【最新医療】大腸がんの幹細胞の働きを抑える新規治療薬開発に期待

公開日:2016年10月31日

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効果的な治療法がなかったがん幹細胞

 私たちの体を構成する60兆個もの細胞は、もとは1つの受精卵からスタートし、細胞分裂を繰り返して形成されたものです。がん細胞は正常な細胞から生まれ、1個が2個になり、2個が4個になり、4個が8個になり、さらに倍に、倍にと増殖していきます。

近年、がんの研究ではがん幹細胞(がんの根本の細胞)が注目されています。すべてのがん細胞はがん幹細胞から派生しているといわれていますが、がん幹細胞は、2つに分裂すると、1つはもとと同じがん幹細胞に、もう1つはがん細胞になります。がん細胞として分裂したほうは、細胞分裂を繰り返してどんどん増殖していきます。

一方、がん幹細胞になったほうは、ほとんど休眠状態(静止期)になります。がん幹細胞は分裂が遅く、いつ活動を始めるかわかりませんが、やがて再び2つの細胞に分裂して、一方(がん細胞)は増殖していき、片方(がん幹細胞)は静止期に入ります。

治療によってがんが治癒したと思っても、ごく少数のがん幹細胞が残存していることがあります。最初にがんが発生した場所(原発巣)に残ったがん幹細胞から再びがん細胞が発生するのが再発で、がん幹細胞が他の部位へ移動してがん細胞が発生するのが転移です。

がん細胞は正常細胞に比べて細胞分裂の速度が速いという特徴があります。抗がん剤や放射線治療はこの点に着目して開発されています。がん細胞が2つに分裂する時は不安定な状態で、DNAがむき出しになるため攻撃しやすくなります。

しかし、がん幹細胞は休眠状態で細胞分裂をほとんど行ってないため、抗がん剤や放射線治療の標的になりにくいといわれています。また、がん幹細胞にはポンプの働きをするたんぱく質があり、薬剤が細胞の外に排出されるため、抗がん剤に抵抗性を示すことも知られています。

がんを完全に治療するためにはがん幹細胞を根本的にたたく必要があります。そんな治療薬の開発に結びつきそうな研究成果が報告されています。

がん幹細胞が腫瘍を形成する働きを抑える薬剤

 国立がん研究センターと理化学研究所、カルナバイオサイエンスの研究グループは、大腸がんの細胞を作るもととなる大腸がん幹細胞の働きを抑制する新規化合物(医薬品候補)を創出しました。

大腸がんの90%以上の患者では、Wntと呼ばれる遺伝子に変異がみられ、それによってWntシグナルの伝達経路が常に活性化した状態にあるためにがん幹細胞が発生すると考えられています。この経路を遮断する薬剤があれば大腸がんの治療は可能ですが、いまのところ治療薬として実用化されたものはまだありません。

今回研究グループは、Wntシグナル伝達経路の活性化にはTNIKというリン酸化酵素が必要であることを発見しました。TNIKは大腸がん細胞の増殖維持に欠かせない物質であり、その活性を阻害する新規の化合物「NCB―0846」を突き止めました。大腸がん幹細胞は、細胞1個からでも腫瘍を再構築することができるほど高い造腫瘍性(腫瘍を作る能力)を示しますが、NCB-0846はその働きを強く抑制するといいます。

さらに、NCB-0846は経口投与が可能であり、ヒトの大腸がん細胞を移植したマウスに投与すると、がんの増殖とがん幹細胞マーカーであるCD44の発現が顕著に抑制されることも明らかになりました。

研究グループは、「がん幹細胞が腫瘍を形成する働きを抑えるNCB-0846が治療薬として実用化されると、従来の抗がん剤が効かなくなった患者さんでも、治療の機会が得られる可能性がある」としています。研究論文は、国際学術誌「Nature Communications」の8月26日付オンライン版に掲載されました。

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がん幹細胞が腫瘍内の血管を形成

 岡山大学大学院自然科学研究科ナノバイオシステム分子設計学研究室の妹尾昌治教授らの研究グループは、がん幹細胞が血管の細胞へ分化して腫瘍内で血管系を形成することを証明したと、9月26日に発表しました。

研究グループは、2012年に人工多能性幹細胞(iPS細胞)からがん幹細胞を作成することに世界で初めて成功しており、今回はマウスのiPS細胞由来のがん幹細胞を使って腫瘍血管について解析しました。

その結果、幹細胞は血管新生因子である血管内皮細胞成長因子(VEGF-A)と塩基性線維芽細胞成長因子(FGF-2)を産生して、血管内皮細胞や、内皮細胞のない疑似血管を構成していく様子を観察することに成功したと報告しています。

今回の研究成果は、がん幹細胞が腫瘍周囲にある血管の内皮細胞の成長を促すだけでなく、腫瘍内の血管ネットワークを構成する細胞までも生み出していることを示すとしています。 研究グループは「1つのがん幹細胞から血管内皮細胞と擬似血管細胞の両方が作り出されることがわかったことで、腫瘍血管を標的とする新たな制がん剤の開発が進むことが期待される」とコメントしています。

【プレスリリース】
http://www.ncc.go.jp/jp/information/pdf/press_release_20160826.pdf
http://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id417.html

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