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世界初の前向き試験の結果が公表
乳がんのホルモン療法は遺伝子型によって効果が異なる?
世界初の前向き試験の結果が公表

日本人女性のがん罹患数で1位※1となっている乳がん。
女性ホルモンと関係が深いタイプの乳がんでは、ホルモン剤のひとつであるタモキシフェンを用いた治療が標準治療として行われますが、日本人に多いある遺伝子型をもつ患者さんでは、このタモキシフェンの治療効果が劣るのでは?という仮説があり、その真偽について結論が待たれていました。
この長年に渡る課題について、このたび国立がん研究センターなどの日本の研究チームにより、世界で初めて前向きな研究※2が行われ、その結果が報告されました。2020年3月に公表された国立がん研究センターのプレスリリースから、日本人の乳がん治療にも大きく関係するこの研究内容と結果をご紹介します。
※1 国立がん研究センターがん情報サービスがん登録・統計 2019年の予測値
※2 あらかじめ患者群を定めて、新たにデータやサンプルを集め、実際に検証する研究のこと。
目次
乳がんの発生や増殖には女性ホルモンが影響している
乳がんは、乳腺にできる悪性腫瘍で、その多くが乳管と小葉(しょうよう)部分から発生します。乳管は母乳を運ぶ管で、小葉は母乳を作る組織の一部です。

乳がんは「女性特有のがん」というイメージがありますが、男性もかかる可能性があります。ただし、男性の乳がん罹患(りかん:病気にかかること)は非常に稀で、圧倒的に女性に多いがんです。
日本人女性が生涯でなんらかのがんに罹患する確率は48%(約2人に1人)※3ですが、中でも乳がんは女性がかかるがんの第1位で、現在も増え続けています。
乳がんの原因と考えられているものはいくつかありますが、そのひとつは女性ホルモンのエストロゲン※4です。
エストロゲンは妊娠や出産などに関係し、乳房の発育など女性らしい体を作る役割をはたしている性ホルモンですが、このエストロゲンが長期間分泌されているほど、乳がんのリスクが高まることが分かっています。
そのため、初経年齢が低い、閉経年齢が遅い、出産経験がない、初産年齢が遅い、授乳経験がない、といったことは、乳がんリスクを高める可能性があります。
※3 国立がん研究センターがん情報サービス最新がん統計 がんに罹患する確率~累積罹患リスク(2015年全国推計値データに基づく)より
※4 女性ホルモンには、エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)という二種類があり、特にエストロゲンは妊娠や出産の機能を整えたり、骨密度の維持や自律神経のバランスを整えたりするなど、女性の身体の健康維持に重要な役割をはたしている。
女性ホルモンが影響するタイプの乳がんに効果的なホルモン療法

このような、女性ホルモン(エストロゲン)の影響を受けて増殖するタイプの乳がんの治療として行われるのが、「ホルモン療法(内分泌療法)」です。
このタイプの乳がんは、がん細胞のなかに女性ホルモンを受け入れる受容体(レセプター)が存在していて、ホルモンの作用を受けやすくなっていることが分かっています※5。そこで、女性ホルモンの分泌を止めたり、ホルモンががん細胞に作用するのをブロックしたりする薬を投与して治療を行います。
※5 女性ホルモンを受け入れる受容体(レセプター)が存在していて、ホルモンの作用を受けやすいタイプの乳がんを、「ホルモン受容体陽性乳がん」という。
エストロゲンは、閉経前の女性では主に卵巣から分泌されるため、卵巣機能を抑えてエストロゲンの分泌を止める薬が使われます。
一方、閉経後は卵巣からのエストロゲン分泌は低下しますが、腎臓のそばにある副腎という臓器から分泌されるアンドロゲン(男性ホルモンの1種)からエストロゲンが作られるようになるため、アンドロゲンをエストロゲンへ変換させる酵素の働きを抑える薬を使います。
このように、ホルモン療法では患者さんが閉経前か閉経後かによって使われる薬が変わります。
ホルモン受容体が陽性の患者さんは乳がん患者全体の約7〜8割を占めており、対象となる患者さんにホルモン療法を行うことで、再発・転移リスクを大きく減らしたり、進行がんでも生存期間を伸ばしたりする効果があきらかになっています。
閉経前と閉経後の主なホルモン療法薬
(日本乳がん学会患者さんのための乳癌診療ガイドラインより)
分類 | 一般名 | 薬の働き | |
---|---|---|---|
閉経前 | LH-RHアルゴニスト製剤 | 酢酸リュープロレリン | 卵巣でのエストロゲン合成を抑える。 |
酢酸ゴセレリン | |||
閉経前 閉経後 |
抗エストロゲン薬 | タモキシフェン | エストロゲン受容体をふさいでエストロゲンが乳がん細胞に作用するのを妨げる。 |
トレフェミン | |||
黄体ホルモン薬 | 酢酸メドロキシプロゲステロン | 間接的に女性ホルモンの働きを抑制する。 | |
閉経後 | アロマターゼ阻害薬 | アナストロゾール | アンドロゲンをエストロゲンに変換するアロマターゼを阻害する。 |
レトロゾール | |||
エキセメスタン | |||
抗エストロゲン薬 | フルベストラント | エストロゲン受容体を分解して、エストロゲンが乳がん細胞に作用するのを防ぐ。 |
閉経とは、年齢が60歳以上の場合か、45歳以上で過去1年以上月経がない場合、あるいは両側の卵巣を摘出している場合のことをいいます。それ以外で、閉経しているかどうかわからない場合は、血液中のエストロゲンと卵胞刺激ホルモンを測定して判断します。
ホルモン療法薬タモキシフェンってどんな薬?
ホルモン剤の中でも、抗エストロゲン薬に分類されるタモキシフェン(製品名ノルバデックスなど)は、エストロゲンが乳がん細胞に作用するのをブロックして効果を発揮する薬剤です。
エストロゲンを栄養として増殖する乳がん細胞は、エストロゲンの取り込み口である「エストロゲン受容体」を持っています。タモキシフェンはこの受容体にくっつくことで、乳がん細胞がエストロゲンと結合することを防ぎ、増殖の信号が伝わらないようにしてがんの増殖を抑える作用をもっています。
こうした作用から、閉経前、閉経後でも効果を見込むことができ、ホルモン受容体陽性乳がんの治療では広く使われています。
治療効果については、タモキシフェンを5年間服用した場合と服用しなかった場合を比較した20の臨床試験(合計患者数約1万人)の解析※6などから、手術の後に5年間タモキシフェン投与することにより、ホルモン受容体陽性乳がんの再発リスク、死亡リスクが減少することが示されています。
こうした結果から、日本乳癌学会の乳癌診療ガイドライン※7で、タモキシフェンによるホルモン療法は「強く推奨」されています。
※6 Early Breast Cancer Trialists’ Collaborative Group(EBCTCG), Davies C, Godwin J, Gray R, Clarke M, Cutter D, et al. Relevance of breast cancer hormone receptors and other factors to the efficacy of adjuvant tamoxifen:patient—level meta—analysis of randomised trials. Lancet. 2011; 378(9793): 771—84. [PMID: 21802721]
※7 がん診療ガイドラインは、学会などが医療従事者向けに策定した標準的な治療方針とその根拠を示したもの。臨床試験など科学的な根拠に基づき作成されている。
日本人はタモキシフェンの効果が低い可能性があった
こうした乳がんのホルモン療法のひとつであるタモキシフェンに関して、2020年3月に国立がん研究センターらの研究グループが、注目される研究結果を発表しました。
タモキシフェンは、体に投与されるとそのままで乳がんに働くのではなく、体内の肝臓にあるCYP2D6という酵素によってより有効な形(代謝産物であるエンドキシフェンと4-OH-タモキシフェン)に変換されることで、がんに対する効果を発揮することが分かっています。
そのため、CYP2D6活性が低い人は、タモキシフェンの効果も低い可能性が示されていました。
実はこのCYP2D6の活性には民族差や個人差があり、特に日本人においては約7割で遺伝的に活性が低いといわれていますが、タモキシフェンは日本でも多くの患者さんの治療に使われています。もしCYP2D6の活性程度が治療効果に影響を及ぼしているとしたら大きな問題です。
国立がん研究センターのリリースによると、2005年に米国の研究チームが、CYP2D6活性が遺伝的に低い人はタモキシフェンによる治療効果が劣る、という後ろ向き研究※8の結果を発表したことを皮切りに、これまで世界中から多数の研究論文が発表されています。
しかしながら、これらの研究論文は肯定する結果と否定する結果が混在し、一貫した科学的根拠が十分ではないことから、この問題は15年にわたって乳がん治療における世界的な課題となっていました。
※8 診療情報や臨床検体など、カルテ記載事項、検査結果のデータ、組織サンプルを用いてさまざまな事柄を調査する研究。臨床研究の出発点として、診療上の問題や医学上の問題に対する答えの糸口を見つける役割を果たす。
世界で初めて公表された日本における前向き比較試験の結果
この、乳がん治療における重要な問題に対して、国立がん研究センター、慶應義塾大学医学部、理化学研究所らのグループは、世界初の前向き無作為比較試験を実施しました。
研究内容は、2012年12月から2016年7月までの間に登録された、タモキシフェンの治療対象となるホルモン受容体陽性の転移・再発乳がん(一次治療)患者さん186名に対してCYP2D6遺伝子を調べる検査を実施し、CYP2D6酵素の代謝活性が低い遺伝子型をもっている患者さん136例を抽出。その患者さんを無作為に2つの群に振り分けて、一方には標準的な用量である20mgを、他方には標準用量の2倍にあたる40mgを投与して、6ヶ月後に効果などに違いがあるかを評価するというものです。
今回行われた研究の流れ
ホルモン受容体陽性
転移・再発乳がん(一次治療)の患者さん186名

遺伝子検査で
代謝活性が低い遺伝子型を保有している患者さんを抽出
(136例)

2群に振り分け
タモキシフェン
標準用量20mg投与群
(66例)
タモキシフェン
標準の2倍40mg投与群
(70例)

試験治療開始後6か月時点で評価実施
主要評価項目:
・がんの増悪の有無
副次的評価項目:
・活性代謝物の血中濃度と有効性の関連性
・活性代謝物の血中濃度と無増悪生存期間
その結果、試験治療開始後6か月時点での無増悪生存率※9の割合は、タモキシフェン20mg群66.7%、40mg群67.6%と2群の間で差は見られませんでした。
さらに血液中の活性代謝物エンドキシフェンの濃度は、20mg群に比べると40mg群のほうが高かったものの、治療効果とは関連しないという結果になりました。
このように、タモキシフェンの用量を増やしても治療効果に違いが見られなかったことから、今回の研究では、CYP2D6遺伝子型を事前に調べて投与量を変える必要はなく、低活性の遺伝子型であっても治療上の不利益とはならないと結論づけています。
乳がんは早期で発見、早期治療を行えば治癒できる割合が高いがんですが、それでも進行してしまうと命にかかわります※10。
有力な治療のひとつであるタモキシフェンによるホルモン療法の効果が、日本人に多い遺伝子タイプでも不利にはならないという今回の研究結果は、対象となる患者さんにとって朗報といえるでしょう。
※9 治療中または治療後に、症状が悪化したりがんが進行したりすること無く安定した状態にある患者さんの割合
※10 乳がんの5年生存率はステージⅠ100%、ステージⅣ40%(全がん協部位別臨床病期別5年相対生存率(2009-2011年診断症例))より
ポイントまとめ
- 乳がんの原因のひとつは女性ホルモンのエストロゲン。エストロゲンが長期間分泌されているほど、乳がんのリスクが高まる
- ホルモン療法は、女性ホルモンが関係するタイプの乳がん(ホルモン受容体陽性乳がん)に対する標準治療のひとつ。女性ホルモンの分泌を止めたり、ホルモンががん細胞に作用するのをブロックすることで治療を行う
- ホルモン剤のひとつであるタモキシフェンは、多くの臨床試験結果からホルモン受容体陽性乳がんの再発リスク、死亡リスクを減らすことが示されており、日本乳癌学会の乳癌診療ガイドラインで「強く推奨」されている
- タモキシフェンは、日本人の約7割が当てはまる、CYP2D6という酵素の活性が低い遺伝子型を持つ人には効果も低い可能性が示されていた
- 国立がん研究センターらのグループは、世界初の前向き無作為比較試験を実施し、結果を2020年3月に公表。CYP2D6低活性の遺伝子型であっても、治療上の不利益とはならないことが示された
- 【当記事の参考】
日本乳癌学会 乳癌診療ガイドライン2018年版(追補2019)
http://jbcs.gr.jp/guidline/2018/index/日本乳癌学会 患者さんのための乳がん診療ガイドライン2019年版 http://jbcs.gr.jp/guidline/p2019/guidline/
国立がん研究センターがん情報サービス それぞれのがんの解説 乳がんhttps://ganjoho.jp/public/cancer/breast/index.html
一般社団法人 日本女性心身医学会 一般の皆様へ「女性の病気について」 http://www.jspog.com/general/details_25.html
コラム:女性ホルモンと病気の関係

子宮体がんは、子宮上部の袋状の部分(子宮体部)にできるがんです。子宮の内側は子宮内膜と呼ばれる粘膜でおおわれており、この子宮内膜から発生することから、子宮内膜がんとも呼ばれます。年間約14,000人※11が発症(女性のがん罹患数6位)し、30代から徐々に増え始め、50代から60代前半がピークとなります。
どちらのがんも女性ホルモンのエストロゲンが分泌される期間が長いほど、発生するリスクが高くなるといわれています。
このように、一部のがんと関係が深い女性ホルモンですが、一方で、女性ホルモンのエストロゲンは血管の老化予防や皮膚の代謝促進、骨の形成促進、自律神経の安定、認知力向上、コレステロールのバランス調整などに関わり、女性の体にとって重要な働きをしています。
卵巣から分泌されるエストロゲンは50歳前後の閉経期を境に急激に分泌量が減少しますが、ホルモンの減少に比例して、脂質異常症や動脈硬化、骨粗しょう症など関係する疾患のリスクが高まることも分かっています。
ホルモン変化に注目して適切な検査やケアをしていくことで、がんを含む女性特有の病気・不調の予防や、早期発見することにつながります。
※11 公益財団法人がん研究振興財団「がんの統計’18」より
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