婦人科医師が語る 卵巣がん治療

公開日:2011年11月01日

自覚症状が少なく早期発見が難しい卵巣がんは、施術前に確定診断を得にくいなどの問題もあり、発見された時はステージが3期に進行している患者さんが半数近くをしめているとも言われています。今回は、長年にわたり婦人科悪性腫瘍の治療にあたってきたご経験をもとに、卵巣がんの症状と治療、再発した場合の治療について、東京女子医科大学産婦人科主任教授、婦人科医師の松井英雄先生にお話を伺いました。

目次

卵巣がんの症状

卵巣がんは卵巣に腫瘍ができる病気です。サイレントキラーとも言われる病気でもあり、初期の自覚症状があまりない人が大部分を占めています。強いて言うならば腹水が溜まり、お腹が膨れて最近スカートがきつくなってきたなどの自覚症状で病院に来られる人もいるぐらいです。卵巣癌のもう一つの問題は手術前に確定診断が得られないことにあります。卵巣はお腹の中にあり、水の様な分泌液が溜まって風船のように腫れています。確定診断をするためには組織検査をしなければならないのですが、胃がんの様に胃カメラで組織を取ってくることができないのです。腹腔鏡下に組織検査をすることは可能ですが、風船のようになった卵巣から組織検査をすると破れて、癌細胞がお腹の中に拡がってしまう可能性があります。このため様々な画像検査や腫瘍マーカーなど傍証を集めてから手術を行い、確定診断をすることが一般的です。

癌は一般的に進行期分類といってどの程度癌が拡がっているかを評価します。卵巣癌では癌が片方の卵巣に限局している1a期と両側の卵巣に限局している1b期が早期癌といえます。1c期はお腹の中に腹水が溜まり、その中に癌細胞が浮遊している状態を言います。1c期になると手術だけではダメで抗がん剤治療が必要となります。2期は癌が骨盤内臓器に拡がった状態を指します。3期の卵巣癌は癌が骨盤内を超えてお腹の中に拡がった状態を指します。卵巣癌の転移は播種(dissemination)という形式をとることが多いです。腹膜や腸の表面、大網などに大小様々な塊を作って転移をするのです。このようになると手術で完全に取り去ることは出来なくなり、手術後抗がん剤治療、経過により再度手術をするなどの治療が行われます。残念ながら卵巣癌では3期症例が半数近くを占めています。また4期と言うのは癌が遠隔転移(肺や肝臓)を起こしている状態を指し、化学療法から治療が行われることが多いです。

卵巣がん ステージ分類

I期 癌が卵巣にだけにとどまっている。
II期 癌が卵巣の周囲(卵管、子宮、直腸、膀胱などの骨盤内)に拡がっている。
III期 癌が卵巣の周囲だけでなく上腹部にも拡がっている。あるいは後腹膜リンパ節に転移している。(後腹膜とは、大動脈、下大静脈、腎臓、尿管などのある場所を指す。)
IV期 癌が腹腔外(肺や肝臓など)に転移している。

術前化学療法とは

術前化学療法とは手術を行う前に抗がん剤治療を行うことで、お腹の中に散らばっている大小様々な病変を縮小させて、手術による切除範囲を小さくすることや手術の完遂度を上げることが目的となります。術前化学療法は一期的に切除が困難な3期や4期の卵巣癌ではしばしば行われています。ただ組織学的確定診断を得られない場合では小開腹で進行期を検索し、術後早期から抗がん剤治療を行う場合もあります。抗がん剤治療により病変が縮小した場合には手術を行い、病変の完全切除を目指します。術前化学療法は抗癌剤に感受性の高い、卵巣癌や乳癌では今後とも有望な治療法と考えられています。

再発の発見

卵巣癌治療においては手術、抗がん剤治療が一般的に行われますが、残念ながら再発をする患者さんもいらっしゃいます。卵巣癌の再発を診断するためには画像診断で病変を見つけることや腫瘍マーカーと言われる癌に特異的な蛋白が上昇することによって診断される場合が多いです。卵巣癌の腫瘍マーカーにはCA125やCA19-9等が知られていますが、卵巣癌の組織型により異なった腫瘍マーカーが上昇する場合が多いです(漿液性腺癌—-CA125、粘液性腺癌——CA19-9など)。アメリカの研究では腫瘍マーカーの上昇のみで再発と診断し、早期に抗がん剤をやっていく場合と病変が画像診断で確認されてから治療を始める場合の効果に差がないとされています。ただ腫瘍マーカーが上昇した時点で治療を開始しないことは患者さんにとってはストレスに繋がる可能性もあり、非常に難しいところがあります。私たちは腫瘍マーカーが上昇してきた場合MRI、CT、PETなどの画像検査により再発部位を特定し、患者さんにとって最良の治療法を選択するようにしています。

がんの検査方法

超音波検査 体に超音波を発信させ、反射してきた音波から画像を作成する検査方法です。患者さんの負担は非常にすくないです。患部に機器を当てるだけとなりますので、放射線を浴びる心配などはありません。
CT検査 様々な角度から体内の画像を取得することができます。コンピュータの進化により、非常に鮮明で詳細な画像が取得できます。がん細胞周囲の臓器やリンパ節転移の有無なども調べることができ、ステージ(進行具合)などを調査するためにも重要な検査項目となっています。
MRI検査 磁場を使った検査方法です。CTと同じように様々な角度から体内の詳細な画像を取得することができます。超音波検査などでは見分けの付きにくい癌細胞もMRI検査でなら発見できる場合があります。がん細胞周辺の臓器などの状態を観察するためにも、術前などでは重要な検査となります。
PET検査 がん細胞は、正常細胞よりも、細胞分裂の数が多く、エネルギーとなるブドウ唐を多く消費します。その特性を生かした検査方法です。現在では限られた医療機関で行われていますが、CTなどとの組み合わせによってより詳細なデータが取得することができます。

再発時の治療法の選択

再発と診断された後ですが、次は治療法を選択することになります。一般的には初回化学療法後6ヶ月を経過しているか、していないかが問題となります。卵巣癌の化学療法としてはタキソールとカルボプラチンを併用する(TC療法)ことが多いですが、再発までの期間が6ヶ月を過ぎている場合はそれら抗がん剤による感受性が再び出てきていると考え、初回化学療法と同じ治療で開始します。6ヶ月以内の再発では初回の化学療法に抵抗性と考え、異なる抗がん剤治療が行われるのが通常です。現在卵巣がんに効果があるとされる抗癌剤の種類も増えており、ドキシル、ジェムシタピン、CPT-11などがセカンドラインの抗癌剤として使用されております。残念ながらセカンドラインの化学療法で効果のない方にはサードライン、フォースラインの化学療法を行いますが、治療効果としてはファーストラインやセカンドラインと同様な効果が期待される可能性は低くなります。それらを考えていくと早期の緩和医療導入や患者さんのQOLを守る様な治療方針を考えていくのも私たちの役割の一つと考えています。

もう一つの可能性は転移巣の外科的切除になります。癌が再発した場合でもがん自体を手術で取り去ることができれば治療効果が高いと考えられます。しかし現在の画像診断では1cm以下の病変を検出することは困難な場合が多く、播種性病変で拡がる卵巣癌の場合手術を完遂できない可能性もあります。このため化学療法と手術を上手に組み合わせて、抗がん剤が奏功して病変が縮小したところを狙って、手術で取ってしまうという発想が出てきます。ただこの場合患者さんの体力や合併症の問題もあり、すべての患者さんで可能だとは言えませんが、再発時の治療法としては今後の課題となります。また再発時腹水がなく、病変が単独であれば初回に手術で取り、その後化学療法を行うことも可能と考えています。

再発後の手術適用

もう1つの治療法としては手術があります。再発したときでも、がん自体を手術で取り去ることができれば、すごく効果で、治療効果が高いと考えられます。 卵巣がんの手術ですが、他の胃がんなどと比較して抗がん剤が非常に奏効しますので、抗がん剤治療を第一選択肢に入れて治療方針を作っていきますが、そういった化学療法の効果と組み合わせて、抗がん剤が奏効して病変が縮小したところを狙って、手術で取りきれるところは全部取ってしまうという発想がでてきています。しかしながら、患者さんの体力の問題や、合併症の問題もあります。手術によって取りきるというのは、やはり治療の決め手です。再発の人で手術をして上手くいくっていうのは腹水がない人です。(腹水があるということはお腹の中に癌がばらばらと飛び散っている可能性が高い)取り切れれば、再発がんでも凄く予後が良いです。卵巣がんの再発パターンで要するに腹水とか播種、播種病変ででてきた場合には、これはなかなか手術適用にはなりません。腹水が出てきたような再発パターンだとやはり抗がん剤治療になります。

婦人科の医師不足問題、患者さんへの影響は

婦人科の医師不足っていうのは結構メディアで言われていますが、しかし治療が遅れることなどあまり心配することはありません。産婦人科医が少ないのは事実ですが、化学療法を極力外来で行い、病棟は手術患者さんのために空けておきます。今の薬は吐き気が少ないものが多いし、吐き気止めの治療もありますので、外来で頑張って治療して頂けるのが1番良いと考えています。また再発した患者さんにはQOLを考えた治療を考えております。セカンドラインの治療法も原則外来で対応し、もし入院が必要な場合でも入院期間は極力短くしております。私の勤務しております女子医大でも、化学療法を行っている患者の大多数は外来で行っております。また手術が必要な悪性腫瘍の患者さんがいらした場合にも、初診時から一カ月以内に何らかの治療が開始できるように良性腫瘍の患者さんと順番を交代して頂くなどの病棟運営の努力をしております。

再発の方へのメッセージ

再発と診断されても、まずは落ち着くことが大切です。腫瘍マーカーの値なのですが、判断がつく前に一喜一憂するのは良くないです。他の画像診断で、病変があるかどうかを確定してもらうということも大事です。その時点で取れる可能性があるならチャンスを狙います。抗がん剤治療の時にでも、手術で取れるチャンスを狙うことが大切です。 再発時の抗がん剤の治療ですが、一般的には6回程度の治療を行いますので、それだけはまず完全にクリアした方が良いだろうと思います。 そしてなにより、自分の人生に対して後悔しないようにすることが一番大切だと思います。QOLの観点からも抗がん剤の投与について患者さんと話し合う場合も多いですが、何か目的があって、抗がん剤治療を継続するのであれば、それはご納得がいくようにサポートして行きたいと考えます。

ポイントまとめ

  • 卵巣がんは初期の自覚症状がなく、気が付きにくいため、サイレントキラーと言われている。
  • 卵巣がんでは骨盤内を超えてお腹の中に拡がった状態の3期症例で発見されることが半数近くを占めている。
  • 術前化学療法は、手術を行う前に抗がん剤治療を用いて手術での切除範囲の縮小と手術の完遂度を上げることが目的である。また抗がん剤に感受性の高い、卵巣がんや乳がんでは有望な治療法と考えられている。
  • 卵巣がんの再発を診断するためには、画像診断で病変の発見や腫瘍マーカーによって診断される場合が多い。
  • 再発時の治療法の選択として、一般的には初回化学療法後6ヶ月を経過しているかが基準となっている。卵巣がんの化学療法のTC療法などの抗がん剤治療や転移巣の外科的切除がある。
  • 手術によって取りきるのは治療の決め手になる。腹水がない場合は再発時の手術がうまくいく可能性があり、予後が良い。
  • 産婦人科医が少ないという事実があるが、病院の体制や治療の準備が整っている医療施設なら心配はあまりない。
  • 抗がん剤の投与や手術で取れるチャンスを狙うなど、QOLの観点からも患者さんと話し合い、目的を明確にして納得をいただいて治療を進めるのが大切。

取材にご協力いただいたドクター

松井 英雄 (まつい ひでお) 先生

東京女子医科大学 産婦人科主任教授
婦人科 医師

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