免疫療法によるがんとの共存。
「先生のご家族や知り合いの方が がんになったらどうしますか?XI」

公開日:2014年04月30日
免疫療法によるがんとの共存。

免疫療法の研究を重ね、主にがんに対する免疫応答の研究に長年、取り組んでこられた島根大学医学部免疫学 教授 原田守先生に「先生のご家族や知り合いの方ががんになったらどうしますか?」というテーマを元にお話を伺いました。

目次

「手強いがん」に対する免疫療法の研究を重ねてきた

 私は九州大学医学部の出身で、研修医として脳神経外科に入局しました。当時、悪性の脳腫瘍の患者さんに対し、手術で腫瘍を取る以外に有効な治療法が存在しないのを目の当たりにして、がんは手強い病気だと認識しました。

 それから私は、同大学の生体防御医学研究所の免疫学部門に籍を置き、主に基礎的な免疫学の勉強をしながら、モデルマウスを用いたがん免疫療法の研究を重ねました。

 その後、それまでの研究をより深めたいと考え、臨床に戻らず基礎に残りがん免疫に関する研究を続けました。1997年からの2年間はNIH(アメリカ国立衛生研究所)のがん研究所の外科部門に留学。そこで、がん、とりわけメラノーマ(悪性黒色腫)の免疫に認識される抗原を同定する研究を行いました。

 そして、日本に戻ってからは日本で最初にがんペプチドワクチンの臨床研究を実施していた久留米大学に移動し、主に前立腺がんの患者さんを対象にがんワクチンを行うため、がん抗原ペプチドを同定する研究に携わりました。

 また、実際にがんペプチドワクチンの臨床研究を通して、ワクチンを受けた患者さんの免疫応答(免疫を担当する細胞や分子(抗体)の特異的な反応)の解析も行いました。  2006年9月には島根大学に移り、現在は、ヒトのがん細胞などに免疫細胞や薬剤を用いてアポトーシス(細胞死)を誘導させる基礎研究やマウスモデルを用いた基礎的ながん免疫療法の研究を行っています。

免疫抑制細胞を抑える研究に注力

 がんになると、ある程度、がん抗原に対する免疫応答が起こりますが、がんに対する免疫を抑制する細胞も同時に増え、それが免疫応答を邪魔してしまうことが知られています。この免疫応答を邪魔する細胞(免疫抑制細胞)の代表格は、T細胞由来の制御性T細胞(Treg:Regulatory T Cell)と骨髄由来のMDSC(Myeloid-derived Suppressor Cells)の2つです。

 私はがんにおける免疫抑制細胞を抑える研究に取り組んでいます。その研究の1つに、モデルマウスの足底部にメラノーマを移植し、そのマウスのTregが増えているか・否かを調べた実験があります。その結果は、がんになると、約10日後にはTregが増加しているというものでした。

 そこで、私たちは「増えたTregを抑制し、再びがんに対する免疫を回復させるにはどうしたらいいのか」というテーマで研究を進めていったのです。そんな中、天然由来の成分で対応できる素材として研究されているシイタケ菌糸体抽出物をマウスに投与したところ、がんの増殖をある程度、抑制することがわかりました。その機序として、シイタケ菌糸体がTregの増加を抑えていることも確認できたのです。

 その後、シイタケ菌糸体とある特定の抗がん剤を低用量投与すると、MDSCを抑えることも確認しています。そのときに重要なのは低用量の抗がん剤を使用することです。つまり、生体の免疫力を抑制・破綻させることのない量の抗がん剤によって免疫抑制細胞を除くことで、がんに対する免疫応答を増強できるのではないか、と考えているのです。

医学を進歩させる基礎研究・臨床試験の重要性

 私は主に「がんに対する免疫応答」の研究に携わってきました。そんな私が言えるのは、がんはさまざまな顔を持っており、その免疫応答の機序が感染症や移植臓器に対する免疫応答のように、反応の全体像がまだ十分には解明されていないということです。そして、個々のがんに対する免疫反応は同一ではないということです。ですから、基礎研究を続けていくことが大切なのです。

 私のような基礎研究者が臨床医と共同して新しい治療を試みるためには、最初からヒトで実験を行うのではなく、最低限の作用機序を解明するためにマウスなどを用いた基礎研究を積み重ね、理論的根拠をしっかり固めることが必要です。そのうえで、基礎的な実験の作用機序の効果が期待でき、ヒトでの臨床試験へと移行できるか・否かが検討されるのです。

 また、先述のように、私は2年間、アメリカに留学していました。アメリカでは、最新の治療法の臨床試験に対し、多くの方が積極的に応募されます。その背景には、経済的な理由で健康保険に入っていない方が新しい治療法に望みをかけてトライする、という事情があります。

 やはり、新しい治療法を確立さるためには、理論的根拠を十分に固め、最終的にはヒトで効くか・否かを検証する必要があります。そのためには、なんらかの形で実験的な治療法を実施しなければ、より有効な治療法は開発されないということになってしまうのです。

再発・転移の予防には免疫療法が効果的

 「私の家族や知人ががんになったらどうするのか?」というテーマに関し、まず私の大学院時代の友人が今から1カ月ほど前に肺がんによって亡くなったことが思い浮かびます。まだ50歳代前半でした。 彼は医師だったので自分の予後が分かっていたと思います。

 それでも、最後までいろいろな抗がん剤を用いた治療を受けていたようです。そして、最期を迎え、葬儀で柩の中の彼を見たとき、別人のように痩せ細っていました。

 私の家族、あるいは親しい知人ががんなった場合は、固形がんで摘出可能な場合であれば、速やかに外科的手術によって腫瘍を摘出してもらいたいと考えています。ただし、侵襲性が強くて体に大きな負担を受けてしまうことが予測される治療法には、一考の余地があるでしょう。

 また、化学療法が必要という診断であれば、有効性が確認されている抗がん剤、あるいは分子標的薬を用いることが好ましいというのが、私の基本的な考えです。しかし、化学療法によって免疫力を破綻させてはなにもなりません。

 もちろん、がんに対する標準治療は、日本のがん医療に携わる医療者の英知が結集されたベストな治療です。したがって、がんを取り除くことができる、がん細胞を死滅させることができる、というのがかなりの高い確率で可能性があるのならば、積極的にその治療に賭けてみたい気持ちはあります。

 しかし、手術や抗がん剤で完全にがんを排除できない状況にも関わらず、多量の抗がん剤を投与し、家族・知人の免疫力を破綻する可能性が多分に含まれている場合は回避させたいと個人的には考えています。

 私はがん免疫療法の研究をしていますので、がん免疫療法の限界もわかっているつもりです。先端的な一部の免疫療法が功を奏したケースは別として、免疫賦活剤などを経口投与する免疫療法単独によって、がんが消失することはほとんどないと捉えています。ただし、免疫療法は、標準治療を受けた後、再発・転移を抑えるためにはある程度効果的だと思います。

高齢であれば免疫療法による「がんとの共存」も考える

 私は免疫療法の限界もわかっていると同時に、担がん生体における免疫の重要性も認識しています。たとえば、免疫不全に陥っている担がんマウスに抗がん剤を投与しても、通常の免疫力を持っている担がんマウスに比べ、抗がん効果は半減してしまいます。つまり、抗がん剤ががんの一部を破壊しますが、破壊し切れなかった残りのがんは担がん生体の免疫力によって、ある程度抑えているのです。

 したがって、がんを叩くためには、がん患者さんの免疫力を破綻させたり、QOL(生活の質)を下げたりする状況に陥るまで、大量の抗がん剤投与や過激な治療をすることは、長い経過においては良策ではないと個人的には思います。

 やはり、適切な標準治療によってある程度のがんを壊し、そのうえでがんに対する免疫応答ができたら、それを維持させる治療法を行うのが、結果的には得策なのではないかと考えています。ですから、私の家族がもしもがんになったのであれば、生体免疫力を破綻させるほど過激な治療は受けさせたくありません。

 がんは、最期に向けた心構えができる病気でもあります。もし私が末期のがんに罹患していれば、残された時間は最期を迎えるための準備に使うでしょう。ですから、ベッドに縛り付けられて生きるよりも、QOLを保つことができる治療を続けていくと思います。

 その1つが免疫療法であると考えています。同様に、家族や知人ががんになったら、入院しながら過激な治療を受けた結果、心残りのまま最期を迎えるような事態だけは避けたいと考えています。

 私自身は、50歳代・60歳代でがんになったとしたら根治を目指したいと考えるかもしれません。ただ、70歳以上の齢を重ねていたときにがんになったとしたら、天寿をまっとうするくらいがんと共存できたら、それはそれでいいのかなと思うかもしれません。

 同様に、家族や親しい知人が高齢でがんに罹患したのであれば、アグレッシブな治療法を受けるよりも、私が半生を賭して研究し続けている免疫療法で免疫力を維持したり、QOLを保ったりしながら、5年・10年とがんと共存する形を希望することでしょう。

 

ポイントまとめ

  • がんになると、がん抗原に対する免疫応答が起こるが、同時に免疫を抑制する細胞も増え、免疫応答の邪魔をする。免疫応答を邪魔する細胞の代表格は、T細胞由来の制御性T細胞と骨髄由来のMDSCの2つである。
  • 免疫応答の機序が感染症や移植臓器に対する免疫応答のように、反応の全体像が解明しきれていない。また、個々のがんに対する免疫反応はそれぞれ異なる。それらを解明するために基礎研究を続けていくことが大切である。
  • 家族・知人ががんについてなった場合は、固形がんで摘出可能であれば、外科的手術によって腫瘍を摘出、化学療法が必要であれば、有効性が確認されている抗がん剤か分子標的薬を用いることが好ましい。
  • 免疫療法は、免疫賦活剤などを経口投与する免疫療法単独によって、がんが消失することはほとんどないが、標準治療後の再発・転移を抑えるためにはある程度効果的である。
  • がんを叩くためには、免疫力の破綻や、QOL(生活の質)を低下させるほどの過激な治療は、良策ではない。     適切な標準治療によってある程度のがんを壊し、そのうえでがんに対する免疫応答を起こし、それを維持させる治療法を行うのが得策である。
  • 免疫療法は、QOL(生活の質)を保つことのできる治療の1つであり、原田先生ご自身や、家族・知人が高齢でがんに罹患した場合は、アグレッシブな治療法を受けるよりも、免疫療法で免疫力を維持しがんと共存する形を選ぶ。

取材にご協力いただいたドクター

原田 守 先生

島根大学医学部 微生物免疫学講座(免疫学)

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