開発が進む分子標的治療薬-転移性がん治療の選択肢が広がる-

公開日:2011年06月08日

目次

抗がん剤の主役は分子標的治療薬

過去10年間に新たに承認された抗がん剤の多くは分子標的治療薬です(図1)。分子標的治療薬は、がん細胞だけがもつ特徴を分子レベルでとらえた、新しいタイプの薬といえます。がん関連の医師が集まる学術大会でも、抗がん剤の話題の中心は分子標的治療薬の臨床における知見や、新薬の開発・承認で、期待がよせられています。そして、これらの分子標的治療薬が、従来の抗がん剤と作用メカニズムが異なる点を利用し、両者を組み合わせた効果的な治療方法(併用療法)が日々研究されています。

それぞれに異なる分子標的薬の個性

がん細胞に発現するさまざまな受容体(いろいろな信号を受け取るタンパク質)は、がん細胞にだけ存在したり、なんらかの変異で正常細胞より過剰に存在していたり、機能し続けてしまったりして、がん細胞特有の浸潤、増殖・転移を進行させます。こうした受容体にフタをするような物質や、信号を受け取る邪魔をするといったような物質があればがんの進行をくいとめることができます。そこで登場したのが分子標的治療薬です。

受容体に結合する物質(抗原)を標的とした、セツキシマブ、トラスツズマブ、ベバシズマブは、抗原に結合することによって、受容体と抗原との結合を阻害して、細胞内へ次々と異常な信号が送られていくのを防ぎます。またリツキシマブやトラスツズマブなどは、抗原に結合すると、補体と呼ばれる血清中のタンパク質が次々と活性化され、細胞に穴をあけて細胞を殺す作用をもっています。また、抗体ががん細胞に結合することが目印となり、マクロファージとよばれる細胞を食べる細胞などによって、細胞が殺される作用をもっており、抗悪性腫瘍効果を発揮します。一方、ゲフィチニブやイマチニブのような、シグナル伝達系に作用する小分子化合物は、標的分子の細胞内ドメインに存在するチロシンキナーゼを阻害することにより、効果を発揮します。

<図1>近年日本で承認された分子標的治療薬(カッコ内は商品名)
2001 イマチニブ(グリベック)
トラスツズマブ(ハーセプチン)
リツキシマブ(リツキサン)
2002 ゲフィチニブ(イレッサ)
2003  
2004  
2005 ゲムツズマブオゾガイマシン(マイロターグ)
2006 ボルテゾミブ(ベルケイド)
2007 ベバシズマブ(アバスチン)
エルロチニブ塩酸塩 (タルセバ)
2008 ソラフェニブトシル酸塩(ネクサバール)
セツキシマブ(アービタックス)
スニチニブリンゴ酸塩(スーテント)
イブリツモマブチウキセタン(ゼヴァリン)
2009 ダサチニブ水和物(スプリセル)
ニロチニブ塩酸塩水和物(タシグナ)
ラパチニブトシル酸塩水和物(タイケルブ)
2010 エベロリムス(アフィニトール)
テムシロリムス(トーリセル)
パニツムマブ(ベクティビックス)

転移性がん治療の選択肢広がる

ベバシズマブは、世界で初めて血管新生阻害薬として承認された薬です。ベバシズマブは、単剤での有効性は示されていませんが、他の薬と組み合わせて投与する併用療法によって有効性が報告されています。米国において、初回治療の転移性結腸・直腸がんの症例を対象に実施された臨床試験で、標準的な化学療法イリノテカン+フルオロウラシル(5-FU)/ロイコボリン(IFL療法)にベバシズマブを併用した群においては、化学療法のみの群と比較して有意に生存期間が延長すること、ある一定レベル以上の腫瘍縮小の認められた患者の割合(奏功率)が上昇することが確認されています。2004年には米国FDA(米国食品医薬品局)より、転移性結腸・直腸がんの一次療法に静注5-FUを含む化学療法との併用で承認されています。さらに、化学療法の治療歴のある結腸・直腸がん患者にたいしてオキサリプラチン+5-FU/LV(FOLFOX4)にベバシズマブを併用した場合の有効性も検証されました。近年は、術後再発抑制を目的とした補助化学療法と、切除不能転移・再発がんを対象として、ベバシズマブと化学療法を併用する全身化学療法があります。初回治療には適応があれば、ベバシズマブ併用療法も可能です。

また、転移を有する進行性腎細胞がんに対しては、従来の標準治療として、インターフェロン-αやインターロイキンを用いた、サイトカイン療法が行われてきました。腎細胞がんは、ほかの抗がん剤や放射線に抵抗性で、ほとんど奏功しないとされてきましたが、分子標的治療薬による効果が報告されつつあります。日本でも2008年よりソラフェニブ、スニチニブといったチロシンキナーゼ阻害薬が承認され、また2010年よりエベロリムス、テムシロリムスといったmTOR阻害薬も使用可能となりました。ソラフェニブは、既存のサイトカイン療法に対して不応となった腎細胞がんに対する有効性が示されています。またスニチニブは、イマチニブ耐性あるいは不耐症例の消化管間質腫瘍においてその有効性が示され、その後、転移性腎がんにおいても有効性が示されました。

低分子化合物

チロシンキナーゼ阻害薬

・チロシンキナーゼは、細胞の分化や増殖、あるいは免疫反応などに関わるたんぱく質を次々と機能させるようなスイッチを押す役割があります。このスイッチが押された状態が継続的に続いてしまう遺伝子変異が起こると、細胞ががん化してしまいます。チロシンキナーゼ阻害薬は、このスイッチが押されないよう阻害し、細胞増殖抑制、細胞死を誘導によって抗腫瘍効果が得られる薬です。
・従来の化学療法にはないさまざまな副作用の可能性があるので注意が必要です。
・嘔吐の副作用は低~中低度

一般名 商品名 標的分子 適応がん種 主な副作用
赤字:頻度高または重篤化する
ゲフィチニブ
Gefitinib
イレッサ ヒト上皮細胞増殖因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ阻害 手術不能または再発非小細胞肺がん 肺毒性、皮膚障害、間質性肺炎の頻度が高い
エルロチニブ塩酸塩
Erlotinib hydrocloride
タルセバ ヒト上皮細胞増殖因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ阻害 切除不能な再発・進行性でがん化学療法施行後に憎悪した非小細胞肺がん 肺毒性、皮膚障害、消化管穿孔。間質性肺炎の頻度が高い
ソラフェニブトシル酸塩
Sorafenib tosilate
ネクサバール 細胞増殖や血管新生に関わるRaf、血小板由来増殖因子受容体(PDGFR)、血管内皮細胞増殖因子受容体(VEGFR)、幹細胞因子受容体(KIT)、fms様チロシンキナーゼ3(FLT3)などの複数のキナーゼを阻害する、マルチキナーゼ阻害薬 根治切除不能または転移性の腎細胞がん、切除不能な肝細胞がん 心毒性、肝障害、皮膚障害、消化管穿孔、血栓塞栓症、出血、高血圧症。手足症候群の頻度が高い
スニチニブリンゴ酸塩
Sunitinib malate
スーテント 血小板由来増殖因子受容体(PDGFR)、血管内皮細胞増殖因子受容体(VEGFR)、幹細胞因子受容体(KIT)、fms様チロシンキナーゼ3(FLT3)などの複数のキナーゼを阻害する、マルチキナーゼ阻害薬 イマチニブ抵抗性の消化管間質腫瘍(GIST)、根治切除不能または転移性の腎細胞がん 心毒性、消化管穿孔、血栓塞栓症、出血、高血圧症、QT延長、低マグネシウム血症
ラパチニブトシル酸塩水和物
Lapatinib Tosilate Hydrate
タイケルブ 上皮成長因子受容体(EGFR)とHer2/neuの双方を阻害する二重チロシンキナーゼ阻害 HER2過剰発現が確認された手術不能または再発乳がん 心毒性、肺毒性、肝障害、QT延長
イマチニブメシル酸塩
Imatinib mesilate
グリベック Bcr-Ablチロシンキナーゼ、幹細胞因子受容体(KIT)チロシンキナーゼを阻害 慢性骨髄性白血病(CML)、KIT陽性消化管間質腫瘍(GIST)、
フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病 (Ph+ALL)
心毒性、肝障害、皮膚障害、消化管穿孔、出血
ダサチニブ水和物
Dasatinib Hydrate
スプリセル Bcr-Abl、SRCファミリーキナーゼ、血小板由来増殖因子受容体(PDGFR)などの複数のキナーゼを阻害する、マルチキナーゼ阻害薬 イマチニブ抵抗性の慢性骨髄性白血病、再発または難治性のフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病 心毒性、肺障害、皮膚障害、出血、QT延長
ニロチニブ塩酸塩水和物
Nilotinib Hydrochloride Hydrate
タシグナ Bcr-Ablチロシンキナーゼ阻害 イマチニブ抵抗性の慢性期または移行期の骨髄性白血病(CML) 心毒性、肺障害、肝障害、消化管穿孔、出血、QT延長

プロテアソーム阻害薬

プロテアソームは、細胞でたんぱく質の分解の主要な経路を司る酵素の複合体です。細胞周期や細胞死に対しても関連たんぱく質の分解を通じてそれらの制御に関係していると考えられています。

一般名 商品名 標的分子 適応がん種 主な副作用
赤字:頻度高または重篤化する
ボルテゾミブ
Bortezomib
Gefitinib
ベルケイド プロテアソーム阻害 再発または難治性の多発性骨髄腫 心毒性、肺毒性、神経毒性

mTOR阻害薬

mTOR阻害薬(mammalian target of rapamycin;哺乳類ラパマイシン標的タンパク質)

mTORは血管内皮細胞の増殖に関わるたんぱく質。mTORを抑制することで、血管新生を抑制します。

一般名 商品名 標的分子 適応がん種 主な副作用
赤字:頻度高または重篤化する
エベロリムス
Everolimus
Gefitinib
アフィニトール mTOR阻害 腎細胞がん 肺毒性、肝障害、皮膚障害
テムシロリムス
Temsirolimus
トーリセル mTOR阻害 腎細胞がん 注入反応・アナフィラキシー、肺毒性、腎障害、皮膚障害、消化管穿孔、血栓塞栓症

モノクローナル抗体

・標的抗原への特異的作用
・注射薬
・分子標的薬投与時に特異的なinfusion reaction(注入反応、点滴反応)の可能性がありますが、特にキメラ抗体では注入反応に対策が必要です。infusion reactionは血管性浮腫、低酸素、血圧低下、心筋梗塞などが起こること。

一般名 商品名 標的分子 適応がん種 主な副作用
赤字:頻度高または重篤化する
セツキシマブ
Cetuximab
アービタックス ヒト上皮細胞増殖因子受容体(EGFR) EGFR陽性の治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸がん 注入反応・アナフィラキシー、心毒性、肺毒性、皮膚障害、低マグネシウム血症、低リン血症
リツキシマブ
Rituximab
リツキサン CD20 CD20陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫、インジウムイブリツモマブ チウキセタン、イットリウムイブリツモマブ チウキセタン投与の前投与 注入反応・アナフィラキシー、心毒性、肺毒性、腎毒性、皮膚障害、消化管穿孔
イブリツモマブ チウキセタン
Ibritumomab tiuxetan
ゼヴァリン CD20
(放射線免疫療法)
CD20陽性の再発または難治性の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫,マントル細胞リンパ腫 皮膚障害
ゲムツズマブオゾガマイシン
Gemtuzumab ozogamicin
マイロターグ CD33 再発または難治性のCD33陽性急性骨髄性白血病 注入反応・アナフィラキシー、骨髄抑制、肝毒性
トラスツズマブ
Trastuzumab
ハーセプチン HER2 HER2過剰発現が確認された転移性乳がん、HER2過剰発現が確認された乳がんにおける術後補助化学療法 注入反応・アナフィラキシー、心毒性、肺毒性、皮膚障害、高血圧症
ベバシズマブ
Bevacizumab
アバスチン 抗血管内皮細胞増殖因子(VEGF) 治癒切除不能な進行・再発の結腸がん、直腸がん、扁平上皮がんを除く切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん 注入反応・アナフィラキシー、心毒性、消化管穿孔、創傷治癒遅延、血栓塞栓症、出血、高血圧症
パニツムマブ
Panitumumab
ベクティビックス ヒト上皮細胞増殖因子受容体(EGFR) KRAS遺伝子野生型の治癒切除不能な進行・再発の結腸がん、直腸がん 注入反応・アナフィラキシー、肺毒性、皮膚障害、低マグネシウム血症、低カリウム血症、低カルシウム血症

分子標的治療薬の名前で読み解く薬のルーツ

医薬品の名前には、商品名と有効成分の化学物質名(一般名)があります。通常は商品名で扱われますが、同じ有効成分でもいくつかの製薬会社が薬を販売していれば異なる商品名になることが多く、また同じ商品でも、海外では違う商品名になることもあります。一方、有効成分の化学物質名は、慣用的に古くから使われているような医薬品の一部を除いて、国際的に通用する名称で、国際的な一定のルールに従って名前がつけられています。その名前から、薬の構造や作用メカニズム、ルーツを知ることができるのです。

さて、分子標的薬の一般名を読みにくいと感じたことはありませんか? エルロチニブ、ゲフィチニブ、ボルテゾミブ、トラスツズマブ、ベバシズマブ…一度で正しく発音するのも難しく、覚えにくいものばかりです。これらの名前からは薬のルーツがわかります。
分子標的治療薬は、その化合物の大きさから、低分子化合物と高分子化合物(モノクローナル抗体)に分類されます(表5)。

例えば、名前の最後に『イブ(-ib)』とつくと、低分子化合物のチロシンキナーゼ阻害薬・プロテアソーム阻害薬とわかります。一方、名前の最後に『マブ(-mab)』とつくと、モノクローナル抗体(monoclonal antibody)を指します。

さらにモノクローナル抗体、つまり『マブ(-mab)』のつく名前をみると、抗体の種類、疾患やターゲットにしているものなどがわかります。さらに、『マブ(-mab)』の前には、抗体の起源の動物種を意味する文字がついています。『u』はhuman(ヒト)、『o』はmouse(マウス)です。マウスを起源とする抗体は、その抗体を異物と判断して免疫反応を起こし、ショック症状を引き起こすなどの副作用があるため使用されなくなりました。そこで、キメラと呼ばれるマウスとヒトの異なる遺伝子型が混在する抗体を合成し、免疫反応を起こしにくくする工夫がされています。キメラ抗体は、rituximab(リツキシマブ)のように『xi』という文字がついています。さらに、マウスの抗体がほんの一部残ってはいるけれど、できる限りヒトの抗体に近付けたヒト化抗体では、trastuzumabのように『zu』がついています。

<表5>分子標的治療薬の分類
分 類 薬 剤(商品名)
低分子化合物
Small molecule
(~nib, mib)
チロシンキナーゼ阻害薬
nib = kinase inhibitor
Mono-Target イマチニブ Imatinib(グリベック)
エルロチニブ Erlotinib(タルセバ)
ゲフェチニブ Gefitinib(イレッサ)
Multio-Target ソラフェニブSorafenib(ネクサバール)
スニチニブSunitinib(スーテント)
ラパチニブLapatinib(タイケルブ)
イマチニブImatinib(グリベック)
ダサチニブDasatinib(スプリセル)
ニロチニブNilotinib(タシグナ)
プロテアソーム阻害薬
mib = proteasome inhibitor
ボルテゾミブ Bortezomib(ベルケイド)
モノクローナル抗体
Monoclonal antibody
(高分子化合物)
(~mab)
語尾が –ximab
(キメラ抗体)
セツキシマブ Cetuximab(アービタックス)
リツキシマブ Rituximab(リツキサン)
語尾が –zumab
(ヒト化抗体)
ゲムツズマブ Gemtuzumab(マイロターグ)
トラスツズマブ Trastuzumab(ハーセプチン)
ベバシズマブ Bevacizumab(アバスチン)
語尾が –umab
(ヒト抗体)
パニツムマブ Panitumumab(ベクティビックス)

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