抗がん剤と分子標的治療薬

公開日:2011年06月07日

目次

全身に薬を行きわたらせる抗がん剤治療

抗がん剤治療はがん化学療法やがん薬物療法などともよばれます。ここでは、何らかの薬を使ってがん治療することを抗がん剤治療としてお話します。がんは、初期のうちは、がん化した場所に留まっていますが(病巣)、次第にリンパ流や血液に乗って広がり(転移)、やがて全身的な病気になります。こうしたがんに対する治療アプローチの一つとして抗がん剤治療があります。抗がん剤は、投与後、血液中に入って体中をめぐり、体内のがん細胞を攻撃するので、全身的な治療効果があります。

がん治療のうち、手術や放射線療法は、局所療法とよばれます。全身に転移したがん細胞をすべて、手術で取り除くことはできません。放射線を全身に長い時間照射することもできません。この両者とも、切り取る範囲、放射線を照射する範囲に対して治療ができるのに対し、抗がん剤治療は基本的には全身に薬を行きわたらせることができる全身療法といえます(表1)。

<表1>がん治療のアプローチ
局所療法 全身療法
・目で見える病巣の外科的切除
・放射線療法、ラジオ波
・凍結療法
・局所療法だけでは治療しきれていない微小残存腫瘍、または微小転移性腫瘍を根絶する目的で施行される補助療法
・根治が難しい悪性腫瘍に対して、腫瘍を縮小し、症状の緩和を目的として施行される緩和的全身療法
など

抗がん剤は、がん種によって、よく効くタイプのものと、そうでないものがあります。白血病などに対しては、薬で治すことが期待できます。しかし、ほとんどの場合、抗がん剤だけで完治させることはできません。抗がん剤を使う目的は、がん細胞の増殖を抑え、がんの進行を抑えることです。もちろん抗がん剤は細胞にダメージを与える殺細胞作用をもっていますので、一部のがんは死滅し、結果的にがん組織が小さくなったり、延命効果や痛みなどの症状を和らげたりする場合もあります。しかし、抗がん剤が全身をめぐることによって正常な細胞にも悪影響を与えてしまい、副作用を伴うことが多いのが欠点でもあります。

主な抗がん剤の種類 細胞にダメージを与える薬~がん細胞だけを狙い撃ちできる薬へ

抗がん剤は、細胞のDNAと結合する性質を持っていたり、細胞内の物質と似た形をしていたり、そもそも細胞に毒である物質であったりします。細胞は増殖するときにDNAを複製しますが、その際にDNAに結合しやすい薬が入り込んでしまうと、細胞は増殖できなくなり、やがて死滅します。他にも細胞は生きるために、エネルギーを細胞外からとらえたり、エネルギーを作ったり、必要なときに必要なたんぱく質を合成したり…、さまざまな生命活動をしています。しかしその生きるために必要な本来の生体物質とそっくりな形の薬によって、生命活動を妨げられてしまったり、抑えられたりすると、細胞にはダメージになります。

このような抗がん剤の開発として、従来まで“細胞にダメージを与える薬”として開発が進められてきていたため、がん細胞だけでなく、正常細胞にも同じようなダメージを与えてしまい、副作用が多かったのです。全身に行き渡る全身療法の欠点でもありました。 そこで、がん細胞だけを狙い撃ちできる薬の開発が求められ、分子標的治療薬の研究がすすめられました。 薬が効くメカニズムから、表2のように分類されていますが、必ずしも1つの作用をするわけではないので、ここでは最も強い作用をする機能を中心に分類しています。

<表2>主な抗がん剤の種類
化学療法薬 1.アルキル化薬
2.代謝拮抗薬
3.抗がん性抗生物質
4.植物由来製剤
・チューブリン阻害剤(ビンカアルカロイド系薬剤、タキサン系薬剤)
・トポイソメラーゼ阻害剤
その他
分子標的治療薬 1.チロシンキナーゼ阻害薬
2.モノクローナル抗体
その他
内分泌療法剤
(ホルモン製剤)
1.抗エストロゲン剤
2.アロマターゼ阻害薬
3.LH-RHアゴニスト
4.黄体ホルモン
その他
BMR、サイトカイン 1.BMR
2.IFN-α、IFN-β、IFN-γ
3.IL-2

がん細胞の特徴的な分子を狙い撃ちする分子標的薬

がん細胞は増殖、浸潤・転移など、いろいろな悪い性質をもっています。その悪い性質が現れる特徴的な分子(molecular target:分子標的)を狙って、悪い働きを抑え込む治療を分子標的治療(targeted therapy)とよびます。つまり、がん治療における分子標的治療薬とは、がん細胞がもつ特定の分子に作用する薬のことを指します。

今までのがん治療で主に使用される化学療法薬は、細胞に対して毒性のある物質の研究によって開発されてきました。そのため、がん細胞だけでなく正常な細胞にも作用してしまうため、副作用が問題でした。しかし、近年は、ヒトゲノム(ヒトのDNAの塩基配列)が明らかにされ、研究の技術革新も加わって、がん細胞だけがもつ特徴を分子レベルでとらえられるようになりました。こうして開発された分子標的治療薬は、一概に毒性が少ないとはいえませんが有効な治療手段となりつつあります。ただし分子治療薬は、その薬単独ではなく、ほかの化学療法薬や放射線療法と組み合わせて治療します。

標的にするがん細胞の分子はさまざま

がん治療の分子標的

  • がん遺伝子産物
  • 細胞周期関連たんぱく質
  • 血管新生関連分子
  • 増殖因子とその受容体
  • 転写因子
  • 浸潤転移関連分子
  • シグナル伝達分子
  • テロメラーゼ関連分子
  • 抗がん剤耐性・感受性因子
  • ホルモン受容体
  • アポトーシス関連分子

従来の抗がん剤も、細胞に作用するしくみを探ると何らかの分子標的をもっていますが、その化学療法薬の多くはDNA合成やたんぱく質合成など、正常細胞にとっても基本的な機能を障害してしまう、いわば細胞にダメージを与えること(殺細胞)によって治療効果を発揮しています。そのため、がん細胞だけでなく正常組織にも毒性が及んでしまい、強い副作用を引き起こすのです。

それに対して分子標的治療薬は、薬を創り始める段階、治療方法を設計する段階から、表3のような分子レベルの標的を定め、がん細胞の増殖や転移を抑えようというコンセプトで開発されていますので、正常細胞まで攻撃されてしまうことはない、あるいは正常細胞へのダメージは少なくてすむと考えられます。分子標的治療薬による副作用がないわけではありませんが、がん細胞にだけより強い効果、毒性を発揮することが期待されます。

抗がん剤の副作用は?

まず、以下に抗がん剤の代表的な副作用をまとめます。

  • 血液毒性・骨髄抑制
    白血球、好中球の減少による貧血、感染症、出血など
  • 消化器毒性
    悪心・嘔吐、口内炎、下痢、便秘
  • 皮膚障害
    色素沈着、乾燥によるかゆみ、爪の変形・変色、脱毛、抗がん剤が血管外に漏れて起こる漏出性皮膚炎
  • 神経毒性・過敏症状
    手や足の指先のしびれ、痛み
  • 心毒性
    心筋障害、心不全、不整脈
  • 骨髄細胞、粘膜上皮細胞、毛根の細胞など、増殖が盛んな細胞は、抗がん剤の影響を受けやすい細胞です。

従来の抗がん剤と分子標的薬の副作用は異なる?

細胞にはさまざまな営みがあり、そこへさらにがん細胞に特有の営みが加わって、がんが進行していきます。化学療法薬は、培養細胞やマウスを用いた実験によって、がん細胞が死ぬことを指標にして開発が進められてきました。そのため開発された薬は、結果的にDNA合成やたんぱく質合成を阻害する殺細胞効果といった、細胞自体の営みを止めるようなメカニズムで効いているものが多く、同じように正常細胞にもダメージを与えてしまうために化学療法薬特有の副作用があります。一方で、分子標的治療薬は、がん細胞に特有の営みを抑えることを目的に開発されていますので、ターゲットとする分子によって、働く機能、段階もさまざまに考えられ、副作用の現れ方も違ってくるのです。

化学療法薬の副作用の一つとしてあげられるのは、血液毒性・骨髄抑制です。白血球や赤血球、血小板の減少が現れ、その結果、感染症、貧血、出血の発症傾向がみられます。また、消化管の粘膜障害による口内炎や、悪心(胸やけがして気持ち悪いこと)・嘔吐、下痢といった消化器症状も高頻度に現れる副作用です。皮膚障害には、色素沈着、脱毛などがあります。もちろん、化学療法薬にもそれぞれ特有の副作用がありますが、共通する副作用も多いのが化学療法薬の特徴です。

一方、分子標的治療薬の場合は、がん特有の分子・作用メカニズムを標的として開発されているので、正常な細胞にまでダメージがおよぶことは少ないと考えられ、副作用が少ないと言われています。しかし、その薬がもつ性質から現れやすい副作用があるのも確かです。

例えば、大腸がん治療に使われるベバシズマブは血管新生を抑制するといった作用メカニズムから、他の抗がん剤とは異なる副作用が生じることが多くあります。ベバシズマブによる副作用でもっとも頻度が高いのは高血圧で、定期的な血圧測定を行い、必要に応じて高血圧治療薬を用いて血圧コントロールを行います。また血管新生という働きは、体が傷跡を治そうするときに必須の過程なのですが、ベバシズマブによって傷跡の修復が妨げられてしまうため、大きな手術の前後には十分な期間をあけなければなりません。他にも薬によって、低マグネシウム血症、血栓症、消化管穿孔などが現れやすいものがあります。副作用の頻度は少ないものの、間質性肺炎など、いったん生じると重い副作用であるものが多く、想定していなかったところで薬が作用して重い副作用が現れることもあるため、今後も副作用の現れ方に注意が必要であることも分子標的治療薬の特徴といえます。

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