポイント阻害薬よる免疫療法について、慶應義塾大学医学部 先端医学研究所 細胞情報研究部門教授、河上裕先生にお話を伺いました。

目次

免疫のブレーキを解除して、がん免疫を再活性化

免疫療法は生体の免疫系に働きかけてがん細胞を攻撃する治療法です。ヒトの免疫システムの中では、活性化したT細胞による攻撃を受けて、がん細胞が死滅しますが、臨床で見つかるがんは、すでにいろいろな方法で免疫防御機構から逃れています。

免疫機構は、元々、自己免疫反応の予防や異物排除後に免疫を戻すためにいろいろなブレーキ機構を備えていますが、がん細胞はそれらを悪用して免疫防御機構から逃れています。

その機序の中で、T細胞の表面に発現して免疫を抑制する免疫チェックポイント分子であるPD-1(programmed cell death-1)やCTLA-4(cytotoxic t-lymphocyte antigen-4)を介した免疫逃避機構は治療可能であることが明らかになってきました。

CTLA-4はT細胞が活性化した後に免疫を元に戻すためのブレーキです。免疫を抑制するT細胞(制御性T細胞)には、いつもCTLA-4が多く発現しており、それを阻害すると、T細胞活性化を増強します。

また、がん細胞やがんに浸潤する免疫細胞などがPD-L1を発現すると、PD-1を発現する活性化した状態のT細胞(エフェクターT細胞)を抑制しますが、PD-1やPD-L1を阻害する抗体を使うと、エフェクターT細胞を再活性化することができます。

免疫チェックポイント阻害薬は、これらPD-1/PD-L1やCTLA-4などを阻害する抗体を使うことで、がんを攻撃するT細胞が抑制されている患者では、免疫を増強して治療効果が得られます。逆に他の機序で免疫から逃避しているがんでは効果が得られないので、実際の治療効果(がんが30%以上縮小する)がある患者さんは、がん種によりますが全体の10~30%と言われています。

ただし、そこまでがんが縮小しない患者(SD:抗がん剤などの効果を示す奏効率で、腫瘍の大きさが変化しない状態)でもがんの増殖が抑えられて延命のメリットがある場合があります。

通常の化学療法であれば、数カ月の延命という議論も多いですが、免疫チェックポイント阻害薬では、3年を超えると生存曲線が平坦になる、すなわち、場合によっては治癒の可能性もある長期延命も期待できる可能性があります。悪性黒色腫での抗CTLA-4抗体単独の10年生存は約20%、抗PD-1抗体単独の5年生存は約35%と報告されています。

従来、免疫に作用する治療法として、がんワクチンやインターフェロン、インターロイキンを投与するサイトカイン療法など、体の中でがんを攻撃するエフェクターを強くしようとする方法が行われてきましたが、限定的な効果しか得られませんでした。ところが、今、免疫のブレーキをはずす方法で、さまざまながんで、一定の治療効果が得られることが分かったわけです。

副作用があることをしっかりと認識する

PD-1やCTLA-4は、本来、免疫の恒常性を保ち、自分の体を壊さないようにするためのブレ-キ機構なので、それをブロックすることは、がんの免疫を上げるだけでなく、自己免疫反応を起こす可能性があります。

自己免疫反応は、患者さんの遺伝子背景や環境因子により異なり、その予測は難しく、皮膚反応、甲状腺障害、腸炎などが起こりやすいですが、間質性肺炎など致死的で重篤な副作用もあるので、治療後は注意深い経過観察と、もし発症した場合の早期の適切な対処が重要です。

他の治療法などを併用する複合がん免疫療法

PD-1やCTLA-4はブレーキをかける部位が違うので、併用すると効果が増強できる可能性があります。併用する免疫療法は複合がん免疫療法(combined cancer immunotherapy)と呼ばれます。抗CTLA-4抗体を使うことで、がん組織へT細胞を誘導して、抗PD-1抗体が効くように変える可能性が報告されています。

実際、臨床試験では、悪性黒色腫では併用により奏効率が約60%に上がり、腎がんや肺がんでも併用による治療効果の増強が報告されています。ただし、併用することで自己免疫の副作用も強く出ることがわかっています。

免疫には、さまざまなブレーキ機構が備わっているので、PD-1やCTLA-4以外のブレーキもがん細胞の免疫逃避に重要で、その阻害で治療効果を得られるがんもあるかもしれないので、研究が進んでいます。

例えば、トリプトファンというアミノ酸を分解してT細胞の働きを抑えるIDOという酵素も免疫抑制に関わりますが、最近、抗PD-1抗体とIDO阻害剤の併用の初期の臨床試験で、悪性黒色腫では副作用をあげることなく、約50%の奏効率が得られたとの報告もあり、今後の臨床試験での検証が期待されています。

また、単純に従来のがん治療、化学療法、分子標的療法、放射線などと免疫療法を併用する臨床試験も盛んに行われており、肺がんに対する化学療法と抗PD-1/PD-L1阻害抗体の併用、腎がんに対する分子標的療法と抗PD-1/PD-L1阻害抗体の併用などで一部良い結果が報告されており、大変期待されています。

化学療法剤は免疫抑制作用をもつものも多く、免疫療法との併用は良くなさそうにも思えますが、逆に体の中でうまくがん細胞を破壊してから免疫機構につなげたり、免疫を抑制性する細胞を抑えたりする作用など、がん免疫を上げる作用ももつので、実際に臨床試験で評価することが重要です。

当初効きにくいと言われていたがんにも、効く可能性

免疫チェックポイント阻害薬の研究が行われ始めた当初、前立腺がん、膵臓がん、多発性骨髄腫、MSI陽性以外の大腸がんは、抗PD-1抗体が効きにくい4大がんと言われていました。MSIとは、マイクロサテライト不安定性のことで、これを起こしている大腸がんは、DNAを複製する際に起きたミスを修復する酵素(DNAミスマッチ修復酵素)に異常が起きているため、DNAに多くの傷(突然変異)があります。

抗PD-1抗体単独では治療効果が見られなかった多発性骨髄腫では、最近、免疫調節作用ももつ悪性腫瘍剤レナリドミドと抗PD-1抗体の併用で治療効果が増強する可能性が報告されています。また、DNAに突然変異が多く免疫応答が起こりやすいため、MSI陽性大腸がんには抗PD-1抗体が良く効く一方で、MSI陰性の大腸がんでは抗PD-1抗体が効かないとされていました。

しかし、その中でもKRASがん遺伝子に異常がある大腸がんでは分子標的薬とPD-L1抗体の併用で治療効果がみられる可能性も報告されており、複合がん免疫療法による治療効果の増強が期待されています。

現在免疫チェックポイント阻害薬が日本で承認されているのは、悪性黒色腫、肺がん、腎臓がん、ホジキンリンパ腫ですが、今後、より多くのがんで、単独投与や複合免疫療法として、承認されていくと考えられます。

治療効果を早期に予測できるバイオマーカーの探索、 リバーストランスレーショナルリサーチが重要

免疫チェックポイント阻害薬は、効く人と効かない人が分かれるので、臨床試験で治療効果の有無を調べることも大切ですが、効いた人と効かなかった人の違いを調べる研究(リバーストランスレーショナルリサーチ)が大変重要です。

PD-1/PD-L1阻害では、このような研究から、複数のバイオマーカー候補があがっていますが、現在臨床で実用化されているのは、がん細胞あるいはがんに浸潤する免疫細胞のPD-L1発現だけです。肺がんのファーストライン治療では、50%以上のがん細胞にPD-L1が発現していることが治療実施のための条件です。

PD-L1発現の意義も複雑で、がんを攻撃するT細胞がまずがんに来て、インターフェロンなどの免疫調節分子を分泌し、がん細胞やがんに浸潤するマクロファージなどにPD-L1が発現します。

それがPD-1を発現するエフェクターT細胞を抑制します。がん細胞が勝手にPD-L1を出していても、T細胞が機能していないとPD-1/PD-L1抗体は効きません。そのため、がん細胞だけでなくがんに浸潤したマクロファージのPD-L1発現を調べると、機能しているエフェクターT細胞の存在を確認することにもなり、治療効果の予測には重要との報告もあります。

公表されている治療ガイドラインはもちろん重要ですが、PD-L1の発現の意味など、その背後にある病態も十分に理解していないと、個々の患者さんにベストの治療を提供できないと私は思います。単純にPD-L1陽性・陰性だからどうという議論は未熟です。残念ながら、まだ完全に効く人と効かない人を完全に分けることはできませんし、病態が十分解明されていないので、今後のさらなる研究が必要です。

ヒトのがんの免疫状態は、がん細胞の遺伝子異常、患者さんの免疫の力、喫煙や腸内細菌も含めた環境因子に影響されて非常に多様です。そのため、免疫も含めて多くの因子を徹底的に測定(多層オミクス解析)してコンピューターで解析することが必要です。

それにより、治療前や治療早期に治療効果を予測したり、いつ薬を中止すべきかを判断するバイオマーカーの同定、さらに新しい治療標的を同定して新しい治療戦略をたてることが可能になります。

リバーストランスレーショナルリサーチを進めるためには、患者さんから検体をいただかなければならないので、患者さんのネットワークを作り、しっかりした臨床研究体制下で検体を収集して、それを徹底的に解析する拠点を作る環境整備など、産官学連携体制で取り組む必要があります。将来は、患者さんごとに個別化した複合がん免疫療法の時代になると思います。

がんという病気は、現状では、残念ながら半数近くは標準治療が効かなくなると言われています。医療に携わる全ての方は、目の前の患者さんに標準治療を用いてベストを尽くすだけでなく、臨床試験の勉強をしっかりとして、標準治療が効かなくなった患者さんに対して、臨床試験など別の選択肢を提供できること、またその先にリバーストランスレーショナルリサーチが必要なことを十分に理解して、それを実践することが求められています。

免疫療法もがんによってはファーストライン

免疫療法の臨床試験はまずは標準治療が効かなくなった患者さんで実施され、それでも免疫チェックポイント阻害薬では10~30%の奏効率が得られたわけで素晴らしいことですが、最初から免疫療法を始めた方がよい可能性も十分にあります。

がんにもよりますが、悪性黒色腫と肺がんでは患者さんによっては始めから免疫チェックポイント阻害薬による治療をしたほうが治療効果が上がることが分かっています。今後、複合がん免疫療法も含めて、多くのがんで、免疫療法の適切な使用時期が決まっていくと思います。

がん患者さんに知っておいてほしいこと

「同じ名前がついたがんでも全く同じではない」という、がんという病気の基本を理解しておく必要があります。がんは遺伝子の異常によって起こりますが、がんの遺伝子を調べると共通のものもありますが、患者さんごとにかなり異なっています。

例えば、「肺がん」でも、患者さんごとにそれぞれ違う「肺がん」なのです。そのため、「自分の肺がん」にはどんな治療が有効かを主治医とよく相談しながら治療を進めていくことが重要です。

同じ理由で、がん患者さんが免疫チェックポイント阻害薬を使う際には、現状では効かない人の方が多いということを知っておいてほしいと思います。

新しい治療法が開発されると、夢の特効薬で全員に効果があると考えてしまいがちですが、実際には5人に1人しか効果がない、場合によっては命にかかわる重篤な副作用があり得るなど、まだ課題が多いことを理解してほしいと思います。ただ、がん免疫療法の開発はまだ発展途上段階であり、さらに治療効果が上がることを期待していただければと思います。

新しい治療の開発のためには、がんの日常診療においても臨床試験が重要であること、がんや血液などを提供して研究を進めることが大切であることを患者さんも理解することが重要です。すべての人が臨床試験や研究について理解することが日本の医療の質を向上させて、将来患者さんに素晴らしい治療法を提供していくために必須なのです。

ポイントまとめ

  • 免疫チェックポイント阻害薬は、がんを攻撃するT細胞や免疫が抑制されている患者さんに対して免疫を増強して治療効果が得られ、治療効果がある患者さんは全体の10~30%と言われている。
  • 自分の身体を壊さないようにするブレーキ機構であるPD-1やCTLA-4をブロックすることは、がんの免疫を上げるだけでなく、自己免疫反応を起こす可能性もある。
    PD-1やCTLA-4などを併用した複合がん免疫療法や、従来のがん治療(手術・放射線治療・化学療法)と免疫療法を併用する臨床研究が盛んにおこなわれており、たいへん期待されている。
  • 現在免疫チェックポイント阻害薬が日本で承認されているのは、悪性黒色腫、肺がん、腎臓がん、ホジキンリンパ腫だが、今後より多くのがんで、単独投与や複合免疫療法として、承認されていくと考えられている。
  • 免疫チェックポイント阻害薬は、効く人と効かない人が分かれるため、臨床試験で治療効果の有無を調べることも大切。また効いた人と効かなかった人の違いを調べる研究(リバーストランスレーショナルリサーチ)が大変重要である。
  • 免疫療法の臨床試験はまずは標準治療が効かなくなった患者さんで実施されるが、最初から免疫療法を始めた方がよい可能性も十分にある。
  • 新しい治療の開発のためには、がんの日常診療においても臨床試験が重要で、がんや血液などを提供して研究を進めることが大切であることを患者さんも理解することが重要である。

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