【特集記事】新薬「CDK4/6阻害薬」で再発・進行乳がんの「安定期間」延長、QOL向上も

公開日:2019年03月29日
田村 研治先生 国立がん研究センター中央病院 乳腺・腫瘍内科長

日本の女性がん患者さんの約20%が乳がんです。多くの乳がん患者さんがさまざまな症状や抗がん剤の副作用などに苦しんでいます。
そんな中、再発・進行乳がんの患者さんのQOL向上につながる新薬である、「CDK4/6阻害薬」が相次いで発売され、注目されています。
国立がん研究センター中央病院乳腺・腫瘍内科長の田村研治先生に「CDK4/6阻害薬」の特徴などを伺いました。

目次

女性のがん患者さんの約20%が乳がん

女性のがん患者さんの約20%が乳がん

国立がん研究センターの調査で、2018年における女性のがん罹患数予測は438,700人で、うち乳がんは約20%(86,500人)を占めることがわかりました。これは、女性のがんでは第一位です。年齢階級別罹患率(年齢層ごとの罹患率)で見ると、30代から増加し40代後半~50代でピークを迎えます。

乳がんは、比較的早期から転移が起こりやすいと言われています。手術で主要な病巣を取り除いても、検査で見つからなかった小さなものは、別の臓器に転移している場合があります。乳がんが最初に転移しやすい場所は、近くにある腋の下のリンパ節や骨、皮膚です。離れた臓器に転移する遠隔転移では、肺、肝臓、脳に転移することもあります。

また、再発は治療後3年までに起こることが比較的多いのですが、乳がんの場合5~10年後に起こることもあります。

※国立がん研究センター がん情報サービスより
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/short_pred.html

再発・転移乳がんに対する従来の治療法

乳がんは、がん細胞の性質によって「サブタイプ分類」されています。その分け方は、

  1. 1. がん細胞が女性ホルモンによって増殖する性質を持つか(女性ホルモンに対する受容体であるエストロゲン受容体[ER]とプロゲステロン受容体[PgR]を持つか)
  2. 2. がん細胞の増殖に関わるHER2タンパクまたはHER2遺伝子を過剰に持っているか
  3. 3. がんの増えるスピードが速いか(がんの状態の目安として使われるKi 67が高値であるか)

という3つの観点から「ルミナルA型」「ルミナルB型HER2陰性」「ルミナルB型HER2陽性」「HER2型」「トリプルネガティブ」の5つのタイプに分類されます。サブタイプ分類により、薬物療法が選択されます。

サブタイプ分類 ホルモン受容体 HER2 Ki67値
ER PgR
ルミナルA型 陽性 陽性 陰性
ルミナルB型(HER2陰性) 陽性または陰性 弱陽性または陰性 陰性
ルミナルB型(HER2陽性) 陽性 陽性または陰性 陽性 低~高
HER2型 陰性 陰性 陽性
トリプルネガティブ 陰性 陰性 陰性

出典:国立がん研究センターがん情報サービス
https://ganjoho.jp/public/cancer/breast/diagnosis.html

再発・進行乳がんの6割は、「ルミナルA型」「ルミナルB型(HER2陰性)」です。このタイプは、女性ホルモン(エストロゲン)をエネルギーにしてがん細胞が増殖するので、女性ホルモンとがん細胞が結びつかないようにしたり、女性ホルモン自体の数を減らしたりする内分泌療法が一般的です。

内分泌療法では3種類程度の薬剤を単剤で使います。治療効果が弱くなれば、次の薬剤への切り替えを検討します。こうして内分泌療法を続け、いよいよこれ以上の効果が期待できないとなると、殺細胞性の抗がん剤治療に切り替えます。

抗がん剤はがん細胞の分裂を阻害する半面、正常細胞にもダメージを与えます。脱毛や強い吐き気などの副作用が重いと、日常生活、社会生活に支障が出ます。その点、内分泌療法は比較的副作用が少ないのが特徴です。このような治療薬の特性を考え、できるだけ内分泌療法の期間を延ばし、抗がん剤治療を先延ばしにすることができれば、患者さんのQOL(生活の質)の維持・向上が可能です。

新薬「CDK4/6阻害薬」の登場で内分泌療法による「安定期間」延伸も

新薬「CDK4/6阻害薬」の登場で内分泌療法による「安定期間」延伸も

「CDK4/6阻害薬」は分子標的薬です。乳がんの増殖や転移に関係する酵素である「CDK4」と「CDK6」の働きを抑制するというユニークなメカニズムで治療効果を発揮します。現在日本で販売されているのは、パルボシクリブ(2017年9月承認)とアベマシクリブ(2018年9月承認)の2種類です。

CDK4/6阻害剤の特徴は、内分泌治療と併用できることです。パルボシクリブ、アベマシクリブで、内分泌治療の無増悪生存期間(がんが進行せず安定した期間)が2倍延長したという臨床試験の結果が報告されています。統計学的に有意な差を認めないものの、全生存期間も伸びたといいます。抗がん剤を使う時期が少しでも遅らせることができるのは大きな意味があります。

CDK4/6阻害薬によって、再発・進行乳がん患者さんの半数以上が大きなメリットを享受できるようになりました。気になるのは副作用です。両薬剤とも日本での使用経験はまだ2年足らずで、今後情報が蓄積されるのを待つしかありませんが、臨床試験ではパルポシクリブは白血球の減少による感染症リスクが報告されています。アベマシクリブについては下痢、胃炎、軽い吐き気などの消化器症状などが報告されています。

CDK4/6阻害薬は今後、臨床現場で本格的に使用されることになります。研究開発が進み、第二世代、第三世代の薬が登場すれば、乳がん患者さんのQOLはさらに向上するでしょう。

ポイントまとめ

  • ・新薬「CDK4/6阻害薬」を内分泌治療との併用で、QOLの向上が期待できる
  • ・再発・進行乳がんの6割を占める「ルミナルA型」「ルミナルB型(HER2陰性)」にとってメリット
  • ・今後、第二世代、第三世代のCDK4/6阻害薬への期待が高まる

取材にご協力いただいたドクター

田村 研治先生 国立がん研究センター中央病院 乳腺・腫瘍内科長

田村 研治 (たむら けんじ) 先生

国立がん研究センター中央病院 乳腺・腫瘍内科長

コラム:乳がんの薬物療法による副作用

乳がんの薬物療法には大きく3種類あり、がんの増殖や分裂を阻害する化学療法、女性ホルモンに働きかける内分泌療法、特定の分子を標的にする分子標的治療(今回の新薬「CDK4/6阻害剤」はこれです)があります。それぞれの副作用を紹介します。

●化学療法
影響を受けやすいのは、口や胃などの粘膜、血液を作る組織である骨髄などです。脱毛、口内炎、下痢といった症状が出る場合があるほか、白血球や血小板の数が少なくなることで感染しやすくなったり出血しやすくなったりします。ほかにも、全身のだるさ、吐き気、手足のしびれや感覚の低下、筋肉痛や関節痛などが出ることもあります。
●内分泌療法
化学療法と比べて副作用は軽いと言われています。しかし、更年期障害のような顔面の紅潮やホットフラッシュ(ほてり、のぼせ)、発汗、動悸といった症状が出ることもあります。多くは治療開始後数カ月で治まりますが、症状によっては使用する薬の種類を変更したり、症状を和らげる薬を出したりすることもあります。また、使用する薬によっては高脂血症や血栓症、骨粗しょう症のリスクが高まることが知られています。これらのリスクを下げる治療が並行して行われることもあります。
●分子標的治療
がん細胞だけを狙い撃ちにして、正常細胞は影響をほとんど受けないため、副作用は軽いと言われています。しかし、寒気や発熱など特有の症状が出ることがあり、体調を確認しながら治療は行われます。

関連記事

※掲載している情報は、記事公開時点のものです。